暴走事故の結果と兄君の思いである
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である
轟音、そして湿気混じりの爆風。
我輩が覚えているのはそこまでである。
「む……ぅ…?」
目が覚めると、天井が見えているのである。一瞬どこかわからなかったのであるが、よくよく見るとどうやらここは自宅にある我輩のベッドである。どうやら、我輩は爆発の煽りを受けて気絶してしまっていたようである。
それは良いのであるが、サーシャ嬢と兄君は無事だったのであろうか?我輩の感覚では二人を守るように覆い被さる事は出来た気はするのであるが、では守れたかと言われると気絶してしまった身である。自信は無いのである。
なので、現状を確認しようとベッドから起き上がろうとするのであるが、支えにしようと思った左の肩が痛くて一度ベッドに倒れるのである。意識がしっかりして来たら分かるのである。肩から背中にかけてヒリヒリと痛いのである。これは、軽い火傷であるか?兄君火傷するような水球をサーシャ嬢に向けようとしたのであろうか?いやいや、そんな訳は無いのである。暴走したから温度制御もおかしくなったのであろうな。
というわけで、ヒリヒリ痛むのを我慢して起き上がり、部屋の窓から外を確認するのである。この位置からであると、爆発現場が見えるのである。
爆発現場は、荒れ地になったり、穴が開いたりということはなかったのであるが、半径人が三・四人位寝そべるくらいの広さの草木が倒れているのである。爆風の影響であるな。それ以上の広範囲が湿っている感じである。外はまだ明るいので、我輩が気絶してからそれほど時間は経っていない筈である。
錬金術以外の魔力暴走はダン達との現地実験の時に何度か見たことがあるのではあるが、実際に魔力暴走を味わうのは初めてである。これは、魔法を教えるときは今まで以上に最新の注意が必要である。新しく作った水の魔法陣も、暴走を起こしても被害が少ないように飲み水の魔法陣より少しだけ量を増やす程度にした方がいいかも知れないのであるな。
そこまで考えて思い出すのである。
そうそう、サーシャ嬢達は無事なのであろうか?我輩は部屋を出て皆の安全を確認しに行くのである。
部屋を出るとすぐそこは、いつも誰かしらいるはずの居間である。今日は、珍しく誰もいないのである。ただ、台所には誰かいるようである。良い匂いがしてきているのである。アリッサ嬢がサーシャ嬢がいるかもしれないのである。我輩は台所へ向かうのである。
台所には、見慣れた姿があったのである。よかったのである。無事そうである。
「サーシャ嬢、アリッサ嬢、無事であったか。何事もなくてよかったのである」
我輩の声にビクッとして、そのあとこちらを見る二人である。何でそんなに驚いた顔をしているのであるか。
「センセイ!」
「おじさん!」
「ぶっふ!」
凄い勢いでやってきたサーシャ嬢には腰を抱きしめられ、アリッサ嬢には胸付近から抱きしめられたのである。なんなのであるか、大袈裟な
「大袈裟である、というかアリッサ嬢、背中がひりひりして服が擦れると痛いのである。ちょっと緩めて欲しいのである」
「おじさん!おじさんっ!」
「あぁ、ごめんよ。センセイ。皆心配したんだよ。丸一日起きなかったんだから」
「なんと、一日経っていたのであるか」
アリッサ嬢の言葉にこちらが驚くのである。丸一日も気絶してしまったのであるか。
「食事の準備のところ申し訳ないのであるが、現状の確認をしたいのである」
「あ、そうだね。サーちゃん、センセイ起きてもう大丈夫だと思うから、あたしの代わりに料理番してくれる?」
「おじさん……よかったよぉ……ふぇぇぇん」
「……ダメだねこりゃ。センセイ、サーちゃんのこと頼むね。一応簡単にだけ説明しておくね。リーダーが昨日戻ってきて、新しいメンバーが増えた。で、デルっちは落ち込んで引きこもり。パットンは今はあたしの近くにいるよ」
「残念でした、アリッサ。今は錬金術師アーノルドの頭の上さ」
「じゃあ、あたしの近くじゃん。とりあえずそんなところ。もう少し待っててね、とりあえず軽いもの出すから」
そういって、アリッサ嬢は台所に戻っていくのであった。
「妖精パットン、何があったか分かる範囲で教えてもらえるのであるか?」
「いいよ。知ってる範囲で教えるよ」
兄君のことも気にかかるのであるが、サーシャ嬢を落ち着けねばならないし、何があったか気になってしまった我輩は、妖精パットンの話を聞くことにしたのである。
「とりあえず、魔力暴走が起きたところからかな?」
妖精パットンが、座っている我輩の前にある机に立ち、そう尋ねるのである。
「そうであるな。とりあえず、轟音と、湿気混じりの爆風に曝されたのだけは覚えているのである」
妖精パットンは、我輩の言葉を聞くと大きく頷いたのである。
「うん、そのあと既に水の魔力として融合済みだった分の魔力が熱湯として具現化してあの近辺に降り注いでね。君はアリッサとデルクを守るために背中で熱湯を浴びることになったんだ。気絶したのはその痛みからなのかな」
「それでよくこの程度の火傷で済んでいるのであるな」
「サーシャだよ。音に気付いてこっちにやってきたアリッサと、ちょうど爆発音が聞こえたらしくて急いでやってきたダン達と、熱湯の雨が止んで湯気が濛々としてる中、君達を探したんだ」
妖精パットンの話によると、我輩を中心にして水の魔法で薄い冷水の膜を作って周囲を熱から守っていたようである。
「熱湯が降り注ぎ出して、このままだと熱で皆が危ないと思ったんだろうね。サーシャの機転が無かったら君はもっとひどい火傷をしていたし、おそらくサーシャやデルクも被害があっただろうね」
妖精パットンの言葉に我輩は深く頷くのである。サーシャ嬢はまだ泣いているのである。助けたつもりが完全に助けられてしまったのである。
「サーシャ嬢、感謝するのである。サーシャ嬢のおかげで我輩は軽い火傷程度ですんだのである。我輩の命の恩人であるな」
我輩はサーシャ嬢の、少し伸びてきて耳にかかるくらいになってきた髪の毛を撫で、感謝の気持ちを伝えるのである。サーシャ嬢はぴくりとすると、おずおずとこちらを見るのである。
「おじさん、ごめんなさい。おにいちゃんとふざけて遊んでたから……」
「いや、それに関しては良い魔法制御の方法があったな。程度にしか思っていないので悪く思う必要は無いのである。早めに兄君を止められなかった我輩にも非はあるのである」
「でも、ごめんなさい……」
サーシャ嬢も兄君を止められなかったことを責めているのであるかな?まぁ、それはサーシャ嬢が反省して、次に生かすのである。
「サーシャ嬢の気持ちは分かったのである。我輩はもう気にしてはいないので、自分を責めるのは止めるのである。反省しているのならば、同じ事をしないように一緒に頑張るのである」
「一緒に?」
「そうである。我輩も反省するところがあるのである。同じ事をしないように頑張るので、サーシャ嬢も反省することがあったら同じ事をしないように頑張るのである」
サーシャ嬢は我輩の言葉を聞き、暫く考え、ゆっくりと我輩から離れて
「うん。私、ちゃんと止められるように頑張る」
決意を込めた表情でそう言ったあと、アリッサ嬢の手伝いに戻っていったのであった。
サーシャ嬢が手伝いに戻った後、妖精パットンと状況確認の続きをしたのである。
熱湯の雨が上がり、全員で意識が朦朧としている我輩達を探しだし、家に運んでいったのである。
サーシャ嬢は、家に運び入れて少ししたら意識がはっきりし、兄君も一時間程で意識が戻ったようである。
我輩は、背中よりも肌の見えていた部分の火傷が酷かったようであるが、サーシャ嬢がその部分は回復魔法をかけてくれたので、そちらの火傷はほぼ治っているのである。
「なんで、背中の火傷も治してくれなかったのであるか」
我輩は、妖精パットンに若干の不満を持ってきて聞いてみたのである。
「ダンが、センセイの監督不行届だから反省のために少し位は痛みを残しておけって」
魔法を完全に治すまでかけようとするサーシャ嬢をなんとか誤魔化して、そのままにしたようである。
兄君が魔法を使えなかったこと、サーシャ嬢が魔法を使えることを少なからず羨ましがっていたこと、魔法を使えるようになって遊べるようになったこと等を考えれば、ああなることはわかった筈である。
それを、別のことを考えていて様子を見るのを怠った結果、今回の事故が起きたと言えるのである。ならば、この痛みは我輩が受け入れるべきものである。
「ダンはどうしているのであるか?」
「新しいニンゲンと、近くの森へ戦闘訓練?に出かけたよ」
ダンは、この後の大森林の捜索に向けての行動を着々と進めているようである。一応狩りをするはいえ、兄君はまだ子供である。サーシャ嬢は戦えるかわからないし、我輩は、戦うことはできないのである。
妖精パットンの魔法があるとはいえ、一回も敵性生物に気付かれることなく捜索ができるとは言えないのである。
そこまで考えてから、我輩はもう一つ妖精パットンに尋ねるのである。
「兄君はどうしているのであるか?先程引きこもってるとアリッサ嬢が言っていたのであるが」
「そうだね、自分の軽率な行動で被害者が出ちゃったからね」
意識を取り戻した兄君は、ダンに連れられて、現場の状態と火傷をサーシャ嬢に治してもらっている我輩の姿を見せられたそうである。
「遊べる魔法が使えるようになって、はしゃぎたい気持ちはわかる。だが、魔法初心者のお前が調子に乗って、経験者の嬢ちゃんの注意を無視した結果がこれだ」
ダンの言葉と目の前で行われている光景によって、兄君は自分のしてしまったことの重大さを思い知ってしまったようである。お調子者であるが、根は優しくて良い子の兄君である。自責の念に耐えられなかったのであろう。部屋に閉じこもってしまったようである。
「ダン達はなにもしないのであるか?」
その質問に妖精パットンは
「それを決めるのは、デルク自身と錬金術師アーノルドさ」
そう言ったのだった。
我輩は、兄君と話をするべく兄君とサーシャ嬢が寝ている客間にやって来たのである。
が
「兄君、入るのである」
我輩がそういって部屋に入ると、ベッドの上にこんもりとした何かが存在しているだけで、あとは誰もいないのである。
兄君、精神的にも物理的にも殻にこもっているのである。
「兄君、我輩はもう元気である。だから気にすることはないのである」
我輩の言葉になんの反応もしないのである。我輩は、兄君の方に近づくのである。
「兄君、今回の件は兄君だけの責任ではないのである。我輩にも子供がいきすぎないように監督する責任があったのである」
やはり反応がないのである。どう言ったら良いのであろうか? 我輩は、兄君とは良い関係を続けていきたいのである。
「あにく…………!?」
さらに近づいて言葉を重ねようとした我輩の背後から誰かが襲いかかって来たのである。火傷の痛みもあるのであるが、それ以上に急な出来事で、我輩は狼狽えるのである。
「な、なんであるか!?」
「おっちゃん、ごめん」
背後から聞こえてきたのは兄君の声である。襲いかかったように感じたのは抱きついてきたようであった。
つまり、我輩は誰もいないところに一生懸命話しかけていたのである。ちょっと恥ずかしいのである。
「何処にいたのであるか?部屋を見渡したのであるがいなかったのである」
「おっちゃんが部屋に入るっていった時に、角にところで上って隠れてた」
「そこまでは確認してなかったのである」
さすがに、部屋の上半分側にいるとは思わないのである。でも、思ったよりも元気そうで良かったのである。
「兄君、閉じこもっていると聞いていたので心配したのである。元気そうで…………」
我輩が兄君の方を向こうとするのだが、それにあわせて兄君も抱きついたまま移動するのである。何度か同じことをするのであるが、どうにも兄君は向き合いたくないようである。
「あに」
「おっちゃん、ごめんなさい」
我輩が兄君に話しかけようと動きを止めたと同時に、兄君が我輩を強く抱き締めて話しかけてきたのである。よく確認すると、背中で震えている感覚があるのである。もしかしたら泣いているのだろうか。そう思うと、少し鼻声混じりな気もするのである。
「おれが調子に乗ったから、サーシャの言うことを聞かなかったから、おっちゃんとサーシャを危ない目に遭わせちゃった」
兄君の力がさらに強くなるのである。子供はいえ、獣人の血が出ているからなのであろうか、思ったよりも力があるのである。
意外に苦しい状態を我慢して、我輩は兄君の頭を後ろ手で撫でるのである。少々体が硬くて手の甲で撫でるという格好つかない状態である。
「おれ、嬉しかったんだ。森の集落で魔法をならったけど、構成魔力がわからなくて魔法が使えなくて。みんな普通に魔法使ってるのにおれだけ魔法陣使わないとだから、悔しくて意地張って覚えなくて」
魔法が普通に使える環境であるならば、使えないというのは大きな劣等感になるのであるな。子供であれば、さらにである。
「だから、魔法がなくても大丈夫だって、おれは頑張れるって無茶して、結局サーシャや他の人に迷惑かけて」
骨を折ったときのことや、毒の時の事であるか。劣等感を埋めるため、自分の居場所を作るために無茶をする癖がついたのであるな。
だから、狩りも他のものがやらない方法で行うことで自分という存在をアピールしていたのであろう。
「集落の皆は優しかったけど、、子供だから、魔法使えないから、違うことしたり無茶したり変なことするのは仕方ないとか言われて、そういわれるのが嫌だった」
努力していることを認めてもらえないような気がしたのであろうな。
「だから、おっちゃんや、にいちゃんや、ねえちゃんがおれの事を同じ仲間のように頼ってくれて、バカ騒ぎに巻き込んでくれて、間違ってることを違うって直そうとしてくれて嬉しかったんだ」
なるほどである。そこで兄君は自分が認められたような気がしたのであるな。
「だから、森から出たあとに初めて魔法陣を使ったんだ。違ってても、大丈夫なんだって思ったから。そしたらサーシャはすごく喜んでくれて、おれ、だから毎日制御の訓練してたんだ。学校で一応習ってたから」
隠れて制御の訓練をしていたのであるか。だから、あれだけ色々出来たのであるな。それにしても、学校で制御の訓練を教えていたのであるか。あとで教えてもらうのである。
「新しい魔法陣の実験役に、俺を選んでくれたのもすごく嬉しかったんだ。魔法のことで俺が頼られるなんて思ってなかったから」
森の民の基準だと最下層なのであろうが、こちら側であるとおそらく兄君は魔法研究所に入れるレベルであるからな。こちら側では引っ張りだこになるはずである。
「実験するのが水の魔法だったから、森の集落で皆が水球をぶつけて遊んでるのを思い出して、これでサーシャと遊べるって思ったんだ。だけど、サーシャは俺より全然すごくて、また悔しくなって、ムキになって…………」
そこまで言って兄君は言葉を止めて、体を大きく震わせるのである。後ろから泣いている声が聞こえるのである。その結果の事を思い出しているのであるな。
我輩は、力が緩まった手をほどき、兄君、いや、デルク坊に向き直るのである。
「デルク坊、デルク坊はずっと頑張ってきたのである。それは、端からみれば無茶や無謀であったのかもしれないのである」
デルク坊は、我輩の言葉に反応したのである。なにか、驚きの表情である。
「しかし、その努力が自分のためだけじゃなくサーシャ嬢や、森の集落の皆の為だとわかるからこそ、ダンもアリッサ嬢も我輩もデルク坊を一人の人間として認めているのである」
そうでなければ、森の家に何年も子供二人で生きてこれるわけがないのである。
「だからもう、人より劣ることを恥に思い、ムキになる必要はないのである。劣ることを認め、努力できる者であることは全員知っているのである」
我輩の言葉を聞いて、兄君は大粒の涙を流し、抱きついてきたのである。
「おっちゃん…………ごめんなさい……ごめんなさい…………」
「いいのである。失敗は誰にでもあるのである。同じことをしないよう、これから注意していけばいいのである」
デルク坊は頭を擦り付け大声をあげて泣き始めたのである。
我輩は服を引っ張られ、背中が擦れて痛いのであるが、デルク坊が落ち着くまでそのままでいたのである




