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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
第14章 各々の戦い、である。
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東方での終戦④


 東方都市の最終局面、リリーの精神内で行われている彼女と霧の魔物の戦いはまだ終わらない。






 不敵な笑みを浮かべる魔物に、リリーは訝しげな表情を浮かべる。

 自分の精神内に攻め込まれかなり追い込まれていた状況ではあったものの、相手の幼稚さもあり今では立場もほぼ逆転。

 相手を追い出すなり、むしろ取り込むことすら可能ではないかとすら感じていた。


 (まぁ、そんなことをするつもりは無いのだけれど)


 リリーのその余裕の意思は当然相手にも伝わっているのだろう。自身の前にいる魔物から苛だったような意思が流れてきたが、それもすぐに変化する。


 種族や適性の違いもあるのかリリーの意思はほぼ丸裸にされているようだが、向こうの意思ははっきりとはわからない。

 専門分野は違うとはいえ魔法研究所の職員として興味が惹かれる事柄なのではあるが、それらの事はこの戦いが終わったらパットンに確認しようとリリーが思っていると、


 「そんな事がお前にできるわけが無いだろう! お前はここで終わりなのだからな!」


 当然、その意思すら読み取った魔物に一笑に付される。


 「あら? さっきまでボロボロだったメンタルがだいぶ余裕ができているようね。私から一体何を読み取ったのかしら?」

 「アーノルド、サーシャ、ミレイ」


 魔物の口から唐突に放たれた言葉に、リリーは一瞬動きを止める。


 「特にアーノルドという男……。こいつがあの忌々しい道具を作った大元。錬金術師という存在か」


 "父様"の魔法により瞬間に意識を奪われ、皇帝の位置を含む大半の情報を魔物にて異境していたリリーとウォレスであったが、無意識化でアーノルド達に対する情報を隠していた。

 彼女たちはこの戦いの生命線は、アーノルド達錬金術師が提供する高性能の道具や薬だと理解している。

 そのため、皇帝の現在位置よりも彼らの居場所を知られることを恐れたのである。


 そして、事前にパットンから意思の魔法についてある程度教えられていたことも大きく、その知識がなかったら無意識下でアーノルド達の情報を隠すことはできなかっただろう。


 その二つの事があり、魔物達は今の今まで錬金術師の存在を知ることができなかったのだ。


 魔物がこの事を知ることができたのは、リリーを直接支配しようと内部に侵入したこと、そして自分の得意分野でまさかの不利になるという状況に必死になったからである。

 その結果、不利になった状況を多少押し返す事に成功したのだ。


 「今、それを知られたところで問題ないわね。仮に私が乗っ取られてもリーダー達がすぐに対処するでしょうし」


 だが、動揺も一瞬。

 リリーはすぐに落ち着きを取り戻し、再び魔物に圧をかけはじめる。


 「本当にそうか? 人間はそうそう身内を切り捨てられないだろう。その一瞬で道具を暴走させ、それに紛れて逃げれば……」

 「大半の人間はそうでも、少なからず私たちは違うわよ。何を優先するかはっきりしてるわ」


 揺さぶりをかけようとした魔物の言葉をリリーは切って捨てる。


 リリー達、元アーノルド付きの探検家達の最優先はアーノルドの無事。


 恩であったり、情であったり、利益であったり、理由は違えど数年の付き合いでリリー達は、自分勝手な理屈ではあるが結果として人々に恩恵を与えつづけているアーノルドに惹かれている。


 リリーも、彼に会う前は周囲からまるで腫れ物にでも触るような扱いを受けつづけている。

 その理由は羨望や嫉妬などもあるが、1番はストレス発散時の拷問菓子を作られないようにするためであるが。

 だが彼らの、特にアーノルドの幾度となく拷問菓子を食べさせられることになっても変わることの無い、平然と人を苛立たせるような距離感のなさと傍若無人さに呆れつつも救われた事実もある。


 だから当然、リリーが魔物に乗っ取られたらすぐに対処するはずなのだ。

 パットンがいるので、たとえ乗っ取られても短期間なら回復可能であるし、それが不可能だとしてもそう判断したダン達ならば自分を斬ることに躊躇いは無いだろうし、同じ立場に立ったら自分もすると考えている。


 なので、魔物の言葉に動じることはなかったリリーだったのだが、


 「どんなに献身的な好意を持っていても、本人には全く気付かれていないとは悲しいものだなぁ」


 魔物による別方向からの口撃によって、再び揺らぎを見せてしまう事になる。

 

 リリーのアーノルドに対する感情や思いは、当然魔物にも流れ込んで来ている。

 気に入れば奪い、取られたくなければ守るという単純な思考で動く魔物達にとって、色々な思いが絡み合う人の恋愛というものは無縁なものであるが、亜人種の意思を取り込んでその知識や感情は感覚的に得ている魔物は、リリーから流れてきたそれを攻撃材料にしたのだ。

 そしてそれは功を奏し、リリーの感情を揺さぶることになる。

 また、リリー自身も魔物からまさかそんなことを言われるとは考えてもいなかったため、さきほどのようにすぐに立て直すことができなかった。


 それを感じた魔物はこれが攻め手だと判断し、一気に攻めて行くことを決断した。


 「本音では譲る来も無い癖に、全てを理解した風に別の女に男を渡し、それでも男のために自分を好いている男を利用して、貴様は汚い女だなぁ!」


 その言葉で、リリーから一切の意思が流れ込まなくなったのを確認した魔物は歓喜する。

 ようやく目の前の女の意思を潰すことができたのだと。

 なので、いままで受けた鬱憤を晴らすかのように、その口撃は続いていく。

 

 「本当は狂おしいほどに求めている癖に、そうやって回りくどいことをして余計に思いを募らせて、貴様はいったい何をしたいのやら。滑稽でしかないな!」


 だが、魔物は知らない。


 「知らなかったのか? それとも気付こうとしなかったのか? こんなに奥深くに沈んだ意思だからなぁ!」


 リリーという女性の、複雑さを、面倒さを。


 「……言いたいことはそれだけかしら?」

 「な……」


 リリーがそう言った瞬間、空間を包む雰囲気が一変する。

 一時的に不利になったとはいえ、自分が作り出した優位な空間が一瞬にして塗り変えられた事に、魔物は驚きを隠せない。


 「あなたが言ったことなんて、当然私は理解しているわ。それどころかアリッサは私の先生への気持ちなんてとっくにわかっているだろうし、伯爵なんて全てを理解したうえで一緒にいてくれてさえいるわ。本当に、私にはもったいないくらいいい子だし、素敵な方よ」


 ダン達も当然気付いているし、そのうちミレイやサーシャ達も気付くとすらリリーは思っている。

 気付かないのは、あのアーノルド(超鈍感錬金馬鹿)くらいのだろう。


 燃えるほどの想いがあってもアーノルドを追わずに、今でも一定の距離を取り続けるのは、学術面ではともかく、素材収集や護衛の面で補助を行うには、能力や適性が向いてないと理解していたため、同じく彼を慕うアリッサやダンにその役目を譲ること。

 彼の理想を自分なりの形で実現したいと思い魔法研究所に行くこと。

 彼が再び表舞台に立つようなことがあった際に少しでも動きやすいように、面倒な人間付き合いから守れるように、彼の理念を理解する実力者達と繋がりを持つこと。

 それら全てを自分の意思で決断したからだ。


 そして、それは当然ロックバード伯爵から口説かれた際にも口に出し、それを理由に断りを入れている。

 だが、それを理解したうえで伯爵はリリーを受け入れたのだ。


 「君は、彼のために有力貴族と繋ぎができるという利ができる。私は、君が側にいてくれるという利がある。何か問題があるのかい?」

 「伯爵は、それで良いのですか? こんな、心の女を……」

 「貴族の恋愛や結婚なんて、そう言うものばかりさ。逆に言えば、私が彼の支援を楯に君に関係を迫っているとも言えるわけだしね」

 「そんなことはありません!」


 自嘲的な物言いの伯爵へ向けるリリーの強い否定の言葉を受け、伯爵は穏やかな笑顔を見せる。


 「そう言う否定の言葉を心から言える君だから、私は君が好きなんだよ」

 「意味がわかりません」

 「だろうね、私も言っていて意味が分からないからね」


 そう言って伯爵は面白そうに笑ったのをみて、リリーは伯爵に少しだけ興味を覚えたのを覚えている。


 「じゃあ、分かっていて何で……」


 リリーが奥底に隠していた自分の記憶や思いを思い出している間に、周囲の空気が異質なものに完全に変化してしまったことでうろたえていた魔物が、ようやく口を開く。


 「分かっていて何故動揺したかって?」


 リリーは魔物へゆっくりと顔を向けて笑顔を浮かべる。

 その笑顔を見た魔物は、恐怖に歪む。

 リリーから感じる意思が、そして、魔力がおかしいからだ。


 「たとえ自分で理解していることでも、人にそれをほじくり返されればイラッとするでしょう?」

 「おい、お前、何を手に持っている……? いや、それはいつ……」

 「それも、仲の良い仲間なら多少は許せても、どうでもいい他人にされれば許せるはずも無いわね」

 「それを……どうするつもりだ!」

 「私ね、趣味があるのよ。お菓子作り。すごくイライラしたとき、お菓子を作るときが紛れるわ」

 「お……か……し……だと」

 「私ね、今」


 リリーの周囲が全てを塗り尽くすどす黒く暴力的な、しかしなぜかとても魅力的で心を誘う魔力があふれ出る。


 「お菓子をとっても作りたいわ。今なら最高のお菓子ができそうなの」


 そうして、魔物は一瞬で消え去った。






 「あのバカ妖精……! こんな時になんでこっちこねぇ……。」


 そんなことをつい口走るダンだったが次の瞬間、全身が凍るような感覚に襲われる。

 それは隣のアリッサも同じようで、心なしか顔が青ざめたように見える。


 これは恐怖。

 絶対的な恐怖。

 味わいたくもない。


 心の底に刻まれた()()


 いや、いままでのはまだ序の口だったのではと思えるほどの感覚。


 その異様な雰囲気が周囲を支配する中、結界がゆっくりと解かれていく。


 「大丈夫か二人と……」


 そのタイミングでウォレスも二人の下に駆けつけるが、リリー()()から発せられる異様な空気に言葉を失い、同時にパットンが何故自分を引き止めていたのかを理解する。


 逃げたいと思うが、体が動かない。

 心と体が逃げたいと感じているのに、それよりも根源的な本能とも言えるそれが逃走を拒否する。

 なぜか、自然と笑みが浮かぶ。まるで、目の前に自分の嗜好を完全に満たした食べ物が目の前に出されているかのように。

 体が震える。これから起きる出来事を予想して。

 おそらく、目の前にいる二人も同じなのだろう。


 「あいつさぁ、さっきまで何も持ってなかったよなぁ」

 「持ってなかったねぇ」

 「……ついに、リリーも錬金術師になったのか」

 「センセイ、羨ましがるねぇ」


 これから起きる出来事に、少しでも心を慰めようと軽口を言い合う3人を前に、リリーはゆっくりと目を開くと笑顔を見せる。


 「あら、3人とも。お菓子、いかがかしら?」


 こうして声にならない悲鳴とともに、東方での戦いは全て終了したのだった。








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