寄り道である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
我輩たちは、今後の方針を決めた翌々日、辺境の集落へと移動することにしたのである。
森を抜けるときは各々の道具と、森での移動がダンよりも遅い、我輩とミレイ女史とドランを荷車に乗せて移動をしたのである。
前回、我輩がかなり頑張っても日が落ちる前に着くのがやっとであったのに、今回は昼食前には結界の境目に到着してしまったのである。
「我輩、かなり皆の足を引っ張ってたのであるな」
「あ?気にすんなよ。むしろ、こいつらが森の移動に慣れすぎなんだよ」
「おれとサーシャは森の民だから、こっちでも平地と同じくらいに移動できるしね」
「僕も、森で狩りをしていたことが多かったので、森の移動は慣れてます」
「まぁ、移動手段が使えないときもあるんだから、そう思うなら、これからも訓練続ければ良いじゃないのさ」
アリッサ嬢の言葉に、その通りだと思った我輩は、辺境の集落に着いたらまた訓練をしようと思ったのである。
そんな現在は、結界の境目で昼食の仕度中なのであるが、そのメンバーに熊のような大男の姿はないのである。
「あと一回……あと一回だ……」
今日の昼食で罰が終わるドランは、この二日間野菜と穀物だけというある意味では健康的な食生活を送っているのである。送っているのであるが、日に日に我輩たちの皿を見る目が血走っていくのが怖いのである。
「ドランにいちゃん、たった2日しか肉を無いのに、何でそんなに気が狂いそうになってるんだよ」
「お前も、同じことをしてみるかぁ?デェルクゥ。健康そのものなのに、好きなものは食わせてもらえず、周りの連中は旨い肉料理を、これでもかというほど堪能してるのを眺めるだけという地獄を!お前も体験してみるかぁ!」
「にいちゃん!怖い!怖い!怖い!」
相当に堪えているのが分かるのである。
何と例えれば良いのであろうな、目の前に、冬眠明けの熊がいるという感じなのであろうか。
「ミレちゃんさぁ、もう許してやったら?あんな目で見られてご飯食べてるのはこっちが落ち着かないよ」
「そうですね、では、あの様な血走った目で私たちを見ないで食事ができるのであれば、その時からお肉を解禁しても良いと言っておきます」
「ミレちゃんて、優しいと思ってたけど、意外に嗜虐趣味ある?」
「嗜虐趣味と言われましても……一応、腐っても貴族ですよ。とだけ」
「おっかないねぇ……」
ミレイ女史の意外な一面を見てしまったのである。
女性は怒らせないに限るのである。しかし、我輩がどれだけ努力しても、向こうが勝手に怒るのでどうしようもない部分もあるのが問題である。
昼食も取り終えて、森を抜けた後はダン意外全員が荷車に乗ったのである。
と、いうのも、全力を出したダンに長時間追いついて走れるものが誰もいないからである。
そう、現在ダンは全力で駆け抜けているのである。
「オラオラオラオラオラァァァァァァァァ!」
始めての速さに反応も様々である。
「あはははははははははは!すっごいすっごい!たっのしぃーねぇー!」
「風が気持ちいぜ!ダンにいちゃん!」
喜ぶもの
「ちょっ!リーダー荷車ちゃんと固定してよ!跳ねてる!跳ねてる!」
「きゃっ!いた!痛いです!もうちょっと優しくしてく……きゃぅ!」
「飛んでる僕よりニンゲンの方が速いとか、納得いかないねぇ」
怒るもの
「落ちますって!落ちたら死にますって!」
「ヤバい怖いひいぃぃぃぃ!」
怖がるもの
様々である。そんな中我輩は
「…………おえぇ…」
「ちょっ!!!リーダー停めて停めて!」
「大丈夫ですか?アーノルドさま」
「大丈夫……で……おぅぇ……」
「ちょっと!やめて……おぅぇ……」
「うわぁぁぁ!ドランさんがもらっちゃった!」
「サーシャ!水!水!」
「どっちに?おじさん?ドランお兄ちゃん?」
「ボクは一度ここから離れるよ」
「……阿鼻…叫喚で……ある」
「言ってる場合かい!」
酔ったのである。
「大丈夫?おじさん」
「大変な目にあったのである」
現在、我輩達は前回通ることのなかった湿地帯の入口に荷車を停めて休憩をしているのである。
休憩している理由は、当然我輩が限界を超え、ドランにそれが伝播してしまったからである。
「巻き添えを喰らった俺の身にもなってくださいよ」
「お肉をあれだけ大量に食べるからだと思いますよ?」
「ミレイ姉ちゃん、さすがにそれは違うと思うぜ……」
(ミレイは案外根に持つタイプか?)
(実は、ドランさんが好きとか……)
(馬鹿だね、ハーヴィー。ミレちゃんはセンセイ一筋だよ)
「聞こえてますよ?」
笑っているが、目は全く笑っていないミレイ嬢の笑顔に凍りつく3人である。一体何をやっているのであろうか。
そして、何故湿地帯にいるかというと、移動速度が格段に上がったので、寄り道をしていこうという事になったからである。
「湿地帯の先にはちょっとした湖があってさ。そこで結構良い魚が取れたんだよ」
以前、アリッサ嬢が集落にいる間に行っていた食材捜索の際、ここの湖を発見していたようである。
ここで捕れた魚はそれなりに良い味であるようなのであるが、捕った魚の鮮度を落とさずに運搬する方法がなくて、集落まで持って行くのを断念していたようなのである。
「ほんのちょっとならあたしが全力で移動して運べるんだけどさ、そんなのあまり意味ないじゃんねぇ」
湖で泳ぐ魚を釣り上げながら、アリッサ嬢は話していくのである。
時々食卓に上がっていた集落付近では見かけない魚は、どうやらここの魚であったようである。
集落に流れる川と、湖の水源は森の中で枝分かれをしているのか水源が違うのかわからないのであるが、棲息している生物の種類が少し違うようなのである。
周りを見ると、他の面々も魚を釣ったり、直に捕りにいったりしているようである。
サーシャ嬢とデルク坊の姿が見えないと思い周囲を見渡すと、いつの間にか服を脱いで少し離れたところで水浴びを開始しているのである。
「ボクの魔法の範囲がいくらか広くなったからといって、遠くに行き過ぎだよ二人とも」
「だって、皆に近いとお魚捕れなくなるってダンおにいちゃんとハーヴィーおにいちゃんが言ってたんだもん」
「このあたりでもまだ魔法の効果あるんだよな?外れそうになったら教えてよ?」
まぁ、二人とも楽しそうで何よりである。
いや、ドラン。お前は何故素っ裸なのであろうか。せめて、婦女子の前なので下は穿いておくのである。
あ、ダンが気付いたのである。いや、だから、何故張り合っているのであるか。
ほら、アリッサ嬢に本気で怒られたのである。
ん?何やらダンが本気で謝っているのである。対照的にドランは自体が飲み込めていないようなのである。
「全く!あの馬鹿共は!ミレちゃんが見てたらどうするつもりだったのか………で、集落の女性陣とさ、いい保存方法か速い運搬方法があればいいのにって話してたんだよ。だから、荷車とサーちゃんやミレちゃんがいればいい感じで運べるだろうと思ってさ」
ダンとドランに粛正を下したきたアリッサ嬢は、気を取り直して再び話を再開するのである。
先程アリッサ嬢が言っていた通り、ミレイ女史はダン達がふざけていた方とは反対側を向いて、この辺りの植生について調査をしていた所だったので事なきを得たのである。
ダンは、いままでも似たようなことをやらかして、リリー嬢の怒りを買っていた事を忘れたのであろうか?
「そうであるな。この方法と荷車があれば、鮮度を保ちつつ早く運搬できるのであるな」
その方法は、サーシャ嬢かミレイ女史に魚が棲息できる水の魔法の塊を作ってもらい、それを維持しながら荷車で運搬するというものである。二人で交代しながら魔法を使用すれば、集落に着くまでは十分にもつであろうという計算である。
「それはそうと、アリッサ嬢は二人に何を言ったのであるか?食事系であればドランも慌てるはずなのであるが
」
「……知りたいかい?ふふふ……いつか、帝都に戻ったときが楽しみだねぇ……」
釣った魚をサーシャ嬢が作り出した水の塊の中に移しながら何気なく質問をした我輩であるが、背筋がゾワリとして振り向くのである。そこにあったのは悪い笑顔を浮かべるアリッサ嬢だったのである。
それを見た我輩は、すべてを察して二人の冥福を祈るのであった。
「リーダー、今度はもう少し優しく牽いておくれよ。サーちゃんの集中が切れたら、皆へのお土産がおじゃんだからね」
「分かってるって。もう、高速下での制御の仕方は覚えたからよ」
「いや、あまり速度を上げてほしくないのであるが」
「なんだよ、高速の移動手段が手に入って、一番喜んでたのはセンセイだろ?」
「急加速は体がきついのである」
「えー?あれが楽しいんじゃんか。分かってねぇなぁ、おっちゃんは」
デルク坊が我輩の言葉に不満を述べるのであるが、そんなことは知ったことではないのである。
サーシャ嬢達の集中維持の問題なのである。我輩のことはついでなのである。
アリッサ嬢の意見を聞き入れたダンは、先程とは打って変わり、荷車をほとんど揺らさない安全運転で移動するのである。やれるなら最初からやってほしいのである。
暫くそのまま走っていくと、集落へ続く街道が見えてきたのである。
「ほれ、ドラン。ここからはお前だよ」
「了解でさぁ」
ダンから荷車の牽引役を引き継いだドランが、ゆっくりと荷車を牽いているのである。
ゆっくりと言っても、それでも我輩が歩くよりはだいぶ速いのである。
「おっちゃんに慣れると物足りないなぁ」
「デルク君、これが普通の速さなんだよ。隊長が異常過ぎるんだからね」
「ハーヴィー、人のことを化け物のような扱いすんなよ」
「特Aクラスの探検家なんて、俺達のようなぺーぺーからすれば十分化け物ですぜ」
「僕からすれば、ドランさんも化け物に片足突っ込んでますけどね」
「最近ハーヴィーも、だいぶ染まってきたんだね」
妖精パットンの言葉を慌てて否定しているハーヴィーであるが、我輩としては自信なさげに一歩下がっていたハーヴィーよりも、今の方が好ましいと思っているのである。
もしも、これからも我輩達と居続けたいと思うのであれば、それはむしろ良いことだと思っているのである。
我輩達は夕日が綺麗に映える街道を、和気藹々と会話しながら移動するのである。
時々体が鈍るメンバーが荷車に下りては、牽引役のドランと一緒に歩いたり、体を動かしているのである。
移動がこんなに楽しいと思ったのは初めてである。
久しぶりの辺境の集落はもう少しである。
我輩達は、これからの集落での生活に胸を踊らせながら、遠くに見える集落に向かって移動していくのであった。




