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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
第14章 各々の戦い、である。
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陣内の戦い


 本陣と思われる場所が敵の奇襲を受けている様と、救援のために防衛線へと向かっていた先発した探検家達を確認したアーノルド達は、彼らに合流するべく急ぎ向かうのだった。






 「お前ら! 向かって来る獣を迎撃しろ!」

 「あいつの命令など聞かずとも良い! あちらから来る蛇共をどうにかしろ!」

 「貴様! この私に向かって!」

 「貴様のような頭でしか者を考えない奴に、現場の指揮を任せられるか!」


 本陣建物の中程にある司令部用のテント付近では、そこにいる貴族達を守ろうと何とか最低限の体制を整えた騎士達が懸命に魔物達と戦闘を繰り広げている。


 「お前達! 一番手柄を与えたものには、それなりのくらいに引き立てて貰えるように口添えしてやるぞ!」

 「そんな勝手が許されるものか!」

 「うるさい!」


 彼らよりも遥かに豪華な装備に身を包んだ貴族達は、テントを守るべく彼らが張った結界の中で好き勝手な指示を飛ばす。

 その自分勝手な指示に戸惑い注意が散漫になり被害を受ける新人であろう若い騎士、この期に及び出世のことを考え上位貴族に取り入れられようと立ち回ろうとし、周囲との連携を無視し出した結果自他ともに被害を与える下位貴族の騎士など、状況はかなり良くない。


 その中でも一部の騎士達はそんな雑言を完全に遮断し、粛々と防衛行動に従事している。

 彼らは将軍傘下の精鋭騎士達であったり、ドラン達探検家達と行動をともにしていた平民上がりの騎士達である。

 ただ、そんな彼らがこの場にいるのは今までの戦闘の中で負傷や体調不良に陥り、その治療のため前線から下がっていた者達であったため、彼らが出来ることは持っていた残魔力量が少ない結界石や障壁石で魔物達の行く手を阻みながら時間を稼ぐことくらいであった。


 「俺達がもっと元気だったら……!」


 敵の迎撃をもっと効率的に出来るのに……と続けようとしていたのであろうその騎士に、周りの騎士達が少し意地の悪い笑顔を見せる。


 「元気だったら俺達は前線に戻っていたわけだから、この場を守れていないだろ」

 「そういうこと! 今俺達が出来ることはこの場にいる敵を留めて前線の背後を付かせないことだぜ」

 「敵を倒すのは、出世に燃えた皆様に任せりゃ良いってこと」

 「そのフォローがものすごく大変なんですけれど……」

 「慣れろ慣れろ。お貴族騎士様のお守りが俺達の仕事の半分だぞ」


 平民騎士達の辛辣な言葉に、貴族騎士なのであろう男達が苦笑いを浮かべる。


 「一部の、と訂正してもらおうか。彼らと一緒にしてもらうのは非常に心外だ」

 「あ……! いや……!」


 慌てた様子を見せる平民騎士達に、苦笑いを浮かべたまま騎士は言葉を続ける。


 「まぁ……、大方間違っていないがな。我等も使えない同僚や上司の身勝手をフォローするのが仕事の大半だったりするからな」

 「どこも大変なんですね」

 「まぁ、こんな状況じゃないと口が裂けてもこんなことは言えないがな!」

 「はは! そうですね!」


 状況としてはかなり良くないというのにもかかわらず、全員どことなく余裕を感じられるのは、この防衛線で築き上げた必死で前線で戦っている仲間達への信頼と、噂でしか知らない凄腕の錬金術師が作った、今もなお自分たちを守りつづけている道具への信用なのかと思いつつ、騎士達は敵の妨害を続けるのだった。






 『くそっ! 何故こんなことになっている!』


 男は感情のままに苛立ちを含んだ言葉を吐き捨てる。

 男の見た目は無駄な肉の無い体つき、沸き上がる感情で歪んだ上でも端麗といえる表情、そして宝石のような翡翠色の髪を持つ、文字通り人間離れした美麗な容姿に、その場に女性がいたのならばその大半は目を奪われていることだろう。


 そう、男は人間ではなく帝国民が森の民と呼ぶ者の様相である。

 

 男が苛立っているのは、本来であれば自分が率いた精鋭の魔物達が人間達を食い荒らし、正面で戦っている敵の後ろを付いて一網打尽にするはずだった予定が完全に狂ってしまったからである。


 (最初は良かった……最初は! このままでは父様に何と言えば良いのか!)


 心の中で焦りつつ、男はここまでに起きていたことを思い返していた。




 ()()と呼ぶ彼らの首魁とともに東方都市方面から人間達の拠点へ進行した際、一組の男女が指揮する人間の部隊と激しい戦闘が繰り広げられた。

 全体の数と実力ではやや劣るものの、持っていた数々の奇妙な道具と優れた薬により、人間と魔物側は一進一退の攻防が繰り広げられることになる。

 その状況の中、一瞬の隙を付いた首魁の魔法により、人間の中でも随一の実力者であった魔法使いの女と人間混じりの獣人を中心に、それなりの人間の意思を奪うことに成功した。


 ウォレスとリリーという二人の実力者から得た情報から、彼らは目的を果たす為に狙っていた皇帝の現在の居場所が判明する。

 そこで、支配した人間の制御と陽動のため父に劣るとはいえ、同様の魔法能力を持つ男の()()と呼べる者と、一部の魔物達を残し、首魁と男は情報があった辺境地方へと向かう。


 そして、この地へ逃げた獣を追った魔獣達とともに行動を起こしていた配下の者達と合流し、彼らから受けた報告からここにいる人間達は一部を除き東方都市で戦ってきた連中の大半より弱いこと、さらに主力とは言えない彼らの攻勢を防ぎつづけたことで、かなり油断していることが分かった。


 報告を聞いた男が驚いたのは、豪華な装備品に身を包んでいる上官と思われる人間ほどその傾向が強いらしいうことだった。


 『人間は危険の無い、生温い環境で安穏と生きているからな』


 と、報告を受けた首魁の男は下らなさそうに吐き捨てると、


 『奴らに、大森林の生物の猛威というものを教えてやるとしよう』


 そう言って歪んだ笑いを浮かべ、その身の中に存在している何百年にも渡る深く、暗い感情の波で人間を飲み込むべく行動を起こしたのだった。


 その感情のままに、首魁は主力とともに正面から一気苛烈に襲い掛かり、その混乱に乗じ男が選んだ精鋭の魔物達は敵本陣に回り込み、体制が整う前に一気に全てを飲み込む。

 そして、その勢いのまま加勢に向かい、残りの連中を蹂躙するというのが彼らの目論見だった。


 その目論見は途中まではうまくいく。


 今まで知能の少ない獣や手下の魔獣や魔物達の相手をしていた防衛線の人間の大半にとって、簡単とは言え戦術を取られるなど考えてもいなかった為だ。


 なので、彼らは簡単に敵陣に乗り込む事ができ、混乱している人間共を次々に襲っていく事ができた。

 体制の整ってない丸腰といって良い人間達は、大森林外で能力が下がった魔獣や魔物達でも赤子の手をひねるかのようにいとも簡単に潰すことができた。


 このままなら余裕だ。


 男はそう思い、気分よく目の前で驚いている人間に槍を突き立てて行くのだった。







 (何故、まともな奴らがこっちにもいるんだ! 女の話は嘘だったのか!?)


 傷ついた騎士達の展開する障壁に手下達が進路を塞がれ、分断され、新たにやってきた人間達に取り囲まれて反対に駆逐されていく様を離れた場所から眺めつつ、男はそう毒づく。


 リリーから得た情報で、東方都市側での戦いでも自分たちの邪魔をしてきた人間が持つ不思議な道具はあるという事は知っていた。

 ただ、それはまともに戦う人間が使っているものだと言われていたのだ。


 まともに戦う人間というのはつまり、現在正面で戦っている連中の事だと男は判断していた。

 なので、この場所でこの道具による妨害が行われるとは予想していなかったのだった。


 男の頭の中には、負傷や不調などにより本陣に戻ってきている者達がいるかもしれないという考えが完全になかったのだった。


 それは、人間は愚かだという首魁の言葉を鵜呑みにしてしまっていた空かもしれない。

 また、男が首魁から直に生まれた優秀な分裂体であっても、身体能力は高いものの知能はそれほど高くない生物に憑依して成長してきたせいであったのかもしれない。

 はたまた他の理由かもしれない。


 ただ、騎士達の妨害、そして本陣にやってきた冒険者達によって最初有利だった魔物側の状況は完全にひっくり返ってしまった事だけは確かだった。


 『久しぶりだな。だいぶ苦戦しているようだな』


 忌ま忌ましい気分で戦況を確認している男の元に、一つの声が届く。

 男が声のする場所を見ると、そこには見覚えのある獣人の姿があったのだった。







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