少し変化した状況、である。
我輩の名はアーノルド。
自由気ままに生きる錬金術師である。
雪の季節も終わりを告げ始め、魔物達の繁殖活動も活発になってきたのである。
万が一に備え、帝都へ現状を報告し防衛線の構築を要請したとアリッサ嬢から聞いた我輩は、これまで以上に厳しい戦いが待っているのだと気を引き締めるとともに、これからの事に対して一計を案じるのであった。
「今回はこれだけ作って欲しいって言ってたけれど、できそうかい?」
繁殖地から戻ってきたアリッサ嬢が、心配そうにサーシャ嬢たちに尋ねるのである。
気温も徐々に上がり、日の当たる場所は雪が徐々に溶けはじめる時期に入っており、魔物達の活動も本格的になって来たこの頃、魔物達だけではなく敵性勢力の動きも激しくなってきており、今まで以上に道具の消費が激しくなっているのである。
当然、駆除活動を行う者達の被害も大きくなり、それに合わせて道具の消耗も激しくなってきているのである。
そのため、それを補充する役割を担っているサーシャ嬢とミレイ女史の負担も大きくなっているわけであり、アリッサ嬢はその事を心配しているのである。
だが、そんな心配をよそにサーシャ嬢達は笑顔を見せるのである。
「大丈夫だよ! この子達が頑張ってくれているから!」
そう返事をするサーシャ嬢に反応するように、彼女達の周りや錬金釜の近くで数体の紙人形や草人形がゆらゆらと反応を示すのである。
「そうかい。それならば良かったよ。それじゃあよろしく頼むよ」
「アリッサ嬢、我輩の心配はしないのであるか?」
毎度の如く心配から我輩を除外するアリッサ嬢への抗議に、彼女は何を行っているんだと言わんばかりに顔をしかめるのである。
「はぁ? 甘えてんじゃないさね。センセイの負担なんざたいしたことないでしょ」
「何を言っているのであるか、この人形達はすべて我輩に繋がっているのである。さすがにこの量の人形と繋がっていると、体が重いのである」
そう、この人形達は、作業復帰前にサーシャ嬢とミレイ女史に頼んで作ってもらった我輩用の魔法人形である。
錬金術を行うことができないのであるが、魔法人形との接続には問題が無かった事から、二人の気分転換を兼ね、どれだけの魔法人形と同時接続ができるのか調査を行ったのである。
結果として、現在の接続数に落ち着いたわけである。
本当ならばもう少し少ない方が支障がないのであるが、現在は非常事態である上、我輩は道具の出し入れくらいしかやることが無いため、許容量限界まで接続を行っているのである。
人形達は、この戦いが終わったら全て接続を切る予定である。
少々かわいそうな気がしないでも無いのであるが、元々そういうために作られている道具であるので致し方ないのである。
そんな状況の我輩に対し、身を案じるどころかあえてぞんざいな扱いをするアリッサ嬢に、言っては無駄だとは思いつつも、ついつい苦言を呈してしまうのである。
だが、当の本人はまったく意に介した様子を見せないのである。
「そうは言っても、別に死ぬわけでも生活に支障があるわけでも無し、問題ないでしょ」
「扱いが酷いのである」
「センセイの、今までのあたし達の扱いに比べりゃあ、まだまだかわいいもんさね」
我輩はそんなぞんざいに扱った覚えは無いのである。
「あの……アーノルド様? もしも、ご無理をされているようでしたら少し接続を切られては?」
我輩とのやり取りを聞いていたミレイ女史が心配そうにこちらを見るのである。
見ると、サーシャ嬢も心配そうにしているのである。
まったく、アリッサ嬢のせいで二人に余計な気を回させてしまったのである。
「アリッサ嬢のせいで二人が我輩を心配しているのである」
「何であたしのせいなのよ。そもそも意味のわからないアピールをしたセンセイのせいでしょうが」
「アリッサ嬢が我輩を除外しなければ問題なかったのである」
「あ? なんだい? 一人外されて寂しかったのかい?」
「そういう話ではないのである。わざわざ除外する意味がわからないという話である」
そんな我輩達のやり取りを見た二人から、
「あれだけ元気に喧嘩ができるなら、大丈夫……なのかな?」
「うーん……たぶん、大丈夫…………かな?」
というどこか安心したような戸惑ったような声が聞こえたのは良かったのであろうか、少々複雑である。
「向こうの方は大丈夫かねぇ」
少しばかり時間が押してしまったのであるが、作業もひと段落したので遅めの昼食をとっている最中、アリッサ嬢が唐突に口を開くのである。
「向こうとはどちらであるか」
「あー……辺境のほうさね」
現状、我輩達が気にしている場所は多数あるため、抽象的な表現だと会話が成立しないためにしっかり場所を述べてもらわないと会話がずれる可能性があるのである。
「ハーヴィーがまだ戻ってきていないため分からないのであるが、おそらく少し前と状況はまだ変わっていないのではないのであろうか」
「まぁ、数日で状況が大幅に変わるっていうのは無いと思うけどね」
現在、ハーヴィーは繁殖地で駆除活動を行っておらず、こちらと辺境の連絡役を担当してもらっているのである。
それは、彼が向こう側で戦力としては物足りないと判断されたという訳ではなく、単純に辺境側とのやり取りを適切に行えるものが他にいなかったという事である。
アリッサ嬢はここと繁殖地の間の輸送を担当し、ダンは現地の指揮、ドランは食料担当、ミレイ女史はここで道具の作製を行っており、サーシャ嬢とデルク坊は亜人種であるし、我輩は連絡役をするには体力が足りないのである。
そんなわけでハーヴィーが消去法でその役割を担う事になったという訳である。
代わりにという訳ではないのであろうが、現在向こう側にはセランフィア嬢が向かっているのである。
「仲間と戦う気さらさらはないが、貴様たちには世話になっている。魔物の駆除位なら手伝ってやる」
だ、そうである。
意識を取り戻した時と比べると、大分協力的になったものである。
我輩はそう受け取っていたのであるが、ダンやアリッサ嬢はそのまま敵勢力と合流するつもりなのではないかと疑っていたようである。
「本当にあの子を繁殖地に行かせるのかい?」
「もしも本当にアリッサ嬢達が言う通りになったとしても、それは彼女が決めた事なのである。我輩達には彼女の生き方をそこまで制限することは出来ないのである」
「言っていることは分からないでもないけどさぁ……」
魔法による洗脳が解けた今、彼女は自分がどう生きるべきなのか、何を信じるべきなのかを悩んでいると思うのである。
実際に敵勢力と相対し、そこで彼女が何を思うか。
それは分からないのであるが、彼女のこれからを考えると我輩はこうするのがいいのではないかと思うのである。
「それで、本当にセラにゃんが敵になったらどうするのさ」
「それは、アリッサ嬢達に任せるのである」
「無責任だねぇ……まぁ、正直なところ、あたしはセラにゃんが向こう側につくとは思ってないけれどね」
アリッサ嬢の言葉に、我輩も同意を示すのである。
その後、ダンの許可も得てセランフィア嬢はハーヴィーと入れ替わるように繁殖地へと向かったのである。
その際のハーヴィーの心配ぶりは過保護ではないかと思うほどである。
そうハーヴィーに言ったところ、
「アーノルドさんの、サーシャちゃんやミレイさんに対する過保護っぷりよりはましだと思いますよ」
と多少怒り口調で返されたのであった。
我輩、そんなに過保護にはしていないのである。




