森の集落での一幕である その1
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
夜遅くまで続いた宴も終わり、朝が訪れるのである。
我輩は、いつも通り森に朝もやがかかっている薄暗い時間にベッドから起き、部屋の外に出るのである。
我輩達が用意されていた家は、森の家と造りが似ている二階建ての家で、時折来る獣人達等の来客用に作ったもののようである。
森の民は、集落同士の交流があまりないと言っていたのであるが、それはどうやら我輩が人間であるからのようであり、森の民的には普通に交流しているようである。とは言え、久しぶりの単位が100年とかでは人間ではやってられないのである。
我輩の訴えも、彼らの感覚では一年くらいに一度くらい会えれば良いなと思っていたのが毎日会いに来て構わないと言われたようなものであるとのことである。
時間の流れ方が10倍近く違うというのは、そういうものなのであろう。
なので、我輩達よりも寿命が短い獣人達は、自分達から積極的に交流しに来ているようである。そうでないと、一度会ったらそれが最後になるっていうことも有り得るのよねと、この家を案内した老婦人が笑って言っていたのである。
森の民の時間感覚恐るべしである。
そんなことを思いつつ、我輩は家の外に出るのである。静かな集落内に、時々鳥や獣の声が遠くで聞こえてくるのである。
森の中にある集落なので、警戒のため不寝番がいるのはわかっているのであるが、我輩以外はまだ起きていないのではないのであろうかと思う程である。
集落の中には150人程の森の民が生活しており、20人程からなる自警団が5人1組の2交代制で不寝番を行っているようである。それとは別に3~5人1組の隊が数隊で構成される捜索団があるのである。
我輩は、集落の入口付近にある篝火のある辺りに歩いていくのである。そこには、3人の若者が火を囲んでいたのである。時期的には暑くなってくる季節なのであるが、森の朝は寒いのである。火がないときついのである。
「あ、どうも」
「見張り、お疲れ様である」
「昨日は盛り上がってましたね。くぅ~!俺も行きたかったです」
「運が悪かったと思うしかないよな~」
彼らは昨夜の宴には、見張りの当番であったため参加することができなかったのである。なので、このあと集会場で少しだけ豪華な朝食と酒を堪能してから、眠ることになるのである。
「我輩の仲間が、朝食を作るそうなのである。口に合うかわからないのであるが、ぜひ食べていって欲しいのである」
「人間の朝食ですか!楽しみだなぁ!」
「じゃあ、もう少し頑張りますか!」
それを聞いたアリッサ嬢が、朝食はこちらで作るといっていたので、そろそろ起き出して用意を始めると思うのである。集落の森の民の中で、初めて人間の料理を食べる者となれることに興奮を隠せない様子である。
既にサーシャ嬢・デルク坊・親御殿と、三人ほど料理を食べた経験があるのであるが、そこは気にしないでおくのである。
彼らとの会話も一段落し、我輩はまた、集落の中をのんびり散策するのである。
少しずつ起き出す者も出てきて、挨拶を交わしながらふらふらと歩きつづけるのである。
「あ、おじさん!おはよう!」
目の前の家からサーシャ嬢が出てきて、我輩と挨拶を交わすのである。サーシャ嬢とデルク坊は、昨晩の宴後は親御殿家族と共に、家に戻ったのである。とてもいい時間を過ごしたのであろう。今日もサーシャ嬢は元気一杯なのである。
「おはようである、サーシャ嬢。昨晩は楽しかったであるか?」
「うん!フィーネちゃんとお休みするまでいっぱいお喋りしたんだよ!」
フィーネというのはおそらく親御殿の子供のことであろう。楽しそうで何よりである。
「まだ数日はここに留まっているのである。たくさん楽しむといいのである」
「うん!お友達ともいっぱい遊ぶんだ!」
サーシャ嬢はそういうと、どこかへ走って行ったのである。朝早くから友達と遊ぶつもりなのであろうか?それは、相手の都合的にもやめた方がいいと思うのであるが、森の民の文化的には問題ないのであろうか?
我輩は若干疑問を持ちつつ、早朝の集落散策を続けていくのであった。
「うまい!うまいです!」
「この肉はなんだ!ただ焼いているだけのはずなのにこんなに美味いだなんて!」
我輩達は、集会場で不寝番が終わった自警団の若者達と一緒に朝食を取っているのである。
今日は、辺境の集落でもらった香辛料を使って作った野菜炒めとスープ、そして焼いた薄めの肉と炊いた穀物である。
「この辛さが、夜の寒さで少し冷えてしまった体にちょうど良いです!食も進みます!」
「アリッサねえちゃん!おかわり!」
「デルクぅ、肉食うか?」
「食う!!」
「俺も食います!この肉ヤバイッス!」
自警団の若者に負けじと、デルク坊がどんどん料理を食べていくのである。さながらその一角は戦場の様相である。そこにドランが焼いた肉を追加することで、戦場がより活性化するのである。若者達はこのあと寝る筈なのであるが、こんなに食べてしまって胃がもたれないのであろうか?
「私たちもご馳走になってすいませんね」
「気にしないで大丈夫さ。むしろ、こっちの食材使わせてもらっちゃってゴメンね」
若者達の戦場と別の卓では、サーシャ嬢と親御殿の家族、そして集落長と老婦人が食事をしているのである。老婦人の言葉に、気さくに答えるアリッサ嬢である。毎度思うのであるが、料理を作っているアリッサ嬢はとても生き生きしているのである。探検家よりも料理人の方が向いているのではないのであろうか?
以前そう聞いたことがあるのであるが
「馬鹿だねぇ、センセイ。ただの料理人じゃいろんなところに行って、その場所の食材を使った料理を作れないじゃないか。こういう仕事をしてるからできる料理だってあるんだよ」
そういって笑っていたのである。
たしかに、探検家をやっていなかったらこの場所まで来ることはなかったはずである。そういう意味では、この状況はアリッサ嬢にとってある種幸せなのであろう。
引退したあとも、料理屋を開けばきっと繁盛するのである。
老婦人や親御殿の家族にも軒並み好評であるアリッサ嬢の料理とドランの焼いた肉を堪能しつつ、朝の時間は過ぎていくのである。
朝食の時間が過ぎて、森の民達も仕事をする時間になっているのである。
森の民達も、人間と同じく農耕を行っているのであるが、どうやら多少勝手が違うようである。
森の民達は、その殆どが強い水の魔法を使えることもあり、川等から水を引かなくても自分達の魔法で水を賄っているのである。また、あまり集落を広げすぎることもできないので、建物の中に鉢植えのような水路を何段か作り、そこで野菜を栽培しているようである。
「これは珍しい作り方ですね」
「水だけではだめで、栄養や空気をしっかりと摂らせないとすぐに枯れてしまうんですよ」
これはどうやら森の民に伝わる農法で、土をあまり使わないことと狭い場所でも有効利用できるということで、ミレイ女史が興味津々に建物で仕事をしている森の民に質問しているのである。
ただ、強い水の魔法が必要なことと、作物を育てるのに必要な栄養分を別に作る必要があるので、人間がすぐにできる技術では無いようである。それでも、何かのアイデアになればとミレイ女史は、一字一句を聞き逃さないように真剣に聞いているのである。なので、話をしている森の民も、話に熱が入っているようである。自分の仕事を真剣に見てくれるというのは嬉しいものなのである。我輩も、その気持ちはわかるのである。
「液肥……でしたか?これはどうやって作るのですか?」
「それは………」
ミレイ女史の調査やその報告がリリー嬢や上司に行くことで、将来の帝国を豊かにする一因になれば喜ばしいことであると思いながら、我輩はその場を離れていくのである。
そのまましばらく歩いていくと、人だかりと歓声が起こる一角を発見したので、興味を惹かれて覗いてみることにしたのである。
「あの兄ちゃんすげえぞ。全部当ててるぞ」
「あんなに可愛らしい顔してるのに、弓を構えているときカッコイイなんて……」
「今度一緒に狩りをしてみたいな……」
どうやらここは訓練場らしく、何人かの若者が弓を射ていたのである。
話題の中心になっていたのはハーヴィーで、かなり遠方からの射撃も難なくこなしていることから、弓を得意としている森の民達から称賛を浴びているようである。どうやら、妙齢の女性や狩りを職にしている者達の注目が多いようである。
「ハーヴィー殿、もしよろしければ一度我々と狩りを一緒にしていただけないだろうか?」
「ええぇぇ!?い、いや、ボクは皆様と一緒に行動できるほどの実力は……」
「いやいや、その遠距離や動きながらの精度の高い射撃技術は、我々でも殆どできるものはいません。是非若い者と一緒に行動してもらい、その技術を学ばせてもらいたいと思います」
「ええぇぇぇ!!そ、そ、そんな……」
先ほど、一緒に狩りをしたいと呟いていた男性が、ハーヴィーに声をかけたのである。どうやら、狩りの指導員みたいな立場の者のようである。もしかしたら以前デルク坊が言っていた学校の先生なのかもしれないのである。
「ハーヴィー兄ちゃん!やってよ!おれも兄ちゃんと一緒に皆と狩りに行きたいよ!」
尻込みするハーヴィーに、群集の中にいたようであるデルク坊が駆け寄って話しかけるのである。どうやら、ここにいる間はまた学校に通うようである。結構、森の民の学校は自由な感じなのであるな。
「ハーヴィー、まだ我輩達はここに留まるのである。ハーヴィーもここの者達と交流を深めておくといいのである。もしかしたら、その中でハーヴィーの目的に近づけることもあるかもしれないのである」
我輩もハーヴィーの後押しをすべく、一言声をかけるのである。ハーヴィーは、自分の先祖である猛禽の亜人に会いに行きたいという目的があるのである。森の民達は獣人との交流もあるのである。その中で猛禽の亜人のことを知る者に出会えるかもしれないのである。我輩は、目的成就のための手助けはしても良いとは思うのであるが、自分でできることは極力自分で行ってほしいと思うのである。
その事に考えが至ったハーヴィーは、少し逡巡したのであるが、森の民の狩人の提案を受け入れたのである。
ダンからの話を聞いても、いざという時の度胸はとてもあるのである。せっかくの実力が自信の無さでギリギリまで発揮されないのは勿体ないのである。
このことがきっかけで、少しでもハーヴィーが自分に自信を持ってくれればいいなと思い、我輩はその場を後にするのであった。




