森の工房での一幕、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
セランフィア嬢からの情報で、現在起こっている魔物達の大量発生を皮切りに、帝国の敵対勢力の侵攻作戦が開始されることを知った我輩たちは、森の民や獣人達が行っている魔獣達の駆除を手伝うべく森の家へと戻ることを決断したのである。
我輩達は今年の料理大会に参加するためにも、必ず生きて戻るのである。
「ただいま……うぉぉぉ……生き返るわ…………」
「おかえりなさい! お疲れ様でした!」
「おお。ありがとな嬢ちゃん」
家のドアを開けて中に入るなり大きくため息をつくダン達に、ねぎらいの声をかけながらサーシャ嬢は魔法で暖かめの湯を軽く含ませたる布を渡していくのである。
家の中の温度は魔法により快適なものになっているが、先程まで雪が降る中活動していたダン達にとっては物足りなかった筈であるので、サーシャ嬢の心遣いはありがたかった筈である。
ただ、この布は彼らを温めるというために渡している訳ではないのである。
「ほんと、この家は快適っすね。あっちの屋敷も快適でしたけど、こっちに来るとやっぱり全然違いますわ」
そう感想を漏らしながらドランは、泥と土埃と返り血なのか自分の血なのかわからない染みで汚れた装備品を外すと受けとった布で一度顔を拭き、それから装備品の汚れを拭っていくのである。
この時期は、水で装備品の汚れを落とすのは辛いのである。
現在我輩達は辺境の集落からノヴァ殿の工房へと戻り、付近の森の民や獣人らと共に魔獣や魔物の駆除を行っているところである。
と、言うのも意識を取り戻した敵勢力の一員である猛禽の獣人女性、セランフィア嬢から、
「魔獣・魔物の大量繁殖の最盛期に合わせ、帝国への侵攻を開始する計画になっている」
という話を聞いたからである。
どうやら、敵勢力はこの時期に大量に繁殖・発生する魔獣や魔物、そしてそれらを駆除しようとする亜人種達を襲って勢力を拡大させるということを繰り返してきたようである。
それだけ聞くと、現在敵の勢力はとてつもない事になっているように聞こえるのであるが、当然襲撃先も抵抗をするわけなので、それなりの被害も受けているようである。
それでも普通に活動しているときよりは割が良いという事のようで、ちょうど今回の繁殖期の襲撃で帝国に侵攻するために必要としていた規模に及ぶ予定になっていたようなのである。
「ただ、お前達の邪魔が入ってからかなり予定が狂っている。もしかしたら、今回の繁殖期の襲撃は、全勢力で行う可能性はある」
工房に着いた後に少し詳しく話を聞いてみたところ、セランフィア嬢はそう答えたのである。
これ以上は何も喋らないと屋敷では言っていた割には協力的になっているのが少々不思議であり、面白くもあったのである。
「……あの妖精に魔法をかけられて、言いたくもないが言わされているんだ!」
我輩の表情から何を言いたいのか察したのか、セランフィア嬢は妖精パットンを指差してそう怒鳴っていたのであるが、当の本人は急にそんなことを言われて苦笑いを浮かべていたのである。
完全に言い訳なのであろう。
セランフィア嬢は意地っ張りなのである。
そういうところが子供のようで可愛いげがあるように見えるのであるが。
セランフィア嬢の行動にそのようなことを思っていた事を思い出しながら、我輩はドランの言葉に返事をするのである。
「まぁ、それはこの家が人間では再現できない魔法技術で作られているからであろうな」
「わかりきったことを言って得意そうな顔してんじゃねえよ」
装備品の手入れをしているうちに体も温まり余裕が出てきたのか、ダンが我輩に絡んでくるのである。
いちいちいちいちどうでもよいことで絡んでくる男である。
「私は湯浴み場の魔法陣を発動してきますね」
「ああ、助かるよ。わかっていたけれど、この時期はさっむいねぇ……。デルっち、釜に火は入ってるのかい?」
「うん。これからご飯を作ろうと思ってたから火は入ってるよ」
「そうかい。じゃあ、食事はあたしが作るかねぇ。ああ、寒い寒い」
湯浴み場の湯を張りに行ったミレイ女史にアリッサ嬢は礼を言い、デルク坊に確認を取るとぶつぶつ文句を言いながら炊事場へと足を運ぶのである。
今日はもともとデルク坊が炊事番であった筈であるが、アリッサ嬢は料理をしがてら少しでも早く体を温めたいようである。
そんなアリッサ嬢の様子を、ダンは不思議そうに見るのである。
「あいつ、犬の癖に寒さに弱いんだよな」
「犬ではなく犬の獣人である。犬の特性を持っているだけであって…………」
「わかってるって。言葉のあやだろうが」
そう言ってごまかすようにおどけるダンであるが、周りの反応は冷ややかである。
「今のは酷いと思うなぁ、ダンおじさん」
「俺は気にしないっすけど、今のを聞いて面白くないと思う奴も当然いるでしょうなぁ」
「儂の教え子が、こんな品性の無い人間だとは思わなんだの」
「今の言葉は全ての獣人に対する冒涜と見なしてよいか? 人間」
「いやいやセランフィア嬢。今のは人間の総意ではなく、あの残念な男の残念な思考なのである」
「酷くねぇか!?」
全員の集中砲火に抗議の声を上げるダンを無視し、我輩は話を続けるのである。
「それでドランよ。装備の感じからするに魔獣の数は増えて来ているのであるか」
我輩の言葉にドランは嬉しそうに大きく頷くのである。
「そうっすね。だいぶ増えてきた感じはしますぜ。パットンの魔法や結界石が無かったら間違いなく夜は寝かせてもらえんですぜ!」
ドラン達は今、工房を数日間離れて戻ってくるという事を何度か繰り返し、これで半月ほどになるのである。
休憩の際は妖精パットンの魔法と結界で安全を確保しているのであるが、基本的には妖精パットンの認識阻害の魔法は使用していないのである。
と、いうのも、このあたりの敵性生物であれば、今のダン達であればほぼ問題なく対処できるというのもあるのであるが、この時期の活動・戦闘の実践訓練を兼ねているのである。
今彼らは活動する際に、障壁で足場を作りそこで活動・戦闘を行っているのである。
すでにダンは障壁を利用した戦いを行っているのであるが、他の者もそういう珍しい戦い方に慣れることで、このあと起きる敵勢力との戦闘を少しでも有利に展開させようということのようである。
おかげで、サーシャ嬢や魔法人形達は亜人種達の薬などの作製も行い、ダン達の結界石や障壁石の作製を行わなければならないので非常に忙しいのである。
我輩はまだ錬金術を行うことができないため、二人の補助として素材を用意するため毎日朝から晩まで倉庫と工房を行ったり来たりで少々筋肉が鍛えられてきている気がするのである。
肉体労働は向いていないのである。
それにしても、である。
「何でそんなに楽しそうなのであるか」
我輩はにまにましながら装備品の手入れをしているドランに質問をするのである。
先程の話からしても、魔物達の数も増えつつある状況であるので楽しい状況ではない筈である。
「いやぁ、こんなに緊張感のある日々は久しぶりだったもんで。こういうときに探検家って良いもんだなって思うんですわ」
ある意味では予想通りなのであるが、戦闘馬鹿っぷりを遺憾無く発揮するドランの返答に我輩は呆れるのである。
「毎日戦闘訓練していたはずであるが」
「訓練と実戦は違いますぜ! 旦那も出てみればわかりますぜ」
「遠慮するのである」
命の危険があるのに、あえてそこに身を投じるのが楽しいなど狂気の沙汰である。
我輩は絶対にそんな所に身を投じたくないのである。
まぁ、実戦と訓練は違うというのはわかるのである。
錬金術でも仮説と試験結果が違うことはよくあるのである。
そういう点では実践が重要であるということは理解できるのである。
そう思うのであるならば、ドランはもう少し錬金術の試験に協力してくれても良いのである。
「そういえば親父さん達がこちらに来るのはそろそろだっけか?」
「予定通りであれば後2・3日ほどであるな」
集中砲火から立ち直ったダンの質問に我輩は答えるのである。
工房に戻った我輩たちが最初に行ったのは大森林の集落に行き、駆除の手伝いを申し出ることであったのである。
ただ、すでに親御殿達の隊を含む駆除担当の者は外へ出て行ったため、彼らが戻ってから合流する手筈になっているのである。
「じゃあ、それまではじっくり体を休めますかねぇ」
装備の手入れが終わったダンはそういうと、体を伸ばしてソファに横たわるのである。
「アリッサさん、湯を張りましたよ」
「はいよ! もう少し待っててね! 具材を入れたら入るさね」
「だったら私も連れていけアリッサ」
「あ! じゃあわたしも入る!」
「じゃあ、ミレちゃんも行くかい?」
「え? 私は…………」
「人間はダメだ!」
「そういうのは良くないよ! セランフィアさん!」
そんな女性陣の会話を、ギリー老が微笑ましく眺めているのである。
「若いのぉ……」
「覗きに行くなよ、爺」
「しないわい!」
そのような大変であるが、どこかいつも通り何とかなるだろうという感じで過ごしていた我輩達であったが、それが違うというのは数日後、親御殿達が工房にやって来た時にわかるのであった。




