例え少しだけでも
おれの名前はダン。
帝国でたった二人の、現役特Aクラス探検家だ。
繁殖期も最盛期を迎え、湧いて出てくるかのように繁殖する魔物や魔獣に、繁殖地での駆除活動に限界を感じたおれは、キャンプを放棄し、餌となる獣を追い大森林外へと移動を開始する魔物達を追撃することを決めたのだった。
「予想の上でしたっすね」
「ああ。途中までは、繁殖地内で収められると思ってたわ」
二本の鉄棒を振り回して、粘性生物達を次々に飛散させていくドランの言葉に、俺も負け時と周囲の魔獣を蹴散らしながらそう答えていく。
いま、おれたちは餌となる獣たちを追って大森林の外へと向かっている魔獣たちを追撃している最中だ。
その場には、俺達だけではなく繁殖地で共に戦った森の民や獣人達もいる。
「悪いな。おれたちの都合に付き合わせちまって」
「何を言ってるんですか! 大森林の魔物から帝国を守るのが我々の仕事なのです! 当然のことです!」
「俺達は土着の獣人だけどよ! あんたたちのおかげで被害が少なくて済んだんだ! 礼として、これくらいするのは当然さ!」
ある意味当然で、予想された事とはいえ、大森林内には帝国がやってくる前から住んでいる先住の亜人種達もいるわけで、そいつらは帝国に関係のある連中とは違い、人間に協力する義理はない。
だが、そんな連中も今回の一件で借りを感じた者たちはおれたちについて協力してくれている。
ある種、おれたち人間が帝国を建国する際に森の民や獣人を連れてこっちにやってきた結果として大森林内を圧迫させることになり、また、今おれたちが戦っている敵勢力のような連中まで生み出してしまい、迷惑をかけたと言ってもいいだろうに、文句も言わずに協力してくれている。
ありがたいことであり、また、これが亜人種のおおらかさと言うか、おおざっぱさなのかもしれないと思う。
「でも、俺達が協力できるのは大森林の深部内までだぜ」
「私達はもう少し行けますが、さすがに外までは……」
「分かってる。十分助かる」
先住の獣人達は、この地に住む魔物と同様、大森林の外に行くにつれて能力が下がっていく。
現に、少し前まで俺よりも早く動いていた連中が俺よりも遅くなっている。
そして、そうじゃない連中は1200年前の件があるからこそ帝国側に行こうとはしない。
いや、行ってはいけないと感じている。
それに関しては、互いの領域をどんどんと侵食していくセンセイや嬢ちゃんたちの曾祖母でノヴァ=アルケミストのような連中がおかしいだけで、ある意味正常な反応ともいえる。
だからこそ、こうやって自分たちができるぎりぎりまで協力してくれていることが本当に助かる。
なにせ、
「防衛線には現在、陛下が来ているからな。少しでも大森林内で敵の数を減らせるのは助かる」
そう、何を思ったか防衛線には現皇帝陛下がやってきているらしいからだ。
その知らせを聞いた時、馬鹿じゃねえのかと思った。
ギルドから経験のある探検家も協力しているとはいえ、まともな実戦もほとんど経験してない防衛騎士隊を中心とした防衛線に、帝国の長がいる。
しかもどうやら指揮を執るべく前線に近いところにいるらしいという事だ。
意図は分かる。
慣れない魔物や魔獣との戦いの指揮を挙げるために、自らが先頭に立っていくという事なのだろう。
だとしても、だ。
先代と関係が深かった俺は、当然その息子である現皇帝の事も知っている。
俺の知る限り、あの息子は現実志向であり冷静で慎重な性格だったはずだ。
何度もセンセイや先代の理想に対してそれは現実的ではないと諫言をし、そのたび父である先代が困りつつも嬉しそうな表情を見せていたのを見ている。
そして数ある候補地から、一番大森林に近い集落があるこの地にセンセイ追放したのも現皇帝の考えだろう。
それは、もともと現皇帝はセンセイを帝都に置いている意義を感じていなかったようだし、それに力を増す宰相に対する枷を作る策略であったというのもある。
センセイを自由にすれば、当然俺かアリッサは付いていく。
そうすれば大森林に突入して何かしらの成果を持って帰ってくる。
文句をつける宰相に対し、それはすべてセンセイを排除しようとした宰相の責任だと矛先を向ける事ができる。
センセイに対して対抗心を持つ宰相に対し、ある程度のかじ取りができると踏んだわけで、それが功を奏し若年である現皇帝に対し、宰相は思うように動けていないのが事実だ。
そんな皇帝が、まさか自らが騎士隊を率いてやってくるとは予想外だった。
だが、
「陛下がこの近くまでやってきているなら、もっと頑張らなきゃならんですな!」
「そうそう! 陛下に迷惑はかけられないですぜ!」
「旦那たちの集落の長が来ているなら、守ってやらにゃならんっすね」
その事を知った大森林の連中は、さらにやる気を出して事に当たることになったのだ。
つまり、そういう事なのか。
あの現皇帝は、そこまで見越してこの行動を起こしたという事なのだろうか。
「はは、まさかなぁ」
「? 隊長、どうかしたんですかい?」
「いや、何でもない」
おれの独り言が聞こえたらしく、不思議そうな表情を浮かべるドランに俺は首を振って何でもないと答える。
「そうですかい。偵察からの報告で、この先に魔物達の群れがいるとの事ですぜ」
「そうか、なら急ぐぞ」
「了解ですぜ!」
俺とドラン、そして近くにいた亜人種達は再び武器を持って群れがいるという方向に向かって駆け出していく。
大森林から出つつあるから魔物達の能力が下がってきたが、同時に先住の亜人種達の能力も下がるし、仲間たちの疲労もたまる。
センセイ達からの補給も移動しながら戦っている現状では行えず、物資はかなり厳しい。
そんな中での連日の戦闘により、装備の手入れは行き届かなくなってきてかなり切れ味も防御力も悪くなってきている。
今までのような組織だった連携も取りづらくなってきており、今までは防げた被害も少しずつ防げなくなってきている。
「今までは、これよりひどいのが繁殖地での状況だったんですよ」
「ははっ! そりゃあまりにもヤバすぎじゃないっすかねぇ!」
「さすがにこれからはもっと連携を取るように指導していきますわ!」
「獣人の皆さん、お願いしますよ! 毎回忘れられるとお互い困るんですからね!」
「はっはっは! 頑張るわ!」
「そこは絶対でお願いします!」
こんな状況なのに、こいつらは楽しそうだ。
状況は決して良くないが士気は高い。
北の山脈を抜けた時のような、そんな感じだ。
頼もしいもんだな。
「おまえら悪いな! もうひと踏ん張り頑張ってもらうぞ」
「任せてください! 帝国を守るのが我々の仕事です!」
「今のおれたちの長はアンタなんだ! おれたちは従うまでさ!」
これは、帝国民であることに今も誇りをもって生きている亜人種達と、俺をこの駆除隊と言う群れの長と認識している先住獣人達と、そして、現皇帝の親族である俺の最後の抵抗なのだろう。
この頼もしい連中と共に、たとえ少しでも、陛下の負担を減らしていこう。
そう思いながら俺は、仲間達と共に目の前にいる魔獣たちに襲い掛かっていくのだった。




