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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
第14章 各々の戦い、である。
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東方での終戦①


 はじめは混乱していた防衛線本陣内での戦いは、少しずつ人間側が押し返しつつあった。一方、東方都市近郊は。






 人間として非常に優れていると自負している、自身の体躯よりも遥かに大きな体を機敏に動かして襲いかかる虎の魔獣の一撃を、ウォレスは長年連れ添っている相棒で受け止める。

 おそらく、帝国内で自身しか扱えるものはいないであろう相棒は、魔獣の攻撃をしっかりと受け切る。


 (こんなに背中がひりつく戦いは、北の山脈……そして全員で最後にやった依頼以来だな)


 そう思ったが、すぐにウォレスは自身の考えを否定する。


 あの時は、当時の皇帝直々による依頼であったり、大怪我を負ったシンや意識を失ったリリーを守りながらの逃避行であったりと、何かを背負ったものであったが、今回は完全に自分の望みだ。


 そう、自身の欲求に素直になった結果なのだ。


 そう思うや否や、全力で魔獣を押し戻したウォレスは獰猛な笑みを浮かべ、自身が着けている防具を脱ぎ捨てる。

 あっても無くても大差の無い防具を着けているくらいなら、少しでも身軽にするためにだ。


 ウォレスの命をつなぎ止めるのは手に持っている、自身にしか扱えないであろう無骨な相棒。

 しかしその相棒ですら、受け方を少し間違えば破壊されるだろうと感じている。

 その中何とか反撃を試みるものの、その一撃は十全というわけではない為に魔獣の毛皮を切り裂くことすら敵わず、大した打撃も与える事はできていない。


 こちらの一撃を通すにはそれなりの状態が必要。

 向こうの一撃は適当でも致命的。

 しかも、相手は本領を発揮できない状態なのにもかかわらず、だ。

 何という理不尽で不平等な戦いなのだろうか。


 そんな恨み言を思いつつ、それでもウォレスはこの状況を心の底から楽しんでいた。

 研ぎ澄まされていく闘争本能と生存本能に、快感に似た興奮すら感じていた。


 アーノルドの下で、ダン達と共に錬金術用の素材収集の為に各地を巡り、強敵と言える生物と戦った日々。

 事あるごとに、自分よりも強いダンやギルドマスターとの戦闘訓練に明け暮れた日々。


 その時感じた心の満足感をウォレスは覚える。

 いや、何にも縛られない分、それ以上の満足感かもしれない。


 死んでも構わない、全力でぶつかるのみ!


 そう思い、不利と分かりつつ持てる力全てをもって魔獣に向かい全力で突撃しようとしていたウォレスだが、その動きを止める。

 その隙を逃さず魔獣は襲いかかるが、その一撃をすんでのところで受け流すが完全には受け流すことはできず、その衝撃でウォレスは吹き飛ばされる。


 なぜ、動きが止まったのか。

 覚悟を決め、その衝動のまま魔獣に向かおうとした彼の脳裏に浮かんだのは一人の女性。

 探検家ギルドの教官として新人の教育を請け負う日々に若干の燻りを感じていた自分に、声をかけてきた女。

 自身の名声や財産や力に惹かれて声をかける女はいたが、自分でいてもなんだが戦い以外に興味が無いつまらない性格をしている自分という人間に興味を持ち、どれだけあしらっても一切気にすることなく、どこか楽しそうに付き纏ってきた女。

 そんな姿に、自分がダンや強敵に挑むときの姿を重ね、興味を持った。


 気がついたら一緒にいることが多くなり

 気がついたら、伴侶となっていた。


 その女、妻の顔がウォレスの脳裏に浮かんだのだった。


 時同じくして、ウォレスにかけられていた意思の魔法を解除しようと躍起になっていたパットンも彼の変化に気づく。

 それまで、自身の魔法を受け付けないほどに強固だった彼の満たされない闘争の欲求が突然揺らいだからだ。


 「ダン、誰かウォレスに大切な人いる?」

 「あ?」

 「彼の強い闘争の欲求の中に、大切な人への欲求が現れたんだ。もう少し意識させることができたら、魔法を上書きできるよ」


 戦闘に乱入したら、魔獣と本気のウォレスを相手にしなければいけなくなるのが面倒で、あわよくば魔獣との戦闘で欲求が満足しないものかと、最悪ウォレスが死にかけた頃に横やりを入れれば良いかなどと、結構最低なことを思いながら様子を見ていたダンは、これは好機とばかりに空気が震えるほどの大声でウォレスに怒鳴る。


 「この戦闘馬鹿野郎! できたばかりの嫁をてめえ勝手な欲求で独り身にするつもりかぁ!」


 その声はウォレスや近くにいたパットンのみではなく、倒れたウォレスを追撃しようとした魔獣すら怯ませるものだった。

 間髪入れずパットンは、敵がウォレスに施した魔法を上書きする強力な魔法をウォレスにかける。


 「てめえの尻拭いはてめえでしろよ!」


 魔法の効果が発揮されたのか自分や魔獣との戦闘により、徐々に狂気を含み出した気配が変わったのを察知したダンは、腰袋に入れていた道具をウォレスに投げつける。

 それを受けとったウォレスは、魔獣の目の前に道具を発動させる。

 直後、今まさに襲いかからんとしていた勢い良く突撃してきた魔獣は、見えない壁に衝突する事になったのだが、その威力は相当だったようで、見えない壁の一部を突き破るほどのものだった。

 しかし、壁、障壁石から展開した障壁を破壊することは敵わず、図らずも首から先が障壁から飛び出る形になることになった。


 アーノルドが作った障壁石の強固さと、その障壁を破壊しかねないほどの衝撃を与えていた魔獣の突進力に心の中で感嘆しつつ、ウォレスは破損した障壁をすぐに補修し、脳震盪を起こしたかのように朦朧としている魔獣の首先を固定する。


 「悪く思うなよ。俺はもう、好き勝手して死ぬわけにはいかないんだ」


 そう言うと、ウォレスは魔獣の首に全身全霊の一撃を打ち込むのだった。


 そしてそれは、ずっと燻っていた自己満足のための闘争欲求との決別をも込めた一撃でもあった。






 「ここまで打つ手が無いっていうのも酷いよね」


 目の前で荒れ狂っている熊の魔獣を見て、シンは大きくため息をつく。


 「まぁ、そのうちリーダーかウォレスが来るでしょうから、彼らに対処を任せましょう」

 「過去の心の傷を乗り越える、的なシチュエーションだったのに、締まらないなぁ」

 「現実は、物語のようにそうそううまくいかないと言うことですよ」


 荒れ狂っている熊の魔獣の目の前で、呑気な会話をシンとゴードンは繰り広げていた。

 彼らの手には結界石があり、熊の魔獣は彼らの発生させた結界によって閉じ込められた状態になっている。


 魔獣と遭遇したシンは、過去との決別のために正面切って戦おうと試みたものの、圧倒的な身体能力の差に数分でその心意気に見切りを付けて結界に閉じ込めたのだった。


 「本当に大丈夫ですか?」

 「余裕さ……と言いたいけれどね、正直なところを言うと怖いよ」 

 「でしょうね。私も今、とても怖いです」


 おそらく大丈夫だろうと思っていても、結界が破壊されればすぐ様に二人は魔獣に襲い掛かられる事になる。

 そうなれば二人は文字通り成す術なく蹂躙されるだけになるのは明快である。

 だからといって、この場を離れて結界を展開することは、それこそ万が一結界が破壊された際に、少し離れた場所で戦っている兵士達や負傷者達のところへ向かわせないためにもできない。


 ゴードンだけでも別行動をすれば良いのだが、シンにとっては今この場に信頼できるゴードンがいてくれることで何とか恐怖を抑えこんで結界を展開する集中力を維持している状態であり、それがわかっているからゴードンもその場を離れずに、シンの恐怖を紛らわせるための話に付き合っているのである。


 「そもそも引退した身の僕を表舞台に引きずり出して面倒事を押し付けて、自分たちは好き勝手するっておかしくない?」

 「あはは、私はシンとまたこうやって一緒に行動できることが嬉しいですけれどね」

 「この状況でそれを言えるゴードンは、相当神経図太いよね」

 「アーノルドさんと何年も共に過ごせば、そうもなりますよ」

 「……確かに」


 そう言うと、ふとゴードンは周囲をぐるりと見渡す。

 結界を破壊しようと荒れ狂っている魔獣の、心の弱いものであればそれだけで意識を奪っていくであろう暴力的な咆哮に耐えるのに必死だったわけだが、シンと軽口をたたき合っている内に少しだけ周囲を気にする余裕ができたのだ。


 そうすると、自分たちの近くにいる魔獣や兵士達は魔獣の咆哮で意識を失い、それに耐えられた兵士達と粘性生物のような聴覚を持たない魔物達と戦っている姿が見えた。

 また、咆哮の効果が弱まっている辺りではまだ魔獣達と兵士達の戦いが続いている。

 しかし、シン達が持ってきた道具の数々のおかげで戦況はだいぶこちらに傾いているように見える。

 このままならば、ここの戦いもこちらの勝利で終えることができそうだと判断したゴードンは、集中が切れて結界が破壊されないように、また、強化しすぎて結界石の魔力を多く失いすぎないようにという最新の注意を払っているシンの肩を軽く触れる。


 「なんだい? ゴードン」

 「あとひと踏ん張りのようです。この調子で頑張ってください」

 「代わってやろうっていう気は無いの?」

 「私は、この後の治療行為がありますから」


 しれっと返答する自分の知っている頃よりも少しだけ意地の悪くなっているゴードンに、シンは若干苛立ち混じりの苦笑いを浮かべる。


 「ほんと、みんな良い性格してるよね」

 「アーノルドさんのおかげですね」

 「今度、センセイに小言でも言ってやるかな」

 「じゃあ、そのためにも踏ん張ってくださいね」

 

 そう言ってから、眼前の魔獣を御し続けることを終えることができたのは数10分後の事であり、役目を終えた二人は集中の反動でしばらくの間、身動きを取ることができないほどに精神的に削られることになったのであった。




 

 「満足そうだな」

 「いや、しんどいだけだよ」

 「そっか。まぁ、お疲れ」

 「はは……それだけかい?」

 「あぁ、パットンが言ってたぞ。お前の心の傷、荒療治で治ったっぽいぞ」

 「……なんか、イマイチ嬉しくないなぁ」

 「全部終わったら、快気祝いにうまいもん食わせてやるよ」

 「……期待してるね」

 「あぁ。本当にありがとうな、シン」

 「こんな身でも、役に立てたようで良かったよ」








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