ついに見つけたのである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「遂に……遂に見つけたのである」
中級の手引き書を読み進め、素材が足りてるものは実際に作ってみたり、時おり倉庫を物色してみたりする日々が続いていたある日、我輩は遂に目的のものを発見したのである。
「あ?何を見つけたんだ?センセイが欲しがるようなものなんかあったか?」
すでに上級の手引き書を見ているダンが、こちらを見て聞いてくるのである。
この男はこの道具の有効性に気づかなかったのであろうか?もしそうであれば、この男の目は節穴である。
「この、【浮遊の荷車】である。これがあれば移動も、道具の運搬も容易なのである。」
だが、それを聞いたダンの反応は淡々としたものであった。
「素材がない。倉庫を探したけど無かったぞ。浮遊石も、荷車っぽいのも、道具を分解した構成魔力の結晶も」
そう、この【浮遊の荷車】は、荷車の素となる【植物】と、物を浮かせるための【浮遊】の構成魔力が必要なのである。
【植物】の構成魔力はここが森であるので幾らでも手に入れることが出来るのであるが、問題は【浮遊】の構成魔力である。
どうやら一番適しているものは、浮遊石という宙に浮かんでいる石なのであるが、
「言っておくけど、採りになんか行けないからな。確実に、死ぬ」
存在している場所が、空中に浮かぶ浮遊島か、北の山の奥。火山地帯に存在する"龍の滝壺"と呼ばれる溶岩の滝がある辺りらしいのである。
「つまり、ノヴァ殿か彼女の協力者は、そこまで行くだけの戦闘能力を持っていたということであるか」
「それか、身を隠しきる術を持っていたかだな」
どちらにせよ、ノヴァ殿達は我輩達では及びも付かない実力を持っていたということである。
「俺も、その道具の有用性ぐらいちゃんと分かってるさ。でも、実物はここにないし、素材も足りないから作れない。だと、期待させて落ちるだけだろ?だから言わなかったんだよ」
ダンはそういうとまた上級手引き書を見だすのである。
「そっちには使えそうなものは無いのであるか?」
「あるよ。すげぇある。でも、全部素材のありかがヤバすぎる。俺達じゃあ絶対無理だ。古代龍の鱗とか取りに行けるか?」
「そんなものまで素材に使用していたのであるか!?」
「…………レシピと効果が書いてあるんだから、そうなんだろうな」
さすがに驚きを禁じ得ないのである。ノヴァ殿は素材にそんなとんでもないものを採っていて使っていたのであるか。途方も無い御仁である。
「そんな訳だから、【浮遊の台車】を作るのは諦めるしかないだろうな」
しかし、我輩は諦めたくないのである。適した素材が今無くて、採りにもいけないのであれば、代用するしかないのである。
我輩は、ダンのところに置いてある素材時点に手を伸ばすのである。
「センセイ?どうした?」
「浮遊石が無ければ、他の素材で代用するのである」
「代用品を探すのか?研究所時代にはありえなかったな」
「ダンが、絶対無理というのも研究所時代にはなかったのである」
研究所時代、どんなに採取が困難だと言われた場所であっても、文句を言いつつ必ず採取に向かい、素材を採取してきたダンが、絶対無理と初めて言ったのである。で、あれば、採取不可能のものに囚われる必要など全くないのである。
「あの頃のセンセイは、人の話を聞いてなかったからな。正直言って、奇跡で取れた素材だってかなりあったんだぞ」
「それでも採ってきたのは事実である。我輩が最も信用する探検家が無理というならば、他の方法を探すのである」
「研究所時代もこれだけ融通が利いてくれたらなぁ……これも嬢ちゃん達のおかげなのかねぇ……」
ダンが小声で何やらぼそぼそ言っているのである。聞こえてないと思ったら大間違いなのである。
「何か言ったのであるか?」
「いいや。何にも?センセイ、図鑑一冊寄越しな。俺も手伝ってやるから」
しれっととぼけるダンは、我輩から図鑑を受けとると、一緒に【浮遊】の構成魔力を持つ素材を探すのであった。
調べ物の途中で、サーシャ嬢が工房へやって来たので、【浮遊の荷車】の話をして、調べ物に協力してもらう事にしたのである。
「お空に浮く荷車?凄い凄い!私も調べ物お手伝いする!」
しかし、調べて分かったことは、【浮遊】の構成魔力を持つ素材をすぐに確保するのは難しいということだけであった。
「あそこかぁ……あぁ、確かに羽がないのに浮いてる不思議な虫がいた気がするわ」
「そんな虫いるの?凄いね!でも、遠いんだね」
「そうであるな。準備がかなり必要になるのであるな」
どうやらダンの記憶に該当する存在がいたようであるが、西の荒野にある峡谷地帯らしいので、取りに行くのにもここからだと数ヶ月かかるようである。
どうしようかと三人で頭を悩ませていると、そこにミレイ女史がやって来たのである。
なので、ミレイ女史にも事情を話して、何か意見はないか求めてみたのである。
「【浮遊】……ですか……。」
なにやらミレイ女史が思い当たる節でもあるのか何かを思い出すような、考えるような仕種を見せるのである。
暫く待っていると、多少自信なさげな表情を浮かべながらではあるが、ミレイ女史は口を開くのである。
「あの、ウィスプから素材を取れれば、もしかしたら…とは思うのですが」
「ウィスプ……であるか」
「……あぁ、あれか。確かにあれはよくわからない原理で浮いてるな」
ウィスプというのは、純魔力が多いところ等に発生する朧に光る生命体なのか物体なのかわからない何かである。誰かに襲いかかると言うわけではないのであるが、近くで魔法を使用しようとすると寄ってきて純魔力を取り込んでしまう少々面倒な連中でもあるようであるが、逆に金属などの先端に魔力を通すことで、連中を寄って来させて光源として利用することもあるのである。
「はい。研究所でも何故浮くことが出来るのかわかっていませんでしたが、【浮遊】の構成魔力というものが存在するのであれば、もしかしたら。と思いまして……」
「わかんないなら、調べてみようよ!それでダメだったら、また皆でどうするか考えようよ」
サーシャ嬢の元気な言葉を聞いて、他の方法は出来るだけやりたくない我輩はウィスプの構成魔力調査を行うことにしたのである。
ウィスプの調査をしようと思ったのであるが、結界の範囲内にウィスプを見つけることができなかった我輩達は、周囲の警戒を行うデルク坊と妖精パットンを加えた6人で、結界の外へウィスプの確保に向かうのである。
「結界の中で、ウィスプが見つからなかったってことは、やっぱりあいつは生命体なのかな」
「どうであろう?粘性生物同様、あまりそういう認識能力が高いとは思えないのであるが」
「まぁ、考えても仕方ないか」
そんなことを話ながら、我輩達は結界の外に足を踏み出すのである。
そういえば我輩、素材確保のために結界の外に出たのは初めてである。
言いようのない妙な感動を覚えつつ、我輩は一歩ずつ歩みを進めるのである。
「この辺りで良いと思います」
「うん、ここら辺は他のところよりも少し純魔力が多く感じるよ」
「サーシャの言う通り、俺もここら辺は純魔力が多く感じるけど、おっちゃん達何をやるんだ?」
我輩達は、結界から出て15分ほど行った森の一角に今いるのである。
我輩には全くわからないのであるが、サーシャ嬢とデルク坊が言うように純魔力が他に比べて多い場所であるならば、ここで魔法を使用しようとすればきっとウィスプもやってくるはずなのである。
そのようなことを思っていると、ダンが持っていた剣を下から上へ切り上げるのである。
「魔力が濃くなるってことは、あいつらも発生しやすいって事だから全員気をつけろよ」
「前も言ったけどあまり知能が高くない魔物には、ボクの認識疎外の魔法は効きづらいから、皆ちょっと注意してね」
ダンが言う“あいつら“とは、森の集落で問題になっていた生命体に乗り移る魔物である。どうやら先ほど剣を切り上げたのは、上から襲ってきた魔物がいたからであったようである。
全員もしも用に紙人形は用意しているのであるが、警戒に越したことは無いのである。
「それではサーシャ嬢、宜しく頼むのである」
「うん!」
我輩の言葉に元気よくサーシャ嬢は返事をして、魔法を使うべく集中を開始するのである。
暫くすると、サーシャ嬢の体から魔法発動前の淡い光が出てきたのであるが、それに合わせてゆらゆらといくつかの光の玉ことウィスプが寄ってきたのである。
ウィスプは、サーシャ嬢の体にくっついてサーシャ嬢に集まっている純魔力を取り込んでいる様で、サーシャ嬢から発せられる光が弱まったりしているのである。
「サーシャ嬢、もういいのである」
我輩がそういうと、サーシャ嬢はゆっくりと我輩が持っている容器に手をかざすのである。
以前青空教室でやっていた魔法の遠隔発動の応用で、発動前の魔力を容器の中に移しているのである。
すると、サーシャ嬢に集まっていたウィスプ達が続々と我輩の持っている容器の中に入っていくのである。
容器の中は、淡い光でキラキラしているのである。まるで、分解された構成魔力のようである。
「こいつら、この容器からでねぇのかな」
「仮に出るようであればまた考えてみるしかないのである」
「それもそうか。渓谷まで行って素材を取りに行くより遥かに時間もかかんねぇもんな」
ダンの言葉に我輩は頷き、ウィスプが一杯に入った容器の蓋を閉めるのである。
後はこれを持って帰り、構成魔力を調べるだけである。
「おじさん、良い結果が出ると良いね」
「そうであるな」
期待しすぎてはいけないと思いつつも、期待に胸を膨らませて、我輩達は森の工房へ戻るのであった。




