セランフィア嬢との会話、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
湯浴み場を通じ、サーシャ嬢やアリッサ嬢と交流を持つようになったセランフィア嬢。
そんな彼女から話があると呼ばれるのである。
どうやら知れば知るほどに自分の記憶に存在するものと実像の人間の差異に戸惑っているようである。
そんな彼女に、我輩は自分の考えを伝えるのであった。
「お前の考え……言ってみろ」
「その前に一つ良いであろうか」
「……なんだ?」
我輩は会話を始めたときからずっと気になっていたことを尋ねるのである。
「妖精パットンは何で姿を隠しているのであるか?」
「妖精……?」
我輩の言葉に、セランフィア嬢は怪訝な表情を浮かべるのである。
「そうである。今、我輩はセランフィア嬢の発する言葉は人間の言葉で認識されているのである。おそらくであるが、そちらでは古代精霊語で我輩がしゃべっていると認識しているはずである」
「ああ。そうだ」
「それは妖精パットンの持つ意思疎通の魔法によって、互いの言葉がもつ意思を相手にわかりやすい言語として認識させているのである」
未だに翻訳魔法を模倣した錬金術の道具を作れていない現状、互いに別の言語を用いて会話が成立するのは妖精パットンの魔法以外には考えられないのである。
さらに、基本的に面倒くさがりである妖精パットンが意思疎通の魔法を屋敷全体に影響するほど展開するとは考えられないし、意思疎通の魔法は術者をを中心として発動する筈なのである。
つまり、この部屋に妖精パットンがいる可能性が非常に高いのである。
そんなことを思っていると、
「ねぇ、何でキミはそういうことを今この場面で正直に言ってしまうんだい? 皆で集落を回っているときだってそんなこと一度も言わなかったじゃないか」
と、呆れたようにそう言い、部屋の一角から妖精パットンが姿を現すのである。
「日常的な会話しかしない集落の散策と、こういう場面を一緒にするのはおかしいのである。おそらくセランフィア嬢は、大切な話をするために葛藤する心に折り合いを付け、人間である我輩に声を招いたのである。そんな彼女の気持ちを思えば、妖精パットンが隠れている状況を知ったうえで会話をするのは不誠実であると判断したのである」
「キミのそういうところは好感が持てるけどね。もう少し狡くなっても良いと思うよ」
「よ……妖精……。い……いつの間にいたんだ?」
我輩達が会話をしている中、突然出現した妖精パットンに驚いた様子を見せていたセランフィア嬢は、何とか質問を繰り出すのである。
「キミが下にいた錬金術師アーノルドに声をかけたいけれど、人間に自分から声をかけたくないと意地を張ってどうしようかとあわあわして、近くにあった水差しに手を伸ばした辺りからかな」
「な……!」
「別にそのままいなくなっても良かったけれどさ、何か大事な話をしそうな感じだったから、ボクの魔法で意思疎通を容易にした方が良いと思ったんだよ」
愕然とした表情で妖精パットンをるセランフィア嬢に、妖精パットンは飄々とした様子でそう答えるのである。
おそらくであるが、ちょうど空を遊泳していた妖精パットンはセランフィア嬢のその様子を偶然目撃し、そのまま窓から部屋に侵入したのであろう。
気を利かせてくれたのであろうが、姿を隠しての行動はセランフィア嬢からしたら裏があるようにも見られてしまうので止めてほしかったのである。
「ボクがいるって知ったら、キミは会話をやめそうだったしね。なのに錬金術師アーノルドがばらしちゃうんだもん。意味ないじゃんか」
「むしろ姿を隠して盗み聞いているという状況のほうが良くないと思うのである。なので、妖精パットンは外に出ているのである」
「え~? 大丈夫?」
「セランフィア嬢もその方が良いと思うのである。そうであろう?」
そう言って我輩はセランフィア嬢に話を振るのであるが、セランフィア嬢は俯いたまま全く反応を示さないのである。
いや、心なしか体が震えているように見えるのである。
「セランフィア嬢?」
我輩がもう一度声をかけるとセランフィア嬢は顔を勢いよくあげ、
「…………お前ら二人ともここから出ていけぇぇぇぇぇぇ!!」
と、力の限り叫ぶのである。
その顔は赤く染まり、怒っているように見えるのである。
どうやら妖精パットンのせいで不興を買ってしまったようである。
「ちょっと待つので…………」
「うるさい! 黙れ! お前達なんか嫌いだ!!」
どうにか宥めてみようと試みたのであるが、取りつく島も無い様子であったので我輩達は部屋を後にすることになったのである。
「妖精パットンのせいで、セランフィア嬢を怒らせてしまったのである」
「ボクのせいじゃないよ。というよりも、彼女怒ったというよりも、自分の行動を見られて恥ずかしかった方だと思うよ」
「結局妖精パットンのせいなのである」
「ボクのことを黙っておけば良かっただけだと思うよ」
こうして、部屋を追い出された我輩達は互いに責人を押し付け合うことになるのであった。
絶対に我輩は悪くないのである。
『今日は妖精はいないだろうな』
『私だけだよ』
『本当か?』
『そこは信じてもらうしかないと思う』
我輩の言葉を聞き不審げな表情を浮かべていたセランフィア嬢であったが、軽くため息をつくと、
『まぁ良いさ。今度こそ話を聞かせろ』
と我輩を見るのである。
妖精パットンの邪魔が入ったため、あの後我輩は再びセランフィア嬢から接触を避けられていたのであるが、後日アリッサ嬢を介する形で再度の面会の機会を得ることができたのである。
我輩が入室すると、まるで妖精パットンを警戒するようにあちこちに視線を移しているセランフィア嬢の姿が映ったのであるが、認識阻害の魔法がかかっている妖精パットンをその程度の警戒で認識できるとは到底思えないのである。
現在妖精パットンはこちらにやってきた貴族の応対のためにシンとアリッサ嬢に捕まっているので、こちらには来れない筈なのである。
『ではあらためて、私の意見を言わせてもらう』
我輩がそう言うと、セランフィア嬢は一言一句聞き逃さないといった様子でこちらに視線を向けるのである。
『考えられることは三つ。一つは、森に入った人間に霧の魔物が取り憑いた場合である』
『それはない。私の集落には霧の魔物に取り憑かれた者を見分けることができた者が数人いた。だが、その誰もが大丈夫だと言っていた』
『それはどこで判断していたのか聞いていいか?』
『その者達は、魔物に取り憑かれた者は姿が揺らいで見えると言っていた』
『その者達は魔法を使えたのか?』
『私の集落には魔法を使えたものは誰もいない』
セランフィア嬢の説明を聞き、おそらくであるが彼女の集落には夜の一族との混血で、尚且つその血が強く出ていた者がいたのだと推測されるのである。
そのため、魔法が使うことは出来なくとも意思の構成魔力の異常を視覚で読み取ることができたのかもしれないのである。
『なるほど。では、その可能性はほぼないと言っていいという事になる』
『ああ。さっさと二つ目を言え』
先を促すセランフィア嬢に応じ、我輩は次の可能性を示すのである。
『次は、妖精パットンのような意思の魔法を使う協力者がいた場合』
『協力者だと?』
『その前に質問だが、集落を襲った人間は全員で何人だった? 衣服や装備はボロボロだったか?』
我輩の質問に、その時の記憶を呼び起こすべくセランフィア嬢は目を閉じるのである。
しばらくそのままであったが、ゆっくりと目を開けると、
『私の知る限りでは3人。装備は古かったがボロボロではなかった。それが何か関係しているのか?』
と、怪訝そうに答えるのである。
『以前も言ったとおり、人間側の最高戦力はダンやアリッサだ。あの二人に同じくらいの戦闘力を持つものがいたとして、君のいる集落まで無傷でたどり着けると正直思うか?』
『……運が良ければ』
そうセランフィア嬢はぶっきらぼうに答えるのであるが、その表情からそれはないというのは自分でもわかっているようである。
『大森林の深部をあてもなく何週間も無傷でうろつき、そしてたまたま見つけた視力に優れた獣人の集落の誰にも気づかれずにダンやアリッサ達が三人だけで襲撃をすることができると?』
我輩の言葉に、セランフィア嬢は返事をしないのである。
そう、セランフィア嬢は人間の力では大森林の深部でまともに行動することは出来ないという事を確信しているのである。
だからこそ自分の記憶と現実の人間の差異により自分の認識に揺らぎが生じ、敵である我輩に答えを求めているのである。
答えを求めるのがなぜ我輩なのかは分からないのであるが。
なので、我輩はそのまま話を続けるのである。
『だから意思の魔法を使う協力者の存在が必要になる。私達が大森林で安全に活動できのは妖精パットンが使う姿隠しの魔法のおかげだ』
我輩の言語能力では認識阻害という単語が出なかったため、便宜上姿隠しと呼ぶことにしたのである。
『だったらそれで決まりだ! 貴様ら人間の中で、あの妖精のような協力者を見つけた奴らがいる!』
我輩の意見を聞いたセランフィア嬢が、それにすがるかのように我輩の考えに食いつくのである。
自身の記憶が本当であるならば、セランフィア嬢としてはそれにすがるしかないのである。
『確かにその可能性は否定できない。人間の社会も皇帝が全てを把握しきれていない。隠れて亜人種と交流を持っている人間はいるかもしれない』
現に我輩がそうである以上、大森林に限らず各地方に散らばった亜人種と交流を隠れてい持っている人間がいる可能性は当然あるのである。
『だったらそいつらが私たちの集落を襲ったんだ!』
『だが、その可能性は低い』
『何故だ! 今おまえがそう言ったんだぞ! やはり人間は信用できないな!』
我輩の言葉に、セランフィア嬢はいきり立つのである。
『そう思いたくなるのは分かるが良く考えてほしい。仮に夜の一族が協力者になったとして、陽の出ている間はどうやって安全を確保するんだ? 夜の一族は陽の出ている間は能力が激減するんだぞ?』
我輩達が南方地方で出会った夜の一族たちは、出てくる混血の血の強さによって差があったりしたのであるが、それでも日の出ている間は活動ができなかったり、できたとしてもその能力は激減していていたのである。
だから、日中は魔法人形を使って集落を守っていたのである。
『だったら妖精が!』
『君や周りの者は今まで妖精に出会ったことがあるのか? 私は今まで南北広く大森林で活動をしてきたが、妖精パットン以外の妖精には出会ったことが無い』
『……くっ!!』
我輩の言葉に、悔しそうな表情を浮かべてセランフィア嬢はこちらを睨むのである。
便宜上妖精と言っているのであるが、妖精パットンは妖精を模倣した魔法生物である。
そもそも妖精という生物自体が種族として存在しているのか、そういう造形をした魔法生物一般の事を言っているのかすら分からないのである。
仮に魔法生物であったとして、これだけの意志や能力を持つ妖精という事は作製する術者の能力が相当高くなければならないのであり、必然的に妖精の数も限られてくるのである。
そんな希少種のような存在である妖精が、大森林の外ないしは浅い部分で活動している人間の前に都合よくあらわれるのであろうか?
実際に現れている以上確実にないとは言えないのであるが、そんな確率はほぼないと言っても良いと思われるのである。
これは言っても意味のないことなので言わないのであるが、我輩には亜人種の面々が他種族の襲撃に積極的に協力するとは到底思えないのである。
『なのでこの可能性は無いわけではないが、非常に確率が低いと思われる』
『だったら……』
『そこで三つ目の可能性。これが私の本命。霧の魔物以外では一番可能性がある』
そう言って、我輩は最後の可能性の話を始めるのであった。




