その理由は可能性の一つ、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
雪の季節のある日、我輩は話があるとシンに誘われて部屋へと赴いたのである。
そこには様々な工作品が置かれており、サーシャ嬢達が作製した遅効性キズいらずの効果の程を知ることになったのである。
そんな中、シンは我輩に自室に招いた本題を話し始めるのであった。
「探検家を引退した本当の理由、であるか」
「本当の、というよりはもう一つの大きな理由、かな」
そう言うとシンは、こちらから目を背けて話し始めるのである。
「センセイは、チームの僕の役目は覚えているかい?」
「確かアリッサ嬢と同じ周辺の偵察や進路確保が中心だったはずである」
「そうそう。まぁ、アリッサは僕の護衛も兼ねていたけどね」
「そう言えばそうであるな」
シンは索敵・偵察・ルートづくり等の専門家であり、その手先の器用さから戦闘時は弓や投擲武器、鉄を細い糸状にした物を使った罠などを駆使した、ダン達の補助を中心に行っていたのである。
民たちが知る噂や舞台等でのシンの役割は、貴族や商人と渡り合う頭の切れる見目麗しい参謀役なのであるが、それはおそらくそういった裏方の役割が一般的には地味であり評価されづらいからなのであろう。
シン本人は自身の仕事や役割に強い誇りを持っていたし、ダン達もシンの事を十二分に評価していたので苦笑いを浮かべるくらいで特に気にしてはいなかったようであるが。
そんなシンであるので、手先の感覚が鈍くなってしまったことで自分が納得できる仕事ができなくなったことで引退を決意したのは頷けるのである。
で、あれば、今の薬で感覚を取り戻すことができれば再び探検家に戻るであろうというのが我輩の考えであったのである。
「センセイは多分、手先の感覚が戻れば元の仕事に戻れると思ったのかもしれないけれど、僕の仕事に必要なのは手先の感覚だけじゃないよ。周囲の危険を察知する感覚も必要だ」
「そう言われれば、確かにそうであるな」
どちらかというと、偵察や索敵を主な仕事としているのであればその感覚は非常に重要である。
「大森林の一件。僕はあの時、遠くに見えた人らしき姿に目を奪われ、そこを魔獣に襲われ負傷し、チームを壊滅に追い込みかけた。これは偵察役として致命的なミスだ」
シンは今でもその時の自分の事が許せないのであろうか、自嘲気味に話しているように感じるのである。
「いくら目を奪われたとしても、それまでの僕だったら魔獣の襲撃にもう少し前に気付いたはずなんだ。だけど気付かなかった。僕は自分の能力の衰えを悟ったよ」
だからその後シンはチームを離脱することを決意し、チームは解散することになったという事である。
「それが探検家をやめた理由なのであるか? 確かに衰えはあったとして、まだ十分上級クラスレベルの実力はあるであろう」
それでも納得がいかなかったという事であろうか。
自身の能力に相当な誇りを持っていたという事なのであろうか。
しかし、シンは自身の引退の理由が我輩が錬金術ができなくなった理由と同じかもしれないと言っていたのである。
つまり、我輩の実力が衰えてしまったという事であろうか。
「僕もそう思ったよ。だからチームを離れた僕は、一人の探検家として活動をしようと思ったんだ」
そこまで言ってシンは少し間を開け、
「でも、無理だったんだ。偵察のために精神を集中すると、体が……震えるんだ」
そう言うのであった。
「センセイ。話を聞いてくれてありがとう」
「構わないのである。こちらこそ興味深い話を聞けて良かったのである」
「そう言ってくれると助かるよ」
話したいことを全て話し終えたらしいシンが、我輩に笑顔を向けるのである。
その表情はすっきりしたように見えるのである。
我輩はそんなシンの表情を見てから部屋を出て、廊下を歩き出しながら先程の会話を振り返るのである。
シンが探検家を引退したもう一つの理由、それは索敵や偵察のために精神を集中すると手足が震えるようになり、身動きが阻害されるようになってしまったからなのである。
町中の配達業務などであれば問題なくこなせるそうなのであるが、街道の護衛などでも体が震えてしまい、本人曰く探検家として使い物にならない状態になってしまったようなのである。
だからシンはそのまま探検家を引退し、姿を隠したのである。
「情けない姿を同業者に見られたくなかったからね」
「その割には、ギルド本部に顔を出していたようであるな」
「行けるように自分に折り合いがつくまでには時間がかかったよ」
閑静な集落で隠居生活の日々を過ごし、自分に起きた事をゆっくり考える時間を得た結果、自分の不注意により仲間を壊滅に追い込んでしまった事の責任に心が潰されてしまったのだと考えたのである。
「同業者の引退理由の中でも上位を占める理由だからね。ただ、自分がそんなに心が弱いとは信じられなかったから、折り合いをつけるのに時間がかかったよ」
「いや、シンは自身の仕事や能力に対する誇り・責任感・理想が非常に高い男である。そのことが原因で心に致命的な傷を負う可能性は大いにあるのである」
我輩自身はシンはダン同様に飄々としていてそういった事を深く気にする者ではないと感じていたのであるが、研究所時代にウォレスやゴードンがそう言って心配していたのをよく耳にしていたのである。
結局、我輩やシン本人よりもウォレスたち達のほうがシンの内面を理解していたという事である。
「そうなのかな。僕自身はそう思わなかったんだけれどね。センセイは良く人を見ているんだね」
「我輩ではなく、ウォレスやゴードンが言っていたことである。人は、自分の事は意外と分からないものである」
「あはははは。そうだよね。センセイが人の内面を理解できるんだって驚いたよ」
「失礼な」
「ごめんごめん」
そう言って笑ったシンは、こちらを見るのである。
「でもそれは、センセイにも言えることなんだ。センセイも自分の仕事に対して強い誇りや責任を持っている。今回の事で、センセイが気付かないだけで心に傷を負っている可能性は高いんだ」
「それは、心の傷が構成魔力の欠損という事であろうか」
「それは僕にはわからないよ。構成魔力の欠損が心の傷という形に現れたのか、心の傷が構成魔力の欠損原因の一部になっているのかなんてね」
それは興味深いのである。
これが分かれば、心の傷に悩む民を救う薬も作れるようになるかもしれないのである。
だが、しかし、である。
「自分で言うのもあれであるが、我輩がそういう事を気にするような人間だとは思えないのである」
「あはは。それこそさっきの話じゃないか。僕だって自分ではそう思っていたんだから」
「では、シンから見て我輩はそういう人間に思えるのであるか?」
そう質問する我輩に、シンは困ったような笑顔を浮かべて、
「それが、困ったことに全くそうは思えないんだよねぇ」
と答えたのであった。
最後の会話は本気なのか冗談なのかは分からないのであるが、シンが言っていた理由というのは、我輩が錬金術ができなくなった可能性の一つとして追っていく価値はあるのである。
そう思った我輩は、この後に会う妖精パットンにこの事を話してみようと思いながら、それまで書を読んで勉強をして時間をつぶすべく、工房へと足を運ぶのであった。




