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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
第14章 各々の戦い、である。
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過去との決別


 帝国へ襲撃してきた大森林の魔物達との戦い。

 東方都市での戦いは決して少なくはない犠牲と、人間側最大戦力のであるダン達の精神に大打撃があったが人間側の勝利に終わる。

 そして、戦いの舞台は再び辺境の防衛線へ。






 『久しぶりだな。だいぶ苦戦しているようだな』


 自分の思い通りにならず時間経過とともに不利になる戦況に、本来であれば誰もが羨むであろうその美しい顔を醜く歪めている森の民の男は、"父様"から人間が使うことが無いと言われた言語での声かけに反応し、そちらを見てその表情は怒りから驚きのものに変化する。


 『てめぇ、生きてやがったのか。南の方で死んだんじゃねえのか』

 『生きているからここにいる』


 男の前に姿を現したのは、南の方での食料確保兼魔法の実験用の基地として利用していた洞窟で、自身の兄弟・子・孫というべき分裂体達とともに死んだ筈の猛禽獣人の女、セランフィアである。


 筈、というのは男は見た目こそ森の民と呼ばれる種族のものであるが、その実態は生物の意思の構成魔力を糧とし、その体を乗っとる霧の魔物である。

 魔物の特性として、自分から生じた分裂体の状況に関しては、ほぼ確実に把握することができる。

 ある時期に、南方にいた分裂体の反応がすべて消失したことから、その場にいたセランフィアもまた、死んだものと判断するしたからだった。


 『生きてたならちょうどいい。見りゃ分かると思うが、こっちの分が悪い。加勢しろ。周りの奴らをいつものように射殺せ』


 いつもなら何も言い返すことなく、言われたことを淡々とこなしていくだけの獣人女が発した予想外の返答に一瞬違和感を感じた魔物だが、今はそれどころではないと加勢するように命令する。

 そこでようやく魔物は変化に気付く。


 『てめぇ、なんで動かねぇ』

 

 いままでなら、"父様"と自分を含めた直下の分裂体の命令であれば、セランフィアは即座に反応する筈なのである。

 だが、いつまで経っても思った通りの反応を示さないセランフィアに、魔物は苛立ちと焦りを感じる。


 『おい、聞いているのか? 加勢しろ!』

 『そんなことよりも』


 大声をあげる魔物の言葉を切り捨てるようにセランフィアは静かに答える。

 自分の言葉を"そんなこと"と言い切った事に怒りを覚え、その感情のままに動こうとした魔物だったが、セランフィアから発せられる有無を言わさぬ激しい気配に魔物は気付かず一歩下がってしまっていた。


 『確認したいことがある』

 『な……なんだよ』


 隠そうともしない激しい気配で問い掛けるセランフィアに、現状のことが頭から抜けてしまったかのように意気消沈気味に返答を返す魔物。

 今も、陣内では激しい戦闘を繰り広げられているのにもかかわらず、この二人の周りだけ別空間のようになっている。


 『私たちの集落を襲ったのは人間と言っていたな』


 セランフィアからの問い掛けに、拍子抜けすると共に面倒臭さを魔物は感じる。

 このやり取りは、セランフィアが幼い頃に何十回もやってきたやり取りだからだ。

 "父様"の実験のために敢えて分裂体に憑かれず育てられたセランフィアは、事あるごとにこのことを質問し、魔物達はその都度こう答えてきた。


 『何を言っている? 何度も言ってきたがお前達の集落を全滅させたのは人間だ。 "父様"や俺達を疑うのか?』


 そこから続く何度も聞いたお決まりの答えの数々を聞いてセランフィアは、ああ、と納得する。


 長年にわたり何度もくりかえした自分の問い掛けとその答えに、幼くまだ不安定だった自分の記憶や意識は作り替えられていったのだと。


 『弱体化した魔獣に苦戦している人間が、私達のいる集落までどうやってこれたというのか』

 『このような強力な道具があるということを"父様"やお前達が以前から知っていたのなら、なぜその存在を自分たちや同胞達に告げることがなかったのか』


 自分が発する魔物の苦し紛れの返答に対する質問に、予想以上に早くまともに答えることのできなくなってくる目の前の魔物を見て、だろうな、とセランフィアは思う。


 目の前の魔物は姿こそ賢く美しい森の民だが、その実態は賢い奴を乗っとったという意味の分からない優越感に浸りたいために効率の悪い憑依をくりかえしている"父様"直下の分裂体の中でも特に頭の悪い一体だからだ。

 身体の強さが全てだと言い、魔法の適性が高い種族に好んで乗り移る癖にその適性を無視した成長をしていることで、他の分裂体から呆れられていたほどだ。


 『どうでもいい質問ばかりしやがって! そんなことはどうでもいいからさっさと手伝いやがれ!』


 そしてセランフィアは知っている。


 『てめぇはでかくなっても変わんねぇな! ガキのころから同じ事ばかり聞いてきやがって!』


 目の前の魔物は思い通りにならないとすぐに機嫌が暴走し、感情のままに余計なことを喋り、何度も他の同列にあたる分裂体達に苦言を呈されていたことを。

 さらに、数多い分裂体の中でも短気で短略的という特徴を持つこの魔物にとって、一気に襲いかかって来た情報の数々状況の急激な変化は受け止めきることなどできず、魔物を落ち着かせる存在である"父様"や意思の魔法持ちの分裂体も近くに存在しないため、魔物の暴走は止まらないという事も。


 『私の親を殺したのは、お前だな』

 『そうだよ! だったら何だってんだこのド低能が!』


 セランフィアの言葉に積み重なったイラつきが限界をついに突破したのか、魔物は決定的な言葉を口にした。


 『たった一度! あまりにうだうだとうるせぇからてめぇの親をぶっ殺したのが俺だって言った途端、ものすごい剣幕で暴れ回りやがってよぉ! そのおかげで実験が失敗しただのなんだのとぐちぐち言われ、どんだけ俺がムカついたと思ってやがる! 全部てめぇのせいだぞ!』


 そのせいで"父様"や他の分裂体が行ってきた実験、"魔法に頼らない自然的な生物の意思の塗り替え"いわゆる洗脳が失敗してしまったのだが、その原因の全てはセランフィアにあると魔物は今も思っている。


 『だから俺に迷惑しかかけねぇてめぇは! この俺に! 詫びて従え! いや、今すぐ死ねやぁぁあびぶっ!』


 さらに罵ろうと口を動かした魔物だったが、最後まで言葉を発することは叶わない。


 『確認は、終わった』


 聞きたい言葉を聞いたセランフィアが、用はないとばかりに魔物の眉間に矢を射たからだ。

 目にも見えない素早さで射抜かれた魔物は、そのまま糸の切れた人形のように地面に倒れ込む。

 その様子を見たセランフィアは背を向け、その場を離れ……


 『舐めた真似してんじゃねぇぞぉ! このクソ女ぁぁぁぁぁ!』


 確実に眉間を射抜き、確実に仕留めたはずの魔物であったが、"父様"の分裂体として生まれ数百年。

 魔物も十分"霧の魔物"という種の限界を越した魔の冠を抱くモノとして成長していた。

 本来ならば憑依状態で宿主の生命活動そのものが停止すると、その命をともに失うはずの霧の魔物であるが、この魔物は宿主が死んでなお活動をすることが可能になったのだ。


 『忘れていた。お前はそう言えばそんな奴だった』


 そう言い振り向いたセランフィアは、魔物の四肢を次々と射抜いていく。

 魔物が活動できると言っても宿主の身体能力に準拠するため、手足の機能を失えば結局何もできなくなるのだ。

 復活したものの、四肢を地面に縫い付けられ身動きが取れなくなった魔物だったが、そんなことはどうでも良かった。


 『そんなことしても意味がねぇって分かんねえのかよ!』


 そう言うと、魔物は宿主である離れ本性である霧になり、そのままセランフィアへと襲い掛かる。

 いくら頭の悪い魔物でも、先程の会話の流れから目の前の生意気な女が自分たちを裏切り、人間側に与したという事を理解した。

 なのでセランフィアに憑依し、そのまま人間側の勢力内に潜入して内部を混乱させ、戦線を崩壊させるという霧の魔物の得意な戦い方をしようとしたのだ。


 だが、魔物は忘れていた。


 なぜ、自分たちが得意とするその戦法が今の人間達相手に行えなくなっていたのかを。


 セランフィアが目前に迫ったその時、魔物は強烈な衝動に誘われる。

 どうしても、セランフィアの腰にぶら下がっている物が気になってしょうがない。


 自分はこの女の中に入り込まなくてはならない。


 分かっている。


 頭でも


 心でも


 十二分というほど分かっているのに。


 魔物は、腰にある紙人形へと誘われるように入り込んでいくのだった。






 『……あれだけ、自分の分裂体を含む同胞たちが誘引されていったのを見ていたにもかかわらず、結局自分も同じ結末を迎えるとはな』


 そう言いセランフィアは腰につけていた【誘引の紙人形】を破り、燃やす。


 通常個体であれば破るだけで魔物を消滅させられるが、いま中に入っているのは腐っても魔の冠を持つモノとなった存在。


 宿主である人形ごと燃やして存在を消し去った方が確実である。


 一応、もしものことを考えしばらく様子を見ていたセランフィアだったが、再度魔物が復活する雰囲気は無かった。


 確認は終わった。

 知りたいことは知れた。

 やりたいことはやった。


 だが、セランフィアの気持ちは晴れない。


 記憶の中に残る、"父様"と家族として築いた記憶。

 それは、ただ実験・洗脳のためだったことは既に理解している。


 しかし、セランフィアはそれでもやられた行いは許すことが出来なくても、"父様"を恨むことは出来なかった。


 これが魔法による洗脳の影響なのか、自分が元から持っている心の弱さや甘え故なのか分からない。


 それでも、


 『さて、ハーヴィーはどこだろうか。あいつ、どこか抜けてるからな』


 セランフィアは自分の過去と決別するために、新たな戦場へと一歩踏む出すのだった。




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