大森林外の現状である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
大森林内での駆除が限界を迎え、次々と繁殖した魔物や魔獣達が餌を求めて帝国が話へと移動することになったのである。
そんな中、ダンは大森林の者達とともに魔物達を追いながら駆除を続け、我輩達は次の戦場となる辺境地方へと戻ることにしたのであった。
「で、限界になって戻ってきたと」
「しょうがねえだろうが。文字通り【剣折れ矢尽きる】だぞ」
「別に責めてるわけじゃないさね。そんな不機嫌になること無いじゃないか」
「人の報告を聞いた感想がそれだったら、文句の一つも言いたくなるわ」
どこか楽しそうな表情のアリッサ嬢に、不愉快そうな表情を浮かべたダンが抗議の言葉を告げるのであるが、まぁ、その気持ちはよくわかるのである。
現在、我輩達は活動拠点を大森林の工房から辺境の集落にあるアリッサ嬢の屋敷へと変え、一週間ほど経過したところである。
我輩達がこちらにくる前から、大森林から数多くの獣が出現してきており、騎士隊や探検家達はそれらの駆除に追われている状況だったようである。
数十年前に北の山脈での魔物の大量発生を体験しているギリー老は、それを魔物達がやってくる前兆であると理解し、防衛線に対して襲来は避けられないということを告げたのである。
そして、我輩達が工房を出るのとほぼ同時に魔物達が防衛線に出現するようになったのである。
そうして今、大森林内での駆除活動が限界を迎えたダンとドランがこちらに戻ってきたという状況である。
戻ってきた時は全身が返り血と土埃などで汚れきってており、装備もボロボロで一瞬二人が誰かわからなかったのである。
おそらく集落のものも悪鬼がやって来たと思ったのではないであろうか。
そんな二人であるが、今は湯浴み場から出て身嗜みも整え、服も着替えているので元通りの格好であるが。
いや、途中から物資が終わりまともに食事ができていなかったと言っていたので多少痩せているようであるが、まあ、問題ないと思うのである。
そんなダンに対し、さすがにその対応は良くないと思った我輩はフォローをすることにしたのである。
「そうであるアリッサ嬢、いくらダンが自分を称賛してほしいというのが前面に出ていたとしても、さすがにその対応はよろしくないのである」
「真ん中の余計な一言はどうにかならないのかよ……」
「あははは……」
なぜか我輩にまで不愉快な表情を浮かべるダンに、その場にいたミレイ女史が苦笑いを浮かべるのである。
そんな不機嫌なダンの前に、クリス治療師が笑顔を浮かべて茶と菓子を置くのである。
「暴走気味のドランちゃんが、大きな怪我なく無事に戻ってきたのはダンさんのおかげです。本当にありがとうございます」
「ちょっ! クリス姉! 子供じゃねえんだから……」
「……やっぱり何か、釈然としねえ……」
そんなやさぐれ気味のダンの頭を、サーシャ嬢が優しく撫でるのである。
「頑張ったね、ダンお兄ちゃん」
「嬢ちゃん……」
「ずーっと、ずーっと一番大変なところで頑張ってたんだもんね。大変だったね」
「あぁ……嬢ちゃんだけだよ……俺に優しいのって……」
サーシャ嬢にデレデレの表情を見せるダンに、アリッサ嬢が少しばかりひきつった笑顔を浮かべるのである。
その表情を浮かべる理由は何となく我輩も察したのである。
「あー……やっぱり……リーダーって……」
「ダンよ、いくらサーシャ嬢が年上と言っても実際はまだ幼女なのであるが」
「なんていう勘繰りしてやがるんだ! てめえらの対応が酷過ぎるから嬢ちゃんが聖女のように見えるだけだろうが! 俺だってなぁ、お前らが普通に労ってくれてれば嬢ちゃんにばかり癒しを求めたりしねえよ!」
そんなダンの抗議を、アリッサ嬢はやれやれと言わんばかりの様子で受け流すのである。
「さて、戯れはこれくらいにしておいて。状況は予想以上に良くないねぇ」
「そうであるな」
「お前ら…………で、何が問題なんだ?」
大きくため息をつくと、ダンは先ほどと違って真剣な表情を浮かべてこちらの会話に参加するのである。
先程帰ってきたばかりで、状況を確認しあう前にとりあえず湯浴み場に行かせた状態であった為、今現在分かっているのはダン達の今までの状況なのである。
と、いう事でこれから辺境地方の現状についての説明をアリッサ嬢とミレイ女史が行うのである。
「まず最初に、魔物達は辺境だけじゃなくて、東方都市のほうまで出現しているさね」
「そちらの方は、今のところ東方都市の防衛騎士隊と探検家達で防いでいるようですが、その数は少しずつ増えているようです」
「あー……辺境のほうだけじゃなくて東方都市のほうに逃げた獣たちもいたのか……」
「そのようだね。で、東方都市の探検家も騎士隊も魔獣の相手はほとんどしたことが無いらしくてね。このままだと大きな被害が出る可能性が高くなるってわけさね」
「そこで、魔獣戦闘経験が豊富なウォレスさんと室長、そしてゴードンさん夫妻が東方都市に向かっております」
「ちょうどどうするかって議論をしていた時にあたしたちがこっちに来たからね。それで二人の派遣が決まったよ」
「なるほどな」
二人の話を聞き、ダンは大きく頷くのである。
たった四人でも、彼らは帝国での最高戦力の一角である。
下手な騎士隊や探検家数十人くらいの働きは一人で賄えるはずなのである。
「それで、防衛線はどうなんだ?」
「多少の被害は出ておりますが、まだ十分に機能しております」
「大森林の時と同じで、大きな怪我をした連中は急いで集落に運び込んで錬金術の薬で治療しているからね。治療所からしょっちゅう悲鳴が上がって、子供たちが怖がって寄り付かなくなったくらいの問題しか今のところは起きてないさね」
二人の返答に、理解を示す頷きをしかけたダンであったが、唐突に動きが止まるのである。
どうしたのであろうか。
「まてまてまてまて。おかしいぞ」
「何がであるか」
「大森林と同じように錬金術の道具で治療って、無理だろ」
ダンの言わんとしていることは分かるのである。
大森林での駆除活動の際、大量の錬金術の道具を使用して被害を抑え続けていたのであるが、それはサーシャ嬢とミレイ女史が森の工房にある魔法白金や魔法銀の釜を、そして魔法人形達が魔法白金の手鍋などの小型容器を使用したフル稼働の生産行動を行えたからである。
しかし、こちらに大量生産が可能な釜は魔法鉄、しかも一番質の低い劣化魔法鉄製である。
道具の作製には時間が大量にかかるのである。
だからと言って、小型容器でどんなに生産を行ったところで、大森林の時ほどの生産は上がることは無理である。
なのに、大森林の時と同じことを行えているという事がおかしいと言いたいのあろう。
「ダンの言いたいことは良く分かるのである」
「まさかとは思うが、誰か人間やめたのか?」
「そんなことはしないのである」
「じゃあ、何だよ」
意味が分からないといった表情を浮かべるダンに、我輩は以前アリッサ嬢に向けた時と同じような、自分なりにこれでもかと言う自慢気な表情を浮かべるのである。
いつも、ダンにこんな表情をされるので、たまには反撃である。
それだけの事はしたと、今回はさすがに思うのである。
「なんて顔してんだセンセイ。気持ち悪いな」
「聞いて驚くが良いのである。じつは……」
「あのね! おじさんがお勉強いっぱいして、魔法白金の釜をこっちに持ってこれるようにしてくれたの!」
いざ、と言う所で笑顔満面のサーシャ嬢に先を越されてしまうのである。
何とも締まらないのである。
「へぇ、すげえな」
しかも、ダンの反応も薄いのである。
アリッサ嬢に同じようなことをした時も似たような反応だったのである。
ミレイ女史やサーシャ嬢とは反応が全く違うのである。
「これがどれだけの大きな事なのか分からないのであるか」
「分からないわけじゃねえけどよ、どんな理屈でそれが行えるようになったのかとか、全く興味はないしな。とりあえず、そういう事ができたって事が分かればそれでいい」
そして、アリッサ嬢と森の工房で行ったやり取りをそのままダンと繰り返すことになったのである。
なぜ、この凄さが分からないのであろうか!
若干の憤りを感じているとダンが一言、
「それが、俺がさっきまでセンセイやアリッサに感じてた感情だよ。全く……人にされて嫌なことは、人にすんじゃねえよ」
と、そう言ってにやにやと笑うのであった。
本当にいやらしい男である。




