サーシャ嬢、大活躍である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
サーシャ嬢の尽力で、大量のウィスプを確保することができた我輩達は、森の工房へ戻るのである。
「おじさん、ウィスプはちゃんといる?」
ウィスプという存在がよくわかっていないため、容器の中を確認しながら歩く我輩にサーシャ嬢が尋ねるのである。
「明かりの強さ的には減っている感じはしないのであるが、どうやら一体化してきているようである」
「一つの大きな固まりになっているということですか?」
ミレイ女史の言葉に我輩は頷くのである。どうも見ている限りでは、キラキラと輝いていた数多くの光がくっついていくつかの大きな光点に変化している気がするのである。
「錬金術師アーノルド、調べてみたけどウィスプからは、【意思】の構成魔力を感じることが出来なかったよ」
「つまり、ウィスプは物質であるということであるか」
「絶対とは言いきれないけれど、ほぼ間違いないよね」
妖精パットンが以前言っていたことを鑑みれば、物質と生物の違いは“生きたい“という【意思】の構成魔力が存在するかどうかと言うことである。
その大元である【意思】の構成魔力がウィスプに存在しないのであれば物質であると言うことに間違いはないはずである。
「じゃあ、何でこれは生きているように動いて、いまもこんなふうに一体化してるんだ?」
ダンも容器の中を不思議そうに見るのである。先程までいくつかの光点になっていたウィスプは、現在四つの大きな光点にまで合わさっているのである。ただ、光の総量的には変化していないので、おそらく漏れたりしているわけではないようである。
「ただの予想でしかありませんが、きっと磁石のような存在なのでは無いでしょうか」
「純魔力に反応してくっつく物質ということであるか」
「はい。その物質が吸収した純魔力と反応して発光するようになるとウィスプになるのかと」
「よくわかんねえな。わかんねえから考えるしかねえんだけどさ」
結局いろいろ考えたところで、この場で出せる答えなど結局予想なのである。それでもこういうふうに皆で一つのものを考えるというのは楽しいのである。
「考えないといけないことがいっぱいだね!大変だけど、楽しいね!」
「サーシャちゃんは、研究者の素質があるね」
「そう?なんか嬉しいな!」
そんな話をしながら我輩達は工房へと戻っていくのであった。
我輩達が戻るとちょうど夕飯を作り出す前だったようで、アリッサ嬢が安心したような面持ちで出迎えてくれたのである。
「夕飯作る前に戻って来てくれてよかったよ。何作ろうか迷ってたところだったからねぇ。何か食べたいものあるかい?」
「俺は肉!ぴりっとした肉が良い!」
「ボクはみずみずしい野菜が良いね」
デルク坊と妖精パットンの言葉を聞いてアリッサ嬢は苦笑いを浮かべるのである。
「はいはい、結局いつものって事ね。ドラン!いつもの奴頼むよ!」
「はっはっは!肉なら任せろ!」
完全に肉担当が板に付いたドランの声が、厨房の方から聞こえて来るのである。
最近は、デルク坊もドランの手伝いをするようになったので、今日もドランの所も向かって行ったのである。
「そういえばハーヴィーはどうした?」
「ああ、そういえばさっきリーダーを探してたよ。多分自分の部屋で弓の調整してると思うから行ってやってよ」
「俺を探してた?なんだろうな」
ダンもそう言ってハーヴィーのところへ移動したので、残った四人で工房へ向かうのであった。
「一つの塊になったのであるな」
「なんか可愛いね」
「確かに、癒されるような気がしますね」
「生物じゃないから襲われるってことも無いだろうしね」
我輩達は、容器内で一つの塊と化したウィスプを覗いてそう感想を漏らすのである。
発光は先程までと比べるといくらか弱まってきているようである。もしかしたら中にある純魔力が減ってきているという事なのであろうか。
このまま様子を見てみたい気持ちにさせられるのであるが、今回はそのために確保した訳ではないので、我慢するのである。
「それでは釜の中に入れてみるのである」
我輩の言葉に全員が頷くのである。我輩がウィスプの入っている容器の蓋を開ける。すると、ウィスプから光が急激に抜けていき、見えなくなってしまったのである。
「……え?」
「………無くなっちゃったの?」
「わからないのである」
急な出来事に呆気に取られる我輩達であったが、いち早く我を取り戻した妖精パットンにもう一度魔法を使ってみたらどうかと指摘されてサーシャ嬢が、先程結界の外で行ったことをもう一度試してみたのである。
すると、いつの間にか空中に散らばっていたと思われるウィスプが発光し出してサーシャ嬢に集まりだしたのである。
「とりあえず、サーシャ嬢。そのままウィスプを釜に誘導するのである」
「うん。わかった」
サーシャ嬢はそういうと、先程容器に入れたときのように釜の中に発動前の魔力を移動させるのである。
ウィスプ達は後を追うように釜の中に入ると、つぎつぎに分解されていったのである。
「なんか、シュールな感じだね」
「パニックを起こすとこういう集団行動を起こす動物がいるみたいですよ」
妖精パットンがそういう通り、見方によっては自ら分解されに向かっているようにも見えるので、何とも言えない気分にさせられないこともないのである。
集団行動をする生物はたくさんいるのであるが、パニックを起こすと集団自殺のような行動を起こす生物もいるのであるか。まだまだ世界には謎が多いのである。
そうして全てのウィスプが釜の中に入っていき、中には色とりどりの構成魔力が漂っていたのである。さて、この中に望みの構成魔力はあるのであろうか?と、釜の中を見ていると魔法発動前の構成魔力と思わしき分解された構成魔力とは違う光を放つ箇所を見かけたのである。
「サーシャ嬢、もう魔力を解放させて良いのである」
「え?もう制御してないよ?」
我輩の言葉にキョトンとした表情をサーシャ嬢は浮かべるのである。
なので、我輩はミレイ女史とサーシャ嬢にも釜の中を覗いてもらうのである。
「たしかに、魔法発動前の現象のままですね」
「でも、私魔力はもう制御してないよ?」
たしかに、サーシャ嬢が現在魔力を制御している様子は一切無いのである。では、一体何なのであろうか。
「該当する現象がないか手引き書を調べてみるのである」
「私も手伝います」
「私、パットンと一緒にお釜の中見てるね」
「何かあったらすぐ教えるよ」
「サーシャ嬢、妖精パットン。宜しく頼むのである」
この不可思議な現象について調べようと思ったのであるが
「皆、ご飯だぜ!」
ちょうどこのタイミングで、研究の一時中断を余儀なくされたのであった。
夕飯も終わり、我輩達4人は改めて先程の現象について調べることにしたのである。
サーシャ嬢達に釜の中を確認してもらったのであるが、まだ発動前の構成魔力はそのまま残っていたようである。
「発動させちゃおうか?」
「もう、サーシャの制御下から外れてるから何もしない方がいいと思うよ」
「あ、お釜の中の魔力だから、れんきんじゅつのやり方で動かせるかもしれないよ」
「そうだとしても、それについて錬金術師アーノルド達が調べているから余計なことをしないほうが良いよ。もしもわからなかったらやらせてもらえるように頼んでみようか」
「はーい」
どうやら、中の様子を見るという行為に飽きて来てしまったサーシャ嬢が妖精パットンにいろいろ提案をしだしたようである。
始めた当初と違い、サーシャ嬢もいろいろ出来るようになってきているので、好奇心が湧いてきているのであろう。
それはいいことなのであるが、今回に関しては妖精パットンが止めてくれてありがたいと思っているのである。
「ありました、これですね」
ミレイ女史が、該当する箇所を探し出したようである。我輩とサーシャ嬢がそちらに行くのである。
そこには、魔法が出来るものの補助を得ながら道具の品質をあげる作業のやり方が載っていたのである。
「とりあえず、今回の作業には関係ないようであるな」
「れんきんじゅつのやり方でお外に出せるみたいだね」
「それが出来るのは、魔法が使えるものに限られているということは、あれを動かせるのはサーシャちゃんだけですね」
とりあえず対処方法がわかった我輩達は、止まっていた研究を再開するのである。
「じゃあ、あの魔力出しちゃうね」
「魔法発動前の魔力なので、構築作業くらいの制御をしないと暴走するから気をつけてね」
「うん。わかった」
ミレイ女史の言葉に頷き、サーシャ嬢は釜の底に沈んでいる小さく明滅している構成魔力を取り出すのである。
「なんか、変な感じ」
「一回制御を外したものをもう一回制御し直すからかもね」
妖精パットンの言葉に小さく頷き、サーシャ嬢は構成魔力をゆっくり解放していくのである。
無事に作業が終了したので、次は構成魔力の確認である。
「【浮遊】の構成魔力であるか……」
「定義が曖昧ですよね」
我輩とミレイ女史は浮遊の定義について少々悩んでいるのである。
その場に漂う。止まる。浮かぶ。重さを感じない……どうにもしっくり来ないのである。それはどうも同じ方法で構成魔力を融合させていくミレイ女史も同様のようである。
「え?“プカプカしてフワフワしてる“事じゃないの?」
我輩達がなかなか作業を開始せずに話をしていることに疑問が湧いたらしいサーシャ嬢が首を傾げて会話に加わるのである。
「アーノルド様、変に悩んでいる私達よりもサーシャちゃんにお願いした方がいいと思います」
「そうであるな。サーシャ嬢、【浮遊】の構成魔力があるか調べてもらっていいであるか?」
「私がやっていいの?おじさんだってやりたいんじゃないの?」
「我輩もやってみたいのであるが、おそらくサーシャ嬢が一番うまく出来るのである。最初は出来そうな者が挑戦するのが一番良いのである」
我輩の言葉を聞いたサーシャ嬢は嬉しそうである。
「私、おじさんよりうまく出来るの?」
「錬金術師アーノルドは、物事をごちゃごちゃした理屈で考えるのが好きだからね。感覚で物事を捉えるサーシャの方がうまく出来るはずだよ」
「よーし!がんばるぞー!」
そういうとサーシャ嬢は特定の構成魔力を制御すべく集中していくのである。もしも【浮遊】の構成魔力が少しでもあれば、内部の構成魔力に反応があるはずである。
我輩達は、全員釜の中を注視するのである。しかし、意識しすぎてはいけないのである。思い込みで純魔力を動かしてしまう場合があるからである。
暫く時間が経つのである。時間にしたら一分ほどであろうか。ここまで反応がないということは構成魔力が存在しないのであろうか。
その時、内部の構成魔力に動きがあったのである。それなりの割合を占めている、水色に光る構成魔力が微かに動いたのを我輩達は見たのである。
「結構あるのであるな」
「はぁぁ……疲れたよぉ……」
「サーシャちゃん大丈夫?」
へたり込むサーシャ嬢を受け止めるミレイ女史、以前の魔法の薬を作ったときほどではないのであるが、かなり消耗しているようである。
「反応がだいぶ鈍かったね。森の民に構成魔力の適性がないのかな」
「もしくは、この構成魔力の制御がかなり難しいかである。いずれにせよ、サーシャ嬢のお陰でウィスプに【浮遊】の構成魔力があることがわかったのである。大活躍である」
「今回の研究はサーシャちゃんがいないとできなかったかもしれないもんね。ありがとう、サーシャちゃん」
「えへへ……どういたしまして」
これで【浮遊の荷車】作製に大きく近づいたのである。
構成魔力制御という課題が残っているのであるが、それさえ何とかなれば念願の高速移動手段の確保が出来るのである。
だが今はその事よりも、本日の研究最大の功労者であるサーシャ嬢をいっぱい褒めたたえて労おう。
そう我輩は思ったのである。