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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
3章 森の集落と紙人形、である。
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集落での事件、その後なのである


 我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。






 まだ日も昇らぬ薄暗い、周囲も静まり返ったこの時間に我輩はいつものように目を覚ますのである。

 日が昇ると暑くなるこの季節ではあるが、この時間はまだ肌寒いのである。

 しかし我輩は、それを苦に感じることもなく、寝床から起き出し部屋の外へと出るのである。

 当然宿舎もしんと静まり返っており、我輩は、眠っている他のもの達の邪魔にならないように気を付けて外へと向かうのである。

 外は、明かりを使わねば周囲を確認できない。と、いう程に暗いというわけでもなかったので、我輩は目が慣れるのを待ち、薄暗闇の中を進んでいくのである。

 この集落に来てから毎日行っている日課である。


 「あ、錬金術師様。おはようございます」

 「おはようである。いつも不寝番お疲れ様である」


 いつものように、我輩は自警団の面々が不寝番のを行う際に積めている場所に赴くのである。

 あちらも最初の頃は一瞬警戒を表していたのであったが、今では慣れたものである。


 「錬金術師様がここにやって来たってことは、もう少しで当番の時間も終わりだな」

 「アリッサさん、今日は何を作ってくれるんだろうな」

 「最近、アリッサさんのご飯を食べたくて、不寝番が待ち遠しくなっちまったんだよなぁ……」

 「わかる、わかるぜ!最高だよなぁ、アリッサさん!」

 「ん?」

 「え?」


 微妙に噛み合っているようで噛み合っていない会話を不寝番の二人が交わしていると、外からもう一人がこちらへとやって来たのである。どうやら定期的な見回りから帰ってきたようである。


 「何やら盛り上がって…………お?錬金術師様か。おはようございます。もうそんな時間になってましたか」

 「もう、不寝番をしても大丈夫なのであるか?」

 「ああ。幸いそれほど長い時間憑かれていた訳ではないから、大した問題はないさ」


 やって来たのは、自警団長である。


 あの後、魔物が入り込んだ紙人形はすぐにバラバラにされて、ミレイ女史の魔法で燃やされたのである。


 その後、自警団長は夕方頃に意識は回復したのであるが、万が一に備え、体を拘束された状態で妖精パットンを待ってもらうことを提案したのである。

 彼はそれを受け入れ、自室に拘束された状態で大人しく待っていたのである。

 

 その翌日、こちらの状況を聞いた妖精パットンがこちらへと単身戻ってきて、自警団長の様子を確認してもらい、取り憑かれていないことを確認したのである。


 「人使いの荒い人達だよ全く……」

 「すまないのである。頼りになるのは妖精パットンだけなのである」

 「……だったら、ボクに甘いお菓子をたくさん用意しておいてね」

 「はいよ、パットンのためにとっておきのお菓子を用意しておくよ」

 「絶対だからね!」 


 妖精パットンがいないと、試験場にいるメンバー達の意思疏通に不便があるため、ほぼとんぼ返りになる形で妖精パットンは戻っていったのであった。


 それから数日様子を見て、自警団の活動に復帰したとは聞いていたのであるが、不寝番もやっているとは思わなかったのである。


 「錬金術師様。本当にありがとう」


 もう何度目であろう、会うたびに貰う感謝の言葉に我輩は、つい苦笑いを浮かべてしまうのである。


 「親御殿と言い、自警団長と言い、森の民は会うたびに感謝しないといけない文化でもあるのであるか?」

 「理解していないのは錬金術師様の方だ。俺や彼が、自分が助かったという理由だけでこんな何回も感謝すると思っているのか?」


 言われてみると、親御殿は自分の命が助かったことよりも、サーシャ嬢達を助けた事への感謝をしていたのである。

 つまり自警団長も、ほかの理由が感謝の理由の大多数を占めているということなのであろうか。


 「そうだぜ。俺達だって錬金術師様の性格を姥様や長に聞いているから口にしないだけで、一回じゃ表せないくらいの感謝の気持ちを持ってるんだぜ?」


 自警団の一人、アリッサ嬢を気に入っている方の男が会話に混ざってくるのである。もう一人の方も頷いて同意を示すのである。


 「俺達が錬金術師様に感謝しているのは、何百年も味わってきた、あの苦しくて辛い思いをしなくて済むという感謝なんだ」

 「そう、ついさっきまで一緒に仲良くやっていた友を、この手にかける苦しみや悲しみを、これから大人になるっていくチビ達には味あわせなくていいっていう感謝だよ」


 それはきっと、この森に住む上で覚悟を決めている事だったのかもしれないのである。

 だとしても、同胞を手にかけるその苦しみや悲しみが覚悟を決めたところで無くなるというわけではないのである。

 自分が死ぬまでの何百年、何度も何度も向き合うわなければいけないそれが、辛くない筈はないのである。


 その悲しさや辛さは、所詮百年も生きることがない人間で、仲間をこの手にかけた事がない我輩が理解できるものではないのである。


 その悲しみを

 その苦しみを

 その辛さを


 解き放てるかもしれない光がある。

 友を救えるかもしれない希望がある。


 それが一体どれ程のものなのか、我輩には思い量ることすらできないのである。

 そうだとしても、我輩の答えは決まっているのである。


 「感謝の気持ちはありがたいのである。だが我輩は、我輩の理念に従って行動しただけである。そんな感謝をされるような事はしていないのである」


 我輩の言葉に、3人は顔を見合わせて可笑しそうに笑い合うのである。

 何事なのかと思って怪訝な顔をする我輩を見て自警団長達はが面白そうに


 「いや、すまないな。本当にそう言うとは思わなくてな……」

 「まさか、一字一句全く同じだとは思わなかったよ……」

 「素直に感謝を受け取れない臍曲がりだって聞いてて、そんなことはないだろうと思ってたけど……ププッ」


 どうやら3人は、ダンとアリッサ嬢からこういう展開になったときの我輩の態度を前もって教えていたようで、ほぼその通りの回答をしたことが面白かったようなのである。


 「ダンもアリッサも、錬金術師様の事をよくわかっているな」

 「こういう余計なことにばかりに知恵が回る子供のようなれんちゅうである」

 「その子供と思っている二人に、面倒な子供に思われているようだぞ?錬金術師様は」

 「……心底心外である」


 そんな我輩の反応に、自警団の3人はまた面白そうに笑うのであった。






 集落に入ってから二月弱が経とうとしているのである。新たに作った試験場で様々な試験が行われ、その結果を受けて新しい試作品を作ることを繰り返しているのである。


 そんな中、我輩はこれから簡易魔法陣の上に置いてある手鍋に、道具を作成するための素材を投入していくのである。


 使用する素材は


 ・意思の構成魔力の入った素材

 

 研究の結果、品質の良し悪しで変化してしまうが、粘性生物の核であれば1~4個で十分な効果が発揮できるのである。脳も素材としては優秀なのであるが、他の構成魔力も多数含まれているので、結果的に作業時間や素材の必要量が多くなってしまうことと、森の家に持ってくる際の保存の観点から核の方が優先順序が高くなったのである。

 そしてその事から、この前自警団長を助ける際に使用した十数個の核という数は、過剰であったことがわかったのである。


 ・魔物を誘引させたいという思いを込めた文字が書かれた用紙


 こちらも研究の結果、同じ構成魔力量の場合この素材を入れた紙人形の方へ誘引される魔物の数が2割ほど多かった事がわかったのである。

 また、妖精パットンと集落の者達の協力の結果、フィーネ嬢他数名の者が文字に意思を乗せるのが得意な者がいることがわかったのである。これからは集落の依頼を受けて紙人形を作る際は彼女らが書いた紙を貰って道具の作製をすることになるのである。

 これは、紙人形一体に辺り一枚あれば十分であったことがわかったのである。

 こちらも最初の素材の候補ではあるのであるが、他の二つに比べると構成魔力の総量が低いことと、【意思】よりも【植物】の確保のためという意味合いが強いので、別の必須素材として利用することになったのである。


 である。


 分解された構成魔力から、道具に必要な【意思】そして【植物】という二種類の構成魔力を融合、定着。


 出来上がった構成魔力を霧散しないように制御しつつ鍋の外に出し、我輩が思い描く道具へと構築すべく集中を始めるのである。

 本来、この時魔物の好む構成魔力であると言う思いを乗せるべく集中をしていくのであるが、研究の結果、道具の効果に大きなばらつきを生む結果になったのである。効果が高い場合には、必ずといっていい程それに強烈に引き寄せられていくのであるが、低い場合は、効果が半減以下になってしまう場合もあったようである。

 

 「多分、錬金術師アーノルドは細かく理論的に具現化する効果を考える方だから、サーシャのようなどちらかというと漠然とした感覚的な道具の作り方に向いてないのかもしれないね」

 「じゃあ、私の方が向いてるっていうことなのかなぁ?」

 「どうなのかしら?多分、やりやすい道具の作り方が違うっていうだけだと思うよ」

 「そっかぁ~」

 「森の家に着いたら一回試してみるのである」

 「うん!」


 その問題が起きたときに研究チーム3人と妖精パットンで話し合ったときにこんなやり取りもあったのである。

 個人個人にあった道具の作製方法があるというのは、改めて面白いと思ったのである。


 そうして、構築した構成魔力は作業台の上で紙人形の形に具現化されるのである。


 森の民の集落長達から求められて、研究と試作を繰り返した【誘引の紙人形】がこれで完成を迎えたのである。


 「完成である」

 「……これが……完成品……」


 集落長は紙人形を感慨深げに手に取ると、そのまま我輩達の方へ向くのである。


 「錬金術師様、これで集落……いえ、森に住むものの脅威が格段に減ることになります。本当にありがとうございました」


 そういって頭を下げる集落長に続き、その場にいたデルク坊とサーシャ嬢以外の全ての森の民達が頭を下げるのである。


 「そうであればこちらも嬉しいのである。役に立てるのであれば幸いである」


 我輩がそういうと、この部屋にいた全てのものに笑顔が浮かぶのである。


 「長かったなぁ、今までの中でもかなり長期間の研究じゃなかったか?」

 「殆ど最初から作っているから仕方ないんじゃないのかい?臭い薬も長かったじゃない」


 ダンとアリッサ嬢が我輩の後ろで言葉を交わす。我輩としては予想より早く終わったのであるが、そうでもなかったようである。


 「とても楽しかったけど、これでこことも一旦お別れか」

 「だったらここに残るかい?君はここだと人気だからね」

 「パットン、まるでここでしか人気がねぇ言い方じゃねぇか!間違ってねぇけどな!はっはっは!」

 「なかなか良い経験ができました。森の民の皆さんの技術を教えていただけましたし」

 「室長やお父様がだいぶ悔しがっていました。最後の報告はどうしましょう…」


 ドラン・ハーヴィー・ミレイ女史にとって今回の訪問は充実したものになったようである。妖精パットンがドランの一言にからかうように反応をするのが珍しいのである。ダンとアリッサ嬢が多少悔しそうなのである。


 「おっちゃん、ありがとうな!おれとサーシャを連れて来てくれただけじゃなくて、集落の皆のために」

 「気にすることは無いのである、デルク坊」

 「言うと思ったよ!」


 我輩の言葉を聞いて、デルク坊は笑ってそう答えるのである。デルク坊も、今回の一件でまた一つ大人になったのであろう。何やら大きく感じるのである。


 「おじさん、出来たね」

 「そうであるな」


 サーシャ嬢が我輩の元へやってきたのである。サーシャ嬢にしては珍しく言葉少なげである。


 「この子達も、皆のために頑張ってくれるんだね」

 「そうであるな。それがこの人形達のあり方であるからな」

 「そうだね……皆、ノルドの分まで頑張ってね」


 どことなく悲しそうにそう言うサーシャ嬢の肩にはノルドの姿は無いのである。我輩は、近くにいるフィーネ嬢にも視線を向けるのである。彼女の肩にもノルドの姿は無いのである。


 それは何故なのか、


 ノルドは


 本来の役割を果たしたのである。






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