救うということ、慣れるということ
おれの名はデルク。森の民で、ダンにいちゃんのチームの見習いなんだぜ!
おれは、ダンにいちゃん達と一緒に心が壊れちゃった人間や亜人達の集団を倒すために、おれ達が前まで住んでいた集落だったところに来ているんだ。
パットンが様子を見に行って、ここに棲んでいるのは心が壊れちゃった人たちじゃなくて、魔物だって言っていた。
おれは、ここにいたとき大人と一緒に狩りの訓練をしていたんだけれど、その時にそういう魔物がいること、見つけたら早めに倒すこと。人と同じ格好をしているけれど人ではないから、倒すときは躊躇しちゃいけないことを教えてもらった。
だから、にいちゃんからこいつらのとどめを刺すようにって言われて、やっぱり人みたいで抵抗はあったけれどこの人に似た魔物のとどめも刺すことはできた。
だけど
「でるくぅ……でるくぅ……」
いま、おれの目の前にはとても見知った人がいる。いや、多分魔物なんだと思う。人と人に似せた魔物の違いは、目だって教えてもらっている。魔物の方は、目に膜がかかったみたいに濁った感じになるんだ。だけど、この魔物はおっちゃんの煙玉に目がやられちゃったみたいで涙をボロボロ流して目が開けられない状態になっちゃっているから確認することができない。
でも、この集団にいるから魔物なんだ。こいつは魔物なんだ。
そう思っているんだ、思ってこの魔物にとどめを刺そうと、森の家から持ってきたよく切れる小剣を魔物の急所に構えるんだけど。
だけどおれにはこの魔物が、おれやサーシャが森の集落にいた頃に一緒に暮らしていた、大好きだった優しいおじさんにしか見えないんだ。
ちょっと弱々しくて、いつもおばさんの尻に敷かれていたけど、いつもニコニコしていて、おれ達を自分の子供と同じように接してくれたおじさん。
集落での思い出がどんどんと出てきちゃって、魔物にねらいを付けていた剣の先が震える。
これは本当に魔物なんだろうか?本当のおじさんなんじゃないのか?だったら心が壊れちゃったのか?
そう思っていると、おじさんがうめき声とともにおれを呼ぶんだ。
「デルク……どこに行ったんだ…サーシャ……無事なのかい……」
おじさん、俺達を探しに行ったの?そう思うと胸が苦しい。おれ達のせいでおじさんはこんな風になっちゃったのか。おれ達が森の家に逃げなければおじさんはこんなふうにならずにすんだの?
だけど、これはおじさんじゃないはずなんだ。おじさんの気持ちを盗んでおじさんの形を借りた魔物のはずなんだ。
そう思って、気を強く持って剣を魔物に向ける。おじさんじゃない。おじさんじゃないんだ。
「でるくぅ……みんなが待っているんだ……早く見つけないと……でるくぅ……さーしゃぁ……」
おれの気持ちを揺さぶるように、魔物は声を出している。おれには、できない。殺せない。
「大丈夫かい?デルっち?一体どうしたんだい?」
おれの様子に気づいてくれたのか、アリッサねえちゃんが声をかけてくれた。
なんか、すごく安心したんだ。
そして、気持ちがあふれちゃったんだ。
「ねえちゃん、おれ、この魔物を殺せないよ……育ててくれた…おじさんに……そっくりなんだ……」
気づいたらおれは、涙があふれて止まらなかったんだ。
集落での駆除も一通り終わって、残るのはおじさんに似せた魔物だけになっていた。
おじさんの魔物は動きが取れないように縛られて、口も塞がれている。魔物だった場合、近くにいる生き物の意思の構成魔力を口から吸収するからみたいだ。
そんなおじさんの魔物の近くをパットンが浮いている。こう見えても調査しているんだって言っていた。
ダンにいちゃんが、パットンにここにいるおじさんが魔物なのかを調べて貰うように頼んでいるんだ。
「どうだった?パットン」
一つ息をついたパットンに、ダンにいちゃんが話しかける。一体どっちだったんだろう。どっちにしても殺さないといけないんだろうけれど、でも、壊れちゃってる人なら治すこともできるのかもしれない。
「うん、魔物だね。ただ、人に取り憑いた奴じゃなくて、それから成長して分裂した魔物だね。だから、本体は別のどこかにいると思うよ」
パットンの言葉を聞いて、おれはまた泣きそうだった。
だって、おれやサーシャを探すためにおじさんはどこかへ行って、そこで魔物に身体を乗っ取られたってことだから。
「取り憑かれた方というのは、元に戻るのでしょうか?」
「魔物を追い出す方法があって、その人に意思の構成魔力が残っていれば、時間はかかるけど元に戻ると思うよ。でも申し訳ないけれど、ボクには魔物を追い出す方法がわからないんだ」
「あの、そもそもデルクのおじさんを見つける方法はあるのですか?どこでこいつと分裂したかわからないですよね」
ハーヴィーにいちゃんの言うことはその通りだと思う。だって、こいつはおじさんじゃなくて、おじさんから分かれた別の魔物なんだから。
「それはボクが何とかするから大丈夫。それよりも皆の考えとしては、デルクのおじさんを見つける方向でいいの?」
パットンが、皆に確認する。元々の目的は、ここにいた敵の駆除だったから、これでもどっても何の問題も無い。もしもおじさんを見つけても治せるかどうかもわからない。だから、そんなことをしなくても良いと思うのは当たり前だと思うんだ。
でも
「にいちゃん、お願いがあるんだ。もしも、おじさんを見つける方法があるならおじさんを探したい」
ダンにいちゃんは、俺の言葉を黙って聞いてくれている。
「デルク、方針を急に変えるってことが、他のメンバーの負担になるって分かってての提案か?」
ドランにいちゃんが、俺に確認してくる。そう。これはおれのわがままなんだ。皆に迷惑をかけてまでお願いすることじゃ無いんだと思う。だけど、おれだけじゃできないことだから。皆に迷惑をかけることになってもお願いするんだ。
「迷惑をかけることはわかってる。だけど、もしもおじさんを助ける方法があるなら、助けて集落に連れていってあげたいんだ」
おれの言葉に、ダンにいちゃんは質問してきた
「助けられないとわかったときはどうするつもりだ?デルク」
「ダメだったら……おれが……おじさんを………」
胸が苦しい。そのことを思うととても痛い。だけど、おじさんがまだ生きているなら、おれがやらないといけない気がする。
「おじさんを殺して魔物に取り憑かれているのを終わりにさせる」
「できるのか?」
ダンにいちゃんの言葉におれは頷く。
今、目の前にいるおじさんの姿をした魔物ですら殺せなかったおれだけど、やらなきゃいけないんだ。
おじさんが、おじさんじゃない魔物として生きつづけるのは、やめさせなきゃいけない。
おれにはまだ難しいことだから答えはでないけど、きっと、それが人を救うっていうことなのかもしれないって今は思う。
「分かった」
俺の気持ちが届いたのか、ダンにいちゃんはおれのお願いを聞いてくれた。
おれ達は今、森の中を歩いている一人の人間の後を付いていっている。人間じゃなくて、魔物だったなぁ。
前を歩いているのは、おじさんによく似ている魔物だ。おじさんに取り憑いた魔物から生まれた子供みたいなものだってパットンは言っていた。
「あの魔物の子供には、帰巣本能があってね。親の危機を感じとると親の元に帰ろうとするんだ。だから、そういう風に誤認させれば親のいる場所まで戻るはずなんだ」
ただ、親となる魔物がすでに死んでいた場合は、しばらくすると自分が親として行動しだすんだって言っていたから、もう1時間くらい歩いているこの魔物の親、つまりおじさんに取り憑いている魔物はまだいるってことなんだと思う。
「デルク、今どの位置か分かるか?」
ダンにいちゃんがおれに地図を見せてきたから、このあたりだと指を指す。
「シンが森の民を見たって言っていた場所に近づいているな」
確かに、にいちゃんが地図に印を付けた場所に少しずつ近づいていっているように見える。
「もしかして、シンさんが見かけたのって」
「いや、隊長が言っていたろ?シンさんが見かけたのは女の森の民だって話だぞ」
ハーヴィーにいちゃんとドランにいちゃんの会話を聞きつつ、おれ達は魔物の後を追った。
さらに2時間くらい追っていくと、人が一人くらい入れる洞穴があって、そこに魔物は入っていった。
「ここか。どうする?」
ダンにいちゃんの言葉に俺達はこれからのことを考える。
この中に、何がどれだけいるかわからない。おじさんみたいな魔物がいっぱいいるのか、それとも壊れた人たちがいるのか。ここからだと何の音もしないから様子がわからない。
「これはあれじゃないですかい?もう一個ありましたよね、旦那特製の煙玉」
ドランにいちゃんの言葉に、おれ達は皆思い出したように頷く。たしかおれとアリッサねえちゃんが一つずつ持っていたはずだ。さっきのはアリッサ姉ちゃんのだから……
おれは、自分の荷物袋を掻き分けて煙玉を探す。
……あった。
おれは、煙玉をダンにいちゃんに渡す。にいちゃんは、少し考えてから
「ちょっと待ってろ。行ってくる」
そういって、一人で洞穴に走っていった。
「あ!」
「大丈夫だとは思うのですが、大丈夫なのですか?」
おれとミレイ姉ちゃんの反応とは対照的に何事も無い反応のアリッサ姉ちゃん達。
「いろいろ考えるのめんどくさくなったんだねぇ」
「この程度なら隊長一人でやった方が楽ですからねぇ」
「とどめだけ刺すのは戦闘訓練になるんですか?」
「まぁ、人型生命体を殺すことに耐性をつけるって意味では訓練かね」
「戦闘訓練だったら、隊長と姐御の二人を相手にした方が遥かに訓練になるからな」
「あぁ、それは確かにそうかもしれませんね……」
そんな三人の様子を見て、おれとミレイねえちゃんは、心配するのは意味がないんだなと言うことは分かったから、にいちゃんが戻ってくるまでの間、どうしたらおじさんから魔物を追い出せるか考えることにした。
「どうしたらいいのかなぁ」
「そうね。人の心を食べている魔物っていうことよね、食べるものがなくなれば、他のところに行くってことなんだろうけど……」
「パットンの話だと、それだとおじさんはもう直らないってことだよね」
「そうなっちゃうね……」
「おじさん……」
結局良い案もでないまま時間が過ぎていくと、洞穴の中から煙が上がって来る。にいちゃんが煙玉を投げ込んだみたいだ。煙は中で篭っているようで、集落の時よりも薄くなるのに時間がかかっていた。
煙がおさまるのを待つ間に、魔物を追い出す方法を皆で考えることになった。
「ミレイ、その可能性は高いか?」
さっきの魔物の特徴の話になって、ミレイ姉ちゃんは自分の意見をダンにいちゃんに言っていた。
「はい、パットンさんの話を聞くかぎりでは寄生生物と同じだと思います。寄生するものに餌がなくなると新しい宿主を探す性質があるはずです」
「ということは、追い出すには餌をなくすか、無くしたと思わせれば良いってことか」
ダンにいちゃんの言葉に、パットンがクルッて回って
「じゃあ、ボクの出番だね。ボクが、魔物に誤認識の魔法をかけることさえできればきっとうまくいくかもしれないね」
そう言っておれの方を見る。いつも笑っているパットンなのに、真剣な顔でこっちを見ている。
「デルク、うまくいかなかったらゴメンね」
パットンも初めてやることだから不安なのかな。おれのことを気にしてくれている。
だから
「大丈夫だよ、パットン」
皆おれのわがままのために一生懸命頑張ってくれてるんだから、おれは、うまくいくって思うだけだと思った。
そうしているうちに煙もほぼなくなってきたから、皆で洞穴の中に入っていった。
中には何匹かの獣や、苦しんでいる人がたくさんいた。でも、パットンがそれは全部魔物だって教えてくれたから、おれ達はどんどんと止めを刺して先に進んでいった。
「ちょっと待って」
結構奥に入っていった先に、三人倒れていた。三人とも、苦しそうに倒れて呻いている。パットンは、どんどんととどめを刺そうとしているドランにいちゃんを止める。
「この三人は、寄生されている人だね。意思の構成魔力が重なってる感じがするよ」
そういうと、ダンにいちゃんとアリッサ姉ちゃんは素早く口を布でふさいでいく。口から構成魔力を吸われないようにするためだ。
他にもいないか探してみた結果、後4人見つけることができた。中には、集落でとどめを刺した人やさっき、他の人が倒していた人もいる。きっと、さっきのが分裂した個体っていうのだったんだろうな。
その、取り憑かれちゃった人達以外の魔物をどんどんと倒していく。きっと、全部で30くらいは倒したと思う。やっぱり、魔物だってわかっていても、人と同じ形をしたものを殺すっていうのは嫌だな。
「それで良いんだと思うよ、デルク君。これが平気になっちゃったら、きっと物足りなくなって人を殺すようになってしまうこともあるからね」
ハーヴィーにいちゃんに、ぽろっと言ったらそういうふうに言われた。きっと、そういう人を見てきたんだろうな。だったら、おれは慣れないままで良いや。そのまま、サーシャを守れるようになれば良いと思った。
この洞穴の駆除も無事に終わって、おれ達の前には7人の魔物に取り憑かれている人たちがいる。
人間や森の民、獣人もいた。そして、おれを育ててくれたおじさんもいた。
「パットン、全部たのめるか?」
ダンにいちゃんの言葉に頷くパットン。でも、何となく嫌そうな感じだ。
「できるけど、時間がかかるし疲れるなぁ。一応言っておくけれど、全員やったら、ボクは丸一日くらい寝ることになるからね。その間は認識疎外の魔法は使えなくなるからそのつもりで動くんだね」
そういうと、パットンは意識を集中させて一体ずつに【宿主にしている人にはもう意思の構成魔力は残っていない】という認識をさせる魔法をかけていく。魔物によって、意思の魔法に対する抵抗力が違うようで、もしもパットンの力よりも強い意思の力を持っていると効かないみたいだ。だから、パットンは最初から全力で全部の魔物に魔法をかけるようにしているから、とても疲れてしまうんだ。
おじさん、お願いだから元に戻って。
おれはそう、心の底から願いながら、パットンから出る光を見ていた。




