模擬戦闘と、挑戦と言うことである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
サーシャ嬢とフィーネ嬢からの搦め手にやられたダンは、翌日ドランと模擬戦闘を行うことになったのである。
「ありがてぇ!ありがてぇ!神様、仏様、フィーネ様でさぁ!」
ドランに憧れを抱き、ドランの楽しそうな姿を見たいというフィーネ嬢が、ダンに頼み込んで今回の一件が実現したと聞いたドランは、まるで神様を崇めるかのように褒め称え、そしてフィーネ嬢を抱きしめたのである。抱きしめられたフィーネ嬢は、顔を真っ赤にしているが幸せ満開の表情である。
人それぞれの好みがあるのは重々承知なのであるが、この厳つい男のどこが良いのであろうか。森の民のセンスがやはりイマイチよくわからないのである。
それをアリッサ嬢に言ったところ
「センセイはそもそもそういうセンスが無いんだから、人の事をとやかく言わないの」
と、身も蓋も無いことを言われてしまったのである。
「私もお願いしたんだよ?ドランおにいちゃん」
「そっか!ありがとうごぜぇやす。せんせい」
「私はせんせいじゃないよっ!」
そう返事するサーシャ嬢はなんだかんだで嬉しそうである。それに比べるとあちら側は憂鬱そうである。
「嬢ちゃん達の頼みじゃあしょうがないとは言え、やっぱりめんどくせぇなぁ……」
「リーダーは良いじゃないのさ。何でアタシまで巻き込まれなきゃいけないのさ」
「お前が、嬢ちゃん達に子供の武器を教えたのがいけねぇんだよ」
「ナンノコトダカワカリマセン……」
ダンに厳しい目で非難されたアリッサ嬢は目を背けてバレバレの演技でしらばっくれるのである。
「まったく……。だからお前もやるんだよ」
「へいへい、わかりましたよ」
そんな二人のもとへ、フィーネ嬢の母君が申し訳なさそうにダン達のもとへやって来るのである。
「あの、お二人ともフィーネの我が儘に付き合わせてしまって本当に申し訳ございません……後できっちりと言い聞かせておきますから…………」
「あぁ、気にしないで気にしないで。リーダーは何だかんだで戦闘バカだし、あたしはそれに付き合わされてるだけだから」
「俺をあいつやウォレス見たいな戦闘バカと同じにするなよ」
アリッサ嬢の言葉に、憮然とした表情をダンは浮かべて抗議するのであるが、アリッサ嬢は冷たい笑いを浮かべるのである。
「はっ!断言するね。絶対リーダー途中で気持ちが盛り上がって、面倒なことになるから」
そう言ってダンをの抗議を斬って捨てて母君に向き直り
「だから、今回はフィーネちゃんが切っ掛けだったとしても、なるべくしてなった事だから、フィーネちゃんのところは怒らないでおくれよ」
と言うのであった。
なんであろう。アリッサ嬢は森の家に来てから、確実に皆の保護者ポジションが定着してる気がするのである。
「じゃあ、やるか」
「待ってましたぜ!」
間もなくダンとアリッサ嬢という、帝国最高の探検家達と模擬戦闘が出来る。ドランの機嫌は最高潮である。
そしてそんなドランを見ているフィーネ嬢も、凄く嬉しそうなのである。
「今ダンが行うのは戦闘訓練であるな?」
「そうだぜ」
「家に被害を与えたら我輩の昔の料理を食べてもらうので覚悟するのである」
「ぐっ!わかってるよ!」
我輩はダンに確認すると、皆を家のすぐ近くまで下がるように指示するのである。
「近くで見てちゃダメなの?」
「"戦闘訓練"は、駄目である」
我輩の言葉に首をかしげるサーシャ嬢であったが、皆が家の近くまで下がった瞬間その理由がわかったようである。
「おぅらああぁぁぁぁ!!」
何の合図も無しに、ドランが大声と共に
ダンに突っ込んでいくのである。そのままダンに向かっていくと思ったのであるが、
「くらいやがれぇぇぇぇ!」
両手にある大きな木の棒で地面を抉り、土や石をダンに飛ばすのである。ただ、その量が尋常ではなく、【抉り飛ばす】よりも【爆散】という表現がぴったりである。
我輩は、あんなことを生身でできる人間を、他にウォレスしか知らないのである。
「このバカ力が!」
ダンは想像以上に襲いかかる土砂の量に一度距離をとり、その土砂を避けるのである。
「もらったぜぇぇぇぇぇ!!!」
そのダンの死角から、あの巨体からは信じられない速さでドランが襲いかかり、木の棒を横凪ぎに払うのである。
しかし、ダンは事も無げにそれを躱すと、ドランの頭を殴り付けるのである。
ゴツっという鈍い音がして、ドランは、頭を押さえるのである。
「うおおおぉぉぉ!いってぇぇぇ!!」
「お前はバカか?実力に差がありすぎる相手に何《もらったぁぁ!》とか言って勝った気になってんだよ」
そう言いながら、ダンは蹲ってるドランに小突くように蹴りを入れているのである。
「はっは!まだまだぁ!」
「うおっ!?」
ドランは、小バカにするように蹴りを入れているダンの足をつかむと、木に向かって思いきり投げつけるのである。
「人が簡単に飛ぶところを初めて見た…………」
「俺もだ…………」
ドランの行為に、捜索団の団員が呆気にとられたような声を上げるのである。
我輩やアリッサ嬢は、ウォレスとダンの模擬戦闘で見慣れているからなんとも思わないのであるが、他のものからすればなかなか衝撃的な光景のようである。
そんなことを思っている間に、木に投げられたダンはそのまま回転して木に着地するようにして衝撃を和らげ、ドランは、ダンを追撃するべく木の棒をもって襲いかかるのである。
人の腕はある野太い棒を、細枝のように上下左右斜めに振り回すドランであるが、それを事も無げにダンは紙一重で避けていくのである。
「あたんねぇ!あたんねぇなぁ!」
「何で嬉しそうなんだよ、お前は!」
「これならどうだぁ!」
ドランがものすごい気迫でそう言う、勝負をかける。皆がそう思ったその瞬間。
……
…………
………………
一瞬の空白が辺りを包むのである。
何が起きたのである?我輩も、他のものも呆気に取られたのである。
「ふっ!」
「!!!」
まさかの展開に身構えていたダンもタイミングをずらされるのである。その瞬間を狙ってドランは、乾坤一擲の一撃を繰り出したのである。
しかし、次の瞬間、ドランは遠くに吹き飛んでいたのである。
「うおお、あっぶねぇ…………何てことしやがる…………」
「対人戦での奥の手でも駄目かぁ…………。ウォレス教官には当てられたんだけどなぁ……」
当事者たちは何やら納得しているのであるが、我輩には何がなんだかわからないのである。
「アリッサ嬢、何があったのであるか?」
アリッサ嬢は、呆れ顔で我輩に答えるのである。
「簡単にいうと、捨て身のフェイントさね。センセイもドランが本気の一撃を出すと思ったろ?」
「思ったである」
「だから、リーダーは強者として、それを受けきって反撃に出るつもりだったのさ」
「なるほど」
「で、一番集中する瞬間にドランはなにもしなかったのさ。攻撃するフリとかそんなんじゃなくて、完全な脱力」
そこで生まれた一瞬の隙をついて、全力の一撃を叩き込んだという訳らしいのである。
「では、何でドランか吹き飛んだのであるか?」
「そりゃ、ヤバイと思ったリーダーが本気だしたからだよ」
そう言われてドランを見ると、とても満足そうな笑顔を浮かべて立ち上がるのである。
「初めて本気を出させましたぜ、隊長。一歩前進ですわ。さあ、もう一回!」
「お前、頑丈だなぁ…………」
そう言って、二人は戦闘訓練を続けていくのである。
戦闘訓練は続いており、今は何故かダン一人に対して、ドランとハーヴィーとデルク坊とミレイ女史の四人が一組で訓練を開始しているのである。
必死な形相のハーヴィー、デルク坊、ミレイ女史に比べ、ダンとドランはとても楽しそうである。
「ほら、結局こうなるのさ。何が《俺は戦闘バカじゃない》さね」
先程までドランと戦闘訓練をしていたアリッサ嬢が、やれやれといった顔でこちらにやって来たのである。
「お疲れさまである」
「ありがと、センセイ。これなんだい?ほんのり甘いけど」
我輩からもらったコップの液体を一口飲むと、アリッサ嬢は不思議そうな顔をしたのである。
「疲労改善の薬の副作用を極力減らしたものに、甘い果実の構成魔力を加えたものである。副作用もほぼない代わりに、薬の効力や甘味も低いみたいであるな」
「副作用を無くす実験の一環かい?まぁ、これくらいの実験なら協力してやるさね」
そう言って、アリッサ嬢は疲労改善の薬を飲み干すのである。
「疲れがとれたような気がする、程度だけど効果はあるんじゃないかね」
「ありがとうである。参考になったのである」
「良いってことさ」
我輩の言葉にアリッサ嬢は、手をひらひらと振りながら応えるのであった。
「れんきんじゅつし様」
「どうしたのであるか?フィーネ嬢、サーシャ嬢」
袖を引っ張り我輩を呼ぶ二人の方を見ると、二人は複雑そうな表情を見せているのである。
「どうしたのであるか?」
「フィーネちゃんが…………」
「もしかして、わたしがワガママ言ったからドランさん、辛いのに無理してるのかなぁ…………」
フィーネ嬢が、泣きそうな顔でそういうのである。
「そんなことはないと思うのである。どうしてそう思うのであるか?」
「だって…………」
話を詳しく聞いてみると、最初はドランが頑張って戦っているのを格好いいと思ってみていたフィーネ嬢であったが、まるでダンに歯が立たず、アリッサ嬢にもあしらわれているのを見ているうちに、辛くなってきてしまったようなのである。
「ドランさん、あんなに頑張ってるのに全然当たらなくて…………可愛そう…………」
「フィーネ嬢、ドランの顔を見てみるのである」
泣きそうになっているフィーネ嬢に、我輩はそう言って、ドランの顔をすっかり見るように促すのである。
ミレイ女史の魔法でいくらか行動に制限をかけられてるとはいえ、四人を相手に互角以上の戦いをしているダンに、いいようにあしらわれているドランであるが、その表情は心の底から出ているであろう笑顔である。
「笑ってる……全然勝ててないのに……」
「フィーネ嬢は勘違いをしているのである」
我輩の言葉にフィーネ嬢は困惑の表情を浮かべるのである。
「ドランは、ダンやアリッサ嬢に勝つことを目的に戦いたいと言っているわけでないのである」
「ドランさんは勝ちたくないの?」
「勝ちたいとは思ってるのであろうな。ただ、それ以上に強い者と戦うのが好きなのだと思うのである」
「…………」
「もしかしたら、ずっと勝てないままかもしれないのである。ドランにはダンに勝つ才能は持ち合わせていないかもしれないのである。それでも、少しずつその強いものに近づいていく。強くなっている。そう思えることが楽しいのであろうな」
我輩の言葉を、フィーネ嬢だけでなく、サーシャ嬢もしっかりと聞いているのである。
「そして、その結果勝てたならとても嬉しいし、勝てなくても全力を尽くした結果であれば、ドランはきっと笑って受け止めるであろうな。やれることを全部やって駄目なら仕方ないと」
「…………何だかドランおにいちゃんは、私達みたいだね」
「サーシャちゃん?」
サーシャ嬢の小さな呟きを聞き、フィーネ嬢はサーシャ嬢の方を見るのである。
「同じだよ。私達と。お人形のことで悩んでる私達と一緒だ」
「……そっか、そうだね」
「まだ、始めたばかりなのに、言い訳して諦めそうになってちゃダメだよ」
「でも、サーシャちゃんが、いっぱい頑張らなきゃいけなくなっちゃうよ?」
「いいんだよ、フィーネちゃん。だって私はれんきんじゅつしだもん。れんきんじゅつが好きだから頑張るんだよ。だから、フィーネちゃんはいっぱい応援して!」
どうやら、完全に吹っ切れたようであら。自分を信じると言うのは何事に対しても大事なことである。それを忘れなければきっとこの子たちは何でも出来る筈なのである。
大声で笑うドランとダンに振り回される残り三人を眺めながら、我輩はそれを応援する小さな錬金術師の前進に期待するのであった。
それから数日後、森の民一向は集落へと戻っていったのである。
「サーシャちゃん、またね」
「うん、今度一緒にお人形の形を考えようね」
「うん!」
あれからサーシャ嬢は必死の努力を繰り返し、少しではあったが、【意思】の構成魔力の制御をすることが出来るようになったのである。
これで、今のところは我輩が思う通り、種族としての魔法適正がない構成魔力も、錬金術としては扱うことが可能であるという事が分かったのである。
もしかしたら、本当に扱えない構成魔力というものがあるかもしれないのであるが、それは、そのときに考えれば良いと思うのである。
「ドランさん、私もドランさんみたいに頑張るね!」
「おう!フィーネちゃんも、せんせいとの人形作り大変だろうけど頑張れよ!普通の方法が無理でも、頑張って勉強すればまた違う方法が見つかるから、絶対に諦めるなよ!」
「うん!頑張ろうね、サーシャちゃん!」
「うん!頑張ろうね、フィーネちんんゃん!」
ドランの言葉を受けて、更なるやる気に満ちるフィーネ嬢である。実際に作るのはサーシャ嬢であるが、きっとフィーネ嬢はダンのような存在になってくれるであろう。
そう思いながら、我輩は集落に戻る森の民たちを見送るのであった。




