道具のアレンジと戻ってきた探検家達である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
ダン達が大森林の捜索に向かっている間、我輩は中級の手引き書を読み進めていくのである。
どうやら、空想の物語に出てくるような道具まで作れるようである。ダンが時折苦笑いしながら手引き書を見ていたのはこのせいであったか。
必要な素材が足りないのであるが、足りたら一つ作ってみようと思うのである。これができると移動や採取がとても楽になるのである。
しかし、“模倣“術式という以上、元となる魔法や道具が存在することになるのである。一体どんな存在がこれらの魔法や道具を使っていたのか気になるのである。
「あぁっ!」
「サーシャちゃん!大丈夫??」
小さな爆発音と共にサーシャ嬢悲鳴があがる。
サーシャ嬢の方を見ると、どうやら道具の作成に失敗したらしく、釜から白い煙が上がっているのである。
近くでサーシャ嬢の手伝いをしていたミレイ女史が慌ててサーシャ嬢に駆け寄るのである。
「うん、大丈夫。ありがとう、おねえちゃん」
そう言うと、もう一度素材を投入して道具の作製にとりかかるのである。
サーシャ嬢は、香油を我輩の支えなしで作ったということが自信に繋がったようで、新しいものに挑戦し始めたのである。
サーシャ嬢は、どうやら【キズいらず】の作製に取り掛かったようである。ちなみに、【キズいらず】と【傷薬】の違いは素材である。
研究所時代、最初は傷薬を圧縮させることで強引に効果を高めていたのであるが、改良と研究の結果、圧縮作業を必要としない作製方法を完成させたのである。
【回復】の構成魔力をもつ薬草に、軟膏として使うので【油】の構成魔力をもつ素材、最後は【身体】の構成魔力をもつ肉、内臓等の素材である。
【身体】の構成魔力を入れることで、傷薬にはない再生効果をつけるのである。
その結果、傷薬を圧縮した初期型【キズいらず】では切り離された部位をくっつけるほどの効果は出ないのだが、改良版【キズいらず】ならば品質にも因るのであるが数分~数時間ほどで、元通りにくっつけることが可能なのである。
なので、現在の【キズいらず】は、傷薬というよりは再生薬といって良いものに変わっているのである。ただし、高度回復魔法のように失ってしまった箇所を元通りに再生することはできないのである。
おかげで最低限必要とする構成魔力が2つから3つに変わるので、各作業も大変になるのである。我輩は、ここに戻った翌日には成功率8割くらいで3つの構成魔力を使う道具を作れるようになったのである。
「前々からメンバー全員思ってた事なんだけど、キズいらずって薬液にした方が良いんじゃない?」
サーシャ嬢の作業を我輩と同じく眺めていたアリッサ嬢が、キズいらずの形状に対しての提案が出されたのである。
「前はさ、<手引き書通りにやらないといけないのである>とか言ってたからそういうもんだと思ってたけど、臭い薬のときは改良してたからさ、こっちもやったら?って思ってたんだよね」
確かに我輩は、手引き書通りにしないとダメだと思いずっと研究をしてきたのであるが、時折手引き書と違う方法でも効果が出せるのでは?と思うこともあったのは確かである。
そこで、北の山脈を越える際に使用した【蜥蜴嫌いの臭い薬】は、【畑の友:蜥蜴】の煙を出して匂いをつけるのではなく、身体にかけることで効果をだそうとしたのである。
効果が変わらないか、何度か実地実験も繰り返したのである。
「手引き書に書かれている通りにやる必要は無いのであるが、新しい形状にするなら、効力が変化していないか試験が必要である」
当然、新しい薬になるのである。効果は変わっていないのか、別の副作用など出ないのか等の試験をする必要があるのである。それはアリッサ嬢もわかっているので、頷いて返答するのである。
「試験をするのはキズいらずである。以前の試験をやってみたいのであるか?」
以前の試験とは、出来上がった道具の力を試すべく、逃げてきた探検家達を引き連れ、獣の巣に突入したときの話である。
我輩は、獣に腕を食いちぎられたり、運悪く首もとに噛みつかれ瀕死の重症を負ったものにキズいらずを塗りつけて手当てをしながら、臨床試験をしていたのである。
その結果、副作用の痛みに悶絶するものがたくさんいたが、誰も死なずにすんだのである。実は、人間以外にも効果はあるのかと気になって、獣にもいくらか試していたのは秘密なのである。
「そこまでやらなくて良いじゃない。少し指を削ぎ落とすくらいでさ」
アリッサ嬢はアリッサ嬢で妥協案を出すがそれも物騒な話である。
「誰がそれをやるのであるか。もしもの時は以前だったらゴードンがいたのであるが、サーシャ嬢が同じくらいしっかりとした魔法構築ができるかわからないのである」
「それこそ、ダメだったら今までのキズいらずで治せばいいじゃない」
なるほど、確かに一理あるのである。なので、我輩はアリッサ嬢の方をつかむのである。
「え?な、なに?センセイ?」
「なかなか良い案をいただいたのである。感謝するのであるアリッサ嬢」
「あ、あぁ、まぁね」
「ぜひ、提案者として試験には参加してもらうのである。宜しく頼むのである」
「…………は?」
当然の事である。提案したのだから、最後まで責任をもって参加しないと駄目なのである。
「へ?いや、ドランとかハーヴィーとか…………あたしは」
「そうであるな、被験者は多い方がいいのである。そちらにも参加してもらうことにするのである。アリッサ嬢は聡明ですばらしい女性である」
「あ、ありがとう……って!そうじゃなくて!」
薬液で使用可能であればら切断された部位の再生治療や深いキズの治療も態々薬を塗らなくても、薬液の浸った布を巻くことで部位を保護しつつ治せるかもしれないのである。
うんうん、楽しみである。ダン達が森から帰ってきたら早速実験をしてみるのである。
「…………あぁ、だから皆センセイに提案しなかったのか…………」
「……あっ!!」
「サーシャちゃん!」
アリッサ嬢が、なぜか落ち込んだように項垂れているが、我輩は晴れやかな気分でサーシャ嬢の作業の様子を見守るのであった。
「おかえり!お兄ちゃん!」
ダン達が森の捜索に出掛けてから3日日目の夕飯後に、ダン達は全員無事に戻ってきたのである。
「ちょっと遅かったのであるな」
「もともと2・3日の予定だからそうでもないんだけどな。ちょうどパットンが寝た後に獣に襲われてな」
夜の間、認識阻害の魔法をかけ続けながら不寝番を続ける妖精パットンは、集中力切れを起こして朝全員が起きた後に昼まで寝るのである。
「普通なら一時間くらいで起きれるんだけどね、夜の間継続魔法をかけ続けて番をするのは大変だよ」
ということである。
その、妖精パットン魔法をかけられない間に獣の襲撃があったようである。
襲ってきたのは頭に二本の角が生えている猪三頭であった。
どうやら、近くで縄張りの確認をしていたようであるが、パットンの魔法が切れたことで、近くでいきなり生物の気配を感じたことでパニックを起こし、襲撃してきたのではないかとダンはいう。
獣の襲撃を最初に気づいたのはデルク坊である。
3人には聞こえていない微かな音をデルク坊は聞き取り、警戒を促したのである。
デルク坊の耳が、祖となる獣人の影響で良いことを知っている三人はすぐに臨戦態勢をとったのである。
その後、ハーヴィーが視認しようとしたが、途中で三方向に分かれたようである。
デルク坊がおおよその位置を割り当て、気配を察知できる距離に近づいたことで同時に突っ込んでくることを察知したダンは、ダンとドランが一人で、ハーヴィーとデルク坊は二人で一匹を受け持つようにしたのである。
「思いの外、深部の獣はでかくて驚きましたわ!しかし隊長はすごかったですわ!」
「前回は運良く会わなかったからわからなかったですけど、確かにあんなのがいるようですと深部の捜索は大変ですね」
「俺は、ドラン兄ちゃんが角猪の突進を受け止めたのが信じられないよ」
三方向から突っ込んできた角猪であるが、ダンは前足を切り落とし、バランスを崩した角猪をそのまま屠ったのである。
ハーヴィーとデルクは、角猪が現れた瞬間、狙いをつけさせないことと走る勢いを削る為に左右に展開ながら、弓矢で顔付近を狙ったのである。
デルク坊の方はそれほど効果がなかったようであるが、ハーヴィーの弓はかなり強い弓だったようで、深い位置にまで矢が刺さったことでハーヴィーの攻撃を警戒して、逃げていったようである。
ドランは力比べをするかのように、突進してきた角猪を正面から受け止めに行ったようである。大分押されてしまったが、突進を受け止めきったドランは、そのまま武器の鉄棒を角猪の頭部に叩き込んで屠ったようである。
「で、このバカが後ろに荷物あるのを忘れてそんなことやりやがったから、荷物が散乱して、その片付けに追われて時間ががかかったんだよ」
「驚いたんだよ、凄い音がしたから起きたら近くでドランおっきい獣が力比べしててさ!危うくボク、轢かれるところだったんだよ!」
「いやぁ、あんだけでかいとちょいと試してみたくなりまして……面目ねぇです」
ダンと妖精パットンの言葉に気まずそうに頭を掻くドランである。特に妖精パットンは珍しくお冠である。寝てる近くで格闘戦が行われていればそうもなるのである。
「今度考えなしで同じことやったら丸一日あれで過ごしてもらうからね!」
「………………ドラン。わかってるな」
「…………へぃ……」
何やら怒ったパットンに暫くの間何かされていたようであるが、誰もその事には触れなかったのである。全員がげんなりした面持ちであることから、ろくでもないことになったようである。
何はともあれ無事に戻ってこれたのはよかったのである。
「それで、集落跡地はどうだったのである?」
話題を変えるべく、我輩はダンに今回の目的地である集落跡地の状況を聞いたのである。
「それなんだけどな」
ダンは少々苦い顔をしている。他の面々も表情は強張っている。
「壊れた人間や亜人達が棲んでる」
ダンは真剣な表情で我輩にそう言ったのである。