相談と決断である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
集落跡地には、壊れた人間や亜人が棲んでいる。
ダンの言葉は、我輩達留守番組にとって衝撃的な言葉である。
「つまり、もしも跡地を調査をしようと思った場合は対人戦ってことかぁ…………」
「本当に壊れているのですか?交渉とか……」
その言葉をうけてアリッサ嬢は、嫌そうに呟くのである。人型の生命体との戦いは気持ちが滅入るのである。割り切ってはいるものの、なかなか慣れるものではないのであろう。
ミレイ女史は、普通に暮らしているのではないかと思いたいようである。ただ、人間と亜人が跡地にそのまま住むとは思えないのである。
「聞こえてきた声からは、何て言うのかなぁ、頭の悪さしかわからなかったよ。"メシ……メシ……"とか、"オンナ……"とか"ゲギャギャ"とか、何言ってるのか分かんなくなってるし」
「着ている服もボロボロで、武器も手入れされていない剣やそこら辺に落ちていた棒などで、知性や文明を感じませんでした」
デルク坊とハーヴィーの報告をふまえてダンは集落跡地の集団は壊れていると判断ようである。
今まで我輩達は、そういったものを魔者と呼んでいたのであるが、妖精パットンから違いを指摘されたので、これからのことを考え、交渉の余地の無い人型の敵性生命体には【壊れた】という冠を付けることにしたのである。どうやらそのまま集団は2・30人ほどの集団を形成しているようである。
さて、集落跡地の状況がわかった上でどうするのかという話である。
ドラン・ダン・アリッサ嬢は駆除を提案してきたのである。
「集落跡地を調べようと思ったら戦闘は避けられないからな」
ハーヴィーとミレイ女史は、先にシンが森の民を見たという場所の捜索をしようと提案したのである。
「戦闘のリスクを負うことはないと思います。調べられる場所があるならば、先にそちらの調査をした方がいいと思います」
妖精パットンは、どちらでも良いというスタンスである
「ボクは、戦えないから皆の意見に従うよ」
そして、ダンは我輩に意見を求めてきたのである。
「センセイの意見は?」
我輩も心情としては戦いになるのは面倒ある。できることであれば、戦闘はできるだけ回避して安全に調査を行いたいところである。
だが……
「丸投げするみたいであるが、我輩はデルク坊とサーシャ嬢の意見を支持したいと思っているのである」
今回の話し合いをしている場所は、デルク坊やサーシャ嬢が森の家に避難するまで過ごしてきた集落である。なので今回は、自分の意見よりも二人の意見を優先させたいと思うのである。
「おれは……できれば集落を解放したい」
デルク坊はすでに答えが出ていたようで、我輩から話を振られたらすぐに自分の意見を言ったのである。残り一人になったサーシャ嬢は悩んでいるようである。
「…………」
「正直な気持ちを言うのである。サーシャ嬢。わからなかったら、わからないで良いのである」
暫く自問していたサーシャ嬢は、小さな声で
「おうちを、取り返したいです」
そう言ったのであった
その日翌日から、我輩達は戦闘のための準備が始まったのである。
ダン・アリッサ嬢・ドラン・ハーヴィー・ミレイ女史とデルク坊は、朝から夜までを戦闘訓練に費やしたのである。
「多分戦闘訓練をしたやつらは中にいないと思うけど、豚や牛の獣人がいたらしいからな」
その言葉を聞いてサーシャ嬢は、不安そうな顔を浮かべたのである。どうやら、集落の知り合いに豚の獣人がいるようで、その者ではないかと心配しているようである。
「安心しな嬢ちゃん。ハーヴィーが見た目をデルクに話したら、集落では見ない顔だったって言ってたよ」
ダンの言葉に、いくらか安心した面持ちのサーシャ嬢である。
そんなサーシャ嬢と我輩は、薬の作成に大わらわである。サーシャ嬢には釜で傷薬と体力回復の薬の構築を頼んだのである。
そして、我輩は
「サーシャ嬢。定着が終わったら、どんどんそちらに移すのである」
「うん!わかったよ!」
我輩の手元には魔法陣の書かれている木の鍋敷きがあり、そこに完品魔法白金でできた手鍋を乗せて傷薬の素材になる薬草と油を投入するのである。
すると、手鍋の中の薬草と油がみるみる消えていき、キラキラした構成魔力に変わるのである。
それを素早く傷薬のための構成魔力に融合させ、定着作業を終わらせると鍋敷きごと釜に持っていき、中身を移していくのである。
今回、材料に油を増やしたのは傷薬も、キズいらずも、緊急の時はかけ薬の方が良いが、通常時はの軟膏のように使用した方が効率が良いとダンに言われたからである。なので、現在、薬液・軟膏両方の薬を作っているのである。
今回我輩が使っている手鍋での作業を可能にしたのが中級の手引き書に書いてあった、小型の錬金術用魔法陣である。
これを使うことで大釜を使用しなくても錬金術を使うことが可能になったので、早速試しているのである。
ただし、通常の魔法陣の機能を制限して小型化した魔法陣なので
・失敗した際の自動防護術式が入っていない
・使用できるものが手鍋くらいの大きさまで
・魔力の暴走リスクが一割ほど上がる
という違いがあるのである。
ただ、魔法陣が小型化して道具も携帯可能な物を使えるようになったのは大きいのである。
研究所時代に小さな道具でできないか挑戦したことがあるのであるが、素材を手鍋に入れる前に分解が始まってしまい、作業が出来なかったのである。逆に、あらかじめ手鍋の中に素材を入れた状態だと、魔法が機能しないらしく分解が始まらなかったのである。
なので、中級の手引き書にその方法が書かれていてよかったのである。
当然、この魔法陣も通常の物と同じで同じように描かないと発動することはできないのである。
以前、魔法陣を描く練習で魔法金属の粉末を混ぜた顔料をだいぶ減らしてしまった我輩は、ミレイ女史に代わりに描いてもらったのである。我輩、魔法陣を描くのは苦手である。
「アーノルド様、この粉末は純魔法金です。道具に使用されている魔法白金よりは力は劣りますが、今の私たちの技術では作るのがほぼできない物です。練習で使用するような素材ではございません。あまり湯水の如く使わないでくださいね」
と、窘められてしまったのである。あまり気にしないで使用していたが、確かに練習で使うものではなかった気はするのである。
そんな小型化した魔法陣を用いて、構成魔力のより詳細なイメージを持ちながら融合できる我輩が定着までを行い、サーシャ嬢が大釜で構築を行う分業体制を敷いているのである。
あまり、薬を用意しすぎても意味が無いかもしれないのであるが、戦闘が行われるのである。何かあってからでは遅いのである。
こうして、戦闘訓練に使う薬と現地での戦闘にむけての薬の用意を進めていくのであった。
集落跡地に向かうことになり数日、おおよその準備を終えたダン達は森の外に集まっているのである。
「じゃあ行ってくる。嬢ちゃん、センセイのことを宜しくな」
「うん!」
「そこは反対ではないのであるか」
今回は、我輩とサーシャ嬢の二人きりで留守番である。我輩もサーシャ嬢も、付いて行くものだと思っていたのであるが、ダンやアリッサ嬢から戦いに集中できなくなってしまうから安全な場所で待っていてほしいと言われたのである。
「おにいちゃん、無理しないでね。アリッサおねえちゃん、ハーヴィーお兄ちゃん、おにいちゃんをよろしくおねがいします」
「う、うん。人型との戦闘なんてはじめてだけど頑張るよ…………」
「しゃんとしな!大人だろうが!デルクの方が落ち着いてるじゃないのさ」
今回は、身軽に動けて森での行動になれているアリッサ嬢とデルク坊が偵察・奇襲役を、主な戦闘をする突入役をダンとドラン、遠距離からの援護役をハーヴィーとミレイ女史が担当するのである。
「アリッサ嬢、デルク坊。これを渡すのである。余裕があったら試してほしいのである」
そう言って我輩は、アリッサ嬢とデルク坊に、親指程の直径はある球状の物体を渡すのである。
「これはなんだい?」
訝しげな顔をするアリッサ嬢に我輩は煙を発生させる道具であると説明するのである。初級の手引き書に書かれていた【畑の友】シリーズを作る為の【○○忌避】の構成魔力を抜いたものである。
「臭くはないのかい?」
「無いはずである。代わりの副作用で普通の煙よりも目に染みるて喉にも来るようになった筈である」
「えぇ!?なんだよそれ?」
我輩の言葉を聞いて、微妙な顔をするデルク坊であるが、探検家達の反応は違ったようである。
「センセイ、使い方は?燃やすのか?」
ダンの質問に我輩は、頷くことで返事を返すのである。発生までに数秒ほどかかることも補足しておいたのである。
「普通の煙よりも目に染みるか。使い方次第ではかなり使えるか?」
「壊れてるとはいえ生物相手だからね。もしかしたら無力化できるかもね」
「でも、試さないで使うのは怖いですね」
「結局は煙なんだから、風上にいりゃ問題ないだろ。やってみりゃ良いじゃねぇか!なんとかなるさ!」
我輩は、奇襲した後に逃げるための補助の煙幕のつもりで渡したつもりなのであるが、どうやら違う使用方法を考えているようである。
「ありがとう、センセイ。できるだけ使う方向で考えてみるよ。使ったらあとで報告してやるからな」
「期待しているのである」
ダンの言葉に我輩はそう返すのである。それが合図になったのか、集落跡地を目指すもの達は荷物を背負い出したのである。
「この前より少し遅くなると思うからな。帰ってこなか…………」
「帰って来ないと我輩達も多分詰むのである。サーシャ嬢と待っているのであるから早く帰ってくるのである」
我輩の言葉にダンは笑って
「俺たちがいねぇとなんもできねぇからな、センセイは。しょうがねぇなぁ。さっさと行って戻ってきてやるからな」
そう言って、皆を引き連れて集落跡地へ向かっていったのである。
「大丈夫かな?皆」
サーシャ嬢が心配そうに我輩に話しかけてきたのである。
なので
「あちらは問題ないのである。それよりも、こちらが二人きりである。サーシャ嬢が寂しくならないか心配であるな」
我輩の言葉を聞いて、頬を膨らませるサーシャ嬢である。
「むぅー!おじさんのイジワル!私寂しくならないもん!」
「連中は大丈夫であるよ。だから、しっかり留守番をするのである」
「…………うん!」
我輩とサーシャ嬢は、皆がいなくなった方をもう一度見て、家に戻るのであった。
皆、無事に帰ってくるのである。




