我が家の改築である ~魔法陣~
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
我欲の暴走により自滅したアリッサ嬢は放置し、我が家の研究室に戻るのである。
「おじさん、お帰りなさい」
「おっちゃん、おかえり」
家に戻るとサーシャ嬢と体を拭いている兄君がいたのである。妖精パットンは認識阻害の魔法をまだ切っていないのか、姿を見せないのである。
「ただいまである。兄君は、湯浴みをしていたのであるか?」
「そうだぜ!やっぱり体をしっかり流せるっていいよな!」
アリッサ嬢にはああ言ったのではあるが、確かに湯に浸かるのは気持ちが良いものであるし、出た後はさっぱりするのである。魔法陣の目処が立ったら共同湯浴み場ではないが、そういうものを作ってから森の工房に戻るのも有りなのである。
「サーシャ嬢、ちょうど良かったのである。魔法陣作成の協力をしてほしいのである」
「おじさん、魔法陣の作り方知ってるの?すごいね!」
サーシャ嬢が我輩の言葉に目を輝かせて反応するのである。あぁ、こういう言い方をしてしまったら、確かにそう勘違いさせてしまうのである。
「申し訳ないのである。言い方を間違えたのである。魔法陣を作れるかどうかを試したいので、協力をしてほしいのである」
「よくわからないけれど、お手伝いできることがあるなら、私、頑張るよ。」
いつも通り、サーシャ嬢は自分になにかできるとなると、とても張り切るのである。無理をさせないようにだけ注意するのである。
「へぇ、魔法陣の作り方を知らないのに魔法陣を作るのかい。君は面白いね、錬金術師アーノルド」
どこからともなく現れた妖精パットンが我輩の近くに来て話しかけて来るのである。
「妖精パットンは、作り方を知っているのであるか?」
知っていれば、一から始めなくて良いので研究は楽になるのである。
「残念ながら、知らないんだ。魔法陣の事は知っているのに、作り方は知らないなんておかしい話だよね」
「記憶が抜けているので、そういうこともあるのである。気にしなくて大丈夫である」
「君は優しいね、錬金術師アーノルド」
妖精パットンは笑みを浮かべてそう言った後、我輩の頭の上に乗るのである。妖精パットンは我輩の頭の上が気に入っているようである。
「では、サーシャ嬢。実験開始である」
「はーい!」
「おれ、疲れたから夕飯近くまで寝てる」
こうして初めての魔法陣開発研究が開始したのである。
我輩達は湯浴み場に現在いるのである。ここならば、実験が失敗しても排水もしっかりしているし、濡れても問題ない場所だけであるので他のところより、被害は少ないのである。
ちなみに、我輩は普段通りの格好である。サーシャ嬢は、いつもより少々動きやすい格好である。
「サーシャ嬢に確認なのであるが、魔法で湯を出すときはどうやって湯を出すのであるか」
「え?【お水】の構成魔力と純魔力を混ぜて、具現化?見えるようにする前に、“お湯になれー!“ってしてお湯に変えるの。お水にしちゃったらお水だから」
「氷もできるのであるか?」
「やってみる!」
サーシャ嬢が集中すると、体の周りが薄く光る。次の瞬間、サーシャ嬢の目の前に桶の半分くらいの氷塊が現れたのである。
つまり、魔法は温度調節は当然であるが構成段階で行っているのである。
「おおー!」
「さすがである。それでは、魔法陣で湯は作ったことはあるのであるか?」
「まだないよ」
「試しに作ってみるのである」
我輩の言葉を聞いてサーシャ嬢は頷き、魔法陣を描きはじめるのである。魔法陣が書き終わると魔法陣が発光する。が、何も起きなかったのである。
「あれ?あ、そっか」
そういうと、サーシャ嬢はもう一度魔法陣を描きはじめるのである。そうすると魔方陣が発光し、その場に湯が漂っていたのである。筈なのであるが。
「あ、あれ?」
サーシャ嬢は不思議そうに首を傾げているのである。
「なにかおかしかったのであるか?」
「えっと、ちょっと待ってておじさん……お湯ってどれくらいの温かさ?」
「湯浴み用でお願いするのである」
「うん、わかった!」
そう言うと、もう一度魔法陣を描いていくのである。少しだけ、先程よりも書き込みが多い気がするのである。
書き込みが終わると魔法陣は発行し、湯気のある湯が漂っていたのである。
「出来たよ!」
「偉いのである。先程よりも書き込みが増えた気がするのであるが気のせいであるか?」
我輩の質問に、サーシャ嬢は首を横に振るのである。気のせいではないようである。
「魔法でお湯を作るときも、お湯になれーってするときに、少しだけ純魔力を使うの。今までそういうものだと思ってたけど、多分これがパットンが言ってた意思の魔法っていうのかもしれない!」
「なるほどである。つまり、サーシャ嬢はその分の純魔力を魔法陣に継ぎ足したのであるか」
「うん!」
そこで、一つ思ったことがあるのである。
「氷の時も湯の時も、温度を変えるときに使用する純魔力の量に変わりはないのであるか?」
「……よくわかんないから、やってみるね」
そう言うとサーシャ嬢は何回か氷を出し、水を出し、湯を出し、熱湯を出し、なぜか蒸気まで出し、暫く何かを考え込んでいたのである。
そして
「おじさん、同じお水の量を作るなら、一緒だよ。氷と蒸気は同じ位だけど、お水より使う量少し多かったよ」
こう結論付けたのである。
「分かったのである。サーシャ嬢がいて助かったのである。では、集落の皆に水の魔法関連だとわかるように、飲み水の魔法陣に近いデザインで魔法陣を描いて欲しいのである」
「うん!皆のために頑張るね!」
「ふあぁ……どうしたんだい?出来たのかい?」
こうしてこの瞬間、水の温度を自由に調整できる魔法陣が出来上がったのである。
というわけで、実際に他の人でも出来るか実験である。
「で、選ばれたのがおれ?」
「寝てるところすまなかったのである」
部屋で寝ていた兄君を起こして、協力を頼んだのである。報酬は、アリッサ嬢の菓子である。こちらの話も聞かずに色々勝手に進めたのである。これくらいのことはしてもいい筈である。
「で、これはなんなの?」
「これは、水温調節した水を出す魔法陣である」
「魔法陣を描くときに、出したい温度をちゃんと決めてから描かないと暴走するかもしれないから気を付けるんだよ、デルク」
「えぇ!?…………やだなぁ、それ」
妖精パットンの言葉に、驚き、多少嫌そうな表情を見せてこちらを伺う兄君。しかし、残念であるがやってもらうのである。
我輩の様子を見て、観念して魔法陣を描きはじめる兄君。
集中して描いていたのであるが、
「おにいちゃん!頑張って!」
「うわっ!」
気持ちが昂ったのか、応援するサーシャ嬢の声に驚き、集中が切れた兄君。
結果、暴発した魔法により我輩達はびしょ濡れになったのである。
「サーシャー…………」
「ごめんなさい、おにいちゃん」
「…………いいよ。ちょっとだけ静かにしててな」
「……うん」
シュンとしてるサーシャ嬢に、少しだけ注意を促しつつ兄君はもう一度魔法陣を描き始めるのである。
サーシャ嬢が初めて作った魔法陣であるから、不安で声を出したと言うことを何となくわかっているのであろう。それ以上はなにも言わなかったのである。
兄君は、制御が少し大雑把なので、思ったよりも温度の上下か水の量が多くなる気がするのである。それもわかっているからなのか、いつもより時間をかけて書いているのである。
「大丈夫。ちゃんと成功するよ」
妖精パットンが我輩にそう言ったのである。
「この前もいったよね、魔法陣を模すと言うことは、その魔法陣の意思を模すことになるんだ。あれは、サーシャが水の温度を変えるということを思って描いた魔法陣だよ。それを写しているデルクも魔法陣を丁寧に写すつもりで描いているからね。成功するさ」
暫くすると、兄君の前に水が出現したのである。
成功なのか、失敗なのか。どうなのであろうか
「…………」
兄君は、それを自分の頭の上に動かすと
バシャァッ
自分のところに落としたのである。
「……つっめてえぇぇ!うはぁ!きっもちいいなこれ!!」
急なことで驚く我輩達に兄君は笑って
「思い通りの水が出たよ!すげぇな!サーシャ!」
「そう?えへへ……」
そう言って笑ったのであった。
褒められたサーシャ嬢は体を左右にねじって照れているのである。
我輩にとっても、サーシャ嬢にとっても初めてになる魔方陣の作製は無事に成功したと思うのである。
それで次は、どれくらいの水量を出せるようにするかを考えていかないといけないのである。
集落の魔法を使える者達は、種火を起こす、桶一杯分の飲み水を出す。という程度である。急に浴槽一杯分の湯を張るといっても、制御や集中が出来なくて魔力を暴走させてしまうおそれがあるのである。
そうなると、今度は集落の魔法使用可能な者の魔力の制御力等を確認・訓練していかないとである。普通のこういう訓練というのはどうやってやるものなのであろうか……。なぜか、錬金術と関係ないことで悩んでいる気がするのである。
アリッサ嬢が言った言葉ではないが、確かにここまで来ると導師である。
等といった事を思っていると、新しい魔法が出来た兄君とサーシャ嬢が何やら騒がしいのである。
「すげぇなぁ、熱いのも冷たいのもできるんだな」
兄君は調子に乗って湯を出したり冷水を出したりしているようである。慣れない人間がそんな急に魔法を使って大丈夫なのであろうか?
「ダメだよお兄ちゃん、急にそういうことをしちゃダメなんだよ!」
「大丈夫だって!まだ制御だってちゃんと出来てるから、ほらほら!」
どうやら兄君が魔法で遊びだしたようである。魔法陣を作って水を生み出すと、それを5個くらいの水球分けるのである。まだそういう制御に慣れていないので、時間がかかっているようである。そして、作った水球をサーシャ嬢を狙って放つのである。遊びなので、速度は遅いのである。おそらく兄君が自分で投げた方が早いくらいである。
「魔法を人に狙っちゃダメなんだよ!」
「なんでだよー。お前達だって森の集落で遊ぶときこうやって遊んでたじゃん!」
「あれは、ちゃんと大人がいたから良いんだよ!」
「じゃあ、おっちゃんがいるから大丈夫だよ」
「うーん…………うん!そうだね!」
サーシャ嬢はそれを魔法で作り出した同じサイズの水球で撃ち落としていくのである。しかし、ダメと言いながらとても楽しそうである。何やら納得してからは積極的に攻撃を開始しているのである。
我輩はこの様子を見て、この方法は良いかもしれないと思ったのである。制御の訓練にもなるし、なにより楽しいというのが良いのである。楽しいという事は、積極的に上手になれるのである。明日から少し考えてみようかと思うのである。
そんなことを考えていると
「くっそぉ!やるなサーシャ!じゃあ、これならどうだ!」
「おにいちゃん!その大きさは本当にダメだよ!」
「へ?………うぇ?」
兄君が大きい水球を出すべく空中に大きな魔法陣を描こうとしている途中で、集中力が切れてしまったらし
く、大きくふらついて魔法陣の書き込みを止めてしまったのである。
兄君の制御から外れた中途半端に描かれた大きめの魔方陣は、明滅を繰り返し動きが活発になっているのである。
我輩はこれと同じ現象を、よく知っているのである。走って二人の方へ向かうのである。サーシャ嬢も心当たりがあるので、兄君を抱えて遠くに逃げようとしているのである。妖精パットンは、すでに飛んで逃げてしまったのである。
「サーシャ嬢!爆発するのである!伏せるのである!」
我輩は、なんとか二人の元へ行くとすぐに覆いかぶさるようにして庇うのである。
少し間が空いて
ドオオオォォォォォン!
轟音とともに、湿気を含んだ爆風が我輩達を襲ったのである。




