はじめての異文化交流は、毒の味である。
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師であった
『ニンゲン?ニンゲン?お兄ちゃん、助けて!』
子供はそう言うと、弓を落として泣き出したのである。
何がなんだかわからないのであるが、目の前の子供が発した言葉、それは確かに現在では、知るものはほぼいない【古代精霊語】だったのである。
「センセイ、このボウズどうしたんだ?」
「どうやら人間に助けを求めているようである」
「何で?」
「聞いてみるである」
状況がわからないので、子供に尋ねるのである。
異文化交流である。
我が一族の実力が試されるのである!
『誰助ける? 理由知りたいです』
『お願いニンゲン、兄、助けて!兄、%%$#!ニンゲン、薬も%^^%も作れる((*&%$の魔法使えると本に書いてあった!助けて!』
なんということであろう。
よくわからない言葉がそれなりにあるのである。
ただ、必要そうな単語は聞き取れたので、そこからどうにかなるであろうか。
『薬?何の薬作る?何の本に書いてあった?』
『何の薬?分からない!兄の足、##$%になった!立てない!体も熱い!魔法効果無い!兄、%%$#!!%%$#ぅぅぅぅぅぅ!!!!!ああああぁぁぁぁ!!!!!』
とりあえず、何やら緊急事態のようでである。
子供の兄君の足がおかしくなり、現在寝たきり、発熱、回復魔法が効かないと言う状態らしいのである。
かなり深刻な状態である。
我輩はその事をダンに告げると、ダンも状況は把握したようである。
「で、どうするんだよ。助けられるかどうかも分かんねぇぞ」
森の民の子供が同じ森の民ではなく、なぜ人間に助けを求めているのか分からないのではあるが、これはチャンスである。
森の民と交流が持てるチャンスなのでである。
そして、もしかしたら…………。
『質問する。薬作る魔法。道具必要。これ、ある?』
そういって、我輩はダンか調査用の筆記用具を借り、必要な道具を書いて子供に見せたのである。
大声で泣いていた子供であるが、兄の命がかかっているのがわかるようで、泣くのをこらえて書いてある文字を見るのである。
『………………ある……。ニンゲン……お兄ちゃん……助けて』
懇願するような子供の声に、我輩はしっかり、
『助ける』
と、答えるのであった。
そこからの行動は早かったのである。
一刻も早く子供の家に行かねばならぬので、場所を訪ねるのである。
我輩の予想通り、それはやはり我輩達が調査しようとしていた家であったのである。
なので、急いで走ろうとする我輩達を、
「こっちのほうが早い」
とダンは言い、我輩と子供を肩に担いで現在目的地に移動しているのである。
人を2人担いでなぜこのスピードが出るのであるか、全くもって意味がわからないのである。
以前シンとアリッサ嬢が、
「リーダー、本気出したら馬の全速力並みに早いんですよ」
「一瞬だけならそれより早いとか、マジ化け物だよ。あの人」
と、我輩に言っていたのを思い出したのである。
全く本気にしてなかったのであるが……本当の話かもしれないのである。
『…………兄……』
我輩と一緒に担がれている子供は、泣き疲れて眠っているのである。
兄君が変調をきたしてから一人で慣れない狩りや、兄君の治療を頑張ってきたようである。
しかし、寝顔を見ているとまるで女の子のような可愛らしい寝顔である。
森の民は見目麗しいと書かれていたのであるが、男も可愛らしいのであろうか。
「センセイ、着くぜ。」
そんなどうでも良いことを考えていた我輩は、ダンの言葉で我に返るのである。
ダンの言葉を確認するべく、後ろ向きに担がれている我輩は、振り替える形で進行方向を確認するのである。
視界には、ぽっかりと出来上がった広場のような場所と、その中ほどに建っている、おそらく3階建ての一軒家が見えていたのである。
屋根から少し延びている煙突からは、とても薄い桃色の煙がモクモクと出ているのである。
あれが、ここ一帯の魔獣などを遠ざけている原因であろうか。
興味はあれど、それは後回しである。
玄関までやって来たので、ダンは眠っていた子供を起こし、我輩と共に下ろすのである。
意外に深く寝入ってたらしく、なんかフラフラしているのである。
相当疲れていたのであろうか。
『…………家?…………兄!』
半分寝ぼけていた子供であるが、家だと認識すると、勢いよく中に入っていくのである。
「中に入って良いのであるか? 不法侵入にならないであるか?」
「緊急事態だよ! なんでこのタイミングで律儀なんだよ」
そんなやり取りをした後、我輩達も子供の後に続いたのである。
現在我輩達は、兄君が寝てる2階の部屋で、兄君の状態を確認している最中である。
兄君は、高熱と足の痛みにうなされている状態である。
子供が懸命に回復魔法をかけているが、遅延効果はあれどやはり状況は芳しくないようである。
「センセイこれは毒だな」
「そうであるな。話を聞く限りでは土の毒であるな。」
担がれている最中に子供から聞いた話によると、兄君は半月ほど前、狩りの際中左足に少し深いキズを負ってしまったとの事である。
その時は、子供の回復魔法で治療したのであるが、その後、怪我した辺りが赤く変色してきたようである。
おそらくではあるが、回復魔法の構成力が甘く、深い位置まで治すことができなかったのであろう。
その結果、そこから土の毒が回ったのではないかと我輩は推察するのである。
「紫から、黒に進みかけてるな…………」
「ギリギリであるな」
「いけるのか? センセイ」
「これ以上進行すると、我輩の作れる範囲では無理であるな。」
毒による変色は、危険度の目安になるのである。
初めは赤、どんどんと紫になり、最後は黒である。
中でも、変色が黒まで進んでしまった場合は、魔法でも解毒どころか回復もほぼ無理である。
「そうなってしまったら、体力がある者は患部を切り落とし、回復魔法をかけることで生き延びることもありますが、殆どは楽にしてあげることしかできないのです」
と、解毒の薬を作っている時に、悲しそうな顔でゴードンが言っていた事を思い出すのである。
「ダンよ。ちゃんと材料調達頼むである。限界まで【効果圧縮】をするので、相当量の薬草が必要である。」
「解毒用の奴だろ?そこら辺に一杯あったから、どっさり持ってきてやるよ。」
「量だけでは意味無いのである。品質もそれなりに良いものである。」
「わかってるよ、どれだけセンセイの材料採取行ってきたと思ってんだ」
そう言うと、ダンは調合に必要な材料を採取しに、部屋の外へと出て行ったのである。
今回は初級の解毒薬なので、材料の種類は多くない筈なのである。
さて、兄君の様子も診たので、我輩も工房で久しぶりの調合である。
俄然やる気が出てくるのである。
「おじさん」
すると、不意に声がかかるのである。
声のする方を見ると、子供が心配そうにこちらを見ていたのである。
何故かこちらの言葉で話している気がするのだが、その方が色々伝えられるし楽なので、都合が良いのである。
今はそれどころではないのである。
「どうしたであるか?」
「お兄ちゃん、助かる?私が1日お兄ちゃんから離れたから、足の色が悪くなって……」
不安で泣きそうであるな。
自分が人間を探すために、1日兄君を放置した事で、進行が一気に進んだことを後悔してるのであろう。
「確かにそうであるが、君がここにいて回復魔法を掛け続けていても、ゆっくりになるだけで治ることはなかったのである」
「…………」
「勇気を出して人間を探した結果、兄君を治せる可能性がある我輩達に遭遇したである。君は、賭けに勝ったのである」
「お兄ちゃん、治るの?」
「正直に言うと、このままでは厳しいであるな」
子供の顔に絶望の顔が浮かぶのである。
ん? どうやら言葉が足りなかったであるな。
言葉足らずであった事に気づき、我輩は言葉を重ねるのである。
「このままだと毒を無くしても、足の自由が利かなくなる可能性が高いのである。そして、これ以上毒感染が進むと非常に危険なのである」
「そんな…………お兄ちゃん……」
子供は現状の厳しさに泣いてしまったのである。
しかし、大事な話なので隠さない方がいいと思うのである。
子供には、これから重要な役割を果たしてもらわねばならないからである。
「時間との勝負になるのである。君にも手伝ってもらうのである」
「……何をすればいいの?お兄ちゃんを助けられるなら何でもする。がんばる」
「君の回復魔法は一時的にしろ毒感染を遅らせているのである。なので、我輩達が薬を調合できるまでの間、できる限り時間稼ぎをしてほしいのである。」
「うん、わかった。」
「いい子である」
真剣な面持ちで子供は返事をし、回復魔法をかけはじめたのである。
きっと、本当に頑張るのであろうな。
兄君が、きっと悲しむから無理はしないようにと指示をし、我輩は一階にあった工房へ向かうのである。
子供は素直ないい子であったな。
森の民は皆、このような感じだと嬉しいのである。そう思ったのである。
現在我輩は、一階の工房にいるのである。
我輩の目の前には1年強待ち望んだ、諦められずにいたその道具があるのである。
それは、錬金術用に作られた特別仕様の魔法陣と、その上に置かれた金属製の大釜。
いわゆる錬金術の基本セットである。
ダンが材料を持ってくるまでの間、やることがないので、我輩は工房を調べてみるのである。
机や台の上、いくつも置いてある木製の棚には、錬金術に使用すると思われる我輩の知っている物、知らない物、様々な道具や書籍などが綺麗に整頓されているのである。
この工房、と言うよりこの家全体がとても綺麗であるのは、おそらくではあるが妖精が使用する状態保存の魔法の効果なのではないでいかと予想するのである。
確か以前見た書籍によると、妖精の使用するその魔法は、永久保存ではなく停滞保存だったはずである。
と、いうことは、ゆっくりと劣化していくの筈なのであるが、どう見てもまだまだ新築のようである。
妖精の魔法と言うのも、ものすごいものなのであると我輩は思うのであった。
捜索を続けていくと、我輩は奥に扉を発見するのである。
その扉の先には、倉庫のようなものがあったので、何か使える素材はないか中を確認したのである。
しかし、いくつかの材料は朽ちてしまっていたのである。
おそらく、希少な材料などもあったのではないかと思うのである。
残念である。
その他にも、調合や作製された道具なども幾つか確認できたのである。
どんな効果があるか調べたいところではあるが、今はそんなことをしに来ているわけではないのである。
非常に残念ではあるが今は触れないでおくのである。
機会があったら確認させてもらいたいものである。
そのためにも、兄君の治療を成功させなければならないのである。
そう思い、大釜の方へ向かうのである。
すると、先程見てなかった大釜側の作業台に、一冊の本が乱雑においてあったのである。
不思議に思い確認してみると、それは、我輩が錬金術に没頭することになった愛読書【錬金術初心~初級編 ーノヴァ・アルケミスト著ー】であった。
ダンが来るまでの間、懐かしさを感じつつ、今回の必要な部分の復習のために本を読んでいたのである。
しばらく手引き書を読んでいると、玄関のドアが開き、ダンの声が聞こえてきたのである。
「センセイ!材料持ってきたぞ!」
「わかったのである」
我輩も、読んでいた本を置いて魔法陣を起動させるのである。
さて、ダンも子供も頑張っているのである。
我輩も頑張らねばならぬのである。
そう気を引き締め、我輩は魔法陣へと向かうのであった。