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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
12章 我輩の変化と覚醒した獣人女性、である
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先生として、錬金術師として、である


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。


 サーシャ嬢から魔法の青空教室に関する悩みを聞いた我輩は、アリッサ嬢とともに教室の様子を見て回ることにしたのである。

 そこで分かったことは、今の生徒たちのほとんどは謙虚な姿勢で純粋に魔法を学ぼうとしている者が少なかったのである。

 我輩には理解できないし残念なことであるが、人が増えればそういった者も増えてしまうのも自然なことなのかもしれないのだと我輩は思うのであった。






 「大丈夫? おじさん」

 「大丈夫である」


 心配そうに駆け寄り声をかけるサーシャ嬢を安心させるべく我輩はそう答えるのであるが、正直なところ背中を強く打って少々痛いのである。


 我輩達は今、屋敷の中庭で新しい道具の試験を行っているところで、つい先程我輩はその道具の制御を失敗して振り落とされたところなのである。

 我輩の制御を離れたその道具は、一通り暴走をすると付近の壁にぶつかるとそのまま動きを停止するのである。

 おそらく我輩との接続が切れたために魔力の供給が止まったからだと思われるのである。


 「傷は付いていないのであるか?」

 「多分大丈夫だと思うよ。人が歩くくらいの速度しか出せないように作っているから、ぶつかってすぐ止まったなら傷はほとんどついてないはずだよ」


 我輩の質問にそう答えるサーシャ嬢言葉とほぼ同時に、道具の様子を見に行ったらしいダンから、無傷であるという報告を受けるのである。

 

 この試験中の道具は、この前サーシャ嬢が言っていた "人の思う通りに動く乗り物" である。

 その形状は椅子左右に大きな車輪をつけた車椅子と呼ばれる、主に治療院で体が不自由な者達を運ぶために使用されている押し車を模しているのである。


 ノヴァ殿が遺した中級手引き書の中には、浮遊の荷車の応用した乗り物の作り方があるのであるが、そちらは[浮遊の荷車]のように、浮遊の魔法効果を魔法陣で発動させた乗り物に、備付けの手回し式の風車を用い、その風力で進むといったものであったのである。

 おそらくであるが、この風車も魔法陣によって制御することも可能であったのであろうが、ノヴァ殿は魔法適性が低いものでも十全に使えるように、魔法に頼らなくても良いところは人力で行うようにしたのかもしれないのである。


 一見便利のように見えるこの乗り物であるが、風力で進むという事は自然発生による風の影響も受けるということであり、制御が大変であると言うことなのである。

 ちなみに浮遊の荷車も、接地もしておらず誰も抑えていない状態で風に煽られると、そちらの方向へと飛ばされてしまうのである。


 また、人力による制御なので魔力制御ほどではないにせよ、しっかりと運転するにはそれなりの熟練が必要になるのである。

 なので、ダンという優れた荷車の牽引役がいる我輩達にとってはその乗り物を作る必要性はなかったのであるが、今回サーシャ嬢は突然新しい乗り物の研究を始めたのである。


 その話を初めて聞いた時は、青空教室の方に話がズレてしまったため聞きそびれてしまったの為、理由をあらためて尋ねたところ、


 「これがあれば、体が不自由な人も気にしないでお外に出られるかなって思ったんだ」


 と、少し恥ずかしそうな表情を浮かべてそう言ったのである。


 と、言うのもサーシャ嬢の魔法教室を受けている子供の一人から、外に出るのが好きだった祖母が転んで足を怪我してしまい、外に出られなくなって元気が日に日に無くなっていくのが心配だという話を聞いたからである。


 足の怪我自体は遅効性のキズいらずで治すことができても、その間に失われた筋力や歩く感覚まで取り戻すことはできないし、治療の間は結局外に出られるわけではないのである。

 また、その子供の祖母は誰かの手を煩わせることを気にする性格のようで、できるだけ自分の力でどうにかしたがるようなのである。


 そこで、サーシャ嬢はその生徒と祖母のために、怪我の治療中でも自由に外に出られるような一人で乗れる乗り物を作ろうと考えたのである。


 最初は、先ほど言った乗り物を小型化して作ろうと考えたサーシャ嬢であったが、様々な問題があった為、より制御が容易な乗り物を作れないかサーシャ嬢は考えていたようであるが一人では良い案が思いつかなかったため、我輩に相談したのが以前の会話なのである。


 そこで、【意思】の構成魔力を利用すればよいことが分かったサーシャ嬢は、魔法人形の作製方法を応用して乗り物を作ることにしたのである。


 だが、造詣が奇抜だと目立ってしまい、他人に奪われてしまったりするのではないかと考えたサーシャ嬢は、人間社会で生活するのに違和感のない一人乗りの乗り物の形を考えて集落を見て回ったところ、治療院の車椅子を発見したのである。


 そうして出来上がった試作品が先ほど我輩が乗っていた、【意思】の構成魔力で制御する車椅子 [らくらく車椅子] なのである。


 ちなみにこの試作品は本人の強い要望により、サーシャ嬢が一人で作製を行ったのである。


 自分の生徒のために、自分の力でできる物を作ってあげたいと言っていたのであるが、魔法教室が忙しいミレイ女史に負担を掛けたくなかったというのもあると思うのである。


 「どうだ? 試験役をやる気分は」


 と、何やら嬉しそうな表情をしながらダンがこちらを覗き込むのである。

 何がそんなに嬉しいのか我輩には全く分からないのである。


 「多少体がきついのであるが、なかなかに楽しいのである」

 「チッ……。薬の副作用で苦しまないだけましか」


 我輩の返答に、非常に残念そうな表情をダンは浮かべるのである。


 もしかして、我輩が試験役をやってこういう目にあっているのが嬉しかったのであろうか。

 だとしたらこの男は非常に悪趣味である。


 まるで我輩が人を苦しめるために試験をしているような言い方は辞めてほしいのである。

 我輩は今までひどい目に合わせるつもりで試験役を任せてきたつもりはないのである。


 ただ、錬金術で作った道具は何かしらの副作用や問題があるのは分かっているので、それを知るために試験をする必要があり、それには体が頑丈なものが適しているからダン達に試験役を任せてきただけの話であり、副作用で苦しむのは単なる試験の結果であり、悪意があるわけではないのである。


 「わたしができる精一杯まで【意思】の構成魔力を圧縮してみたけど、制御が不安定だなぁ……」

 「うーん……。今ある素材の構成魔力だと、 "誰でも使える" という物は難しいんじゃないかな?」

 「そっかぁ。じゃあ、やっぱりお人形のように使う人の髪の毛とかを素材にするしかないかぁ」


 ミレイ女史の言葉に、サーシャ嬢は残念そうな表情を見せるのである。


 我輩達は錬金術の理論を知っているために、道具の素材として髪や血肉を利用する事に違和感もなければ抵抗もないのであるが、一般の者からしたら "便利な道具を作りたいから、あなたの髪の毛を下さい" など狂気の沙汰である。

 なので、サーシャ嬢は術者の身体の一部を素材にしない乗り物の作製を試みたわけである。


 そして臨んだ制御試験であるが、 "前に進む" や "止まる" などの単体で行う動きの制御は問題なくできたのであるが、細かい動きの制御に入った段階でこの状況になったわけである。

 ちなみに、その時我輩が動かそうとしたのは "前に進みながらゆっくり右折する" である。


 さすがにこれでは使い物にならないため、方向転換をせざるを得なくなったサーシャ嬢は、この後我輩の髪を素材にした車椅子を試作・試験を繰り返し、実用できる段階まで完成させるのであった。






 「喜んでもらえたようで良かったのである」

 「うん! ありがとう! おじさん!」


 我輩の言葉に、膝の上に乗っているサーシャ嬢はこちらに振り向き、嬉しそうな笑顔を浮かべるのである。

 道行く人々が、驚きや好奇が入り混じった表情を浮かべてこちらを見ているのであるが、それはまあ仕方がないことなのかもしれないのである。


 と言うのも当然で、我輩は今誰も押していない車椅子に乗って移動しているからなのである。


 「こうしてみてると親子みたいだねえ」


 そんな我輩達の様子を見て、アリッサ嬢は少しばかり呆れたような表情を浮かべるのである。


 「じゃあ、アリッサおねえちゃんはお母さん?」

 「それでいいのかい? サーちゃんは」


 そんなアリッサ嬢の言葉に、楽しそうな表情を浮かべて返答を返したサーシャ嬢であったが、からかうようアリッサ嬢の言葉を聞いて何かに気付いたのか、首をぶんぶんと振るのである。

 

 「…………だめぇ! わたしおじさんの子供じゃダメ!」

 「何の話をしているのであるか。あと、サーシャ嬢は暴れると危ないのである」

 「あははははは」


 現在我輩達は子供と祖母の家から屋敷へと戻る最中なのである。

 その道すがら、我輩は完成からここまでの出来事を振り返るのである。


 らくらく車椅子が実用段階まで完成したサーシャ嬢は、怪しまれるのを承知のうえで生徒の子供に事情を話したのである。

 すると子供は、サーシャ嬢の言葉をすんなりと受け入れて翌日には祖母の髪と、そして自分の髪も持ってきたのである。


 なぜ自分の髪も持ってきたのか理由を尋ねるサーシャ嬢に、


 「おばあちゃん怖がりだから。僕も一緒に車椅子を動かす練習したら乗ってくれると思うんだ。あと……楽しそうだし」


 と、照れたような表情を浮かべてそう答えたようである。


 知らない道具をいきなり試すのは怖いのである。

 その話を聞いた我輩は、そうやって不安を取り除くのも一つの方法であると我輩は感心したのである。


 サーシャ嬢も理由に納得して素材を受け取ると、数日後に子供と祖母の分を作って二人の家に持って行き、そこで制御練習を行ったのである。

 講師役は車椅子の制御試験を担当した我輩である。


 家の中ではさすがに狭くて練習ができなかったため、外に出たのであるが、最初は怖がって椅子にも乗らなかった祖母であったが、子供が楽しそうに外で練習をしているさまを見て、恐る恐る椅子に乗って練習に参加し始めたのである。

 当然最初は二人とも運転はぎこちなかったのであるが、この車椅子は本人の【意思】の構成魔力でつながっている道具であるので、馴染むのには時間がかからなかったのである。

 そうして最終的に三人で近場をぐるりと回り本日の練習を終え、我輩達は屋敷へと戻っているという訳なのである。


 いま、我輩達がこの車椅子に乗って移動しているのは、決して歩いて移動するのが面倒だからという訳ではなく、この魔法の乗り物が同行しているアリッサ嬢の所有物であるという事を周囲に知らしめるためであり、また、同じ道具を持っている子供や祖母に危害が加わらないようにする配慮の一環なのである。

 そのため、完成品には全てアリッサ嬢の所有物の印であることを示すための家紋が入れてあるのである。


 これはシンとダンのアイデアである。


 「おかげで、あたしの功績がまた増えるんだけどね」

 「まあ、許してほしいのである」

 「ごめんね、アリッサおねえちゃん」

 「まあいいさね。これも人の為になる道具だからね」


 当然この車椅子は今までの道具同様この後幾つか作製し、大森林深部捜索の成果物として帝都に献上する予定になっているのである。

 ただ、術者の構成魔力を入れることができないため、単体の動作制御以外は出来ない劣化版の車椅子の献上になるのであるが。

 それでも椅子を押す者の必要がない車椅子は便利であるはずなので、帝都の治療院などで活用されることを願うのである。


 そう思いながらアリッサ嬢達と談笑を交え我輩は屋敷へと戻るのであった。





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