効果のほどはである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「…………できたのである」
「…………できたね」
「…………うん」
「…………できましたね」
我輩の横にある作業台には、一体の紙人形があるのである。
疲れているのであるが、休んでいる暇はないのである。
これからが一番の問題なのである。
我輩達は全力を尽くしたのである。あとは、これが効いてくれることを願うだけである。
我輩達は、そう思いながら紙人形を持ち、自警団長の元へとむかうのである。
しかし、我輩の力不足のせいで、結局作り終えることができたのは夜明けになってしまったのである。不甲斐ない事、この上無いのである。
夜遅くに定着作業を終えた我輩は、そのまま構築作業をしようと思ったのであるが、ミレイ女史に止められたのである。
サーシャ嬢とフィーネ嬢は、定着作業をしている最中に一度家に帰っていったので、現在この部屋には我輩とミレイ女史の二人のみなのである。
「アーノルド様、今日はこれで終わりになさってください」
「いや、無理はしていないのである。これくらいいつものことである」
「いえ、アーノルド様。本日はお休みください。御自身でも気づかないほどに消耗しております」
「いやいや、そんなことは…………」
我輩が言い切る前に、ミレイ女史が我輩を押すのである。我輩は軽く押されたはずなのであるが、耐えることができずに尻餅をついてしまうのであった。
「私の力を受け止められないほどに消耗する位、定着作業まで集中していたのです。いえ、集中せざるを得なかったのだと思います」
「…………」
ミレイ女史の言っていることは、おそらく正しいのであろう。我輩の力量では、まだこのレベルの道具を作るのに相当の無理をしないといけないのであろう。
「このままだと、おそらく構築作業中に集中が切れてしまい失敗する可能性がかなりあります」
構築作業も、より細かい効果を出すべく集中して構築していかなければならないのである。当然効果を細かく設定するにつれて、こちらの消耗や道具作製の難易度が上がるのである。
その中でも、魔物が寄りたくなる【意思】の構成魔力だと思ってもらうことを意識しながら集中する。これがどうにも我輩には苦手なようで、試験用の紙人形を作っていた際も1番集中を要していたのである。
そう考えると、確かに思っていたよりもかなり消耗しているこの状況で構築作業を行うのはかなり博打要素が高くなってしまうと思ったのである。
集落長のことを思うと、出来るだけ早く道具を作って持っていきたいところではあるが、ひどい物言いではあるが親御殿が取り憑かれた時のことを思えば、今日取り憑かれて一日やそこらで構成魔力を全て吸い尽くされるということは無いはずである。
都合の良い考えかもしれないのであるが、ここは魔物の生態を信じて今夜は休み、明日きっちり構築した方が良いと判断するのである。
「わかったのである。今夜はこれで終了にするのである」
我輩の言葉を聞いて、ミレイ女史は安堵の表情を浮かべるのである。我輩は、それほど心配されるほどの状態であったのであろうか。
そういうわけで、一晩明けた早朝に道具を完成させたのである。
出来上がった紙人形は、今まで作っていた紙人形とは違い、大きさが子供くらいある巨大な紙人形である。ほぼ鍋いっぱいにあった構成魔力を圧縮することなく全て内包させるには、この位のサイズにならざるを得なかったのである。
持ち運びには全く向いていないのであるが、今回はそんなことを気にする必要は無いのである。
我輩は、巨大な紙人形を折りたたみ、サーシャ嬢とフィーネ嬢の後を追って自警団長の元へと向かうのであった。
自警団長がいる集落長の家につき、ドアを叩くとアリッサ嬢と集落長が出てきたのである。ほとんど眠れていなかったのであろう、集落長の顔は憔悴しきっているのである。
「ご子息の様子はどうであるか」
「…………」
「意識を取り戻して、最初は本人かな?って思うくらいに自警団長を演じていたよ。だけど、次第に早く縄を解けやら人でなしやら、人が変わったような罵詈雑言の嵐さ。あまりにうるさかったのと、周りの皆の影響を考えて今は猿ぐつわをして転がしているよ」
憔悴しきって何も言えなくなっている集落長の変わりに、アリッサ嬢が現状を報告するのである。
魔物に取り憑かれているとわかっているとは言え、豹変してしまった自分の息子の姿を見るのはやはりつらいのであろう。
どうやら、こちらも魔物に気づいていない演技はしているようであるが、それを鵜呑みにするということは、なかなか知能の低い個体のようである。
憔悴して疲れきった表情である集落長であったが、我輩の持っている紙を見つけて、その表情が若干明るくなったのである。
「錬金術師様、それは……」
「全力は尽くしたのである。あとはこれが効果があることを願うのである」
「おお……お願いします……」
我輩の言葉に、祈るような仕草を見せる集落長である。気持ちはわかるのではあるが、我輩は神ではないのである。
色々な場所で同じ事をされてはいるが、どうにも慣れることのない、何とも言えない居心地の悪さを感じつつ、我輩は自警団長のいる部屋へと歩んでいくのである。
『ンー!ン!!ンンン!ンー!』
部屋に入ると、縛られた自警団長が暴れているのである。猿ぐつわは涎でぐしょぐしょで、目は血走って狂気をはらんでいるのである。
その異様な光景に、我輩やミレイ女史達だけでなく、先程まで監視をしていた筈のアリッサ嬢や集落長も驚いているのである。
「アリッサ嬢、ずっとこんな感じだったのであるか?」
「そんなわけないじゃないか。あたしだって何事なのかって驚いてるよ」
と、言うことはである。
なので、我輩がおもむろに紙人形を広げると、自警団長の視線に釘付けになるのである。
紙人形を動かすと、その方向に食い入るように体を動かそうと身を捩るのである。
「効果は抜群……ですね」
「そうであるな」
「試験場に現れた魔物達とは、反応が全然違うねぇ…………」
この魔物は、取り憑いている生物による例外はあるものの、基本的に侵入経路は様々なのであるが、排出されるときは口を介すると言うことがわかっているのである。
なので、猿ぐつわをして口を塞がれている現在、この魔物は紙人形に侵入したくても自警団長の外に出ることができない状態ということなのであろう。
多分、これならばいける筈なのである。
我輩は、何かあってもすぐに逃げられるよう、ミレイ女史達と集落長を出入り口付近に移動させ、その反対側に紙人形を置くのである。
自警団長は、完全に我輩達のことなど眼中にないらしく、見ているのは紙人形一点である。
もしも、これが我輩達を騙すための演技であったのであるならば、この魔物はかなりの演技派なのである。
身動きがあまりとれない中、紙人形を追うためにかなり無理した動きをしていて、拘束していた縄が体に食い込み、血が滲み出しているのである。
これ以上お預けしていると、逆に自警団長の身が危ないのである。
「アリッサ嬢、頼むのである」
我輩の言葉にアリッサ嬢は、即時に反応して自警団長につけられていた猿ぐつわを切り離すのである。
『◎△■○%〒▼◆■&◎■▼■△◎!!!!』
全くもって何を言っているか分からない大声を自警団長があげたと思った瞬間、口から霧状の魔物が紙人形に取り憑くべく侵入していったのである。
数秒間それが続き、白いものが出なくなった後、力無く自警団長はその場に倒れるのであった。
一番近くにいたアリッサ嬢が、自警団長の状態を確認する。その間に我輩達も自警団長の周りに集まるのである。
「…………うん、息はある。気を失ってる状態だね」
我輩達は、胸をほっと撫で下ろすのである。とりあえず、魔物が抜け出る前に彼の構成魔力全て吸い付くされて、死んでしまっていた。と言うことは否定できたのである。
「……本当ですか……お……おお……おおおおあ……」
集落長は、自警団長の手を取り、涙を流して泣くのである。そして、アリッサ嬢の他に万が一の事を考えて、集落長の家に詰めていた数人の自警団員も声をあげて泣くのである。
目の前で、今まで殺す以外の方法で魔物から解放すると言う事ができなかった事柄がついに終わりを迎えることができた。そして、息子を救うことができた。その事が嬉しいのであろう。
「ただ、これで意識が戻るかどうか、と言うのと、本当に完全に抜けたのかって言うことは分からないよ」
「そうであるな。集落長、申し訳ないのであるが、彼の意識が戻ったとしても、妖精パットンが戻るまでの間は、拘束を解かないように頼むのである」
そう、まだ完全に終わったとは言えないのである。
それでも集落が抱えていた大きな問題を、解決することができる手応えを我輩は確かに掴んだと言っても良いのである。




