慌ただしい工房の日々、である。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
魔物達の繁殖地へと向かう事になった我輩達であるが、様々な観点から別行動を取ることを決定するのである。
他の皆に比べできることが無いことを気にする我輩であったが、他の者達はそうは思っていないようである。
で、あるならば、我輩は今できることを懸命にやるだけである。
「おじさん! どんどん持ってきて!」
「わかったのである」
「アーノルド様! それが終わりましたらこちらもお願いします」
「了解である」
「おっちゃん! どれを持ってって良いの?」
「そこの箱に入っている分全部である。よろしく頼むのである」
「おじさん! 次もお願いします」
「わかったのである」
「アーノルド様……」
「おっちゃーん!」
フル稼働で作業を行うサーシャ嬢・ミレイ女史のための素材の運び入れや具現化した道具の移動を行い、デルク坊や、今は食事を作るためにこの場にいないアリッサ嬢に箱に入れた道具の運搬指示を出したりと、少し前の[自分は何もできない]といった感傷めいたあの一時はどこへやら、我輩はとても慌ただしい時間を過ごしているのである。
「なあ、人間」
そんな我輩の元に、セランフィア嬢が尋ねてきたのである。
いまだに我輩の事を他の者達のようにまともに呼ぶことはしないのであるが、そもそも彼女が話しかけるのが4人だけであるのでまぁ、よしとするのである。
最近はミレイ女史とも必要最低限の会話をするようになったらしいのであるが。
「どうしたのであるか?」
「なんでサーシャ達はあの薬草を素材にしないんだ? 私用の薬には使っているだろう?」
そう言って彼女は霊草を指すのである。
「気になるのであるか?」
「別に。ヒマだから聞いただけだ。二人は忙しそうだからな」
そう言ってセランフィア嬢は、機嫌の悪そうな表情をこちらに向けるのである。
なるほど、気になっているようである。
最近何となくであるがセランフィア嬢の反応が理解できるようになってきたので、我輩は彼女の質問に答えるのである。
「セランフィア嬢の薬は、二人掛かりで作っているものである。それでも成功率は現在6割程度といった所であろうか。それだけ霊草を素材に使用するということは難しいのである」
「つまり、今は質よりも量を求めているから一人づつで作業をしているということか」
「厳密に言えば、一人でできる最大の質と量を追い求めているといったところであろうか」
「……無茶なことをしているな」
そう言うと、セランフィア嬢は目を細めて作業をしている二人を見つめるのである。
その表情は少し心配しているようにも見えるのである。
「心配しているのであるか?」
「……当たり前だろう? あの二人が倒れたら、誰が湯浴み場に入れさせてくれるんだ?」
意地っ張りな性格であるなと思いながら、我輩はセランフィア嬢を見るのである。
いい加減、この生活やサーシャ嬢達に馴染んでしまった事を受け入れればいいのに、と、我輩は心より思うのである。
「アリッサ嬢がいるのであるが」
「あいつと二人だと、あちこち触ってくるからいやだ」
「では、一人で入ればよいのでは?」
「……………………あ」
杖を付いて歩いている状態とはいえ、彼女の体はかなり回復が進んでいるのである。
一応補助として誰かが一緒に入っているのであるが、おそらく一人で湯浴み場に入ることもできる筈だといった話を、数日前の団欒の際に聞いたのである。
その際、セランフィア嬢が心無いように見えるつんけんとした態度を取ったために、サーシャ嬢が泣きそうになってひと悶着起きたのである。
その時のサーシャ嬢の様子を見て相当狼狽えていたことからも、セランフィア嬢はかなりサーシャ嬢に心を許しているし、さらに言えば甘えているようであるとアリッサ嬢やミレイ女史は言っていたのであるが、すでに成人を迎えているセランフィア嬢が、いくら年上だとしても種族としてはまだ幼い子供であるサーシャ嬢にそんな子供じみた甘え方をするのはどうかと思うのである。
「おじさーん! お願いします!」
「わかったのである」
自分がその場しのぎのつもりで発した言葉の意味を知り、恥ずかしさからなのか、それとも認めたくないからなのか固まっているセランフィア嬢を置いて、再び作業の補佐を行うべく我輩を呼ぶ二人の元へと向かうのであった。
「お兄ちゃん、気を付けてね」
「分かってるよ」
「無理しちゃだめだよ?」
「分かってるよ」
「敵に遭っても突っ込んでいっちゃ……」
「しないよ! ドラン兄ちゃんやウォレスのおっちゃんじゃないんだから!」
兄妹と言うよりは、どこか姉弟のような雰囲気でデルク坊の心配をするサーシャ嬢に、少々煩わしそうな反応をデルク坊は返すのである。
確かにデルク坊はドランやウォレスとは違うのであるが、暴走する前科があるため信用が低めになってしまっているのは致し方ないと思うのである。
「大丈夫だよサーちゃん。集落に薬と道具を持っていくだけだからね」
「そうだよ! 別に現地まで行くわけじゃないんだからさ!」
いつも我輩達が使っている荷車よりも二回り位小さな[浮遊の荷車]を牽くことになっているアリッサ嬢の言葉に、まだ心配そうにしているサーシャ嬢を安心させるようにデルク坊は言葉を重ねるのである。
荷車には、数多くの薬や紙人形などの道具を載っており、二人はこれからこれを親御殿たちが住んでいる集落へ一度向かい、それから護衛役の森の民達と共に魔物たちの繁殖地へと運んでいくのである。
いくら障壁石や結界石をもち、優れた能力を有するアリッサ嬢とはいえ、さすがに二人きりではダン達のものまで向かうのは無謀である。
なので、一度森の集落を経由するわけである。
「セラにゃん、みんなを頼むよ」
「にゃんをつけるな。それに、私が敵であるお前らを守る理由はない」
アリッサ嬢の言葉に、セランフィア嬢がぶっきらぼうにそう答えるのである。
確かに、セランフィア嬢は敵対組織の者であるので言っていることはごもっともである。
だが、その言葉が全く信用がない言葉であるのもまた事実なのである。
我輩を守るかどうかは正直なところ分からないのであるが、少なからずサーシャ嬢とミレイ女史の事は守ると思うのである。
そんな彼女の手には弓が握られているのである。
これは腕の再生が終了し、感覚を取り戻す状態に移行したセランフィア嬢のために、ハーヴィーが形状などを考案し、それを元にサーシャ嬢とミレイ女史が作製したものである。
「敵である私に武器を与えるなど、正気か?」
「手先の感覚が戻ったら、貴様らに弓を向けるかもしれないと考えなかったのか?」
と、セランフィア嬢は言っていたのであるが、そう言って受け取ることを躊躇った時点で彼女の性格ではこちらに弓を向けることはほぼ無いと言って良いのではないかと思われるのである。
そうして弓を受け取った彼女は、時間があれば工房の外で練習を行っており、その効果なのか以前よりもさらに早く感覚を取り戻しているように思えるのである。
ここが彼女の住んでいた大森林内であるという事も関係しているのかもしれないのであるが、自分の好きな事や生きる目的の様なものがあるという事が回復速度の促進に一役買っていると思われるのである。
「あ、もしもセンセイがうじうじし始めたらその弓でぶん殴っていいからね」
「サーシャ達から貰った弓を、そんなくだらないことに使えるか」
「へぇ~」
「なんだ! ニヤニヤするな! 貴重な武器を、そんなことに使えるかっていう意味だ!」
「貴重な、ね。はいはい。じゃあ、行ってくるよ」
最後にもう一つからかいを入れて、アリッサ嬢はデルク坊を連れて集落へと向かって行ったのである。
「まったく……あの女は……」
そう言ってぶつぶつ文句を言っているセランフィア嬢を見ながら、我輩は彼女もだいぶ毒されてしまったなと思い、このまま我輩達と共にいてくれないものかと少しばかり思いつつ、先程出て行ったアリッサ嬢や、現地で戦っているダン達の無事を願うのであった。




