少し変化した日常である
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である
森の家に帰ってから数日。毎晩やって来る騒がしい夜が明け、静かな朝を迎える。
まだ、太陽の光が差す前ではあるのだが、我輩はベッドから起き、工房へとむかうのである。ここに住む人間が増えても変わらない我輩の朝の日課である。
三階にある我輩の部屋から工房に行くには、居間を通ることになるのである。今までは誰もいなかったのであるが、大所帯になった今は、そこで寝ているものがいるので、起こさないように気を付けるのである。
居間にあるソファーには熊のような大男、ドランがとても気持ち良さそうに眠っているのである。
その風貌と言葉遣いから、それなりの年齢に見えるのであるが、寝ている顔は少々可愛らしいのである。
「俺の年齢ですかい?21になったばかりですわサーシャせんせい」
「えっ!?そんな風に見えないよ、ドランおにいちゃん!あと、私はせんせいじゃないよ!」
森の家についた初日の夕飯後、会話の流れから年齢の話になり、ドランがサーシャ嬢に年齢を聞かれたのである。ドランの答えを聞いて驚くサーシャ嬢である。
ドランとサーシャ嬢は青空教室が終わってから、お互いの会話の最後に先程の流れを時々入れて話すようになっているのである。ドランに先生じゃないと否定しているが、その顔はとても嬉しそうである。先生と呼ばれるのが嬉しいのであろうか。
そんなことを思ってまだ続いている二人のやり取りを眺めていると、ダンとアリッサ嬢がにやにやしてこちらを見ているのである。この二人はいつもこうであるな。
「自慢の生徒が先生と呼ばれるようになったのを見ている気分はどうだい?センセイ」
「普通に戯れているだけなので、なにも思うことはないのである。強いて言うならば、事あるごとに絡んでくる貴様たちが鬱陶しいのである。あと、我輩はセンセイではないのである」
我輩の返事にダンは手を顔に当てて天を仰ぎ、アリッサ嬢はやれやれと言った様子で首を振るのである。
「何て愛の無い物言いだ。俺は悲しいよセンセイ」
「あたしたちの気持ちが全く届いていないのが悲しいねぇ」
「我輩を玩具にして戯れようという気持ちは、嫌と言うほど伝わっているのであるよ」
そんな我輩たちの様子を、逆に二人が眺めていたのである。
「ドランおにいちゃん、私も、ああいう仲の良いお友だちできるかなぁ」
「うーん…………。たとえ仲良しでも、鬱陶しくなるお友だちは、サーシャせんせいのために止めた方がいいと思いますぜ」
「………………うんっそうするね!ありがとうドランおにいちゃん!あと、私はせんせいじゃないよっ」
サーシャ嬢は、笑顔で答えるのである。そして、ドラン。やつもなかなか良い性格をしているようである。
そんなドランを起こさぬように気を付けて、我輩は工房のドアを開けるのである。
工房内はいつものようにしんと静まり返っており、気持ちが引き締まるのである。
我輩は、部屋の本棚から一冊の書を取り出して読み始めるのである。
現在読んでいる書は【錬金術中級・応用編ーノヴァ・アルケミスト著ー】である。内容は、釜だけではなく、別の道具も使用した道具の作製方法などが書いてあるのである。ついにこの工房にある、いままで使っていなかった道具を使用することになるのである。とても楽しみである。
「おはようございます、アーノルド様」
しばらく手引き書を読んでいると、部屋に誰かが入ってきたのである。見た目と、立ち振る舞いから伝わる雰囲気が真逆の女性、ミレイ女史である。最初こそ圧倒されていた彼女も、すぐにこの環境に順応したようで、現在では空いている時間には、我輩・サーシャ嬢と共に錬金術の勉強をするようになっているのである。
「俺達は助かるけど、こちらの方に付き合ってくれなくても良いんだぜ?」
ダン達が森に出るときに積極的に参加するミレイ女史に、そう言っているのを聞いたことがあるのである。
ミレイ女史は、表向きは魔法研究所からの出向で、大森林内の調査が職務内容ということになっているのであるが、実際には、亜人達が使用している魔法技術や文明などの調査、我輩の助手を行うことになっているようである。
なので、ダンとしては無理について来る必要は無いと思っているようであるが
「これは私が望んでいることです。私も、室長のように皆様とともに経験を積んで一人前になりたいんです」
という、ミレイ女史の言葉を受け入れ、森へ一緒に入りドランやハーヴィーとともに行動しているのである。
助手に関しては固辞したのである。我輩はまだそんな立場にないからである。
もともと錬金術研究所に入りたくて魔法研究所に入所したミレイ女史は、我輩に断られてしまい途方に暮れてしまったようであるが、サーシャ嬢からの
「おじさんをお手伝いするために、いっしょにお勉強しようよ!」
という言葉があり、助手ではなく共にに勉強する仲間を求める我輩の考えを理解してくれたようである。
「おはようございます!あ!今日も一番遅かったぁ」
「おはようである、サーシャ嬢」
「おはようございます、サーシャちゃん」
我輩が中級の手引き書、ミレイ女史が初級の手引き書をしばらく見ているとサーシャ嬢が元気良く工房に入ってくるのである。
最近はこの順番で工房に入って朝食までの間、各々手引き書や図鑑を見たり、作業したりして勉強しているのである。
「ミレイおねえちゃん、これどう?」
サーシャ嬢が何やらミレイ女史に液体の入った瓶を持ってきたのである。ミレイ女史は、液体を扇いで香りを確認しているようである。
「あら、良い香りね。サーシャちゃんはセンスが良いのね」
「ほんと?お家のお外に生えてた綺麗なお花が良い匂いだったから、今日はこれで作ってみようって思ったの」
サーシャ嬢は、最近香油を錬金術で調合するのにはまっているようである。
香油を作るきっかけになったのは、森から帰った翌日に行った屋内捜索の結果、煙の発生装置にあるはずの香油がほぼ空になっていたからである。このせいで煙が発生しづらくなり、煙の範囲が縮小。その結果、認識阻害の結界の範囲も狭まったようである。
屋内捜索はチームで行っており、サーシャ嬢はダン・ハーヴィーとチームを組んで、煙の発生装置を発見したようである。
中に入っているのが、ただの香油だと判明したサーシャ嬢は
「おじさん、私、一人で頑張って作ってみたいです」
と我輩に訴えてきたのである。傷薬や解毒薬などの慣れ親しんだものは一人で作製させていたのであるが、初めて作るものは、我輩が一緒について教えていたのである。今回サーシャ嬢は、一人で全てやってみたいと言ってきたのである。
香油自体はそれほど難しいものではないし、素材もこの森ならば無いという事は無いのである。我輩も研究所時代に作製したこともあるので我輩が作りたいという事も無いので、サーシャ嬢に任せる事にしたのである。
「おじさん!ありがとう!私がんばるね!」
作製の許可をしたとき、サーシャ嬢は割れんばかりの笑顔でそういったのである。
そのあと、手引き書で必要な構成魔力を調べ、素材を確認。煙と同じ香りのする植物は無いかをアリッサ嬢とハーヴィーを伴い捜索・採取。気合いが空回り構築や最後の容器に移すところで失敗をしてしまったものの、次の日には目的の香油を作製することが出来たのである。
その時の経験が嬉しかったのであろう。サーシャ嬢は、毎日一回は家の周りにある花を摘んで香油を作るようになったのである。
「おはよう!みんな、ねえちゃんがご飯だってさ!」
このような感じで勉強の時間が過ぎていくと、デルク坊が我輩達に朝食を知らせに来てくれたのである。
なので我輩は手引き書を机の上において、食事を摂りに居間に行くのである。
ソファーで寝ていたドランも、食事前なので起きていたのである。
「おはようごぜぇやす。皆さん早いですなぁ」
「ドランはどんどん言葉がおかしくなっている気がするのであるな」
半分寝ぼけたような感じで挨拶をするドランに我輩はそう言い放つのである。ちがいねぇ。と頭を軽く掻き、顔を洗いに行くドランと、アリッサ嬢の手伝いに行くのであろうサーシャ嬢が台所へ向かっていくのである。我輩・ミレイ女史・デルク坊の三人は居間の食卓にある椅子に腰掛けて食事か来るのを待つことにしたのである。
「おはようございます。今日も皆さん早いですね」
「おはようみんな」
朝食を待つ間、三人で談笑しているとダンとハーヴィーが降りてきたのである。これで、全てのメンバーが集合しているのである。
全く会話に参加していない妖精パットンであるが、我輩が階段を下りる最中に我輩の頭の上にやってきて、そのまま寝ているのである。良いご身分である。
「あぁ、おはようみんな今日もいい天気だよね」
朝食が全員の前に配り終えた頃、妖精パットンも眠りから覚めて自分の定位置につくのである。
「さぁ、今日もいっぱい食べて一日元気に頑張るよ!」
アリッサ嬢が台所からこっちにやってきて朝食の開始である。
今日は、集落でもらった野菜とこちらで採取した野菜のサラダとパン、そして薄く切った肉を塩と胡椒で焼いただけというシンプルなものである。
「うめぇ!肉うめぇ!」
「肉焼きだけならあたしより上手いよねドランは」
「肉なら任せてくだせぇ!」
どうやらドランは肉焼きが得意なようである。毎度絶妙な火加減と塩と胡椒加減なのでとてもおいしいのである。妖精パットンいわく、焼いた肉にだけ意思の魔法がかかっている状態とのことである。
なので、アリッサ嬢は肉を焼くときだけドランに頼むことにしたようである。本人も肉を焼くのは楽しいようで、呼ばれると喜んで台所に行っているのである。そういうときは暫くすると、とても渇いた音が響く時があるので、おそらくつまみ食いなどをして背中を張られているのであろう。
いつものように朝食が終わると休憩の時間になるのであるが、最近は少し変化があるのである。
「じゃあ、また2日後に戻る。だいたいこういうルートで通るから、4日後になっても戻らなかったら悪いが頼む」
「多分ボクがいるから大丈夫だと思うけど、誰も戻らなかったらみんなのことは頼んだよ」
現在、森の家では我輩とサーシャ嬢以外は交代で大森林の探索を行っているのである。現在は深部方向へ向かう結界の終点付近の探索なので、だいたい二日から三日かけて捜索し、一日休むという感じで行っているのである。
我輩は探索は全員で行くものだと思っていたのであるが
「まだ、何があるかわからない状態で闇雲に非戦闘員を同行させることなんかできねぇよ。そのための探索なんだからな」
ダンにそう言われて笑われたのである。
言われてみると我輩が現地実験に赴く際も、必ず数日前にダンがアリッサ嬢かシンがいなくなっていたような気がするのである。あれは、毎回現地の状況を確認していたということなのであろうか。
今回の探索メンバーはダン・ドラン・デルク坊・ハーヴィー・妖精パットンである。
デルク坊も、ミレイ女史同様に自ら捜索メンバーに加わることを希望したのである。
「絶対に無理しないから、おれも連れていってください。森の中で1度行ったところなら、地図を見なくてもほぼ行くことが出来るから。おれもみんなの役に立ちたいんだ!」
その訴えを聞き、ダンとアリッサ嬢と我輩で話し合い、チーム責任者のダンかアリッサ嬢が無理をしたと判断したら、それ以降はメンバーには加えないという条件で同行を認めたのである。
「じゃあ、アリッサが同行しないときは僕がついていかないとだね」
そう言って妖精パットンも森の探索に加わることになったのであった。
デルク坊は森の民なだけあり、森の中での方向感覚や土地勘は抜群で、ダンやアリッサ嬢も感心していたのである。
「あれだけ頼りになるのに、何で怪我した足で毒の土を踏んじゃうんだい?」
前回の森の探索でデルク坊の森での能力を見たハーヴィーが、心底不思議そうにデルク坊に尋ねるのである。
デルク坊はばつが悪そうに当時の自分の中の心境や狩りの方法を話し
「…………だからさ、人と違う方法で認めてもらおうって無理してたんだ。その時も仕留め損なって、こんなはずじゃないって頭に血が上って、無茶したんだ……と思う」
と言ったのである。言いづらいことをしっかり話せる。過去の劣等感はデルク坊の中で消火されつつあるのであろう。
「でも、今は俺が無理したら止めてくれるダンにいちゃんや、ハーヴィーにいちゃんのように頼りになる人たちがいるし、そんな人達の中でも、おれにもできることがあるってわかったからもう大丈夫」
そういってデルク坊はとても晴れやかな顔であった。
今回は、デルク坊の案内で森の民の集落があった辺りまで探索してみるとの事である。
「もしも何かあったら、皆で調査をしようと思うから、一応準備はしておいてくれ」
ダンは、我輩とサーシャ嬢が用意した傷薬や疲労改善の薬液を受けとると、そう告げて探索に向かっていたのである。
このような感じで、森の家での生活は前と少々変化しながら送られていくのである。
これから2週間ほど更新が遅れるかもしれません。
できるだけ早い頻度で更新できるようにしたいと思います




