戦場は人間側にうつるのである。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
季節も変わり、魔物達の繁殖期が最盛期を迎えたのである。
ダン達駆除隊の懸命の努力も虚しく、増加する繁殖量に駆除数が追い付かなくなりつつあるのである。
そしてそれは、魔物達の帝国の侵入がほぼ確定したという事でもあるのであった。
「それで、ダン達はどうすると言っていたのであるか?」
「まぁ、魔獣たちが大森林を抜けるぎりぎりまで追いかけて駆除を続けるって言ってたよ」
我輩の質問に、アリッサ嬢がやれやれと言った様子で返答を返すのである。
すでに、駆除数が追い付かなくなっている状況の中、ダン達は少しでも帝国に入る魔獣たちの数を減らすべく、魔獣たちを追走しながら駆除を続けていくというのである。
「他の連中も予想よりも被害が出てなかったからやる気でね。大森林を出る前に敵を全滅させてやるとか息巻いてたさね」
親御殿たちの話によると、今までは魔獣たちの移動が始まったらみな自分たちの集落に戻り、魔獣の群れから外れた魔物や魔獣たちの襲撃に備えて自衛に勤めていたらしいのである。
だが、そのほとんどが混乱に乗じて勢力の拡大を行おうとした敵勢力の行動であったことが判明したり、また、襲撃が予想される集落にはダンが前もって少しずつ薬や紙人形や結界石などを渡しておくように指示していた為に、数少ない戦士での防衛ができる状況になっていることから、彼らも継続して駆除を行うことにしたようである
「今回は、防衛線に陛下も来ているからねぇ。リーダーだけじゃなくて、他の面々もやる気がすごいみたいさね」
大森林の住人達にも、現在大森林の近くの防衛線に皇帝が来ていることが知られており、それを聞いた面々はそれまで以上に奮闘することになり、それもまた彼らがダンと共に帝国に侵入しようとしている魔物達を追う一因になっているようである。
人間達と関係をほぼ一方的に切られる形になり1200年超、自分たちの集落を守るという面もあるのであるが、それでも我々人間のためにこういう危機が起こるたびに体を張り帝国を守り続け、人間に対する敬愛の念をを持ち続けている彼らに対し、我輩は感謝をすることしかできないのである。
「だからセランフィア嬢はこっちに戻ってきているのであるか」
我輩の言葉に、アリッサ嬢やデルク坊と共にこちらに戻ってきたセランフィア嬢が不機嫌そうな表情を見せるのである。
「文句あるのか人間。私は別に、帝国がどうなろうと関係ない」
我輩達に助けてもらった借りを返すという事で、繁殖地ではハーヴィーの代わりを務めていたセランフィア嬢であるが、もともと人間には好意的ではないため、ダン達と行動することは無いと思っていたのであるし、一時的でも駆除活動を手伝ってくれたことに感謝なのである。
で、あるが、我輩が言いたかったのはその事ではないのである。
「いや、セランフィア嬢がこちら側に戻ってきたという事である」
「あ? ああ。そういう事か。ついだよ、つい」
「どうやら、原始的な洞窟暮らしの向こう側よりも、おいしいご飯と湯浴み場、そしてあったかい寝床があるこっちのほうが居心地がいいみたいだねぇ」
「う、うるさい! つい、だと言っているだろう!」
ニヤニヤ顔で行われるアリッサ嬢のからかいに、セランフィア嬢はむきになって返答を返すのである。
まぁ、確かに一般的には生活レベルが上がってしまうと下げるのは難しいと言われているので、自然とこちらに足が向いてしまうのもある意味では仕方がないのかもしれないのである。
「素直じゃないなぁ、セランフィアさんは」
「ふふ、そうだね」
「聞こえているぞ! 二人とも!」
そんなセランフィア嬢をサーシャ嬢とミレイ女史は少々意味ありげな様子を見せながら眺め、その二人の様子にセランフィア嬢は激昂する様子を見せるのであった。
我輩には何が何なのかさっぱりなのである。
「さて、と。それじゃああたし達も行きますかね」
一通り騒ぎが落ち着いたころを見計らい、アリッサ嬢はそう言うのである。
「ダン達に合流するのであるか?」
「いや、今回は防衛線のほうに行こうと思ってるさね」
アリッサ嬢は我輩の質問にそう答えるのである。
ダン達の援護よりも陛下の護衛を厚くしようという考えであろうか。
「頑張ってね! アリッサ姉ちゃん!」
「何言ってるんだいデルっち。あんたも行くんだよ」
「えっ?」
予想外の返答に、デルク坊は驚いた様子を見せるのである。
「さっき、あたし達って言ったじゃないか。聞いてなかったのかい?」
「え? それはセランフィアさんじゃ……」
「セラにゃんは人間側にはつかないんだから付いて来るわけないじゃないか」
「当然だ」
アリッサ嬢の言葉に、さも当然といった様子でセランフィア嬢は頷くのである。
ほぼ人間側のような状態になっているというのに、かたくなである。
「デルっちの耳は人間側には貴重な力になるし、それに、今回はデルっちも戦うんだよ」
「耳は分かるけど……おれも戦う?」
「そうさね。大森林内での魔物との戦闘ではまだ十分な戦力にならなくても、大森林外での戦闘なら十分デルっちは戦力になるさね」
大森林の魔物や魔獣達は、大森林内でならばその力を十全に発揮できるのであるが、外でならば強めの獣よりも少し強力になる程度まで能力が落ちるのである。
だからこそ大森林にすむ獣たちは魔物達に襲われる際は、大森林から離れるように逃げる習性があるのである。
「それに、今回の相手は魔獣や魔物だけじゃなくて大森林から逃げている獣たちも含まれているさね。いくら草食の獣でも、数が多くなると辺りの恵みを食い散らかされるさね」
「おれが、そういう獣を駆除すればいいってこと?」
「両方頼むっていう事さね。防衛線の連中は状況次第ではそこまでの余裕はなくなるはずさね」
5年ほど前に大森林の駆除活動を行った際は、大森林の魔物や獣に大森林外で完膚なきまでにやられたそうなのでいくらその後魔の森で訓練を積んできたとはいえ、近い状況になる可能性は確かにあるのである。
そのために、陛下はウォレスやリリー嬢を防衛線に招聘したようであるし、アリッサ嬢も合流しようという事なのであろう。
「おにいちゃん! ずっとみんなと一緒に戦いたいって頑張ってきたんでしょ? 森の皆の代わりに、へいかを守るために戦おうよ!」
「……皆の……。うん! おれ、たたかうよ!」
我輩達の影響により、その存在が表に出つつある森の民や獣人達ではあるが、大森林からは外に出ることは無いのである。
それは、1200年前からの名訳からであり、また、余計な衝突を避けようというものでもあるのである。
我輩はあまり納得はしていないのであるが、森の民や獣人としても現在はこれ以上帝国側に近づく気はないようなのである。
なので大森林外での戦いは、完全に人間達だけで行う事になるのである。
いくら弱体化しても、大森林の魔獣や魔物との戦いの経験が少ない防衛線の兵士たちでは苦戦は必至だと思われるのである。
なので、デルク坊もその場ではとても強力な戦力として数えることができるのである。
突然の事で少々動揺していたデルク坊であるが、サーシャ嬢の言葉で発奮したらしく、参戦する決意を固めたようである。
予想外の事に対応しきれないところはまだまだ子供と言う所なのであろうか。
と、なると、である。
「では、サーシャ嬢、ミレイ女史。我輩達も準備をするのである」
「うん! わかった!」
「では、私は荷の用意をしますね」
「……は? 何を言っているんだい?」
我輩の言葉を聞き、流れるように準備を始める二人を見て、今度はアリッサ嬢が驚いた様子を見せるのである。
「今度の戦場は大森林外であろう? で、あれば、ここよりもアリッサ嬢の館のほうが拠点として有効である」
「素材の持ち込みとかがちょっと大変だけど、それはセランフィアさんにやってもらえばいいし」
「は? わたしは手伝わないぞ!」
サーシャ嬢の言葉に、今度はセランフィア嬢が驚く様子を見せるのである。
「え? だって、戦うんじゃなくて、わたしたちのお手伝いなんだからいいじゃん」
「それとも、ここで一人留守番をしていますか?」
「……くっ! これだから人間と言うやつは!」
「わたし、森の民だよー」
「そういう事を言っているんじゃない! ……で! どれを用意すればいいんだ! 本当に手伝うだけだからな!」
「はいはい」
ぐちぐち言うセランフィア嬢を連れ、サーシャ嬢とミレイ女史は荷の用意をするべく工房に向かうのである。
おそらく、彼女たちと我輩の意思をくみ取った魔法人形達が、一足早く工房で準備に取り掛かってくれているはずである。
「まぁ、集落に戻るのは良いけれど、作業はどうするんだい? あっちだと魔法鉄の釜と小さな道具でしか錬金術を行えないじゃないか」
そういうアリッサ嬢の言葉に、あまりやらないのであるが我輩は少々得意気な表情を見せるのである。
「なんだい、そのどや顔は」
「我輩が、錬金術を行えなくなったからといって、研究を止めるわけがないのである。その成果を、今回見せるのである」
そう、ついに実現したのである。
錬金釜の分解と再構築に。




