向き合う感情は、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
シンとの会話で感じたことを妖精パットンに話した我輩は、そこで "心の傷の最大の理由は、傷となる原因の行動をした際に強く思った事" という、至極当然ではあるが重要なことを知るのである。
それをシンに伝えた我輩は、シンの心の傷の原因が本人が思っているものと違うものであることを感じ、伝それを伝えたのである。
しかし、その行動に対する結果を見た我輩は、自身の行動に疑問を持ち、そして違和感を感じたところで意識を失ったのであった。
どれくらい時間が経ったのであろうか。
目を覚ました我輩は周囲がぼんやりと薄暗いことを確認し、そんなことを思うのである。
ここは……どこであろうか。
若干意識がはっきりとしない状況であるが、自分がいる場所が先ほどまでの廊下ではないことは把握できているため、我輩は自分がいる場所を確認するため、全身を動かして周囲の情報を探るのである。
まず、柔らかく温かい毛布と布の感触から、我輩はどこかの部屋の寝台に寝かされているという事はわかるのである。
そして、ゆらゆらと揺れる明かりに照らされて見える、少し前に見た覚えのある作りかけや完成したの工作品の数々を確認し、この部屋がシンの部屋であるという事を認識するのである。
「やあ、気が付いたかい?」
そんな我輩の行動に気付いたのか、ちょうどまだ確認していなかった方向からシンの声が聞こえたので、我輩はそちらを向くのである。
シンは手先の感覚を取り戻す訓練をしていたらしく、数枚の硬貨を器用に滑らかに手先で転がしていたのである。
「器用であるな」
「そうかい? まだまだぎこちないんだけれどね」
その様子を起き上がって眺める我輩にそう言うと、シンは反対の手で同様なことをするのである。
正直なところ、我輩にはあまり違いが分からないのであるが、本人にしか分からない微細な違いがあるのだと思われるのである。
「シンが我輩をここに運んだのであるか」
「そうだよ。メイドの子に頼まれてね」
どうやら意識を失った我輩を女中の一人が発見したらしく、部屋の中にいるシンに助けを求めたらしいのである。
そして、シンは我輩を運び入れて寝台に寝かせたという事である。
「皆に心配かけさせちゃいけないと思って、一応メイドの子には口止めをしておいたよ」
「そうであるか。配慮に感謝するのである」
「まぁ、だけどすぐに異変に気付いて一人ここにやって来たけどね」
「なんで教えちゃうかなぁ」
シンが全てを言い終える前に、別の方向から声がするのである。
声の主はシンにぶつぶつと不平を述べつつ、我輩の頭に乗って足をばたつかせるのである。
「八つ当たりで我輩の頭を蹴るのは止めるのである。妖精パットン」
「あはは、ごめんごめん」
そう言って笑ってごまかす妖精パットンであるが、その声は少々元気がないようにも聞こえるのである。
「どうかしたのであるか? 妖精パットン。元気がないように聞こえるのであるが」
「そりゃそうだよ」
我輩の問いに妖精パットンはそう答えると、頭から飛び立ち我輩の前にゆっくりとやってくるのである。
「ボクのせいで二人に迷惑を掛けちゃってごめん」
そう言うと、妖精パットンは頭を下げて謝罪の言葉を述べるのである。
しかし、我輩妖精パットンに謝罪される心当たりが特にないのである。
「何がであるか?」
「ボクが軽はずみな事を言ったせいで、錬金術師アーノルドとシンが大変なことになっちゃったじゃないか」
どうやら、妖精パットンは自分が我輩に心に傷に関しての情報を教えたことによって、今回の事を引き起こしてしまったと責任を感じてしまったようである。
「いや、それは違うのである。むしろ、謝るのは我輩のほうである」
そう言って、我輩は身を起こすとシンのほうを向き、そして頭を下げるのである。
「シンよ、我輩の言動で心を乱させてしまい申し訳なかったのである」
そして、そのまま妖精パットンのほうにも同様に頭を下げるのである。
「そして、妖精パットンにも責任を感じさせてしまい申し訳なかったのである」
今回の事は、こういった事に関しての専門家でもない我輩が、分かった気になって余計なことをシンに言ってしまった結果起きてしまった事である。
知識を共有して、後は本人が自身の心と向き合うのを待つのが良かったはずである。
我輩がとった行動は、自身の感じた仮説が正しかったことを確認したかったという自己満足でしかなかったのではないか。
その結果、妖精パットンも自分を責めるような事になってしまっているのではないか。
我輩の言葉で表情を硬くして体を震わすシンの姿を思い出し、先程倒れる前に感じていた、罪悪感や後悔が再び頭をもたげるのである。
「センセイは僕に意見を言った事を後悔しているのかい?」
シンの質問に我輩は若干の答えにくさを感じつつも、正直に答えることにするのである。
嘘をついて誤魔化したいとは思わなかったし、また、たとえ嘘をついたり沈黙を貫いたとしても頭の上の妖精パットンがその気であるならばその行為に意味はないと判断したからである。
セランフィア嬢が黙るだけ無駄だと思う気持ちが少しだけ分かった気がするのである。
「そうであるな。思慮が足りなかったという思いは持っているのである」
「へぇ。珍しいね」
「我輩もそう思うことくらいはあるのである」
まるでダンと話をしているかのような、我輩をからかうような反応に若干の苛立ちを感じつつ、自分の中の膨れ上がる薄暗い気持ちが心なしか軽くなったような気がしたのである。
「僕は感謝しているよ。自分を振り返る方法を教えてくれたパットンや、震えの原因を探そうとしてくれて意見をくれたセンセイにね」
我輩も妖精パットンもシンの言葉に返事を返すこと無く、そのままシンの言葉を待つのである。
「……一気に話が進んだせいで、気持ちの整理が追い付いていないのは確かだけれどね。その点では、今のセンセイには見せちゃいけないところを見せちゃったとは思っているよ」
「いや、そんなことはないのである。おかげと言ってしまってはシンに申し訳ないのであるが、我輩も自身の問題に関して進展があったである」
「それがさっきの結果かい? 錬金術師アーノルド」
「そのようである。我輩はどうやら、 "自分の行為で他人を傷つけたかもしれない" をいう気持ちに敏感のようである。おそらく、それが我輩の構成魔力の欠損理由の大きな原因となっているようである」
我輩が先ほどシンの事や補充薬の作製の事を振り返り、意識を失う事になる前に思ったこと、それが先ほど言った思いによる罪悪感や後悔であったのである。
その事を思い出した結果、我輩は一気に押し寄せる感情に耐えることができずに意識を手放してしまったのである。
ちなみに今、こうして話せているのはその時の感情と向き合えているわけではなく、ただ、理屈として理解しているというだけである。
シンではないがその時の事感情を再び思い出そうとすると、思考を拒否するかのように頭に靄がかかったような感じになるのである。
「だろうね。センセイが自分の能力の見込み違いや生命の危機で、心に傷をつけるような人間には思えないしね」
「それはシンも同様であったな」
「あはは。ある意味似た者同士なのかもね」
そんな我輩達の様子に、妖精パットンは我輩の頭を飛び立ち安心したかのような様子を見せるのである。
「思いのほか、自分たちの感情と向き合えているようで良かったよ」
「妖精パットンにも心配をかけたのである」
「本当だよ」
そう言うと、妖精パットンはいつも通りの様子に戻り、我輩に抗議の表情を向けるのである。
「正直、もう少し時間をかけてくれると思ったんだけれど、まさかその日に行動を起こすとは思わなかったよ。もしも二人ともより傷が深まることになってしまったら、ボクはリリーに何をされたか分からなかったんだからね」
「あはは。そういう所がセンセイがセンセイたる所以だよ。パットン」
「ボクも、もう少し配慮して物事を言えるように気を付けるよ……」
本当に、妖精パットンはリリー嬢が苦手になっているようである。
「リリーへの恐怖が、パットンの心の傷みたいだね」
「前も言ったけれど、彼女のあれは僕にとって猛毒と言っていいからね。それは怖いよ」
その言葉に我輩は、妖精パットンじゃなくても十分あれは恐怖の対象だと思い、それはシンも同様であろうと思うのである。
「と、いう訳だからさ。色々あったけれど、この一件はこれで終わりにしよう。結果として、二人とも向き合わないといけないことが分かったわけだからね」
「そう言ってくれると助かるのである」
「じゃあ、そろそろ食堂に行こうよ。ボクはおなかが空いたよ」
こうして、時間をかけて向き合わなければいけない感情を知るとともに、何とも言えない仲間意識を得た我輩達は夕食を取りに食堂へと向かうのであった。




