向かう者と残る者、である。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
大森林へと戻った我輩達のもとに、先に魔物達の駆除を行っていた親御殿たちがやってきたのである。
そこで聞いたのは今までになく苛烈で混乱した繁殖現場の様子であった。
やはり、敵勢力の活動も本格化してきたようである。
そこで我輩達も最大限の協力をするべく現地に向かうことを決めるのであった。
「全員乗ったか?」
「よろしくお願いします」
ダンの合図を聞き、荷車の上に乗っている親御殿が頭を下げるのである。
これからダン達は一度森の集落へと戻り、それから魔物達の繁殖現場へと向かうのである。
荷車に乗っているのは分隊の面々とドランとハーヴィー、そして妖精パットンとコルク・ミリア・プロトンといった魔法人形達である。
「コルク、わたしの分まで頑張ってね!」
「皆さんの補佐をしっかりするのよ、ミリア」
荷車の外で各々の魔法人形に声をかけるサーシャ嬢とミレイ女史の言葉に、任せろとばかりに2体の魔法人形達はゆらゆら踊るのである。
そんな様子を見ていたプロトンは何かを求めるかのようにこちらの方を見てゆらゆらとしているのである。
木製人形の2体と違いプロトンは紙縒り状の魔法人形なので、実際こちらを見ているかどうかは分からないのであるが、そう感じるのでおそらくそうなのであろう。
「……しっかり勤めを果たすのである」
我輩がそう言うと、プロトンも他2体同様に嬉しそうにゆらゆら踊るのである。
そんなに嬉しいものなのであろうか。
「こっちで作ったやつはあたしが責任もって運んでやるから安心しなね」
「途中で魔獣に襲われてやられるんじゃねえぞ」
「障壁石も結界石もあるし、デルっちもいるから問題ないさね」
「足手まといにならないように頑張るよ!」
からかうように笑っているダンの言葉に、同じような笑い顔を見せながらアリッサ嬢はそう答え、デルク坊はやや緊張したような表情でそう答えるのである。
アリッサ嬢とデルク坊は、我輩達がこちらで作った薬や道具を現地へ運ぶ役目を担当するのである。
そう、結局我輩達は今回も工房で待機することになったのである。
と言っても、それは我輩達が足手まといになるからという訳ではなく、工房外での道具の作製が魔法白金の手鍋や魔法金の容器といった小さな物でしか行うことができないため、大量に道具を作製するのに適さないのである。
なので、サーシャ嬢やミレイ女史はこちらで道具の大量作製を行い、現地では魔法人形達が手鍋や容器を使って道具の作製を行う事になったのである。
妖精パットン曰く、一度つながった構成魔力は意識を失って強制的に接続を切られたり、自ら意図的に接続を切らない限りは相当長距離繋がっていることができるらしいのである。
「どんなに離れていても、仲の良い存在に何かあると言いようのない違和感を感じるって現象あるでしょ?」
「虫の知らせってやつか?」
「そうそう。厳密に言うと違うけど、あれは相手と構成魔力が重なっている状態っていう事だよ」
「つまり、【意思】の構成魔力はそれだけ長距離伸ばせるという事であるか」
「原始的な構成魔力だからね。それだけ強力と言えるんだよ」
との事である。
そして魔法人形達が同行する理由は、もしもダン達や駆除隊に何か大きな問題が起きれば、魔法人形達から我輩たちに連絡がすぐ着くことにあるのである。
問題があるとすれば、人形達から伝わる情報は[何か大変な状況になっている]ということであり、詳しい事柄まではわからないということであるが、それでも何もわからないよりはだいぶマシである。
「そう考えると、こいつらは偵察任務にも向いてるっちゃあ向いてるのか」
「ダンおじさん…………」
「ま、こいつらはそういう目的の奴らじゃないからそんな使い方はしないさ。だから心配そうな顔をするなよ嬢ちゃん」
ダンの言葉を聞き、不安そうな表情をサーシャ嬢は見せるのである。
我輩たちの魔法人形は、錬金術の補佐や日常生活の手伝いをするために作られているものなので、そういった戦闘面においては全くといって良いほど活躍できるとは思えないのである。
できるとしても薬を持っていったり、構築の甘い障壁や結界を張る程度であろうか。
それはダンも当然理解しているので、先程言ったのはおそらく今後自分用の人形を作ることがあった場合のことを言っていたのであろうと思われるのである。
不安そうな表情を見せていたサーシャ嬢もダンの言葉を聞いてそれを理解したのか、どこかほっとしたような表情を見せるのである。
「こういう時のために、コルクもちゃんと戦えるように作りなおさないとダメかなぁ…………」
しかし、サーシャ嬢が気にしていたのは我輩の予想とは少々違ったようである。
彼女はどうやら、魔法人形達を戦場に出すことには抵抗があった訳ではなく、人形達が戦場で足手まといになることを気にしていたようである。
やはりそういうところは、大森林という厳しい環境の中で生きている森の民の一員であるということなのであろうか。
それとも、曾祖母であるノヴァ殿の血筋ということであろうか。
「じゃあ、行ってくる」
「生きて帰ってくるのである」
「当たり前だろうが」
我輩の言葉に笑いながらそう答えると、ダンはものすごい速さで荷車を牽いてここを発って行ったのである。
「……なぁ人間」
一気に姿が見えなくなったダン達を見ていると、セランフィア嬢が我輩に話かけてくるのである。
彼女の欠損部位は腕は再生がすべて完了し、下は立ち上がる事が何とかできる程度に再生が進んでいるのである。今は機能回復に励み、少しずつではあるが感覚を取り戻しつつある状況で、杖を付きながらであるが一人で歩ける程度に感覚は取り戻せているのである。
さすがに身体能力に優れる獣人というのであろうか、一度動きはじめると予想を張るかに超える速さで感覚を取り戻していっているのである。
近々、彼女の腕は弓を扱えるほどに感覚を取り戻せる気がするのである。
そんな彼女の呼びかけに我輩は応じるのである。
「なんであるか?」
「あの男は何の血が混ざってるんだ?」
「さぁ、わからないのである」
ダンは自分が何の血が混ざっているのかと言うことは一切言わないのでわからないのであるが、その能力の高さは他の人間、いや、他の亜人種達と比べても相当に高いのである。
なので、かなり特別な亜人種の血を持っていると思われるのである。
以前、妖精パットンが何かを言いよどんだ気がしたのであるが、それも何か関係しているのかもしれないのである。
まぁ、今そんなことを思ってもそれほど意味はないのである。
「皆も行っちゃったし、わたしたちもやれることを頑張ろう!」
「そうね。私達には私達にしかできないことがあるから」
そうやる気を見せる二人を見て頼もしく思いながらも、このような時に何も力になれない自分に歯がゆさを感じていると、軽く頭をたたかれるのである。
「何を思っているかわかるけどさ。センセイの背中を見てきたから二人がこうやって立派になったんだから、気にするんじゃないよ」
「そう言う考え方もあるのであるか」
「それに、センセイには二人が楽に仕事に臨める補佐をするっていう重要な仕事があるわけだから、そんな悠長な事思える状況じゃないさね」
「……そうであるな」
「そういう事。ほら」
そう言ってアリッサ嬢が指さす方向を見ると、サーシャ嬢とミレイ女史が我輩を呼んでいるのが見えるのである。
どうやら、我輩が思う以上に我輩はやれることがあるようである。
「感謝するのである、アリッサ嬢」
「良いって事さね。こうやって止まってるセンセイのケツを蹴り飛ばすのがあたしの役目でもあるさね」
「淑女がそう言う言葉を使うのはどうかと思うのである」
「アリッサが淑女……?」
「セラにゃん! そこに反応するんじゃないよ!」
「にゃんは止めろアリッサ!」
仲が良いのか悪いのか、くだらない言い争いを始める二人を放置し、我輩は若い錬金術師を支えるべく工房へと向かうのであった。




