更なる実験である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
昼食後の報告が終わり、我輩は【誘引の紙人形】の改良に着手するのである。
「おじさん、今度は何の実験をするの?」
考え事をしている我輩にサーシャ嬢が問い掛けてくるのである。
「そうであるな…。まずは、我輩達よりも構成魔力を多く【意思】の構成魔力を含んでいる紙人形を作る必要があるのである」
取り憑いている魔物を引き離す為にせよ、身代わりとして使用するにせよ対象者よりも構成魔力が多くないと、効果が低くなってしまうか、もしくは意味が無くなってしまう筈なのである。
「でも、おじさん。それだと道具に使う素材が多くならないの?」
「それが問題なのである」
サーシャ嬢が言う通り、必要な構成魔力の量次第では、一つの紙人形を作るのに粘性生物の核や獣の脳などの素材を大量に使うことになってしまうかもしれないのである。そうなってしまうと、素材確保のために乱獲等が行われるようになってしまうのである。紙に文字や絵画を核場合も同様である。紙の素材、筆やインクの素材を大量に使用することで、原料となる物質を大量に確保することになるかもしれないのである。できれば、必要最低限の物で効果を上げたいところなのである。
「構成魔力の量を引き上げる必要は無いのでは無いのでしょうか?」
我輩は、ミレイ女史の方を見るのである。
「ミレイ女史、それはどういうことであろうか」
「錬金術以外の農業用の誘引剤などもございますが、その場合、引き寄せたい虫などに香り等で対象物があると思わせる事で引き寄せております」
「それはわかっているのである。だから我輩達も同じ理屈で誘引の紙人形を作っているのである」
ミレイ女史は、何故そんな基本的なことをいまさら言っているのであろうか?
「あ!わかった!実際にたくさんの構成魔力が無くっても、いっぱいあるように思わせてあげればいいんだ!」
「そういうことです。アーノルド様、誘引剤は実際ものがあるかどうかは問題ではないのです。そこに物があると思わせられるかどうかが1番なのです」
「それはそうであるが……」
「アーノルド様、確かに人の命がかかっている物でありますから、慎重になるのはわかります。ですが、実際に私達よりも構成魔力が多い紙人形の方に魔物が引き寄せられる。と、いう確証もまた無いのです」
現時点でわかっているのは、同じ紙人形の構成魔力量の大小で、引き寄せ易さが違うということである。
どうやら我輩は、視野が狭くなってしまったということである。
「その方法をとるとして、どうやればよいと思うのであるか?魔法を模した道具を作製するには素材が足りないのである」
「ああ、そういえばそうですね。圧縮するにしても、結局量は変わらないですし、そもそも簡易魔法陣では圧縮できませんし…………」
我輩とミレイ女史はそこで考えが止まってしまうのである。いい方法だと思ったのであるが、現状では無理であるか…………。
「お薬の時みたいに、ここにあるのは美味しいご飯だよーって思いながら作ってみたらどうかなぁ?」
サーシャ嬢の言葉に我輩はハッとするのである。そう言えば、こちらが薬の副作用が無くなるように集中して作ることで、ある程度副作用が抑えられたのである。
つまり原初の魔法を加えながら道具を作成すると言うことである。
「なるほどである、やってみる価値はあると思うのである。サーシャ嬢、ありがとうである」
「えへへ、どういたしまして」
「それならば、既にそういう気持ちが入った文字などを分解させた【意思】の構成魔力も、少しは効果はあるのでしょうか?」
サーシャ嬢は、我輩に褒められて嬉しそうである。そして、サーシャ嬢の意見を聞いていたミレイ女史も、新たな案を出してきたのである。そちらも合わせて考えてみればいいのかもしれないのである。
「そうであるな、今、出た案を組み合わせて1番効果的であったものを次の実験で使用することにして見るのである」
これからの方針が決まり、我輩は紙人形制作に着手するのであった。
「二人とも、いいのであるか?」
これからの研究方針も決まったので、これからその紙人形の作製に移ろうとしているところである。
ただ、簡易魔法陣で錬金術を行うことができるのがまだ我輩一人であるので、やることが無いであろう二人には自由時間を言い渡したのであるが、二人とも我輩の道具作製をじっと見ていたのである。
「今日は元々そのつもりでしたので」
「今日はみんな、お家のお仕事お手伝いするって言ってたから、私もおじさんのお仕事お手伝いするの!」
我輩の疑問に対する二人の答えがこれであった。二人が望んでそうしているのであれば、これ以上何も言う事は無いのである。
「お?やってるな。どうだい?」
「まあまあである。これから見回り頑張るのである」
集落の外へ出かけるダンが、我輩達の様子を伺いにやって来たのである。
どうやら十数日に渡る試験の間に何十もの紙人形を使用したことで、この試験場は生物の集落や群れとして認識されたようで、魔物の分裂体が数多く現れるようになってきたのである。本体ではなく分裂体であるというのは、魔物本体は取り憑いている個体の構成魔力が低下して、餌として役割が物足りなくなるまではどこかに隠れて動かないのではないかという予想がされているのである。
そういえば、親御殿や少女達は洞穴に隠れていたのであった。しかし、既に取り憑いているものの構成魔力が空になっていた個体もいたようである。なので、一概にそうとは言えないのが難しいのである。
「分裂体の帰巣本能を利用して、餌となる獲物を取ってこさせる個体もいるんじゃないのかなぁ」
我輩の疑問を聞いた妖精パットンが出した仮説がこれである。たしかに、全てが全て同じ生き方をするわけではないかもしれないので、有り得ることである。
いずれにせよ、このまま今の試験場を使いつづけていた場合、この集落に近い場所に設定してしまった為悪影響を及ぼす可能性が高いのである。であれば、この試験場を放棄して、もう少し離れた場所に今一度試験場を作り直した方がいいのではないかということで、試験場を放棄するに辺り近づいて来る魔物や獣がいないかこれから数日間にわたり試験場であった場所の確認と、周囲の警戒に赴くようである。
「すいません隊長。本来はそちらに行かなくてはいけないはずなのに……」
「今日は半日だけだし、新しい方針を決めるんだ。そっちに回ってくれたほうが助かる。じゃないとセンセイを止めてくれる奴がいなくなってろくでもない改造とかしでかすからな」
「私だっているんだよ?ダンおじちゃん」
頼りにされていないと思ったのか、サーシャ嬢が不満そうにダンに訴えるのである。
「嬢ちゃんは、センセイを止めるどころか、一緒になってセンセイの改造を実現させようと頑張りそうな気がするけどな」
「うん!私はおじさんと一緒に頑張るの!」
サーシャ嬢の元気いっぱいの答えに苦笑いを浮かべるダンとミレイ女史である。満面の笑みで喜んでいる中申し訳ないのであるが、我輩はサーシャ嬢にダンの言葉は褒めているわけではないということを教えるのである。それを知ったサーシャ嬢は頬を膨らませてダンに詰め寄るのである。
「おじちゃんのイジワル!」
「いやいや嬢ちゃん、勘違いしちゃいけないぜ。センセイみたいになりたいんだろ?」
「なりたいよ」
「じゃあ、センセイの言うことをちゃんと聞いて、一緒に頑張るのは偉いって話じゃないか」
「うん、でも、おじさんが違うって……」
「センセイは臍曲がりだから、俺の言うこと全部イジワルだと思ってるんだよ。それが俺はとても悲しくてさ……」
「そうなの?……そっかぁ……そうだね」
サーシャ嬢は何かを納得したように頷くと、我輩の方を向くのである。
「おじさん!ダンおじちゃんのところイジメちゃダメだよ!おじちゃんもおじさんのために一生懸命頑張ってるんだよ」
ダンの口車に乗せられたサーシャ嬢が我輩に注意するのである。ふとダンの方を見ると、してやったりといった顔をしているのである。ちらりとミレイ女史の方を見ると、彼女は笑いを堪えているのである。
「おじさん!聞いてるの?」
「聞いているのであるよ」
なぜかとばっちりを受ける形で、我輩はサーシャ嬢にお説教されるのであった。
「なるほどなぁ。原初の魔法を込めてみるっていうのは思いつかなかったな。いい助手ができてよかったじゃねぇか。センセイ」
一通りサーシャ嬢のお説教が終わった後、ダンにこれからの研究について説明するとダンはそう感想を述べるのである。我輩達は、何年もそういう意識を持って錬金術を行ってこなかったのでつい抜けてしまう項目なのである。
「助手ではないのである。我輩の頼れる学友である」
「へいへい、じゃあいってくるぜ。今回も核と脳を持ってくればいいんだろ」
「よろしく頼むのである」
我輩の訂正におざなりな返事をしたダンは、部屋の外へ出ていったのである。頼れる男であるが、同時に面倒臭い男でもあるのである。我輩があまり怒らないからとは言え、甘え過ぎなのである。
そんなことを思っていたのであるが、サーシャ嬢の方を見てふと気づいたことがあったので尋ねてみることにしたのである。
「サーシャ嬢、今日は珍しくノルドの姿が見えないのであるな?」
そう、普段であればサーシャ嬢の肩に乗っているか、すぐ近くにいるはずのノルドの姿が見えないのである。確か、昼食時にはいたはずなのである。
「今日は、フィーネちゃんの所にいるんだよ」
どうやら、サーシャ嬢が家の中で我輩の手伝いをするという事を知ったノルドは、家族の仕事の手伝いをするフィーネ嬢を守るために付いていったようである。ノルドは、我輩の言葉を忠実に守っているようである。
「ノルドは、まるで使い魔のようですね」
「たしかに、そういわれればそうであるな」
我輩達人間の認識では、与えられた指令をより効率的に果たすことを自分で考えて行動出来るものを使い魔と呼んでいるのである。そういう点では、こういうときに他に守るものがたくさんいるサーシャ嬢よりも、親御殿が捜索団としてダン達と出て行ってしまうので守るものが少なくなってしまうフィーネ嬢の方に行くという事を自分で選ぶと言うことは、ノルドは我輩が作った使い魔である。とも言えなくはないのである。
集落の者にもノルドを可愛がるものが現れ、最近ではまるで愛玩動物のような扱いである。冷静に考えれば手足が紙縒り状の紙人形である。であるが、その動きや反応が愛くるしいのであろう。数人に作ってほしいと頼まれるほどである。ただ、我輩にも偶然の産物でできたものである。同じものが出来る確証が無い以上、それを受けることはできないのである。
「この道具の作製が無事に終えることができたら、魔法生物の創成を研究するのもありであるか……」
「え!?今度こそノルドのお友達作るの?」
我輩の独り言で言ったつもりの言葉を耳聡く聞き付け、サーシャ嬢は嬉しそうに我輩に尋ねるのである。
「今の研究がしっかり成果を出せたら、である」
「わかった!ちゃんといい結果になるように私、おじさんのお手伝いちゃんと頑張るよ!」
「アーノルド様がおかしな方にズレていきそうになったら二人でしっかり止めましょうね」
「うん!私、おじさんが紙人形の研究以外のことを研究したそうにしたら、ちゃんと怒ってあげる!」
ミレイ女史も、何気に我輩が脱線することを確信したような言い方をして、サーシャ嬢はものすごくやる気に満ちあふれた表情でそれに答えるのである。
なんであろう、どんどんと我輩が寄り道ばかりする研究者のような扱いをされているような気がするのである。それもこれもきっとダンの印象操作のせいである。
我輩は、戻ってきたダンに必ず報いを受けさせてやる事を心に誓い、簡易魔法陣を起動させて研究を始めるのであった。




