救った命と気持ちの整理である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
ダン達が、森の集落跡地から戻ってきてから一月が経過したのである。戻ってきた後、ダン達はシンが森の民を目撃したという地点を捜索しに行ったのであるが、そちらには何も見つかることはなかったのである。
その後も何度か森に捜索しに行っているのであるが、なかなか成果は上がっていないのである。
我輩とサーシャ嬢は、その間錬金術の研究をしていたのであるが、今回の調査に同行することになったのである。
目的地は、集落跡地である。
前回は魔物達の群れを駆除するだけで中の調査は行わなかったので、今回の捜索で全員で調査を行うことになったのである。
また、何故すぐに調査に行かなかったのかというと、それにも理由があるのである。
「疲れちゃったらすぐに言ってね。まだ無理しちゃダメなんだから」
サーシャ嬢が、ドランとハーヴィーが担いでいる背負子に座っている男性に話しかける。
男性はまだ青い顔をしているが、サーシャ嬢の言葉に頷き返すのである。
彼は、ダン達が集落跡地の魔物を駆除した後に行った洞穴の捜索で見つけた人間と亜人の生き残りである。
全部で7人見つけたのであるが、生き残ることができたのはこの森の民の男性と、人間の女児だけであったのである。
今回駆除した魔物は、人の意思の構成魔力を餌にする寄生型の魔物で、魔物から彼らを解放するためにパットンは相当頑張ったようである。
5人は魔物から解放することができたようであるが、そのうち3人はすでに構成魔力を食べ尽くされてしまったようで、生きているが生きていない状態になってしまっていたので、ダンが彼らを現世より解放したようである。
「悪いとは思うが、このままでもどうしようもないしな」
ダンは何事もないように言っていたが、複雑な顔を一瞬見せたのは我輩は知っているのである。
仕方のないこととはいえ、魔物から解放することができても結局救うことができなかったのが、心のしこりになっているのであろう。
また、2人は妖精パットンの魔法に抵抗しきってしまい、解放することができなかったのである。
「思考が単純な魔物には意思の魔法が効きづらいんだ。だけど、それも言い訳だよ。ボクの力が及ばなかったんだ」
森の家に帰ってから数日後、妖精パットンは我輩にそう言っていたのである。
それを言っていた妖精パットンの表情もどこか悔しそうで、悲しそうだったのである。
ダンにしろ妖精パットンにしろ他の面々にしろ、何もわからない状況下で、自分たちができる最大のことをやって、救えた者達がいたのである。
今まで、殺すことでしか魔物の脅威から解放することができなかったものが、人間の女児と森の民の男性、二人救うことができたのである。少ないかもしれないと責めるかもしれないのであるが、十分な進歩なのであると我輩は思うのである。
そんなことで魔物から解放され、構成魔力の残っていた二人はダン達が森の家に運び込み、意識が回復するまで安静にしていたのである。
意識が回復したのは運び込まれてから数日後で、最初に回復した女児は最初かなりの混乱状態であったが、ミレイ女史やサーシャ嬢がつきっきりで看病することで落ち着きを取り戻したのである。
女児はこのあたりの集落の出ではなく、人攫い達に集落を襲われたときに親を殺されてそのまま大森林に連れ去られたようであった。
だいぶ消耗もしていたものの、体調もだいぶ戻ってきたのでつい一週間ほど前に、ダンとアリッサ嬢に頼み、辺境の集落へ連れていって貰ったのである。まだ小さいこの娘には、森の家で生活しつづけるのは大変であろうし、他の集落で受け入れてもらおうと思っても、サーシャ嬢達のことも知られてしまっているので、その面でもあそこ以外に受け入れ先が思いつかなかったのである。
「術師さまの頼みなら、断るわけには行かないな。それに、人が増えるっていうのはこちらにとっても良いことさ。歓迎するよ」
首長はそういって、快く女児を受け入れてくれたのである。
どうやら、青空教室でサーシャ嬢の生徒であった老紳士の所で生活をしていくようである。
少しずつ、平穏を取り戻してくれればと思うのである。
もう一人の森の民の男性は、いつのまにか集落からいなくなってしまったデルク坊達や他の森の民達を心配して、時折新しくできた集落の周りを捜索していた一団の団員であった
「……デルク?サーシャ?……私は……夢でも見ているのか?」
先に目を覚ました女児から遅れること数日。デルク坊とサーシャ嬢を見た男性は、二人にそういったのである。
「おじさん!おじさん!!」
「おじさん!よかったよぉ!!」
その言葉を聞き、意識を取り戻したのを確認したサーシャ嬢とデルク坊は、思い切り男性に抱きついていったのである。
「そんなことがあったのですか……」
サーシャ嬢達との再会が落ち着いた後、状況を聞いたサーシャ嬢の親御殿はそう呟いたのである。
どうやら彼は、一月ほど前に捜索に出かけていた際、急に視界が白くなり意識を失ったようでそれからのことは何も覚えていないようであった。
「デルク、パットン、それに人間の皆さん。助けてくれてありがとうございます」
親御殿はベッドから身体を起こし、全員に礼を言ったのである。まだまだ消耗も激しいのである。無理はしてはいけないのである。
我輩達は、しばらくゆっくり休むように言って、後はデルク坊達に任せたのである。
それから何日か経ち、彼は我輩達の森の捜索に同行することを訴えてきたのである。
「集落へご案内いたしますので、どうか私も連れていっていただけませんでしょうか」
我輩達としては、もう少し彼の調子が良くなってから提案しようと思っていたのであるが、彼も彼で家族に早く会いたいことと、サーシャ嬢達を集落の皆に会わせたいという気持ちが強く、同行を願い出たようである。
なので、今回彼の案内で新しい集落に向かうことになったのであるが、
「アーノルドおじさん、おねがいがあるの」
サーシャ嬢が、以前あった集落跡地へ行きたいと言ってきたのである。
デルク坊達の話から、すでに以前過ごしていた面影もなく、もの悲しい感じになってしまっていることは知っているのであるが、実際に見たいということであった。
なので、集落に向かう前に、集落跡地へ向かうことにしたのである。
「おじさん、ごめんね。私のワガママですぐにお家に帰してあげられなくて」
サーシャ嬢が、背負子に越しかけている親御殿に申し訳なさそうに話しかけているのである。それを聞いて、親御殿は笑ってサーシャ嬢の頭を撫でるのである。
「構わないよ。きっと、サーシャにとって大事なことなんだと思うからね」
サーシャ嬢は頷くと、アリッサ嬢のもとへ移動して行ったのである。
「アーノルドさん、デルクやサーシャを助けてくださってありがとうございます」
「おやっさん、気がついてから何度も同じこと言ってますぜ。さすがの旦那もムズムズしやすから、あまり言わんでやって下さいよ」
「なんかその言い方は納得しないのであるな、ドラン」
親御殿は、何度も聞いたその言葉をまた我輩に言ってくるのである。感謝の気持ちが止まらないのかもしれないのであるが、事あるごとに言われると何とも言えない気分になってしまうのである。それを聞いているドランが苦笑いを浮かべながら指摘すると、親御殿も困ったような笑いを浮かべるのである。
「しかし、いいのであるか?我輩達人間を集落に連れていくのに抵抗はないのであるか?」
我輩は、親御殿に質問するのである。なにせ、1200年ほど関係が切れているのである。サーシャ嬢達からある程度の話は聞いているとしても、不安のようなものはあるのである。
「大丈夫です。確かに、一部の者は複雑な感情を持つものもいると思いますが、殆どの者は人間に対して悪感情は持っていません」
やはり、サーシャ嬢やデルク坊達が言ったように、我輩達の学んできた歴史や認識とは違うようである。集落には750歳近い年齢の者もいるようである。ある程度詳しいことを聞けると思うので、かなり楽しみなのである。
「それにしても、アーノルドさんがエヴァさんの技術を継承しているとは思わなかったです」
どうやら、親御殿の祖母に当たる森の民が、錬金術の創始者であるエヴァ殿と知り合いだったそうである。ただ、森の家のことまでは聞いたことがなかったらしく、森の捜索の時に結界の影響を受けてしまっていたようであった。
「何回か、その辺りまで捜索をしていたので、もしも家の存在を知っていたら見つけることができたんです」
そういっていた親御殿は少々複雑な顔をしていたのである。
森の民の集落跡地に着き、サーシャ嬢はその光景をじっと眺めているのである。
何を思っているのかは我輩にはわからないのであるが、とても真剣な面持ちである。
「おっちゃん」
そんなサーシャ嬢を見ている我輩に、デルク坊が声をかけてきたのである。どこか、デルク坊も真剣な面持ちである。
「なんであるか?」
「おれもサーシャも集落に行くけど、そこで暮らす気はないから」
どうやら、デルク坊は我輩達が二人を集落に連れていったあと、そこに置いて行くのではないかということを気にしていたようである。
「おれ達にとっては、ここが戻りたかった場所でそれがなくなっちゃった今は、おっちゃん達といる家が俺達の帰る場所なんだ。これは、サーシャも同じ気持ちだよ」
つまり、サーシャ嬢もこの光景を見ることで、自分の気持ちに一つの決着を付けようとしているということなのであろうか。
我輩達とこれからも共にいたいということであるが、こちらとしても、二人の気持ちを優先させるつもりであったので、二人がそう思っているのであればそれを受け入れるつもりなのである。
しかし、何年も二人を心配して探しつづけてきた親御殿の気持ちはどうなのであろうか。
「それは、二人の親御殿も知っているのであるか?」
我輩は、休んでいる親御殿に目を向けると、背負子を地面に下ろされて休んでいる親御殿は、笑って首を縦に振って応じるのである。
「私としては、寂しいことではありますが二人が決めたことです。二人で暮らすというなら反対しましたが、皆様に数日一緒にいて信頼できる方々だと思いました。ですから」
親御殿はゆっくりと立ち上がり
「二人のことをよろしくお願いいたします。錬金術師アーノルド様」
そういって我輩の手を握るのであった。なので、我輩も手をしっかり握り
「親御殿の願い、デルク坊達の気持ち。しかと承ったのである」
そう応えたのである。
そのような出来事があってから、しばらくの間集落跡地の探索をしていたのである。
ミレイ嬢や我輩にとっては面白いものが多かったのであるが、親御殿いわく、このくらいなら、集落に行けばもっと良い資料になるはずだということで、集落跡地を後にすることになったのである。
「サーシャ嬢、もういいのであるか?」
「うん。ありがとうおじさん」
サーシャ嬢は、そういうと我輩の顔をじっと見るのである。だいたいこういうときは真剣なお願いごとの時である。何となく予想は付いたのであるが、我輩はサーシャ嬢の言葉を待つのである。
「私、これからもおじさんと一緒にいたい」
「サーシャ嬢がそれを望むのであれば、我輩達に断る理由はないのである。歓迎するのである」
我輩がそういうと、サーシャ嬢は笑顔になって我輩に飛びついたのである。
「ありがとうおじさん!大好き!!」
飛びついてきたサーシャ嬢を受け止めた後も一緒に手を繋いで進むことになった我輩は、皆の暖かい目に晒されながら、親御殿の案内にしたがって新しい集落に向かうのであった。




