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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
12章 我輩の変化と覚醒した獣人女性、である
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変化の兆し、である


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。


 サーシャ嬢の教室の生徒の子供から、祖母の元気を取り戻したいという話を聞いたサーシャ嬢は、新しい乗り物の研究を始めたのである。

 そうして完成した "らくらく車椅子" は二人からも喜ばれ、アリッサ嬢の功績として劣化版が帝都にも送られることになったのである。

 帝都でも活躍してくれることを願うのである。






 【意思】の構成魔力の接続により、使用者の思い通りに進む "らくらく車椅子" の限定性能版を帝都に献上するために、それなりの数の作製をサーシャ嬢とミレイ女史と魔法人形達が勤しむある日の事、我輩はハーヴィーに声をかけられたのである。


 「セランフィア嬢が集落を見て回りたい、であるか」

 「はい」


 突然の申し出に、我輩は驚きを感じずにはいられないのである。

 ずっとハーヴィー以外の人間との接触を断っていたセランフィア嬢であるが、どういう心境の変化があったのであろうか。


 そう思った我輩は理由を尋ねると、ハーヴィーは説明を始めるのである。


 セランフィア嬢の部屋は、集落の中心地から出入口にわたる集落の主要場所を一望できる位置になっており、目の優れた猛禽の獣人である彼女はそこに住む者達の様子を観察していたようなのである。

 だが、どこをどう見てもそこにいる人間達は大森林内で生きていけるような存在には見えず、自分の集落を襲えるほどの能力を有しているようには見えなかったらしいのである。

 ただ、自身には集落を人間に襲われたという記憶がはっきりと残っており、それが余計混乱を生じているようなのである。


 「なので、実際に身近で人間の様子を見たて確かめたいと思ったらしいです」

 「目が良いのであるならば、遠くから観察するだけでも十分だと思うのであるが」

 「自分の部屋からは見える場所だけ偽装しているのではないかと勘ぐっているようです」


 そう言ってハーヴィーは笑うのである。

 確かに窓の外の景色のみで判断しなくてはならないため、色々と勘ぐりたい気持ちは分かるのであるが、実際は見てみたままなのである。


 「しかし、それを何故我輩に尋ねるのであるか? ダンやアリッサ嬢に尋ねれば良いと思うのであるが」

 「あはは……。その二人が "この集団はセンセイが責任者だから、センセイに決めてもらえ" と言っておりまして……」


 二人が面倒そうに、そう言っている姿が目に浮かぶのである。

 おそらくであるが、ハーヴィーが苦笑いを浮かべているところを見ると当たっていると思うのである。


 「しようもない連中である」

 「それで……よろしいでしょうか?」


 今まで嫌悪の対象でしかなかった人間やその社会に関心を持つ。

 それは変化の兆しなのかもしれないのである。

 それならば、こちらも一歩踏み込むことができる筈なのである。

 

 「そうであるな…………条件付きで認めるのである」


 そう判断した我輩はいくつか条件を提示し、今までならばその条件を受け入れる事がなかったセランフィア嬢は、予想通りそれを受け入れるのであった。






 「弱った怪我人を連れまわすのに、こんなに警戒をする必要があるのか?」

 「それだけ人間が弱い者であるという事である」

 「ふん。何度も言っているが、人間には聞いていない。勝手に答えるな」

 「どっちも折れねえなぁ……」

 「あはは……」

 「笑うな! ハーヴィー!」


 既に何度にもなる我輩とセランフィア嬢のやり取りに、後ろについて回るダンは呆れ、治療院から借りた車椅子を押すハーヴィーは困ったように笑うのであるが、彼女はなぜか怒りの矛先ハーヴィーにのみ向けるのである。

 そういう所でも人間には絡もうとしないところはブレないのである。


 我輩がセランフィア嬢の外出に出した条件は、ハーヴィーの他に妖精パットン・我輩・ダンかアリッサ嬢が同行する事であったのである。


 ハーヴィーは彼女の世話役として。

 妖精パットンは彼女の姿の偽装や言葉の問題を魔法で解消するため。

 ダンは万一があった時の対応のため。

 そして我輩は、彼女と交流ができる可能性がある良い機会だからである。


 そんなわけで、セランフィア嬢から発せられる質問には我輩が答えているのであるが、先程からずっとこのような調子なのである。


 なかなかに頑固な少女である。 


 「あらあら、薬師様。今日は皆様で散策ですか?」


 そうして集落の中心部を散策していると、見知った中年の女性が我輩に話しかけて来るのである。

 

 「今日は彼女に集落を案内しているのである」

 「あらあら、薬師さまがご案内だなんて珍しいわね」

 「そう思うだろ? だから、念のために俺とハーヴィーが目付役をしてるって訳さ

 「適当なことを言うのはやめるのである」

 「あははは、二人はいつも通りだねえ」


 ダンと我輩のやり取りを聞いた女性は、楽しそうに笑うとセランフィア嬢の方を見るのである。


 「な……なんだ!?」


 突然目を向けられたセランフィア嬢は、警戒心をあらわにして女性を見るのである。

 その様子を見て女性は、戸惑う様子を見せるのである。

 まあ、見ただけで過剰に警戒されればそうなるのは当然なのである。


 「あらあら……、私、なにか怖がらせてしまったのかしら?」

 「申し訳ございません。彼女は大森林で魔獣に襲われた時のショックで警戒心が非常に強くなってしまっておりまして」

 「最近まではハーヴィー以外は誰も関わりが持てなかったんだよ」

 「あら……大変だったのね…………」


 ハーヴィー達の言葉と、片手片足が欠損しているセランフィア嬢の姿を見て、女性は何かを察したようである。


 (貴様ら、適当なことを……)

 (嘘は付いていないのである)

 (だから、いちいちこちらに反応するな)


 ダン達の会話を聞き、小声で文句を言うセランフィア嬢に我輩はそう返すのである。

 我輩のせいで大森林内で魔獣(厳密には蛇海竜である)に襲われ、人間に対して警戒心を強く抱くようになり、最近(実際はほぼ現在もである)までハーヴィー以外の人間は関わりが持てなかったのである。


 適当なことも、嘘も言っていないのである。


 そんな我輩の言葉に、場の空気を読んでいるのか会話の様子から何かを探るためなのか、会話の邪魔をしないように小声で抗議をするのである。


 「そんな感じでちょうど深部にあった遺跡で体の欠損も治せるらしい秘薬のレシピを見つけていたから、ここで薬の再現と治療を兼ねて俺達が面倒見てるって訳さ」

 「へえぇぇ……。薬師さまはまた凄いお薬の研究をされているのね。あら? でも……」


 女性は感心したようにこちらを見るのであるが、話を止めて少し複雑そうな表情を浮かべるのである。

 というのも、集落内で我輩を知る者の大半は我輩が現在錬金術を行えないことを知っているからである。


 「我輩は現在薬を作ることができないのであるが、サーシャ嬢とミレイ女史が研究を行っているのである。二人も優秀な錬金術師なのである」

 「ああ、お弟子の薬師さまが頑張ってらっしゃるのね」

 「何度も言うのであるが、二人は弟子ではないし、我輩達は薬師でもないのであるが」

 「細かいことは良いだろうが」


 集落の者達は、いつになったら我輩のことを薬師呼びするのをやめるのであろうか。

 一時的に術師と呼んでいた筈なのであるが、いつのまにか再び薬師に戻っているのである。

 それに二人は弟子ではないので、それもやめてほしいのである。

 二人と我輩は師弟ではなく、言うなれば先達か後続かの違いだけで、いわば対等な立場なのである。


 そんなことを思い発した抗議の言葉を発したのであるが、ダンに軽く受け流されて終わったのである。


 「それじゃあ、私はこれで失礼するわね。お嬢さん、ここは何もないところだけどゆっくりしていってね」


 そう言って女性は我輩達から立ち去ろうとしたところで何かを思いだらしく、こちらをまた見るのである。


 「あ! そうそう。ここには薬師さま達が作った他の場所にはない珍しい施設があるから、一度来てみると良いわよ。この時期はいい気持ちに……あ、薬師さまの屋敷にはもう備え付けられてるわね。あはははは」


 そう言うと、今度こそ女性は我輩達から離れて言ったのである。

 よく見ると、女性の手にはこれからその施設に行く予定だったのであるのがわかる、いくつかの物があったのである。

 確かにこの季節は寒いので、ありがたみがあるとは思うのである。


 「珍しい施設だと? 何を隠している!」

 「何も隠していないのである。湯浴み場と言う温浴施設である」

 「だから何度も言っているが、貴様には聞いていない! ハーヴィー! 湯浴み場とはなんだ!」


 どうやら彼女たちは反人間側の森の民との接点がなかったようで、湯浴み場を知らなかったのである。

 そうしてハーヴィーが湯浴み場の説明をしたところ、興味を持ったセランフィア嬢は屋敷の湯浴み場に入ることにしたのである。

 ただ、1人では入ることができない上に、さすがにハーヴィーが女性の湯浴み場に付き添うことはできないため、渋々森の民であるサーシャ嬢と、獣人との混血であるアリッサ嬢の付き添いを認めたのである。


 結果として、湯浴み場を大変気に入ったセランフィア嬢は、毎日湯浴み場に行くようになったのである。

 とはいえ、まだ二人に心は許していないようであるが、以前よりは積極的にこちらに関わるようになってきた気がするのである。


 種族問わず、女性という者は湯浴み場が本当に好きなのである。

 これで、少しでも人間に対して警戒が薄くなれば良いなと我輩は都合のよいことを思うのであった。



 

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