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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
12章 我輩の変化と覚醒した獣人女性、である
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大森林の片隅で


 帝国の東にある大森林、その危険な場所を一人の青年が息を切らしながら走っていた。


 しかし彼の足は深部へと向かっており、大森林に間違えて入ってしまったのではない。


 彼の周りには魔獣や魔物等の敵性生物は存在せず、そういったものから逃げているわけでもない。


 だが、彼は逃げている。


 それは、自分を唆し陥れた帝国から。


 それは、自分の野心のために大切な仲間や恩人を裏切ってしまった罪悪感から。


 それは、自身が引き起こしたこと出来事をきっかけにして、これから領地に起こるであろう出来事から。


 そして、


 それら全てを含めた、辛い現実から。







 どれだけ走ったのだろう。

 息が上がり、足も上がらなくなってきた青年は足を止め、辺りを見渡す。


 だが、どこを見ても広がっているのは生い茂った木々である。


 後ろを振り向いてみるが、自分がどこをどう通ってきたかすらもう分からない。

 つまり、彼はもう元居た場所へと戻ることは出来ない。


 そこでふと気持ちが落ち着いてきた彼は、自分の周りには生き物の気配が全くないことに気付く。

 聞こえるのは、時折吹く風によって起こる木々のざわめきのみである。


 何も考えていなかったが、漠然と大森林の深部に向かって進めばそこにいる魔獣や魔物に襲われ、辛い現実から解き放たれて楽になれると思っていた彼は、当てが外れたことで我に返る。


 もしも魔獣や魔物が一思いに自分を殺すような生き物でなかったら。


 季節はまだ実りが始まる前の季節、可食できる物は見た限りでは見つからない。

 つまり、このまま目的とする場所も分からず、戻ることも叶わず宛もなくさまよい続け、食べるものも飲むものも見つからぬまま動けなくなって死んでいくような事になったら。


 そう思った瞬間、彼の心に一つの強い感情が芽生える。


 絶望・贖罪・後悔。

 

 こういった状況に陥った時、その者の性格や資質で芽生える感情はさまざまである。


 彼に芽生えた感情は、


 怒り。


 心の底からふつふつと湧き上がるどす黒い怒り。


 (なんで俺はこんな目に遭っていなくてはいけないんだ?)


 ー それは、彼の高い自尊心から起こる怒り ー


 (そもそも俺は悪くない。悪いのは、俺を唆したあの視察官だ)


 彼は思い出す。

 皆の前で実演を行う少し前に視察官から、


 「この魔法技術が非常に素晴らしいものであると証明されたら、君をこの技術の普及担当責任者として帝都に引き立てようと思っている」


 と言われたことを。


 帝都に行くのは夢だった。

 帝都で要職につけるという事は、つまり貴族の仲間入りを果たすという事だ。

 だから俺は、予定になかった工程を入れて自分の優秀さを示そうとした。


 あいつのせいだ。

 あいつが余計なことを言わなかったら……。


 ー それは、自分本位な責任転嫁から起こる怒り ー


 そもそも、何で俺が実演をしなきゃいけなかったんだ?

 別に他の連中でも良かったじゃないか。

 俺が一番優秀だからって、俺を陥れようと画策していたのか?


 俺は悪くない。

 俺は何も悪くない!


 ー それは、現実逃避からくる怒り ー


 俺は悪くない。

 悪いのは俺を騙した帝都の奴らだ。

 俺は悪くない。

 俺は悪くない。

 悪いのは俺に責任を押し付けたあいつらだ。

 俺は悪くない。

 俺は悪くない。

 俺は悪くない。

 悪いのは、わるいのは、ワルイノハ……

 オレに……おかしなギジュツヲ教えた……アノ……女ダ!!


 帝国も、ニンゲンも、アじんしゅも……ミンナ……敵ダ!!!!!


 そう思う彼の周りには、白い霧がいつの間にか漂っていたのだった。


 それが、彼が残っている最後の記憶だった。






 『……サマ……父…………』


 自分を起こすような声が聞こえ、その者はゆっくりと意識を覚醒させていく。

 別に眠らなくても問題のない体になったが、ヒマになってしまうと人間だった時の癖でつい眠ってしまうことがある。

 今回もどうやらそうらしいとその者は理解する。


 そして一度眠りにつくと、起こされるまではいつまでも眠ってしまうという不便な体になってしまった。

 そのようなことを思い少々自嘲気味に笑い、その者は先程の夢を思い出す。


 それは強い怒りと恨みの記憶。


 自分が、()()()()()()()()()()()時の記憶。


 『父サマ、起こしてしまいましテ申し訳ごザいません』


 少々の懐かしさを感じつつ、申し訳なさそうに自分に向かい頭を下げる青年に、[父]と呼ばれたその者は問題ないとばかりに軽く手をあげると、青年に質問をする。


 『気にするな。それで、どれだけ寝ていた?』

 『凡ソ、3年程かト』

 『そうか』


 そう答え、[父]は青年を見る。

 [父]の姿は人間であった当時のまま。

 当然亜人種である青年とは血の繋がりは無い。

 だが、彼は自分の息子であり、分身なのだ。


 そう、文字通り分身。

 彼の中には、自分の()()()が入っているのだ。


 なので、基本的に目の前にいる者は眠っている自分を起こしに来ない。

 自分がいなくても直下の分裂体である彼であれば、ほぼ問題なく集団を統括できるからだ。

 起こされるときは何か不測の事態が起きたか、自分が興味を惹かれるであろう出来事があったとき。


 前回起こされたのは十数年前。

 大森林の奥地でこのあたりでは見たことの無い獣人達の集落を発見したときの事だった。

 ちょうど、その近くにあった夜の一族の集落を壊滅させたばかりだったので、新しい分裂体達の魔法の力を試させるために集落の襲撃を命じた。

 結果は上々で、視力に優れた連中の目を欺くことに成功し、ほぼ完璧といっていい程襲撃を行うことができた。

 ただ予定外だったのが、指揮を任せた分裂体が取り付いていた獣人の性格が非常に残虐で好戦的な性格だったらしく、集落の者達を捕らえることなく蹂躙してしまったことだった。

 おかげで、彼らの高い視力を得ることができなかったのは非常に残念だった。


 しかし、その中で運よく生き残っていた子供がいたので不幸中の幸いだった。

 自分の特性として乗り移ればその種族の力を得ることができるが、そのためには何体もの素体となる存在が必要になる。

 分裂体達と違い、能力に上限が今のところ見えていない代わりに成長に必要な素体が多く必要なのが自分の弱点なのだ。

 なので、壊滅させた夜の一族の者達を糧としてえた私の意思の魔法の実験台として子供を利用することにしたのだ。


 植付けたのは、人間に対する憎悪と襲撃したのは人間だという偽りの記憶。

 そして、自分への盲信と感情の一部の制限。


 [父]の分裂体達は当然人間への憎悪を抱いているが、そうでなければ亜人種は基本的に人間に好意的である。

 なので、そのままにしておくといざ人間を相手にした時に、ためらいが生じる可能性があったからだった。


 感情を制限したのは、あまり強い感情を抱くと下位の分身体達が餌と勘違いする可能性があったからだ。

 感情というのは【意思】の構成魔力の動き。

 それを制限することで【意思】の構成魔力を抑え、下位の分裂体や配下の魔物達に餌と認識させないようにしたのだ。


 そうして十数年、子供は[父]を制限された感情の中で精一杯慕い、立派に成長して優秀な人間や人間に友好的な亜人種への復讐人形となり、分裂体や配下の魔物や魔獣達と共に各地で活動を行うようになった。


 [父]にとって、獣人の子供を育てた事は非常に貴重な出来事だ。

 帝国にいて普通に生活していればきっと叶ったであろうそれを、謀略や責任転嫁のために妨げた帝国や人間に対し、より強い恨みを抱くことができたからだ。


 そう思いながら分裂体の報告を聞いていた[父]は、耳を疑う事を報告を聞くことになる。


 それは、自分たちに対抗する優れた能力を持つ人間の存在と、娘のように育てた子供がその人間たちの手によって殺されたという事である。


 『……それは本当なのか?』

 『はい……残念ながラ本当デす。南の大森林にある活動拠点ノ再奥デ、蛇海竜の死体と私の分裂体ノ肉片、そしてセランフィアのものト思われる腕と足の一部ガ見つかりました』


 その報告を聞いた[父]は思考を開始する。


 本当にそれは人間だったのだろうか。


 セランフィアが何者かによって殺害されてしまった事、それはまあありえなくはない。

 どの種族にも、分裂体やセランフィアよりも優れた能力を持つ者達がいる。

 そういった者と運悪く遭遇すれば、当然やられる可能性は十分あり得るからだ。

 しかし、それが人間であるという事は元人間である[父]からしたら信じられない事であった。


 しかもその人間達はそれ以前から亜人種達と結託し、計画の邪魔を行っているらしい。


 深部に人間が入り込み深部の魔物達と互角以上に戦えていることも、人間が亜人種と結託することも[父]にとっては信じがたい出来事である。

 信じがたい出来事であるが、その実例を実際に数百年前に[父]は体験していることを思い出す。


 つまり、何かの拍子で亜人種と関わりを持った人間が個人的に亜人種達に協力をしているという、自分たちの時の逆の状態だという事だ。

 しかし、それだけではその人間の能力の高さを説明できない。


 そう思っていると、報告の中に気になる言葉があったことを[父]は思い出す。


 それは、分裂体達が人間に初めて遭遇する少し前から亜人種達が妙な紙人形を持ち歩くようになったという事である。

 その紙人形には分裂体達を誘う不思議な効果があるらしく、おかげでうまく取り憑くことができなくなったようなのである。

 そして、そのころから亜人種達が魔法の薬を持ち始めるという奇妙な出来事も増えたのである。

 致命傷になるような傷もその薬があればたちまち回復していくため、当然今まで以上に亜人種の抵抗は激しくなり、ここ一年は勢力を拡大できなかったどころか寧ろ削られてしまっている状況のようだ。


 にわかには信じられない事ではあったが、[父]には一つ心当たりがあった。


 - 遺っていたのか。それとも誰かが帝国に隠して遺していたのか ー


 自分の知るその魔法技術であれば、もしかしたらそういった物を作り出すことができる可能性はある。

 師であった女性が言っていた、[人の創造力さえあれば、何でも作ることが可能だ]と言っていたあの技術ならば。 


 自分を陥れた技術が、再び自分の邪魔をする。

 娘のように育てた獣人の娘も殺される。


 これ程に腹立たしい、恨めしいことはあるだろうか。


 そう思う[父]は、次の報告でまた別の感情を得るのである。


 『現在、魔獣・魔物大量繁殖ノ兆候が出ておりマす。これで、計画を実行できる段階へ進めるト思われます』


 魔物達の大量繁殖、それは絶好の勢力拡大の機会である。

 魔物達は当然、それを駆逐するために集落を離れた亜人種達、それに手薄になった集落。

 [父]達にとって、大量繁殖の時期はその混乱に乗じて各地を襲撃し勢力を、そして能力を一気に強化する絶好の機会なのである。

 そして、今回の大量繁殖の最盛期が本格的な帝国侵攻の狼煙となっているのである。


 なるほど、神は私に最高の復讐の機会を与えてくれたわけだ。


 その様なことを思い[父]は、目の前の分身体に告げる。


 『わかった。……今回の大量繁殖は帝国に対する狼煙だ。全勢力をもって一気にすべてを飲み込み、そのまま帝国に侵攻する!』


 [父]の言葉に分裂体は仰々しく礼をすると、そのままその場を後にする。

 おそらく今の言葉を自身の各分裂体に伝え、そして即行動に移すのだろう。

  

 帝国よ。

 忌々しい帝国よ。

 今こそその喉元を食い破ってやる。


 [父]はそうほくそ笑む。


 そして、


 ノヴァ先生、あんたのせいで俺はこうなった。

 あんたが愛した人間を、人間のために作った魔法技術を……


 ……ここで全てぶっ壊してやるよ。


 そう思う[父]の周りにはその恨みの具現化ともいえる、どす黒い霧が漏れ出るのであった。




 これは、アーノルドたちが霊木の集落から辺境の集落へと戻っているときの事。

 大量繁殖の最盛期は雪解けの季節。

 アーノルド達と[父]達の衝突は間近である。





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