第三の可能性、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
セランフィア嬢との会話に臨んだ我輩であったが、妖精パットンのせいでその日は会話を行うことができずに結局終わってしまったのである。
ただ、後日改めて会話の機会を設けてもらった我輩は、自分の考えをセランフィア嬢に述べていくのであった。
『本命……だと?』
『そう。これも確率は低いかもしれないが、妖精が協力したというものよりは可能性はあると思われるものだ』
我輩の、というよりも我輩たちが考える状況的に一番しっくり来る可能性をセランフィア嬢に説明するのである。
『それは、あなたを助けたという人間に恨みを持つという魔の冠を抱いた者。その者が集落を襲撃したという可能性である』
我輩の言葉にセランフィア嬢は何も言わず、ただ我輩の言葉を聞き逃さないようこちらを見るのである。
意識を取り戻してそれなりの期間が経ち、曖昧であったセランフィア嬢の記憶もだいぶ整理され、いくつか新しい話もハーヴィーやサーシャ嬢を通じてであるが知ることができたのである。
それによるとセランフィア嬢は、集落を人間に襲撃された後、偶然そこを通り掛かった魔の冠を持つ者に保護されたのである。
その者はセランフィア嬢同様に人間に強い恨みを抱いていたため、セランフィア嬢は今までその者と行動を共にすることにしたそうである。
その者は自分と同じような人間に恨みを持つ者達を集い、また、自身の持つ強い従属の魔法で魔物や魔獣を従え、勢力を伸ばしていたのである。
そして、その勢力拡大の一環でリスの獣人達を襲撃した際に遭遇したのが我輩であったのである。
『……彼は……命を救ってくれた恩人だ』
『だが、今になればわかるのだろう? それがおかしいという事が』
力無くそう反論したセランフィア嬢であるが、我輩の言葉を聞くと再び黙るのである。
セランフィア嬢を保護した魔の者は従属の魔法と言っていたのであるが、それはつまり意思の魔法である。
意思の魔法を使えると言うことは認識阻害や意識操作の魔法を使える訳であり、人間が襲撃してきたと思い込ませることも当然できる訳である。
この魔の者が認識阻害の魔法の試験として、目の優れた猛禽獣人の集落を襲撃したと考えれば納得できるのである。
それは、集落を襲撃される前に何度か魔獣や霧の魔物に憑依された亜人種や獣が出現したという話からも、本格的に襲撃する前に小競り合いをして襲撃先の調査を行うという勢力のやり口が伺えるのである。
また、魔の者がセランフィア嬢に人間に対する憎しみを植え付けるために記憶を改竄した可能性もあるのである。
ただ、それに関しては以前妖精パットンが言った通り、死に瀕するほどまでに減少した【意思】の構成魔力のを治療したことにより、彼女本来の構成魔力と魔法によって書き換えられた構成魔力が混ざり合ってしまい、境界がより曖昧になってしまっているため、どうやら意思の魔法の影響下にあったという事までは分かったのであるが、それがどの程度でどういったものであったのかまでは分からずじまいなのである。
なので、セランフィア嬢の記憶では集落を襲撃したのは人間が3人というものであったが、それが本当の記憶なのか、書き換えられたものなのか、それとも魔の者による認識阻害の魔法で実は他にも襲撃した者がいたのかという事も分からないのである。
そういう点で、二つ目の可能性は低いと考えられるのである。
認識阻害の魔法を使える協力者がいたのであるならば、わざわざ襲撃の際に姿を現す必要がないし、また、セランフィア嬢にわざわざ人間が襲ったという記憶を残しておくこと必要がないのである。
仮にあるとしたら、それは帝国に仇をなす人間であるので我輩にとって倒すべき存在なのである。
そのような不届き者が帝国にはいないことを願うのである。
しかし、本当に意思の魔法は便利であり、非常に厄介である。
……意思の魔法を遮断する結界を作リ方でも考えてみるのである。
と、少々頭の中でいろいろ脱線していた我輩であったが、これはセランフィア嬢に対して誠実では無いと思いセランフィア嬢を見るのであるが、彼女はまだ我輩の言葉を受け止めるのに必死なのか我輩のそのような態度には気付いてはいなかったのである。
なので、我輩は気を取り直して意識をセランフィア嬢の方に戻すのである。
『全ては可能性の話でしかない。どれが真実かは分からない』
『わかってる』
そう答えるセランフィア嬢であるが、自身でもある程度はどれが真実なのかというのは恐らく理解しているのであろう。
集落での民の生活ぶりや、時々中庭でドランが半ば強制的に連れてきた探検家達との戦闘訓練において、自分よりも実力が劣るデルク坊やハーヴィーにあしらわれる探検家たちの姿を見たりしていれば、自分の認識との差異に違和感を感じるのは当然である。
セランフィア嬢の記憶通りであるならば、ハーヴィーよりも実力が上の戦士たちがいた彼女の集落を三人の人間だけである。
実力的にはアリッサ嬢やウォレスレベルは最低でもあるはずである。
繰り返しになるのであるが、そんな実力者たちであれば噂程度にも帝国内で話に上がっててこないわけがないのである。
また霧の魔物であれば、そこに住む者達を殺すなどという事はしないのである。
なぜならば、彼らは魔物にとって貴重な食糧であり、成長を促進するための素材でもあるからである。
かなり成長して人並みの思考力を得た魔物であるならば、悪戯に命を奪うような行動をとる可能性もあるかもしれないのであるが、それであればもっと様々なところでこういう被害が起きていると思うのである。
そうなるとやはり、今我輩が言った事が一番可能性があるような気がするのである。
『他の可能性は無いのか?』
『もしかしたらあるのかもしれないが、今の時点では思いつくことが無い』
『そうか……わかった』
セランフィア嬢はそう言うと、窓のほうに視線を移すのである。
どうやら、話すことはもう無いという事なのであろう。
我輩の話はセランフィア嬢にとって有益なものになれたのであろうか。
もしかしたら、何も得るものが無かったのかもしれないのである。
ただ、我輩は自分にできることはしたつもりである。
それがセランフィア嬢の希望するものに足りなかったのであれば、それは仕方のないことである。
『では、私はこれで』
そう言って我輩は部屋を出ようとドアに向かおうとしたのであるが、
『まて』
そう、セランフィア嬢は引き止めるのである。
『何か?』
我輩の問いかけに、
『私には、何が本当なのかがもう分からない』
セランフィア嬢はそう力なく答えると無言になるのである。
しばらく無言が続いたのであるが、再び言葉を発するのである。
『……ただ、私から情報を得ようとするだけならば、ここまで温情をかける必要もないことは分かっている』
確かに敵集団の情報を得るためだけにセランフィア嬢を覚醒させたのであるならば、ある程度意識がはっきりしたところで妖精パットンの魔法で半ば強制的に聞き出せばよいので、欠損部位の再生もする必要なないし、彼女の希望をかなえて集落の案内をするなどといった、いわゆる懐柔策のような事をする必要はなのである。
それらも別に懐柔策という訳で行っているわけではなく、ハーヴィーの祖になる獣人である彼女を救いたかっただけであるし、もっと単純に言えば救える者は救いたかっただけであるが。
『だから、その借りだけは返そうと思う』
そう言って、彼女は一つの情報を我輩に伝えるのであった。




