それはどうかと思うのである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「で、これが出来上がった試作品なのか?センセイ」
ダンが指差す先には、サーシャ嬢とフィーネ嬢がと戯れる、妖精パットンを一回り小さくした大きさの紙人形の姿があったのである。
その姿は、紙縒りで作った人形のようで、目鼻は無いのであるがなにかを感じて、サーシャ嬢やフィーネ嬢が差し出す指に紙縒りの腕を伸ばしたり、口ずさむ音に合わせて踊ったりしているのである。
「いや、動く人形にするつもりは無かったのである」
無かったのであるが、構築最中に余計なことを考えてしまった結果、こういう風になってしまったのである。
「さては、余計なことを考えたな」
ダンには完全に見透かされているようである。我輩が、道具の製作を失敗する一番の理由が、今回のように作業途中で違うことを考えはじめた結果、構成魔力を暴走させるからと言うのは、長い付き合いなので既に知られているのである。
「おじさん!名前つけて良い?」
そんな我輩達のところにサーシャ嬢がやってきたのである。紙人形も、サーシャ嬢の方に乗ってやって来ているのである。我輩は紙人形を見るのである。目もない人形なのであるが、向こうも我輩を見ているような感覚があるのである。なんとも変な感覚である。
「問題ないのである」
「本当?おじさんありがとう!」
我輩の言葉にサーシャ嬢は喜び、紙人形はサーシャ嬢の肩で喜びを表現しているのか、くねくねしているのである。サーシャ嬢は我輩に礼を言うと、フィーネ嬢の方へまた移動して行ったのである。
「良いのか?」
「ダメとは言いづらいのである」
ダンの呆れたような問い掛けに、楽しそうに紙人形の名前を考えている二人の顔を見ながら、我輩はそう答えるのである。
「とりあえず魔物の核を使って、【意思】の構成魔力を使った道具の作成ができることが分かったのである。残りの核を使って、紙人形を作ってくるのである」
「残りのやつは、動かさないように頼むぜ」
そう言い残し研究を再開しようとする我輩に、釘を打つことを忘れないダンなのであった。あのような道具が何個もできてしまうと、ちょっと気味が悪いのである。我輩も、同じ失敗はしないように気をつけて研究を再開するであった。
研究を再開して、時間がだいぶ進んでそろそろ昼食になるかというときに、部屋のドアが開かれたのである。
そこには、満面の笑みのサーシャ嬢とフィーネ嬢。そして紙人形がいたのである。
「どうしたのであるか?二人とも」
「おじさん!名前決まったよ!」
我輩の問いに、得意気な表情でサーシャ嬢は答えるのである。今の今まで紙人形の名前を考えていたのであるか。ご苦労様な事なのである。
二人は顔を見合せると、せーのと声を合わせて我輩に紙人形の名前を告げるのである。
「この子の名前は、“ノルド“だよ!!」
耳も無いのであるが、二人から名前を読み上げられると“ノルド“と呼ばれた紙人形は、胸と思わしき場所を張って得意気に応じるのである。こやつ、本当に粘性生物の核でできた人形なのであろうか?ひょっとして、融合作業で構成魔力の純度をあげた結果、素材となった生命体よりも高度な知性を持つようになっているのであろうか?
「たくさん候補が出ちゃって困っちゃったんだけど、やっぱりおじさんが作った道具だから、おじさんの名前から取ることにしたんだよ!」
「錬金術師様の子供のようなものだから、そうしたんです!」
すごく満足そうな二人の表情であるが、我輩はとても複雑な心境で紙人形を眺めるのである。二人が気に入っていることは喜ばしいことなのであるが、この人形は本来出来上がる予定とは違うものであり、失敗品に近いものであるのである。それを、我輩の名前の一部をつけて呼ばれることは、それはどうなのかと思う気持ちがあるのである。
「おじさん?ダメ?」
そんな我輩の心境を悟ったのか、サーシャ嬢が我輩に一歩近づき問い掛けてくるのである。それに合わせてフィーネ嬢と、紙人形まで我輩の顔色を伺うかのような表情を浮かべるのである。紙人形に関しては輪郭しか存在しないくせに、なぜか我輩にはそう思えてならないのである。
暫し考え、複雑な気持ちに折り合いをつけると、我輩一つため息をつき、二人と一体に向き合うのである。
「……分かったのである。そのかわり、二人ともノルドのことを大切にするのである。ノルド、二人のことをしっかり心を食べる魔物から守るのである」
「うん!わかった!大切にする!」
「よかったね!サーシャちゃん!」
我輩の言葉に、二人と一体は跳びはねて喜びを表現するのである。
確かにダンやアリッサ嬢の言った通り、我輩はサーシャ嬢に甘いのかもしれないのである。それも一人の大人としてどうなのであろうかと思いながら、楽しそうな二人と一体を眺めていたのである。
昼食と休憩を挟み、我輩はハーヴィーから貰った核を全て使い、いくつかの紙人形を作成したのである。
今回は、きちんと集中して作成したので紙人形は動くことはなかったのである。
気がつくと、周りも暗くなって来ており、そろそろ夕飯の時間に差し掛かってきた頃合いなのである。
我輩は、食事を摂りに食堂へと赴くのであった。
「えー?なんで?ノルドのお友達は動かないの?」
「もともと動くように作る予定はなかったのである」
食堂で座っていたサーシャ嬢は、我輩の話を聞き、とても残念そうな表情だったのである。ノルドは特に何も思うことはなかったようである。我輩は、そのノルドの様子に何となく安堵するのである。そう、我輩は、言葉を発することのできないノルドの感情や気持ちを何となく理解できるのである。
なぜ、こやつの感情が何となく読み取れるのであろうか?
ノルドの名前を決める際に、そのことを疑問に思った我輩は、昼食後の休憩時に妖精パットンや老婦人、ミレイ女史に所見を尋ねてみたのである。
「魔法生物の創造の場合、細かい動作が出来るものは術者と意識が繋がっていることがある。と、聞いたことがあります」
「そうね、夜の一族の隷属魔法や使役魔法なども、術者と被術者の間で何かしらの意識の共有めいたものが起こることがあると聞いたことがあるから、貴方とノルドの間で意識の繋がりがあるのでしょうね」
「ちょっと待っててね…………。うん、ノルドから放出されている【意思】の構成魔力の一部が錬金術師アーノルドに繋がっているね。だから……錬金術師アーノルドは、ノルドの宿主っていう状態に近いのかな」
どうやら、ノルドは自然に放出される【意思】の構成魔力の一部を我輩につなげることで、減少していく構成魔力を補充しているようなのである。その影響で、我輩とノルドは何となく意思の疎通が出来るようなのである。
そして、その放出されている【意思】の構成魔力を使って、人の言葉や物質などの具現化された構成魔力を感じているようなのである。妖精パットンいわく、人間の5・6歳時程度の知性は持ち合わせている可能性があるということである。
「ボクが【意思】の構成魔力を感じられると知ってから、ちょこちょこ話し掛けられるようになったよ」
「え!?ノルドって話せるの?」
妖精パットンの言葉を聞いて、サーシャ嬢とフィーネ嬢が驚きと羨望の表情を浮かべるのである。
ノルドの意思の疎通方法は粘性生物と同じ方法なので、我輩達には理解することはできないのであるが、妖精パットンであるならば理解できるようである。
「サーシャやフィーネには、いつも遊んでくれてありがとうって言っているよ。錬金術師アーノルドには、二人をちゃんと守りますって言っているね」
妖精パットンの口から、ノルドの気持ちを伝えられたサーシャ嬢とフィーネ嬢は、にこにこ顔でノルドと戯れはじめるのである。紙縒りの手足を器用に動かし、
我輩が言ったことをきちんと守ろうとしているのであるか。なかなか義理堅いやつなのである。
そのようなわけで、意思の疎通が何となくできるのである。
「とりあえず、今度は試作品がきちんとできたのである」
「それは後で聞くから、とりあえず今は飯を食おうぜ」
我輩の言葉をにべもなく流し、ダンは食事に集中し出すのである。周りの面々も同様である。
言われていることは当然の事だと思うのであるが、釈然としない気持ちを抱えて我輩は食事を手に取るのである。
「拗ねんなよセンセイ、後でちゃんと聞くからよ」
「拗ねてなどないのである」
ドランが焼いた肉を手に取りながら、ダンが我輩に声をかけるのである。
ただでさえ、肉の食う量が多いダンであるが、ドランが肉を焼くようになったのと、森の集落の外で採れる黒い実を挽いたものが肉にかかるようになってから、食べる量に拍車がかかっているのである。
「でも、完成したってことは次は実験だよね。案山子の時と同じようにするのかい?」
空いた皿を下げて、新しく料理の入った皿を持ってきたアリッサ嬢の言葉に、ちょうど目の前の野菜を食べていた我輩は、頷くことで返答を返すのである。
できた紙人形を集落から離れた地点に置いて、魔物が引き寄せれらるのかどうかというのを調べるのである。
「魔物が入り込んでいるのか、引き寄せられているのかを紙人形に近づいて調べるのは怖いですね」
「それは、ボクとハーヴィーがいるから、ある程度距離が離れていても何とかなると思うよ」
「そうですね、視認であれば僕が見れば大丈夫ですし、パットンは魔物が入っているのかわかりますからね」
食事の合間を縫ってミレイ女史と妖精パットンとハーヴィーも会話に参加しだすのである。皆協力的で素晴らしいのである。
「でもさ、おっちゃん。今回の道具って、そういう風に使うんじゃないんだろ?」
「おにいちゃん、最初から魔物の前にノルドのお友達を持っていって、もしも効果が無かったら私たちが襲われちゃうかもしれないんだから、最初はそういうふうに実験するんだよ」
「あ、そうか。もしもパットンの魔法に抵抗しちゃうやつなら……うん、わかった」
そうである。今回の実験はかなり危険を伴うのである。まかり間違っても安易な方法を取るわけにはいかないのである。なので、今回は誘因がきちんとできるかの実験。そのあとに、いろいろな方法で紙人形を作成し、一番誘引されやすい紙人形を調べ、構成魔力量を調整して最終実験を行なう予定なのである。
「そう考えると、結構大変なことをお願いしてしまったのね。ごめんなさいね、アーノルドさん」
「いやいや、これは我輩達がこの先、さらに深部に入るときに必要になって来る道具になるはずなのである」
老婦人が、研究の大変さを知り我輩に謝って来たのである。しかし、それは我輩が言った事のみだけではなく、この集落、さらにいえばここに住む亜人達との関係のことを考えた場合、必要になるものであると考えるので、今この研究を行うのはちょうど良いと思うのである。
「他の集落や亜人達っていうのは、この魔物にどう対処してるんでしょうかねぇ」
「取り憑かれてしまう前に振り払ったり、逃げたり、倒すことができれば問題はありませんが、私の時のように一人の時に不意を突かれてしまうとどうしようもないですね」
「夜の一族は、他の亜人よりもこの魔物に対して対抗手段を持っているという話を聞いたことがあります。きっと、パットンのような意思の魔法を使えるものがいるのでしょう」
ドランの言葉に、親御殿と姥殿が返答を返すのである。親御殿の言葉は、この森に住む者達にとっては一般的なものであるようである。それよりも、姥殿の言葉を聞いて森の民の全員が驚くのである。老婦人もそのことは知らなかったようである。
どうやら、姥殿はノヴァ殿からそのことを聞いたことがあるようである。つまり、エヴァ殿はこの魔物の対抗手段を考えていた可能性が高いのである。しかし、今まで手引き書を見てきた中に、該当するものが見当たらなかったのである。読み進めたら見つかるのか、それとも今回の我輩のように応用を利かせて作っていたのか。それはわからないのである。
「それでは、夜の一族に協力を求めればよかったのではないのでしょうか?」
「私たちはそれを知らなかったから、仕方ないわね」
「申し訳ございません、大姥様」
「ああ、責めていないのよ。昔のことですもの。忘れてしまっていても仕方がないわ」
ハーヴィーの言葉を受け、老婦人と姥殿のやり取りが始まったのである。もしも、集落全体でこの問題が提起されていたのであれば、姥殿はこの話をしたのかもしれないのである。ただ、すでに対処方法が確立されていたのと、ノヴァ殿からその話を聞いたのも昔のことで、何かの話のついでであったようである。忘れてしまっていたのも仕方がないことだと思うのである。
「それに、夜の一族は集落の外に出ることがほとんど無いから、協力を取り付けるのは難しいと思うわ」
「婦人は、夜の一族にあったことがあるのであるか?」
我輩の質問に、老婦人は頷くのである。
「私がまだ別の集落にいた頃、遣いとして一度行ったことがあるわね」
日の光に弱い彼らは、一日中薄ぐらい森のかなり深い位置に集落を形成しているようである。ここから向かうにはかなりの日数を要するようである。
「そっちの方は、また別の時に聞こうや。今優先させるのは、紙人形の試験の方だろ?」
肉を、野菜のスープで流し込んだダンが脱線しかけた話を元に戻すのである。
夜の一族の話も気になるところであるのであるが、確かに今やらなくてはいけないことはそっちの話である。我輩からその話を始めたのであるから、我輩が脱線してはいけないのである。反省である。
「話が逸れてしまったのであるが、そういうことで集落から少し離れたところに紙人形を置いて試験をするのである。その付近は危険になると思うので、狩りをするものや捜索団のものを近づけさせないようによろしく頼むのである」
我輩がそういうと、老婦人と親御殿が頷くのである。
これで、これからの予定が決まったのである。そうと決まれば早く試験を開始するのである。
「さぁ、話もまとまったみたいだから、一休みしたら行動開始だね」
そういって、アリッサ嬢は空いた皿をどんどん片付けて、我輩の皿に手をかけようとしたのである。
「いや、我輩まだ何も食べていないので……」
そういって目の前の皿を見ると、あったはずの料理が綺麗に無くなっていたのである。
「おっちゃん、全然ご飯食べなくて冷めちゃいそうで勿体ないから、おれ達で食っちゃったよ」
「旦那だけですぜ、全然飯食わないで話を聞いてたの」
「だから、先に飯を食っちまおうって言ったんだよ」
全く悪びれる様子もなく、まるで我輩の方が悪いと言わんばかりの犯人達の言葉である。
納得はできないことではあるが、我輩にも非はあるかもしれないのである。
なので、アリッサ嬢に追加を頼むのであったが
「ごめんね、センセイ。あの暴食三人組が全部食っちゃったよ」
我輩の前にある空いた皿を下げながら、すでに料理が終わってしまった事を告げるのである。
つまり、我輩は昼食抜きということなのである。
そこまで食い尽くしたのであるか。本当にそれはどうかと思うのである。
「飯場は戦場だぜ、旦那」
「油断してると、何もね食えなくなる修羅場だぜ。センセイ」
「な、なんかごめん、おっちゃん。ねえちゃんの料理がいつも美味しくて、つい」
飯抜きという状況に愕然としている我輩に、デルク坊は罪悪感を感じているようであるが、残り二人は悪い笑顔を浮かべ、悪乗り開始である。
食べ物の恨みは恐ろしいのである。この二人を絶対に実験に巻き込んでやると心に誓い、我輩は夕食までの間空腹に堪えることにしたのであった。




