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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
3章 森の集落と紙人形、である。
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やって良い事、悪い事である


 我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。






 「これでよしである。お疲れ様である、ドラン」


 現在は日も沈み、宿舎の回りも暗くなった頃合いである。

 ドランの必死な努力により、なんとか夕飯前に文字や絵画の構成魔力量の調査を終えることができたのである。


 「さあ、ドラン。食事にするのである」

 「お、おれはもう……だめですわ……に……肉……」


 なにやら燃え尽きた感のあるドランであるが、肉への執念でなんとか立ち上がり、食事を取りに行くのである。


 「あ、ドランおに…いちゃん、お…つかれさま」

 「思ったよりも早く終わられたのか。お疲れドラン」


 食堂にいくと、食事の用意をしているサーシャ嬢と、席に座っているダンがいたのである。どうやら、老婦人が帰ってしまっていたようで、サーシャ嬢はまだ辿々しいのであるが、人間の言葉でドランに応対するのである。

 ダンは、本当に早く終わらせた事を驚いているようである。我輩も、思った以上に早く終わることができたことに驚いたのである。ドランは、助手役としても優秀のようである。

 ただ、本人は頭を使う作業はやりたくないようである。今回の件でかなり精魂を使い果たしたようである。


 「早く何か腹に入れたいっすわ…………遠出以外で昼を抜くとかありえねぇ…………」


 椅子に座ると、倒れ込むように机に突っ伏すのである。今日は、自分で肉を焼きにいくだけの気力も無くなっているようである。


 「おや?ドラン頑張ったんだねぇ。こんな早く解放されるとは思わなかったよ」


 料理を両手に持ったアリッサ嬢も、ドランにそう声をかけて、てきぱき配膳を済ませていくのである。


 最初は、机に突っ伏したまま動かなかったドランであるが、目の前に肉の皿が置かれると、のそのそと肉に手を伸ばしていくのである。


 「ふははっ!なんだそりゃ!」

 「神経の使いすぎで、頭が重いんですわ…………」


 ダンの笑いにも、顔を上げることなく返事をするドランである。だが、その手にはしっかりと肉が握られているのである。


 「はいはい、キツかったろうけど、ご飯はしゃんとして食べな」

 「…………ういっす」


 アリッサ嬢の言葉に、ドランは重そうに頭をあげて、食事を摂りだすのである。

 最初は、気だるそうなドランであったが、一口二口肉を食べると、次第にいつもの調子を取り戻していったのである。


 「ああ……沁みる…………。アネゴの料理はやっぱり最高っすわ」

 「そう思ってくれるのは嬉しいねぇ。まだあるから、たくさんお食べ」


 アリッサ嬢の食事は、アリッサ嬢が無意識に発動させた意思の魔法がかかっているのである。きっと、それがドランの心身に好影響を与えているのであろう。

 そこまで考えて我輩は、ふと気になることがあったのである。


 アリッサ嬢の料理は、今回の道具の素材に適しているのではないのであろうか。と、いうことである。

 アリッサ嬢の料理は、本当に素晴らしいものである。味だけではなく、我輩たちの事を考えて作られた、その心配りも大変素晴らしいものなのである。

 今、食卓に出されている食事も、この集落で採れた野菜と穀物を合わせた彩り豊かな炒め物と、肉の力強い出汁と葉野菜の優しい甘味が溶け合ったスープである。本日は皆あまり動かなかったようなので、あまり重くなりすぎないような配慮がされているのである。

 ドランには、追加でガッチリとした肉厚な一枚肉が数枚、皿に乗せられて来ているのである。

 我輩もであるが、ここにいる全員がアリッサ嬢の食事を楽しみにしているのである。


 「アリッサおねえちゃん、明日からおじさんたちも一緒にご飯食べに来て良い?おばさんやフィーネちゃんも、おねえちゃんのご飯大好きになっちゃったんだって!」

 「ああ、いいよ。そういえば、明日から集落長とあのばあちゃんも食べに来るっていってたね。……ははっ、忙しくなるねえ。サーちゃん、ミレちゃん、ドラン、手伝い宜しくね」

 「うん!私頑張る!」

 「一気に賑やかになりますね」

 「おう!肉焼きなら任せてくだせぇ!ひたすら絵や字を書くよりよっぽど良いでさぁ!」


 サーシャ嬢の言葉を快く引き受け、周りの人間をちゃっかり巻き込むアリッサ嬢である。しかし、皆とても楽しそうに引き受けるのである。

 なんで、我輩の時と反応が違うのであろうか?

 そう思っていると、視線を感じるのでその方向を見ていると、やはりそこにいるのはダンである。我輩に絡むネタを見つけた時の顔をしているのである。


 「なんであるか」

 「なーんでもぉーー」


 我輩の問いにダンは白々しい反応をするのである。子供かと言いたくなるのである。


 「そうであるか、てっきりダンの事であるから<ははっ人徳の差だな>とか言い出すのかと思ったのである」

 「お、よくわかってるじゃん。いい加減自分の事をわかってきたのか?」

 「…………」


 我輩は、これ以上付き合うのも面倒になったので、先程までの思いつきに考えを戻すのである。

 種族が違くても、皆を虜にするアリッサ嬢の料理は、アリッサ嬢の気持ちがこもっているのである。

 妖精パットンの言葉を借りれば、意思の具現化という原初の魔法がかかっているのである。

 つまり、この料理には確実に【意思】の構成魔力が混ざっているのである。最低でも、ドランが心底本気で書いたであろう書いた【早く解放されたい】の文と同じかそれ以上の構成魔力が含まれている気がするのである。

 

 我輩は、そう思うと皿に手を伸ばして…………


 「センセイ、それは駄目だ」


 いつの間にか隣に来ていたダンに、皿を持とうとした腕を押さえ付けられたのである。


 「先生の考えていることは分かる。だけど、それはアリッサに対する敬意がない」


 ダンは、それだけ言うと押さえつけていた腕を離すのである。

 我輩はダンの言葉を反芻し、自分がやろうとしていたことの浅ましさに気付き、情けない気持ちで一杯になるのである。


 ……反省なのである。


 我輩達に食べてもらうために、アリッサ嬢が心を込めて作った素晴らしい料理を、興味本意で研究に利用する。これは、全ての帝国民のために行っている我輩の錬金術の研究を、不必要な衝突を起こすために利用しようとしている宰相と何が違うのであろう。

 いくら研究のためとはいえ、やって良いこと、悪いことというのは存在するのである。


 その我輩の様子を見て、ダンは安心したような表情を浮かべるのである。


 「センセイ、たまに見境がなくなるからな。大体そういう時はリリーかゴードンが気付いて止めてくれるんだが、二人ともいなくなっちまったからな」

 「すまなかったのである」

 「一応、俺達も注意して見てるけど、先生も気を付けてくれよ?前、研究のために蜂蜜根こそぎ買い占めしようとしたのとか忘れてないよな?」


 現在研究している【誘因の紙人形】の元である【誘因の案山子】を作成した依頼の後、蜂蜜の有用性を感じた我輩が、村の蜂蜜を買い占めようとしたとき、リリー嬢とゴードンにこっぴどく説教されたことを思い出すのである。

 あの時も、"自分の気持ちを優先させて、それを待ち望んでる人に行き渡らないようにするのが、本当に錬金術の理念にかなっていることなのでしょうか?" とゴードンに言われて自分の暴走に気づいたのである。


 「そうであったな、本当に恩に着るのである」

 「ああ、いつもそういう素直なセンセイなら良いんだけどな」

 「失礼な、我輩はいつも素直である」

 「はいはい」


 ダンはそう言うと席を離れ、自分のいた位置に戻っていくのである。本当に、よく我が輩を見ている男でおる。イラッとすることも多いのであるが、こういう風に我輩の暴走を未然に防いでくれるのはありがたいのである。


 我輩は、ほんの少しだけダンに感謝しつつ、アリッサ嬢が作ってくれた素晴らしい料理を口にするのであった。






 我が輩達が夕飯を食べ終わり、少しするとハーヴィーが戻ってきたのである。


 「ただいま戻ってきました」

 「ハーヴィー、お疲れさま。夕飯はいるかい?」


 ハーヴィーは、アリッサ嬢の言葉に軽くでお願いしますというと、我輩の方へやって来たのである。

 ハーヴィーは、自分の腰にある布袋を外すと、我輩にそれを渡すのである。


 「狩りの最中で、粘性生物達に襲われまして、その時に採取した粘性生物の核です」

 「ボクが、錬金術師アーノルドの研究に使えるかもしれないから、壊さないように回収するように頼んだんだよ。どうだい?ボクは頼りになるだろう?」


 ハーヴィーと妖精パットンの言葉を聞き、我輩は胸が踊るのである。今日は、寝ないで研究である。


 「ハーヴィー、妖精パットン。本当に、感謝しているのである。二人はとても優秀な者達である。感謝しているのである」


 我輩の言葉に、二人とも目をぱちくりとさせているのである。そんなに我が輩が、感謝を述べるのが珍しかったのであろうか?結構言っているつもりなのであるが。まあ、そんなことはどうでも良いのである。


 「お待たせ、ハーヴィー、パットン。って、センセイはどうしたんだい?大分嬉しそうに布袋を持ってるけど」


 ハーヴィーと妖精パットンの食事を持ってきたアリッサ嬢が、我輩の様子を不思議がっているのである。ダンから説明を受けたアリッサ嬢は、呆れた顔を浮かべるのである。


 「センセイ、嬉しいのはわかるけど、徹夜はよくないよ。ほどほどで切り上げないとちゃんとした研究なんかできやしないよ」

 「そうですね、研究職であるアーノルド様ならば当然わかっているとは思いますが、徹夜の研究は緊急時以外は効率が低下するので、推奨されておりません。ある程度の時間でしっかりとお休みください」


 アリッサ嬢だけでなく、ミレイ女史にまで釘を刺されてしまったのである。そうであるな、素材を取ってきてくれた者達の事も考えるとつまらないことで失敗するのは良くないのである。


 「分かったのである。二人とも、忠告ありがとうである」


 我輩の言葉に、またもやアリッサ嬢が驚きの表情を浮かべるのである。


 「リーダー、聞いたかい?センセイが素直にあたしの言葉を受け入れたよ」

 「昔なら信じられないことだよならアリッサ。本当に研究所から出てセンセイは変わったよ」

 「そうだね、以前なら必ず屁理屈をこねて駄々をこねて大変だったもんね……」


 また二人で小芝居を始めたのである。

 しかし、我輩は変わったのであろうか?もしそうなら、ダン達の様子を見る限りでは、きっと良いことなのであろうな。


 「アーノルドさまの昔ってどんなだったのですか?」

 「私も久しぶりに聞きたい!」

 「あー、これからのために俺も聞いてみたいですわ」

 「あ、ボクも聞いてみたいねぇ」


 なにやら話の流れが変わって、我輩の昔話に切り替わりつつあるようである。食事をしてて、言葉で返答できないハーヴィーも手をあげて、興味を示すのである。


 「お、いいぜ!じゃあ、初めて会ったときのことから話すか」


 ダンが嬉しそうに昔の話すのを聞いている皆に、言い様のない居心地の悪さを感じた我輩は、逃げるように研究している部屋へ移動するのであった。

 ダンめ、ちょっと見直したらこれである!覚えておくのである!







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