いつかきっと
おれの名前はデルク。サーシャと兄妹の森の民で、ひいばあちゃんが錬金術師っていうすごい魔法を開発したんだぜ! だけど、おれは魔法は使えないから、サーシャを守る力をつけるために凄腕のダン兄ちゃんたちに稽古をつけてもらってるんだ!
「じゃあ、また少ししたら戻ってくるから待ってるんだよ」
「うん、分かってる。気を付けてねアリッサ姉ちゃん」
おれの返事を聞いて安心したのか軽く笑顔を見せて、普通は人一人では運ぶことができないほどの沢山の荷物や人を載せた荷車を軽々とアリッサ姉ちゃんは牽いて出かけて行く。
おれはアリッサ姉ちゃんの足音が聞こえなくなるまで見送ると、そのままある場所へと向かう。
『おはようございます! 今日も何か手伝えることはありますか?』
『おはよう。じゃあ、今日はこの布を洗ってもらえるかい?』
『はい! わかりました!』
おれは目の前のおじさんから血で汚れた布を受けとると、その場を離れて洗濯場へと向かう。
そこには、数人のおばさんや姉ちゃん達が既にいて、おれと同じように汚れた布や服を洗っていた。
『今日もありがとうね、デルク君』
『おれは、こういう手伝いしかできないから』
おれがそう言って洗濯を開始すると、隣にいた婆ちゃんが首を横に振って笑顔を向ける。
『十分だよ。あんたは力加減が上手だから助かるよ』
『そうそう! 男連中は力任せに洗うからすぐに繊維がボロボロになっちまうしね』
『あたし達だと、力が足りなくてちゃんと洗いきれない時もあるしね』
そういって、その場にいる皆がおれを褒めてくれる。
すこしばかり恥ずかしくて、でも嬉しかったりもするけれど、正直なところ複雑な気持ちだったりする。
おれはいま、集落にあるアリッサ姉ちゃんが荷車に載せて連れて来る大怪我をした戦士達の治療所の手伝いをしている。
やっているのはこういう血で汚れた布や服の洗濯や、食事の用意、そして感覚を取り戻すために訓練をしている戦士達の訓練相手をしているんだ。
『助かるけれど、デルク君は子供なんだからまだこんなことをしなくても良いのよ? こういうのは大人の仕事なんだから』
『子供とか関係ないよ。皆戦ってるんだ。おれもできることで皆の役に立ちたいんだ』
『偉いねえ、デルク君は手伝いもすごく真剣にやってくれるから助かるよ』
そうおばちゃんや、訓練に付き合ってくれる人たちも言ってくれているけれど、それはおれがいろいろ知っているからだ。
多分何も知らなかったら、おばちゃんが言ったように子供だからって何もしなかったかもしれない。
もしも、おっちゃんたちと一緒に色々なところに行っていなかったら、今の状況を知らないだろうから、遊び半分くらいでしか手伝わなかったかもしれない。
でもおれは今、魔獣の繁殖地で何が起きているのかを何となくわかっている。
本当は、おれも一緒について行きたかった。
おれが行きたいって駄々をこねたら、もしかしたら連れていってもらえたかも知れない。
だけどそれはとても迷惑なことだ。
家の近くだったら最近おれは、ミレイ姉ちゃんと二人で一緒に活動することが多くなった。
つまり、おれがミレイ姉ちゃんを守る護衛の役目を任されるようになったんだ。
だけど、やっぱり深いところに行くとどんなに少なくても絶対に3人で活動しなきゃいけない。
その場合は
ダン兄ちゃんかアリッサ姉ちゃん。
ハーヴィー兄ちゃんかドラン兄ちゃん。
おれかミレイ姉ちゃん。
必ずこの別れ方をする。
つまり、深部だとおれはまだ皆に守られながらじゃないとまともに行動することができないって、ダン兄ちゃんやアリッサ姉ちゃんに思われているということなんだ。
ちなみに、ダン兄ちゃんとアリッサ姉ちゃんは一人で深部を回ることもある。
ドラン兄ちゃんとハーヴィー兄ちゃんは、最近二人で組んで回ることが許されるようになった。
おれとミレイ姉ちゃんは、絶対にダン兄ちゃんかアリッサ姉ちゃんがいる3人よりも多い数じゃないと駄目。
それだけ、おれとドラン兄ちゃん達に大きな差があるっていうことなんだと思う。
おれは、それを攻撃力がないからだと思ってる。
正直、すばしっこさと体力だったらドラン兄ちゃんやハーヴィー兄ちゃんと同じか、もしかしたらもっとある自信がある。
おれは猫の獣人の血が濃く出ているし、大森林にいるときは力が沸いてくるし。
だけど、おれは力が無い。
前、帝都近くの魔の森っていう所で魔鶏蛇っていう魔獣と戦ったときも、おれは動きで相手を撹乱することはできたけど、攻撃する手段がなかった。
一応試してみたんだけれど、全く攻撃が通らなかった。
大森林じゃなかったから、いつもの力が出なかったっていうことや、相手が特殊な魔獣だったっていうのも少しはあったかもしれない。
けれど、探検家の兄ちゃん達と訓練してる時だって、おれは避けるだけ避けて相手が疲れた頃に、思い切り走って全力の突撃で倒す方法でしか戦えていない。
きっと、それが子供でまだ体が軽いおれの限界なんだと思う。
そんな戦い方だと、たくさんの魔物を一度に相手にする今回は邪魔になるだけだと思ったし、おれを守りながらなんか戦っている余裕はないと思ったから、傷が癒えた猫の獣人の兄ちゃんがアリッサ姉ちゃんに付いていくっていうのを聞いた時に付いていくのを止めたんだ。
猫の獣人の兄ちゃんが集落を出る前に話を聞いてみたけれど、やっぱり猫の獣人は素早い動きや音を聞く力がすごい代わりに、軽くて攻撃の力が弱いって言ってた。
おれは、もともと肉体的な力が弱い森の民の血もあるから、もっと攻撃の力が弱いんだと思う。
悔しいけれどおれは今回邪魔にしかならないからここに残って、向こうで傷ついて戻ってきた人たちがまた戦いに行けるための手伝いをすることがおれに今できるなんだと思った。
だから、おれは今こうして洗濯や食事や訓練に付き合って役に立てるように頑張ろうと思ったんだ。
みんな、今、自分ができることを一生懸命やってるんだ。
おれだけやりたいことができなかったからって、ふてくされている場合じゃないよね。
でも、いつか。
いつかおれも、みんなと同じように皆を守るために戦えるようになりたい。
だから……。
『デルク君、おれの訓練に付き合ってくれるか!』
『はい! 洗濯が終わったらすぐ行きます!』
『いいよ、残りはあたしたちがやるから行っておいで』
『早く、アリッサさんたちと一緒に戦えるように頑張りな!』
『は……はい! ありがとうございます!』
おばちゃんたちに後押しされて、おれは足早に獣人の兄ちゃんたちのところへと走っていく。
だから、おれはもっと強くなるんだ!
子供だからって、弱くていいわけじゃない。
戦える子供に、おれはなるんだ!
そんな気持ちを持っておれは、アリッサ姉ちゃんが戻ってくるまでこうして待つ。
いつか、きっと、ダン兄ちゃんたちが守られなくても大丈夫だって思ってもらえるように。




