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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
3章 森の集落と紙人形、である。
54/303

ノヴァ殿の話である


 我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。






 「昔見たときも思ったのだけれど、やっぱり綺麗ね」


 親御殿の祖母である姥殿が、魔法白金製の鍋に入っている構成魔力を見て、そう感想を述べるのである。


 「姥殿は見たことがあるのであるか」

 「ええ、ノヴァがこの集落で錬金術の研究を始めた頃に何度かね」


 我輩は、以前老婦人としたような会話を姥殿と交わすのである。


 「ノヴァは、もっと大きな準魔法銀の釜を使っていたのだけど、あなたは魔法白金、それも完品の物を使うなんてね」

 「いや、これは我輩のものではなくノヴァ殿の工房にあった物なのである。それにこれは簡易版で、完全版はやはり大釜なのである」

 「そうなのね…………。魔法白金なんてこの辺りでは採れないものなのよ。どこて手に入れたのかしら」


 我輩は、最初からノヴァ殿は魔法白金の道具を使っていたと思っていたのであるが、どうやら違ったようである。

 もしかしたら、倉庫に昔使っていた釜などを見つけることができるかもしれないのである。そうしたら、我輩・サーシャ嬢・ミレイ女史の3人で研究ができるようになるかもしれないのである。森の家に戻ったら倉庫を物色してみるのである。


 「アーノルドさん、一つお聞きしたいことがあるの」


 先程まで鍋の中で様々な色に輝いている構成魔力を、目を細めて眺めていた姥殿であったが、穏やかではあるが、半分何かを諦めたような、それでも真剣な面持ちでこちらを見るのである。何こ気に障ることでもしたのであろうか?


 「どうしたのであるか?姥殿」

 「貴方達人間の中で、本来無色である構成魔力に色を付けて、可視化させる魔法の存在を知っている人っているかしら?」


 姥殿の質問に、多少の驚きを感じたものの、その存在を我輩は知らないのであるし、魔法研究所でもそのような魔法の存在を聞いたこともなかったので、その旨を姥殿に告げるのである。


 「そう。人間にも知るものはいないのね」

 「森の民や、他の種族の魔法では無いのであるか?」


 今まで我輩は、森の民が作った魔法だと思っていたのであるが、どうやら姥殿の反応をみる限り違うようである。


 「私達は、そんな魔法を使えないし、彼女も使えていなかったわ。彼女が集落を出ていってから、今まで様々な人達にこの事を聞いたのだけれど、誰一人としてその魔法の存在を知るものはいなかったわ」


 姥殿は、また光輝く構成魔力の方に目を向けるのである。そして、言葉を続けるのである。


 「ノヴァのことは、サーシャとデルクから聞いているのかしら?」

 「人間の血が強く出ていて、魔法が使えなくて長生きできなかったと聞いているのである」


 我輩の言葉に、姥殿はひとつ頷いてこちらを見るのである。


 「それは、私が彼女の子供にそう教えたの。でも、それは本当のことではないの」

 「どういうことであるか?」


 彼女は、ノヴァ殿の家族に嘘を教えていたと言うことになるのである。そんなことをする必要が何故あったのであろうか?

 

 姥殿の話に興味を引かれた我輩は、研究の手を止めるのである。これからの話は、しっかり聞かなくてはいけないことだと思ったのである。

 そんな我輩の様子を見てから、彼女は言葉を続けるのである。


 「ノヴァには、人間の血は出ていないの。私達と同じような森の民よ」


 他種族の特性が出ないから、純血種である。と、言うわけではないのであるが、人間の血が強く出たことで魔法が使えなかったノヴァ殿が、自分のような魔法を使えない人間でも魔法が使える魔法技術として錬金術を研究したのではないかと思っていた我輩は、多少の驚きを感じるのである。


 「と、いうことは、サーシャ嬢やデルク坊は人間の血が混ざっていないのであるか?」

 「いいえ、あの子達には人間の血が混ざっているわ。ノヴァの子供がそうだから」


 我輩の質問に、姥殿は即答するのである。それは、つまり。である


 「貴方の想像通りよ。ノヴァは、人間と関係を持ったのよ」

 「森で迷った人間と、ということであろうか」


 我輩の言葉に、姥殿は首を横に振って答えるのである。


 「多分違うわ。あの子、ノヴァ・アルケミ……スト?って名乗っていないかしら」

 「そうであるな。我輩の持っている手引き書にはその名前がかかれているのである」

 「私達森の民は、そういう姓は持っていないの。名乗るときは、種族の名前、集落の名前、名前なのよ」


 つまり、サーシャ嬢であれば“森の民、森境の集落のサーシャ“ということになるのである。


 「姓を名乗るのは、確か、人間でも貴族だけだったはずよね」

 「そうであるな。しかし、アルケミストという姓は聞いたことがない……」


 そこまで言って、我輩は研究所に入る前の若かりし頃、帝国の歴史等を調べていたときのことを思い出すのである。

 ちょうど600年ほど前、この地方をおさめていたアルケミー子爵という帝国貴族が、帝国の禁忌を侵し、貴族位と領地を剥奪されたという出来事があったことを思い出したのである。もしも、この帝国の禁忌というものが、森の民であるノヴァ殿と関係を持ったことであるというのであれば、話が繋がるのである。


 「当時は、まだ森も帝国領土内に存在していて、この集落も、もっと帝国寄りにあったのよ。成人を迎えたノヴァは、ある時期からたびたび集落の外に数日間出掛けるようになっていたから、もしかしたらその貴族と逢っていたのかもしれないわね」

 

 そこで人間との交流があったので、当時の人間の魔法技術や文化の衰退を知ってしまったのであろうか。600年ほど前といえば、衰退期の真っ只中である。それで、ノヴァ殿が錬金術の研究を始める事になったのであろうか。


 「そんなことが何年か続いていたのだけれど、一度だけ、10年くらい帰ってこなかったことがあったの。戻ってきたノヴァは生まれたばかりの小さな子供を抱えていたわ」


 森の民の10年とは、人間でいえば1年と少しくらいである。それほどの期間、フラッと集落からいなくなったノヴァ殿が子供を抱えて一人で戻ってきたとしたら驚きはあるであろう。しかも、森の民が普段しないような格好をして戻ってきたのである。彼女の祖父母を含めた当時の老人達はその姿を見て、彼女が人間と関わりを持っていたことを悟ったようである。


 「彼女は、私と二人きりになったときに<いま、私アルケミストっていう姓があるの>って言ったから、その時人間と関係を持ったことを確信したのだけどね」


 姥殿は当時を懐かしむように、目を細めて話すのである。


 「当時の価値観として、森の民が人間にかかわるのは禁忌だったのであるか?」

 「そんなことはないわ。ただ、私達はこちらから交流を持つことをしなかっただけなの。それが、まだお互いのためだと思っていたから」


 そのため、集落の皆は驚きはしたものの、無事に戻ってきたノヴァ殿と子供を普通に受け入れて育てていったのである。


 だが


 「戻ってきたノヴァは、魔法の力が極端に低下していたわ。使える水の魔法も飲み水を出す程度の規模でしか使えなくなっていたのよ」

 「当時の人間基準の魔法の力がそれくらいであるな」


 姥殿は頷くのである。戻ってきてから魔法の力が低下したノヴァ殿は、どこから持ってきたのか準魔法銀製の大釜を持ってきて、それで錬金術の研究を始めたようである。


 「今まで見たことのないその魔法技術と、それの研究にかけるノヴァの想いは何人かの協力者を得て、少しずつ発展していったわ」


 彼女の錬金術にかける想い。それは、魔法が使うことのできない人間や亜人達にも扱うことのできる、皆の幸せを作る魔法技術の確立というものであったのである。

20年ほど、この集落を拠点にノヴァ殿は研究を続けていたようである。その間、ノヴァ殿は様々な集落へ赴き、知識や協力を経て錬金術の研究は進んでいったようである。

 ノヴァ殿が作る薬や道具はこの集落だけでなく、付近の亜人達にとってもとても有用なもので友好的な関係を築けていたようである。


 しかし、その期間も終わりを告げるときが来たのである。魔の冠を抱くもの達の群れが集落を襲ったのである。なんとか撃退することに成功した集落のもの達であったが、そのやり場のない怒りや憤りがノヴァ殿に向かったようなのである。


 「皆薄々気付いてたのよ。彼女が戻ってきた時に極端に魔法の力が弱くなっていたこと、そして、錬金術の魔法陣に私達や周囲の亜人が知らない謎の魔法が使われていること」

 「それが、構成魔力を可視化する魔法であるか」


 姥殿は頷くのである。そして、とても悲しい表情を浮かべるのである。


 「そして、彼女の老いる速度が私達よりも早くなっていたこと。それらの事から、彼女が錬金術の研究のために、種族の枠を越えた存在に変わってしまった事を」


 そのため一部の者から、ノヴァ殿が錬金術の研究のために今回の襲撃を企てたのではないか?と、いう噂が立つようになり、それに反発するものと衝突が起きるようになってしまったようである。結局のところ、複雑な思考を持つ種族である。似たようなくだらない衝突はどこでも起きるのである。


 「普通に考えれば、そんなことをする筈がないし必要もないのはわかるのよ。でもね、種族を捨てるということは、それを信じさせてしまうのには十分なものなのよ」


 結局、そのことが原因で彼女は子供とともに、錬金術の道具を持って集落を出て行ったのである。


 「話の腰を折って申し訳ないのであるが、どうやってそんな大きな道具を運んでいったのであろうか?」


 正直言って、物凄く気になるのである。これは、つまり物の持ち運びが飛躍的に楽になるのである。


 「詳しいことはわからないわ。ただ、構成魔力に分解して、保存して、再構成させるとかなんとか言っていたわ」


 …………言われてみれば簡単なことである。ただ、釜の分解方法がわからないのである。今の話だけだと、どうして釜が分解されないのかわからないのである。手引き書を見てみれば何かわかるかもしれないのである。工房に帰ったら早速調べてみるのである。


 そこまで考えて、自分がまた思考の海に沈んでいたことに気付くのである。いまは、その話ではないのである。

 我輩がそれを謝罪すると、姥殿は笑顔で許してくれるのである。どうやら、ノヴァ殿も同じようなことをやっていたようである。


 「錬金術師って似ちゃうのかしらね」

 「程度の差はあれど、研究者の性質といった方がいいかもしれないのである」


 姥殿はくすりと笑うと、話を戻すのである。


 「それからの彼女のことは、私にはわからないわ。ただ、それから100年くらいしたある日、私達の集落に来訪者があったの」


 それが、一体の妖精を伴ったノヴァ殿の子供であったのである。

 ノヴァ殿と一番親交があった姥殿が相対することになったのであるが、ノヴァ殿が亡くなったこと、自分をこの集落で受け入れてほしい事を告げたのである。

 ノヴァ殿を非難していた者達も冷静になっており、自分たちのしでかしたことに罪悪感を持っていたので、子供を受け入れることに複雑な心境を持っていたようであるが、姥殿や当時の集落長の働き掛けで受け入れることが決まったのである。


 「まさかではあるが、その妖精というのは?」

 「パットンかどうかというのは私にはわからないわね。ただ、姿は似ていた気がするから、親族である可能性はあるとおもうわ」


 もし本人だとすれば、妖精パットンは550年近く生きていることになるのである。妖精パットンは自分を魔物ではないかと言っていたのである。もしも、核を保有するタイプの魔物であれば、記憶の部分欠落等があるのも何となくわかる気がするのである。


 「と、いうのが私の知っている限りのノヴァよ。そして、サーシャはノヴァによく似ているわ。性格も、容姿も。だから、あの子も錬金術師の道を歩み出したのかもしれないわね」


 そういって、姥殿は外の方を見るのである。宿舎の外では、サーシャ嬢とフィーネ嬢、そしてノルドが学校に行っていない小さな子供達の面倒を見ているのである。集落の外では、他のメンバーが親御殿のチームとともに実験場の選定を進めているのである。


 「老人の長話に付き合わせちゃってごめんなさいね。研究、いい結果が出るといいわね」

 「有用な話が聞けてよかったのである。いい結果が出せるように全力で精進するのである」


 我輩の言葉を聞いて、満足そうな笑顔を浮かべ姥殿は部屋を出て行くのである。


 この集落の出であったノヴァ・アルケミストが人間のために研究を始めた錬金術。その錬金術によって集まった我輩達が、ノヴァ殿の生まれの地である集落の為に錬金術で何かをする。

 そう改めて思うと、なんとも感慨深いものがあるのである。

 我輩にはどれだけのことができるかはわからないのである。だが、できることは全力でやるのである。そう気を引き締め研究を再開するのであった。






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