模擬戦闘と新しいメンバーだ
俺の名はダン。帝国でたった二人の現役特Aクラスの探検家だ。
俺は、自分のやっておく用事を終わらせたので、個人的な用件をウォレスに告げる
「ウォレス、最近身体が鈍っちまってな。ちょっと模擬戦闘に付き合ってくれないか?」
ウォレスは、にやりと笑って
「実は、俺も最近本気で動いてないから身体が鈍ってきてたんだ。リーダーが言わなかったらこちらから頼もうと思っていたところだ」
そう答えてきた。心なしか既に臨戦体制に入っているような気がする。はえぇよ。
「お……おい、聞いたか今の」
「教官、あれでも本気出してないのか……」
「やっぱり[獅子の鬼神]の異名は伊達じゃねぇよ」
ウォレスの言葉が聞こえたらしく、恐れおののく訓練受講者達。ウォレスのやつ、そんな物騒な異名がついてんのか。知らなかったぜ
「因みに、リリーは[氷嵐の魔女]ゴードンは[神威の聖人]アリッサは[紅玉の狼]僕は[青雷の奇術士]って呼ばれてるらしいですよ」
「なんだそりゃ!?」
「今回の解散の件が、物語の題材になったときに作家が勝手につけたみたいですね。」
「迷惑な話だな、おい」
俺らが引退してからまだ数ヵ月しか経ってないのに、何でそんな物語が出来上がってんだよ。隠すような情報でもないから、普通にギルドで聞けば分かることではあるんだけれども。
そんなことを思っていると周りの探検家達の声が聞こえる
「教官と模擬戦闘をするってさすが[傑物の長]だよな」
「[獅子の鬼神]対[傑物の長]か。どっちが強いんだろうな」
聞こえる声に微妙な表所を浮かべていると、ウォレスとシンに声をかけられた。
「リーダーの異名は何も間違ってないから問題ない」
「この場合は、誇張も何も無いのが逆に悲しいとも言えるんだよ。完全に、お前らありきの異名だぞ」
「下手な名前をつけられるよりマシと思っておきましょう」
「……あぁ、[狂乱の薬師]とかな」
俺の返事にシンは苦笑いで返す。
別の俺達の物語で、[狂乱の薬師]という、研究のためなら人のことを何とも思わない、薬物の研究に狂った薬師に協力を願う話がある。モチーフになってるのは、当然センセイだ。
その劇をメンバー全員と観劇しに行ったとき、センセイは
「世の中ひどい薬師もいるものだな。創作であって本当に良かったのである」
とか、ごまかしじゃなくて、本気で言い放ったからな。思わず全員でお前だ!!って言った記憶がある。
そんなことを思っているうちに受講者達によって片付けは終了し、全員端の方へ退避していく。誰かが聞き付けたのか、訓練所の出入口の方から探検家や関係者連中までやって来ている。
「所長、仕事はどうしたんだよ」
「引退したとは言え、数ヶ月前まで現役だったものと、現役の特Aクラス探検家の模擬戦闘よ。今は臨時休業じゃい」
「いいんかよ!」
「民間施設故の素早い対応能力じゃのぉ」
「それで良いのか民間運営……」
おれは、入口から入ってきた、白髪の生えた杖をついた細身の老年の男、探検家ギルド本部所の方へ歩いて行き、話しかける。今は好々爺然としているが、現役のときは数少ないAクラス探検家[暴虐の槍神]として名を馳せていた。数十年前に、北の山から石のように固い皮膚と石を砕くほどに鋭い牙を持った蜥蜴と蛇の魔物の群れが、ふもとの集落を襲った際に、持っていた槍で何十何百といたその群れの大半を次々に刺し殺していったという話から付いた異名だ。
一度本人に聞いたことはあるが
「何百は誇張じゃね。それでも、50はやったか」
と答えられた。普通は一人じゃ10匹も倒せねぇよ!って思った記憶がある。
いまも、その名残は残っており、時折しつけの悪い探検家を杖で吹っ飛ばしているのをよく見かけていた。
「言うても、15分もやらんじゃろ」
「まぁ、鈍った身体を本気で動かしたいってだけだからな」
「儂も後20年若かったら付き合ってやれたんじゃがの」
「そうかい」
俺は、目前に突き出された杖を掴んでそう答える。あぶねぇ爺さんだな。油断してたら刺さったぜ。
「一瞬だけならまだ現役じゃねぇか所長」
「なにいえ、現役の時の6割くらいしか出せてないわい」
「[暴虐の槍神]の片鱗を垣間見たわ……」
「ほれ、行ってこい。ウォレスが待っとるよ」
所長が顎で指す訓練所の中心を見るとウォレスが、獲物を片手に既に待っていた。
武器なら不得意無く扱えるウォレスが選んでいる武器は、ウォレスの身長の倍ほど長い槍の穂先の部分に両刃の斧が付いている、通称ハルバードと呼ばれる武器である。
今、手に持っているのは刃を潰した頭ほどの大きさの斧部分を持ったハルバードだが、ウォレスが本来使うのは柄がさらに長く、斧部分の大きさが倍ある。獅子の獣人の血がでているウォレスならではの武器だ。
とはいえ、こんなもん、刃を潰そうが直撃したら死ぬぜ。
俺は訓練用の武器置場から、自分の胴体くらいの長さの剣を手に取り
思い切りウォレスに投げつけた
ウォレスは何事も無いようにハルバードを横に払って弾く。俺は手頃な長さの剣、手槍、短剣等をウォレスにどんどん投げつける。それをウォレスは何事も無いように弾き、躱していく。威力が弱そうなものは無視して当たっている。
「おっらぁぁぁ!」
最後に武器の入っていた木箱を持ち上げてウォレスにぶん投げる。ウォレスがハルバードを縦に振って木箱を粉砕する。粉砕した木片がウォレスの視界を塞ぐその隙に、俺は一気にウォレスの懐へ入るように突っ込んでいく。
だが、ウォレスは足元に落ちている短剣を地面ごと蹴っ飛ばして、逆にこっちが懐にはいらないように牽制する。
くっそ!だからわざと当たってやがったのか!
俺が蹴飛ばされてきた地面のせいで速度を落とす。この状態で下手に突っ込むとハルバードの餌食だ。ついでに地面と一緒に飛んできた短剣を掴む。すると、今度はウォレスが踏み込んでくる。
やっべぇ、間合いにはいる!
「さすがだな、リーダー!試合ではない、戦闘ではどんなときも油断するなと言う教訓だな!」
「バカか!?そんな武器相手にまともに始めて戦える訳ねぇだろうが!本気出し過ぎだ!」
「本気をだせと言ったのはリーダーだろう」
「言ってねぇよ!この戦闘バカ!」
ハルバードを棒のように振り回し、俺を攻撃するウォレス。胴薙ぎ、足薙ぎ、斜め切り払い、暴風のようにハルバードが俺を襲う。俺は、ひたすら避ける。
「おい、教官の暴風のような攻撃を全部間合いの中で躱してるぞ」
「さすが、[傑物の長]」
なんか、今の流れだとこいつらの上位存在みたいな言われ方でちょっと気分が良いな。
なんて思っているが、余裕は全くない。自分が最初に投げた武器のせいで足元が若干限定されているからだ。しかも、ウォレスの身体が暖まってきたのか、攻撃がさらに加速する。あのバカ、めちゃくちゃ良い笑顔じゃねぇか。俺を殺す気満々だよ!
完全にウォレスの間合いだ。後ろに逃げても壁に追い込まれるだけ。横は、薙ぎが攻撃の中心だから移動がほぼ無理。前に行こうにも、攻撃速度が速くて踏み込みづらい上に、ご丁寧に腰には接近戦用の小剣を差している。落ちてる武器を拾うにも、そんな隙は見逃す訳が無い。最初の奇襲が失敗したのがきつい。ジリ貧の状況で必死に躱し続けるしか俺にはできなかった。
一方的な状態が10分以上続く。横薙ぎ、上段からの斬撃、横薙ぎ、下段から斜め上への斬撃、止まることが無い攻撃をその場で避け、時には下がり、転がり、どうにか避けていく。
しかし、少しずつ追い込まれている状況ではある。壁が近くなってきた。当然、そこにさっきまで見ていた探検家達は別の場所へ逃げている。
「どうした、リーダー!後がなくなって来てるぞ!」
ウォレスの奴は先ほどとほとんど変わらない笑顔だ。久しぶりの全力戦闘で、気分が良いんだろうな。命の危険と隣り合わせの俺はその晴れ晴れしい笑顔が腹立たしいわ。
「うるせぇ!窮鼠猫を噛むって奴を見せて……やるよ!」
俺は、胴薙ぎの瞬間一気に踏み込む。だが、当然間合いは足りない。それでいい、目的はウォレスじゃない。胴を薙ぐべく動くハルバードの柄をがっちり掴む。一瞬吹き飛ばされそうになるが、何とか耐える。
「ぬぅぅ!」
「流石に、休憩無しの長時間全力で長物振り回してたら、力も落ちるわな」
そう、膂力ではウォレスには及ばない物の、全力下での継戦能力は俺の方が上だ。何とか、ウォレスの全力を維持できる時間をやり過ごすことができた俺は、ハルバードを止めることに成功する。
すると、そこでウォレスがハルバードに込めていた力を抜く。
「今この状態で、戦闘続けても今度は俺がジリ貧だな」
「そうだな。これで」
そういって、俺はウォレスに詰めより、小剣を抜こうとした左手を右手で押さえ付け、余った左手で短剣を喉元に当てる
「俺の勝ちだな」
「あぁ、俺の負けだ。リーダー。これで140勝139敗6引き分けだ」
「まだ五分五分になってねぇのかよ…」
ウォレスの言葉にため息をつく。メンバーとの競争、基本的に勝ち越ししてることがない気がすんだよなぁ……。
「良いものを見せてもらったわい」
所長が俺達のところにやってくる。
「実際の戦闘は、相手が完全に戦意を失うまで続くという事を教えるいい機会じゃったの。あと、自分に有利に進めるためには形式にこだわり過ぎるのは良くないというのも伝わったじゃろう」
「魔獣やら魔物は、はじめ!で戦えるわけじゃねぇからな」
所長の言葉に俺は返事を返す。俺達の言葉を聞いている新人達や戦闘未経験の探検家達も神妙に聞いている。戦闘経験のある奴らは頷いている。先ほど面接をしたドランは凄く戦いたそうな目をしてこっちを見ている。絶対にやらねぇぞ。
「先輩として、良い見本を見せてくれたというわけじゃ」
「身体を動かしたかっただけだけどな、そう取ってくれる奴がいれば良いわな」
俺の言葉に、所長は笑顔で答える。
「うむうむ、では、先輩として、よい見本をきちんと最後まで見せてもらおうかのう」
そう言って、訓練所と指差す。
「放り投げた武器の片付け、壊した武器と木箱の弁償、地面の補修。よろしく頼むぞ」
有無を言わさぬ、現役を彷彿させる気配を纏い所長は俺にそう告げる
「二人で?」
「そう、二人で。今回はギルドの戦闘訓練の一貫ではなく、ただの個人的な訓練所使用であろう?壊したものなどは自己弁償がギルドの決まりだからの。よって、生徒たちに手伝わせるのも禁止じゃよ」
そういって、所長は秘書から弁償の金額を書かれた紙を受け取り、俺達に渡すのだった。
訓練所の片付け、補修、弁償を終えた俺はその翌日、魔法研究所に来ていた。
と、いうのも
「リーダー。明日、私の研究所にきてください。私の秘書をチームメンバーに加えてもらいます」
片付けをしている最中に、現実に戻って来たリリーから、提案があったからだ。
なので、ウォレスのところで一泊し、今日、研究所にやって来たわけだ。
「しかし、ウォレスのやつ結婚するのかぁ、しかも相手がなぁ…………」
ウォレスは、ギルド職員の居住区に住んでいたのだが、そこにはもう一人。
「あ、ウォレスさん。お帰りなさい、お仕事と片付け、お疲れさまでした❤」
俺と会話した、声の可愛らしいギルドの受付嬢がいたのだった。
どうやら、教官として就任してから、毎日のようにアプローチを受けて、付き合うことになったようだ。
「探検家の時からずっと憧れてたんです!一緒の職場になったなら、もう攻めるしかないって!」
受付嬢は、今まで見たことがないくらいにいい笑顔を見せていた。
ウォレスのやつも何も言わないが、まんざらではなさそうだった。
何となくそのまんざらじゃない顔がムカついたから腹をぶん殴ってやったら、予想してたのか腹筋に力を入れてやがった。
「だったら、あのときもウォレスのスケジュールは知ってたってことだよな。プロなのか、隠したかったのか……」
「あの受付嬢は、特に教官との関係は隠してなかったですわ。ただ、仕事としてきっちり線引きはしていたようですぜ」
「は、はい。教官も、それで仕事が疎かになるのは困ると言っていましたから」
俺の独り言に、今日から一緒に行動することになった、ドランとハーヴィーが答える。
今回、俺が新しいチームメンバーに選んだのはこの二人だ。
アーサーは、ハーヴィーが獣人との混血だと言ったときに、一瞬顔を歪めたのが見えた。確信はできないが、人間至上主義者の可能性がある。だから除外した。
ホランドとハーヴィーに関しては、どちらでも良かったのだが、この後すぐにデルク達が亜人だとわかったときの反応や、特に、センセイの実験に巻き込まれたときのことを考えると、育ちの良さが感じ取れるホランドだと耐えられない気がした。
というわけで、俺は意外に腹が据わっているハーヴィーを選んだわけだが、結果的に正解だったと今は思っている。どうやらこの男は猛禽の亜人の血が入っているらしく、俺達よりかなり目が良いらしい。
なので、鼻が効く狼の血が入っているアリッサがいて、耳が良い猫の血が入っているデルクがいて、目の良い猛禽の血が入っているハーヴィーがいる。俺もそれなりに気配を読める。森の探検にかなり有効的だと思ったわけだ。
ちなみに、ドランは熊の獣人の血が入っているらしい。まぁ、こいつは何となく分かる。
こいつらの武器は、まぁ、らしいと言えばらしい武器を使っている。
ドランは背から頭一つ分出たくらいの長さで人の足くらいの太さの鉄製の棍棒と、それを二回りくらい短くした棍棒を背負っている。こいつは殴り殺すスタイルか。一応、小回りを利かせることは考えているのかと感心する。
ハーヴィーは、弓と小剣だ。弓は、それなりの品質の鉄と魔獣の素材を使った合成弓だ。小剣は一般的な物だな。
そんな二人を引き連れ、リリーのいる研究所がある区画までやってきた。
魔法研究所は総合魔法研究所を頂点として、区画内に研究所が何個か独立して建てられている。センセイがいた錬金術研究所も陛下の肝いりだったので他の研究所内の研究室ではなく、独立した研究所として存在していた。
「受付から聞いた場所だと……ここか。なかなか年季の入った建物だな」
リリーは、どうやら俺達の目の前にある遺失魔法解析研究所という過去の魔法技術を解析する研究所に勤めているようだ。
中に入ると、年季の入りようが余計浮き彫りになる。研究所の中で一番古いんじゃねぇのか?ここ
「リーダー、遅かったわね。道に迷ってたのかしら?」
「いや、古い建物だから驚いてたんだよ」
受付の横にある階段からリリーが降りてきておれに声をかけてきた。なので、俺は正直な感想を述べる。
「そうね、過去の魔法技術を解析することから魔法の研究は始まっているから、ここが一番年季が入っていて当然かしら」
リリーはそういうと、ドランとハーヴィーを見る。
「この二人が今度のメンバーかしら。個人的に挨拶を交わすのは始めてよね、私は元特Aクラス探検家のリリーよ。今はここの研究室の一つを任されているわ」
「おう、リリーさん。よろしくたのんますわ。俺の名はドラン。Eクラスの探検家だ」
「は、ハーヴィーです。まだHクラスの駆け出しですが、全力で付いていこうと思います!よろしくお願いします!」
「二人ともよろしく。リーダーのチームになったと言うことは、たくさん苦労もあると思うけど、楽しいこともいっぱいあるわ。普通の探検家じゃできない経験を是非楽しんでちょうだい」
リリーは笑顔でそう答える。ドランは期待満面に笑って応え、ハーヴィーはリリーの笑顔にやられている。
だが、お前らの想像以上の苦労だぞ。センセイの実験につき合わされるのは。
そんな感じで初対面の連中が一通り挨拶をし終えるとリリーは
「ようこそ、遺失魔法技術解析研究所へ。私の研究室に案内するわ」
そう言って、俺達を先導するのだった。




