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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
1章 森の民と新しい工房、である
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久しぶりの調合は、勝手が違うのである


 我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師であった。






 「センセイ! 材料持ってきたぞ!」

 「わかったのである」


 我輩は先程まで読んでいた手引き書を置き、魔法陣へと向かうのである。

 数日間魔力を通さないでおくと、自然に発動が止まる魔法陣は現在起動している状態である。

 乱雑に置かれた手引き書といい、子供が錬金術を使ったという証である。


 あらためて周囲を見ると、床や天井、釜の周りに煤や焦げ付いた箇所を見つけるのである。

 あれらは調合に失敗した跡であろう。


 「センセイ、とりあえずこれだけあれば良いか?」


 ダンはそう言って袋一杯の薬草を持って入ってこようとしたのであるが、量が多すぎてドアに引っ掛かっているのである。

 我輩も手伝い、薬草を工房内に入れた後、袋に入った薬草を確認するのである。


 「これだけあればおそらく大丈夫であるな」


 そう我輩は言うのであるが、実は想定していたより良いものを持ってきているのである。


 ダンよ、よくやったのである。流石は何度も我輩が望む品質の薬草を採ってきただけのことはあるのである。


 調子に乗られると面倒なので、我輩は声に出さずに心の中でダンを褒めるのである。


 「ではさっそく作るのである。おそらく……出来上がるのは明後日の夜明けなので、それまで子供が無理しないように見てて欲しいのである」

 「何かやらせてるのか?」

 「毒の進行を遅くするために、回復魔法を掛け続けてもらってるのである。素直な良い子なので、おそらく体力・精神力のギリギリまでやり続けると思うのである。なので、面倒を見て欲しいのである」


 ダンは分かったと言い、兄君のいる部屋へ移動していったのである。

 ダンのことなので、ちゃんと面倒を見てくれる筈である。


 さて、これからは我輩の戦いなのである。

 我輩はそう気合いを入れてこれからの作業に臨むのである。


 今回の解毒薬であるが、患部の変色が黒になりかかっている兄君の解毒に必要な効果を出すには、解毒魔法が必要である。

 それに相当する薬となると、何十本分の解毒薬を一本分に圧縮する必要があるのである。

 以前振り返った、キズいらずの時にも使用した錬金術の技術【効果圧縮】である。


 【効果圧縮】の方法とは、今手元にある初級手引き書によると、


【数個~数十個分の同一素材の効果を暴発しないように制御しつつ、1つ分にまとめる】


 という強引な力業のようなものなのである。


 そしてこの【効果圧縮】、前にも言った通り良い作用も悪い作用も圧縮されるのが難点なのである。

 キズいらずの場合は再生時の痛み、そして解毒薬の場合は、


 味


 である。

 

 簡単に言うと物凄く苦くなるのである。

 おそらくであるが圧縮された薬を飲むと、苦みで一日二日は舌がバカになると予想されるのである。

 甘味のある植物などで苦味を抑える事もできるのだが、そのための素材集めや作業にかかる時間が勿体ないのである。


 と、言うわけで我輩は薬の作製に取り掛かるのである。

 まず手始めに我輩は、今回の解毒薬作製の必要量である袋半分ほどの薬草を取りだして釜へと投入するのである。


 さあ、ここから作業開始である。


 大釜のみを使用する初歩的な錬金術には、


 分解→融合→定着→構築


 このような工程が存在するのである。


 分離は、物質の性質を司る魔力、いわゆる“構成魔力“と呼ばれるものを分解・可視化する行程である。

 魔力を感じられる森の民や一部の一部の人間を除き、殆どの人間にとって魔力とは空気みたいなものである。

 そこで、魔法陣の効果によって、一時的に分離した魔力を可視化させているのである。

 今回であれば、薬草の解毒と苦味を司る魔力、そして、その他の構成を司る魔力や、なにも司ってない純粋な魔力、通称“純魔力“である。


 ただ、実際にはどの色がどの魔力なのかというのは我輩は理解できてはいないのである。

 作業の時に反応があるので、おそらくそれがそうであろう、としかわからないのである。

 見えはするのであるが、我輩には魔力を感じる事はできないので仕方ないと思うのである。


 「さて、どんな感じであるか」


 我輩が釜の中を確認すると、すごい勢いで薬草から魔力が分離しているのである。

 投入して5分も経たずにほぼ分離工程が完了しているのである。


 思った以上に早く終わりそうである。もしかしたら明日中には完成できるかもしれないのである。

 我輩は、次の作業のために必要な道具を用意するのである。


 次の工程は融合作業である。


 幾つかの近しい構成魔力を混ぜ合わせ、一つの構成魔力へと変質させていく作業である。


 今回使用している薬草であれば、解毒を司る構成魔力と傷などの再生力を司る構成魔力といったものである。

 それらと純魔力を混ぜ合わせていくことで、解毒薬に必要な【解毒】という変質前よりも強力な構成魔力に変化させ、また余分な構成魔力を除外して釜の中にある構成魔力純度を上げていく行程である。


 この時特にどういう構成魔力を作るのか考えずに作業していると、そのままわけのわからない構成魔力ができあがり、最後の構成の時に低品質のものが出来上がったり、失敗作ができてしまうのである。

 そのため、成功確率の上昇や高純度魔力の確保のために、変化させる構成魔力をはっきりと想像して作業する必要があるのである。


 今回作製する薬は解毒の薬液なので、必要な構成魔力は【解毒】と【水】である。

 そう思いながら釜をかき混ぜていくと、中にある様々な色の魔力が混ざり合い、次第に2色の大きな構成魔力といくつかの色の構成魔力に変化していくのである。

 そのまま暫く作業をしていると、数色の構成魔力が釜の外へと漏れだしていき、少しずつ二色の大きな構成魔力のみが釜の中に存在するのみになっていくのである。


 これは、我輩が制御していた回復や粘液などを司るの関係の近い構成魔力が純魔力が元となる構成魔力と結び付き、【解毒】【水】の魔力に変質し、制御していなかった関係性の低い魔力は時間とともに少しずつ釜から魔法陣の外へと抜け出ているのである。


 ちなみに手引き書によると、物質として構築されない構成魔力は、魔法陣の外に出ると純魔力へと変化するようである。

 原理はわからないのであるが、そういうものらしいのである。


 ならば、釜にあるだけではなく、外部の純魔力を使用すればより強い構成魔力ができるではないか、と言う話になるのであるが、魔法陣の内部は不可逆なので、外部の純魔力を錬金術に使用することはできないのである。

 また、変質できるのは中に入っている構成魔力の種類のみなので、現在この釜の内部に存在していない【魔法鉄】や【蜥蜴忌避】などの魔力に変質させることは不可能である。むしろ、内部の魔力が暴走して爆発するのである。


 当然のことであるが、融合の時間は作る物や量によって時間は異なるのであるが、作業の中では一番時間がかかる作業なのである。

 今回は数十本分の薬を作るための分量なので、時間も相当かかる筈なのである。


 現在夕方なので、おおよそ五時間ほど作業をし、1・2時間ほど仮眠をとってから作業をするとして、夜明け前後には終わる予定である。

 おおよそ、現在の一般的な薬師達が同程度の作業を進めると2倍の早さで進むのである。

 錬金術は、とにかく時間がかかるのである。


 筈なのであるが。


 「おかしいのである」


 現在、融合を開始して2時間である。

 釜の中には、綺麗な2色の魔力が漂っているのである。

 予想より遥かに早い作業スピードに戸惑いながら、我輩は釜の中をかき混ぜて作業を進めているのである。

 現在2色の魔力が漂っているのであるが、これから行う圧縮作業や構成作業のために融合させた構成魔力を馴染ませて安定化する、定着作業中である。

 慣れてきたら飛ばしても良い作業ではあるらしいのだが、融合作業だけではまだ不安定状態の構成魔力でこの後の作業をすると、制御が物凄く大変になったり効果が安定しないこともあるので、まだまだ初心者錬金術師の我輩にとっては大事な行程なのである。


 「ここまで作業効率が良いのであるならば、【解毒】だけでなく【回復】…………あ……」


 しまったのである!

 変質が完了しているが、まだ安定化してない魔力の前で別の魔力のことを…………。


 定着作業が完了した魔力は、安定しているので構築作業を終えてから再度分解しない限り変質しようとすることはないのである。

 ただし、現在の魔力は定着作業中の不安定な状況なのである。

 我輩が【回復】の構成魔力のことを考えてしまったせいで【解毒】の構成魔力が、素となる構成魔力が無い状態で【回復】の構成魔力へと強引に変質しようとした結果、釜中の魔力は暴走、そして…………。

 

 ドオオォォン!


 一年強ぶりの調合は、見事に失敗したのである。






 「大丈夫かセンセイ!? すごい音がしたぞ」

 「大丈夫である。さすがにこの量だと爆発音も凄いものであるな」

 「暢気なもんだなセンセイ……。頭打ってないか?」

 

 音を聞き付け部屋にやって来たダンは、爆風で作業場所から落ちてひっくり返っている我輩に話しかけるのである。

 錬金術の魔法陣には、失敗したときの安全対策として防護結界の効果もあるのである。

 防護結界や増幅効果、構成魔力の可視化の他にも様々な効果がついているようであるが、いまだに魔法陣の解析はできていないのである。


 「この魔法陣が解析できるだけで、現在の魔法技術が何段階も進歩するわよ、センセイ。研究したいから、これを写させてもらっても良いかしら?」


 リリー嬢に手引き書を見せたときにそう言われたことを思い出すのである。

 もちろん素材集めの報酬として、リリー嬢には魔法陣を写すことを許可したである。

 あの時のリリー嬢は欲しい玩具をもらった子供のような、大変良い笑顔であったのである。


 「センセイ、失敗するなんていつ以来だ? 腕なまったんじゃねえの? まだ分離が終わったくらいだろ?」

 「いや、今定着作業中だったである。余計なことを考えて構成魔力が暴走したのである」

 「は? 定着作業中って、メチャクチャ早くねぇか?」


 ほう。何年も我輩の研究を見てきただけあって、終了時間から逆算したおおよその作業時間を予想したのであるか。

 ダンめ、中々やるのである。


 「そうであるな。なぜか作業速度が早すぎるのである」

 「早すぎるって、なんだそ…………!?」


 そう言ってダンは我輩が落とした混ぜ棒を拾い、少ししてから驚いた様子を見せるのである。


 「どうしたのであるか」

 「うぉ……こりゃ……!? センセイ、これ多分魔法白金だ。しかも純正か…………もしかしたら完品だ」

 「なんと……」


 魔法白金は白金の魔法金属で、現在確認されている魔法金属の中では最上位に位置している物である。

 まぁ、ミスリルやアダマンタイト、オリハルコンと言われる伝説の魔法金属もあるらしいのであるが、帝国領土内で確認されたことは一度もないのである。


 ちなみに現在の精錬技術では、魔法白金は魔力含有量10%未満の劣化版が奇跡的出来るかもしれない程度の技術しか持ち合わせていないのである。

 それの純正以上が存在しているなど、驚きである。


 「しかしダンよ、なぜ純正魔法白金以上だと思ったのであるか」

 「以前、陛下に準魔法白金の剣を見せて貰ったことがあったろ。皇家の家宝だってさ。あれに色が似てた」

 「ああ、あれであるか」


 以前、ダン達が北の山脈から帰ってきた後に行われた研究所内の宴会で、酔っぱらった陛下が我輩達に見せてくれた家宝が、確か準魔法白金の剣であったのである。

 とても美しい輝きで、みんな食い入るように見ていたのを思い出すのである。


 「で、魔力を通してみたんだが、色が白で輝度が高かった。魔法金属の種類と純度は色と輝度でおおよそ分かるだろ」

 「確かにそうであるな」


 魔法鉄なら黒、魔法銀なら銀、魔法金なら金、魔法白金なら白に純度が低ければ鈍く、高ければ鮮やかに魔力を通した際に輝くのである。


 「さらにいえば、魔力の通りが半端ない。ほんのちょっとの魔力でこの棒の先まで一気に魔力が通った」

 「それは、驚きであるな」


 魔法金属の魔力の通り方について、土の民が記したと言われている過去の文献によると、希少な金属ほど通りがよく、魔力含有量が多いほど魔力を通すときに使用する魔力量が少なくてすむ。

 と書いてあることが判明しているのである。


 「センセイは気づかなかったのか?」

 「早いな、とは思ったのであるが」

 「どんだけ錬金術以外に興味がないんだよ。それよりも、混ぜ棒が魔法白金製ってことは」


 ダンがそう言って釜を見るので、我輩も同様に釜を見るのである。

 魔法陣を通じて魔力が通っている釜は、薄くではあるが鮮やかな白色の輝きを見せているのである。


 「やっぱそうだな。こいつも同程度の魔法白金製だ」


 と、言うのであった。


 なんということであろうか。

 どうやら、我輩が何気なく使っていた道具は物凄い高性能の道具だったのであった。





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