我が家の改築である ~木材~
我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。
「我慢の限界だ。センセイ、あたしはお湯に浸かりたい」
事の始まりは、ダンが帝都に向かってから3日後。森の家での、湯に浸かる生活に完全に馴染んでしまっていたアリッサ嬢のこの言葉から始まったのである。
「センセイ、森の家みたいな湯を出す道具を作っておくれよ」
「アリッサ嬢、簡単なように言うのであるが、森の家のような道具の作製は難しいのである」
「なんでさ?管の中に、湯を出す魔法陣を描けば良いだけでしょ?」
我輩の言葉にアリッサ嬢はさも簡単なことだと言わんばかりの物言いで答えるのである。
「森の家の魔法陣は【発動】【解除】の魔法の言葉に反応するように出来ているのである。だから我輩やアリッサ嬢でも使えるのである。その制御を増やした状態の魔法陣を管の中に描ける程度に圧縮して描けるのは人間では殆どいないのである」
「……そうかぁ…森の民の技術だもんね」
「森の民だって、管の中にある魔法陣にはそんな制御は入れていないよ」
我輩達の会話に妖精パットンが加わってきたのである。
「そもそも、基本的には森の民は水の魔法に適性があるから、魔法陣が描かれている管を使うことはないんだよね。使うとしても、デルクのように他の種族の血が強く出ちゃった結果水の魔法の適性が低くなった人や、サーシャのように学校に行く前で【液体】の構成魔力がわからない子用だよ」
「普通に出せば良いじゃないの、わざわざ管を通す必要ってあるのかねぇ」
「さあ?ボクにはわからないよ。」
「おそらく何かしらの魔法制御の練習なのであろう」
「あぁ、そうかもしれないねぇ。って、そうじゃないの!」
話が横道に逸れた事にアリッサ嬢が気づいて話を戻すのである。
「あたしは、湯浴みをしたい!」
「アリッサ、それなら簡単じゃないか。サーシャに頼めば良いんだよ」
アリッサ嬢の心からの訴えに、あっけらかんと答える妖精パットン。アリッサ嬢は拍子抜けしたようである。
「へ?サーちゃんに?」
「サーシャは水の魔法を使えるようになったじゃないか。浴槽にお湯を張るくらいなら出来ると思うけどね」
「あ、そっかぁ……でもなぁ……」
サーシャ嬢は、水の魔法を使い、毎朝大きな水瓶に水を入れたり、アリッサ嬢が洗い物をしたり洗濯をする際に湯を出してくれているのである。
確かにサーシャ嬢ならば、頼めば湯浴み用の湯を出してくれると思うのである。
しかし、アリッサ嬢は複雑な表情を浮かべるのである。理由は我輩にも何となくわかるのである。
サーシャ嬢は、何でも全力で取り組む素晴らしい淑女なのであるが、無理をしてしまうところがあるのである。アリッサ嬢もその辺りを心配しているのであろう。
「でも、それってサーちゃんに負担がかかるだけだし、サーちゃんがいないとお湯に浸かれないじゃない」
アリッサ嬢は別の心配もしていたようである。確かに、サーシャ嬢に依存する形になってしまうのである。
「だったら普通に水を汲んで、火を焚いて水を温めれば…………」
「薪を集めるのが大変。火事の心配がある。何より、手間がかかる。何で疲れをとるためにお湯に使ってのんびりしたいのに、その前にそんなに大量に水を汲んでくるっていう疲れることをしなきゃいけないのよ。あたしは、入りたい!って思ったらパッて入れるようにしたいのよ」
「…………目茶苦茶だなぁ…………」
妖精パットンの提案をにべもなく却下するアリッサ嬢。これには我輩と妖精パットンも苦笑いを浮かべるしかないのである。
「そもそも浴槽はどうするのであるか?今から職人に頼んでも、材料を用意して作製するまでに数日はかかるのである。それまで我慢するのであるか?」
我輩の言葉にアリッサ嬢は猫なで声で
「浴槽の材料は、センセイが用意してお・く・れ・よ☆」
と言うのであった。
「我輩は、アリッサ嬢の提案を受け入れたつもりはないのであるが…………」
我輩は、研究室にどんどん運び込まれていく様々な大きさに切られた樹木を見て、そう呟くのである。
『おじさん、これ入れていい?』
『サーシャ、ちょっと待ってください』
サーシャ嬢が、運ばれてきた木や枝を釜の中にどんどん入れていくので、中の分解が追い付いていないのである。森の工房と違い、反応が鈍いので分解や融合に時間ががかかるのである。
「いつ見ても、不思議だわ。いろんな種類や形の木が、こんなにきれいな形に揃うんだから」
アリッサ嬢は、完成している浴槽用の木材を見てそう感想を言うのである。
「ただし、木の種類による香りや剛性などが全くない特色のない木材になってしまうのである」
本当は色々な特徴を付けることも可能なのであるが、融合作業に時間がかかったり構築時の制御が大変になってしまうので、今回は様々な木から分解された【植物】の構成魔力を一つにまとめて再構成して木材を作っているのである。
なので、出来上がった木材は、誰から見ても何の木を使用したのかわからない、謎の木材になってしまっているのである。
こうして出来上がった木材は、アリッサ嬢がどんどん室外に運んでいき、集落の職人達野井る工房へ届けているのである。
ちなみに兄君と妖精パットンは、集落の男性陣と女性陣が雇った若手の探検家と共に、食材採取に出掛けているのである。
「悪いね、センセイ。職人達がさ、何の木かわからないけど、癖がなくて使いやすいから欲しいってうるさくってさ」
そう、あれから一週間以上経っているのである。すでに浴槽は完成していて、アリッサ嬢は念願の湯浴みを楽しんでいるのである。
湯張りの魔法陣は目処がたたないので、結局はサーシャ嬢に当面は頼むことになってしまっているのである。
「サーシャも入りたかったから、いいよ!平気平気!」
サーシャ嬢も湯浴みはずっと我慢していたらしく、率先して湯張りを担当しているのである。
だが、できるだけ早くサーシャ嬢の負担を減らせられれば。とは思うのである。
そんな状況なのである。なぜ今も木材を作っているのかというと、浴槽を作製した集落の職人が錬金術で作った木材を気に入ったので、お礼がわりに木材を作ることをアリッサ嬢が約束していたからである。
当然、我輩は知らない話である。
とはいえ、魔法陣の目処はたたなく他にやりたいこともなく、サーシャ嬢に木材を作る練習をする良い機会なので、現在も木材を作っているのである。釜一杯に分解された構成魔力から構築まで終了するのがおおよそ五時間。長さはサーシャ嬢くらい、高さは我輩の膝元ほど、広さは小剣の刃渡りくらいの大きさの一枚板ができるのである。それを一日三枚作っているのである。
今は、朝から昼と夕方から夜は我輩が、昼から夕方はサーシャ嬢が作っているのである。
どうしてもサーシャ嬢はイメージが我輩より曖昧になってしまうので、サイズが小さかったり、形が変形してしまうのだが
「こんなもん俺たちにとっては誤差の範囲だよ」
と、職人は気にせず喜んで受け取っているようである。そのことを知ったサーシャ嬢は、少し複雑な表情を浮かべたのであるが、喜んでいるようであったのである。
ちなみに、サーシャ嬢が木材を作っていることは余計な混乱を招く可能性があったので、我輩が作っていることにしているのである。
その結果
「導師さまー。導師様の作ってくださった板のおかげで、材料待ちで直せなかった雨漏りが直せました!ありがとうございました!」
「導師様!導師様のお連れ様が教えてくださった食材のお陰で、食材に余裕ができました!これで、収穫の時期まで厳しい節約をしなくても大丈夫そうです!」
「導師様!導師様の家に出来た湯浴み場というあの施設!薪を使わずにあれほどの湯を溜めるなんて!導師様の魔法はすごすぎます!羨ましいです!ずるいです!」
「どうしさまー、おゆをだすまほうじんをおしえてください」
「導師さま!」
「どうしさまー」
肩書きが導師様に変わったのである。
…………我輩は、何も導いていないのである。
「薬師様の次は導師様かい。ずいぶん偉くなったねぇ」
「誰のせいだと思っているのであるか?」
冷やかしに現れたアリッサ嬢に、冷ややかな視線を我輩は浴びせるのである。
「おお、怖いねぇ。でも、センセイ。ここで錬金術の研究をしてるんだから、遅かれ早かれそうなるでしょ」
「それはわからないのである」
「集落長の相談に率先して乗り、この辺りの薬草や食材の効能を調べあげて、魔法の素質のある人に導入の魔法陣を渡し、集落の皆がいい生活を遅れるように結果的に導いてるじゃないか。薬師じゃないと言われたら、導師でしょ。それは」
「…………錬金術師と呼んでもらえないのであろうか…………」
我輩の力ない言葉にアリッサ嬢はあっけらかんと
「そんな言葉、皆知らないじゃない。知らない言葉なんか広まらないでしょ。そういって欲しかったら、もっと自分をぐいぐいアピールしなきゃ。例えば全部の家に浴槽の資材をプレゼントして、<覚えておくのである。我輩は、錬金術師である>とか言ってさ」
そう言ってアリッサ嬢はニヤニヤしているのである。なんとも嫌な予感がするのである。
「なんであるか、その生々しい例えは。……アリッサ嬢…………もしや、集落の女性陣に頼まれたのであるか?」
そう言って笑ったアリッサ嬢が目が一瞬泳いでいたのである。図星であるか。
「や、やだなぁ。そんなわけないじゃない。違うよ、センセイの男気をね…………」
我輩には、自滅をしたアリッサ嬢を助けるほどの男気というものはないのである。
「我輩、明日からアリッサ嬢の我儘のために、本来しなくてもいい負担を強いられているサーシャ嬢の負担を減らすための研究に取りかかるのである。集落の皆には申し訳ないとは思うのであるが、材木を作るのはとりあえず今日までである」
そう言って、我輩は研究室に戻ろうと思ったのである。多分サーシャ嬢がいれば魔法陣は作れるのである。それを森の家のように、誰もが使えるようにするには、どうすれはいいかを考えないといけないのである。
「え?ちょ!?センセイ!まって!せめて!せめて一つだけ!一つだけでも!!!」
食い下がってくるアリッサ嬢に、我輩はできるだけ現状を説明するのである
「仮に、資材を渡して浴槽を作ることができても、他の家には我輩の家のような湯を張る方法がないのである」
「そ、そうだけれど……」
「当然のことであるが、サーシャ嬢が魔法陣無しで湯を出す魔法を使えるのは秘密にしているのである。なので、皆の認識では我輩が魔法陣を使って湯を出していると思うのである。しかし、我輩達もそちらの問題は解決できていないのである。本来ならば、この問題が解決してから行うべき事を、我欲に負けて一人で勝手に話を進めていった結果が現状なのである。」
「そ……それは……つい……。あ、あれ?セ、センセイ?もしかして、怒ってる?」
「怒ってはいないのである。呆れているだけである。自分で蒔いた種である。自分でどうにかするのである」
我輩の説明に、なぜか見当違いの質問をしてくるアリッサ嬢を置いて、我輩は踵を返すのである。
怒るとか、そういう話ではないのである。
アリッサ嬢が湯張りの手段を考えた方がいいという我輩の話を聞かずに、さっさと湯浴み場を作ってしまったからこうなっただけなのである。
仮にも特Aクラスの探検家である。もう少し物事を順序立てて考えて、自分のこれからとる行動が、どういう結果を招くのか考えてほしいのである。
とはいえ、湯を今より楽に出せる方法があれば、集落の皆も生活が楽になるのは確かである。
普及を考えるならば、魔法陣の方がよろしいであろうか。
しかし、どうやって作ればよいのであろうか。……手引き書に何かあった気がするのであるが…………。
そう思いながら我輩は研究室に戻るのであった。




