少し変化した日常である ②
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
季節も一番暑い時期に差し掛かろうという現在、我輩達は森の家での生活を変わらず送っているのである。
「おはよう!おじさん」
「おはようである。今日も頑張っているのであるな」
「はい、毎日が楽しくてたまりません!」
ただし、細かいところではいくつか変化があり、今まで一番最初に起きていたはずの我輩であるが、最近ではサーシャ嬢やミレイ女史の方が早く起きることがあるようになったのである。
と、いうのも、現在工房には二つの釜があるのである。今まで使っていた完品魔法白金の釜ともう一つ、準魔法銀で作られた釜である。
サーシャ嬢は魔法白金の釜を、ミレイ女史は魔法白金の釜より二回りほど小さい魔法銀の釜を用いて道具の研究を行っているのである。
「分解した構成魔力を、そのまま保存する方法があるなんて驚きでした」
「ただ、本来はこんなに長期間保存が効くわけではないようである」
「本当はミレイお姉ちゃんの使ってる釜も、私の使ってる釜と同じくらいの大きさだったみたいだね」
以前フィーネ嬢の曾祖母である姥殿から、ノヴァ殿が魔法銀の釜を分解して持ち運んでいたという話を聞いた我輩は、家に着いた次の日に倉庫を物色したのである。
すると、倉庫の奥の方に色ガラスのようなものを見つけたのである。そこには、付箋のようなものになんの道具の構成魔力が分解されているか記されていたのである。
どうやらノヴァ殿はこうやって道具を構成魔力に分解・圧縮し、小さな結晶に構築して、持ち運び困難な大きな物や素材を運んでいたようである。
ただ、この方法は
・元の物がどう言うものだったのかわからないと構築に失敗して再構築できなかったりまったく違うものになってしまうこと
・錬金術魔法陣以外の場所では再構築ができないこと。
・時間経過で構成魔力が抜けていってしまうい、壊れたり欠けたりすると内部の構成魔力が一気に漏れてしまうこと
等の問題があるとその場所の注意書きに書いてあったのである。
魔法銀の釜も、本来は魔法白金の釜とほぼ同じ大きさだと姥殿から聞いているので、大分構成魔力が抜けてしまったようである。
戻す方法は簡単で、結晶を釜の中に入れて分解し、内部の構成魔力から閉じ込めていた結晶の構成魔力を抜き、再構築するだけである。
そこで我輩はあることに気づくのである。
もしや、本来錬金術には釜は必要なかったのではないか、ということである。
でなければ、魔法銀の釜をどうやって再構築するのか、という話になるのである。
と、いうことで気になった我輩は実際にやってみたのである。
結果は出来たのであるが、今の我輩には出来ない。ということがわかったのである。
簡単に言うと、分解された魔力をそのまま留めておくことが出来ないのである。
どうやらであるが、魔法金属を通すことで抵抗がかかり、我輩でも制御するだけの時間の余裕ができる。ということなのであろう。
後は、錬金術用の釜を分解する方法もわからないのである。これがわかれば、ノヴァ殿のように、何処にでも魔法白銀の釜を持ち運び出来るのであるが、残念である。
そう食事後の会話で嘆いていたら、ダンが
「魔法白金ノヴァでかい釜は無理でも、魔法銀のやつは行けるだろ?でかい釜の中にいれれば分解される筈だろ?」
といったのである。興味は引かれたのであるが、現時点で失敗すると取り返しがつかなそうなので、これは流石にやめておくことにしたのである。
というわけで、現在は必要なとき以外は我輩が手鍋を用い、二人が釜を使用して研究をする方針が出来上がったのである。
変化と言えば、我輩にも幾らかの変化があったのである。
「お?先生。今日は何を作ってるんだ?」
ミレイ女史が、アリッサ嬢達と周囲の地図作成のために出掛けているので、空いた釜を使用して新しい薬を作っているところに、留守番のダンがやって来たのである。
「今回は複合湿布薬を作っているのである」
【回復】【解熱】【疲労改善】【粘液】【布】の五つの構成魔力を使って筋肉の痛みを和らげる湿布薬を作るのである。
キズいらずや傷薬が外傷の薬であるならば、今回は骨や筋肉などの内側の怪我に対して効果を持たせたのである。
と、言うのもこれからさらに深部へと移動するという状況になりつつある今、我輩だけが体力が著しく低いのである。
我輩のせいで、進む速度が遅いのは申し訳ないので、体力作りを始めたのである。
普通に始めると時間がかかってしまい、研究の時間が減ってしまうことを危惧した我輩は、手引き書にあった【モリモリ!体の力】という体作りの補助薬を使うことにしたのである。
獣の肉などから分解される【身体】と豆類などの野菜から分解される【栄養素】を用いて作る錠剤である。
【栄養素】はアリッサ嬢曰く、もっと細かく分類できるようなのであるが、体を作る栄養と把握できていれば十分と考えたので今回は、大まかに分けるのである。
これに【意思】の構成魔力を加えると、一時的な身体能力増強効果を持つ薬ができるようである。
それを使って移動しても良いかと思ったのであるが、副作用がとてもきつそうな気がしたのでやめることにしたのである。
そうして出来上がった【モリモリ!体の力】であったのであるが、副作用は興奮作用とのことで、珍しくそれもほどきつい副作用ではなかったのである。
そう思って薬を飲んでみたのであるが、それは間違いだったのである。
「サーシャ嬢!我輩と一緒に外へ行くのである!」
「へぇ!?おじさんどうしたの!?」
魔法銀の釜で【意思】の構成魔力の融合作業の練習をしていたサーシャ嬢は、我輩の急な提案に驚くのである。
「こんな家の中にばかりいてしまってはサーシャ嬢も体が鈍ってしまうのである!今日は研究を中断して、外で力の限り動き尽くすのである!」
「うーん……おじさんが何か変だけど、私とお外で遊んでくれるってこと?」
「そうである!いくらでも遊ぶのである!野山を駆け巡り、木に登り、川を泳ぐ!何でもこいである!」
「本当?やったぁ!」
そのまま、サーシャ嬢と夕飯になるまでの間ずっと外で追いかけっこをしたり、木登りをしたりして遊び尽くしたのである。
その結果、かなりの筋肉痛に悩まされてしまっているのである。
完全に副作用を見誤ったのである。
今も、普通に融合作業をしているように見えるのであるが、実際は足がプルプルするほどに痛いのである。
「しかしよぉ、驚いたぜ。狩りを終えて帰ってきたら、高笑いしたセンセイが嬢ちゃんと戦闘訓練もどきしてるんだからよ」
ダンが戻ってきた時、悪役の我輩が英雄役のサーシャ嬢が矢継ぎ早に放つ魔法を躱していくという遊びをしていたのである。その時のことを言っているのであろう。
「戦闘訓練ではないのである。あれは、我輩が魔王でサーシャ嬢が伝説の魔法使いで、戦いの最終局面であったのである」
「……センセイ?まだ副作用が続いてるのか?」
「…………かもしれないのである」
真顔で応える我輩に、間を置いて同じく真顔で応えるダンの言葉を聞いて、我輩は副作用の恐ろしさを改めて体感したのである。
「まぁ、それは良いけどさ。センセイ、前より能力が上がったのか?」
「そうであるな。どうやら、集落の一件で魔力の制御能力が格段に向上したようである」
自警団長を魔物から解放する際に作製した大型紙人形であるが、あの時に限界ギリギリまで集中して魔力制御を行っていた結果、あれから後の紙人形を作るのがとても楽になったのである。
よくよく思い出してみると、今まであれほど消耗するほど何かを作ったことがないのである。
その事を、ミレイ女史と老婦人がいたときに話したのである。
「一概にそうとは言い切れませんが、アーノルド様はかなりの魔力制御力の才能をお持ちのようです。さすがはアーノルド様です!」
「それに、あなたに能力の伸び代がいっぱいあるという事ね。羨ましいわ」
すると老婦人は笑顔で、ミレイ女史は羨望の眼差しを向けて我輩にそう答えたのである。
そのあと、二人と錬金術用の魔力制御の訓練方法を考えて、それを実践していたのである。
その方法は、集中して作業に勤しむことであった。
それを提案されたときに、集中して作業をしていると二人に抗議をしたのであるが
「アーノルド様は、ご自分が思っている以上に集中しないで普段は作業をしております」
「そうね、他の事に気を取られて失敗をよくするとアリッサちゃんから聞いたことがあるわね」
「そのお陰でノルドがでたりと、悪いことばかりではありませんが、そのせいで魔力制御にムラができているのも事実です」
「やる時はきちっと集中できてるのだから、普段からそれができるようになるだけで、貴方の能力はどんどん上がっていくと思うわね」
と、返されたのである。
その様なわけで、その一件以降できる限り集中を怠らないように作業をしていた結果、かなり魔力制御の能力が上がったのである。
集落に向かう前は、魔法白金の釜で作業するにあたり3種類の構成魔力しか安定して同時に制御できなかったのであるが、現在は今作製している湿布薬に必要な5種類の構成魔力を、ダンと会話しながらでも問題ないくらいに制御できているのである。
制御する構成魔力の種類や総量などで制御の困難さは変わるので完全な指標とは言えないのであるが、ある程度の目安にはなるのである。
ちなみに、現在サーシャ嬢は4種類を同時に制御できるようになって来ているようであるが、構成魔力の詳細なイメージが苦手なようであり、逆にミレイ女史は、まだ2種類の制御しかできないのであるが、かなり細かいイメージが出来るようである。
こういう人の特色があるというのは、とても面白いと思ったのである。
「というわけで、現在この複合湿布薬を作れるようになったのである」
「なるほどねぇ。で、これの副作用は何なんだ?」
「そうであるな、手引き書によると患部が染みるというのと、臭いがきついということらしいのである」
「つまり、普通の湿布薬が強烈になるってことか」
「試してみるのであるか?」
「俺は今回留守番で何もしてねぇから良いよ。ドランかハーヴィーに試してくれ」
「そういわれればそうであるな」
「と、言うか、自分用なんだろうが!自分で試せよ!」
「自分で試す前に、ちゃんと使用出来るラインで出来上がったか試してみないとダメであろう?」
「……センセイ、その鬼畜な発想は本当にどうかと思うぜ……。能力は成長しても、精神が全く成長してねぇっていうのは大問題だぜ……」
我輩の言葉にダンは大きなため息をついてそう答えるのであった。
「うがああぁぁぁぁぁ!!いてえぇぇぇ!」
「目がぁぁぁ!目がぁぁぁぁ!」
「近づくなてめぇら!こっちも被害が来るだろうが!」
「なんて物を作ったんだい!センセイ!」
「また副作用を抑えるイメージを忘れたの?おじさん」
「そういえば、忘れていたのである」
「構成魔力が増えて効果が上がる分、副作用も上がるようですね。勉強になります」
「3人とも何でそんなに落ち着いてんだよ!」
「あはははは!……痛い痛い!刺激が喉にきた!」
その日戻ってきたドランとハーヴィーに湿布薬を試したのであるが、今回も副作用を抑えるイメージを忘れた結果、二人は一発で筋肉疲労が劇的に改善されたものの、目が開けられないほどの刺激に襲われることになり、我輩達も目が痛くなるのでしばらくの間二人に近づくことができなかったので、道具の改良を余儀なくされたのである。
うむ、やはり使用前のテストは必要である。我輩は改めてそう思ったのであった。




