改良された薬の効果、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
錬金術が行えなくなり時間に余裕ができた我輩は、外の陽気も良かったので集落の散策に出かけたのである。
そこで、ドランとクリス治療師の痴話喧嘩に巻き込まれることになったのであるが、なんだかんだと仲睦まじい二人を見て、こういう関係も良いものであるなと思うのであった。
「ああ、錬金術師アーノルド。今日ボクがキミの方に行くのは、お昼の後くらいになると思うよ」
「わかったのである」
朝食後の食休みも終わり、ハーヴィーとともに獣人女性、 [セランフィア] 嬢の所へ赴く妖精パットンが通り掛かるのである。
彼女とハーヴィーの関係は距離はあるものの比較的友好的のようで、名前を教えてもらうところまでこぎつけたようである。
妖精パットンがいるので、下手な嘘は付いても意味が無いという状況であるが、ハーヴィーが日常会話や猛禽獣人の文化などの質問しかしない事、そして妖精パットンも彼女の構成魔力の変化を調査しているのみで、強引に情報を聞きだそうとしていないというのを信用したのか、自分から話を振ったりすることが増えてきたようである。
だが、未だ我輩達の立ち入りは許しておらず、唯一立ち入ることのできる人間はクリス治療師のみで、彼女がいるときは一切喋らないようである。
「集落を襲い、そしてあたしを蛇海竜とともに閉じ込めてこんな姿にしたくせに、殺さず胡散臭い薬の実験台にしている人間に語る言葉は無い」
と、言うのが彼女の理由である。
"集落を襲った" という部分は別として、他の事柄に関しては結果として彼女の言う通りなのであるが、死んでしまう所を助けたという点を評価してほしい所である。
評価しているからこそ、ハーヴィーだけ気を許しているとも言えるのであるが。
「センセイ、ちょっと時間あるかい?」
と、そのようなことを思っている我輩の元へシンが通りかかり、声をかけてくるのである。
「時間はあるのであるが、なんであろう」
「それは良かった。少し話したいことがあるから、僕の部屋へ来ないかい?」
そう言って、シンは自分の部屋へ我輩を誘うのであった。
「ちょっと散らかっているけれどすまないね」
シンがそう言って我輩を招き入れた部屋は、シンが自作したであろう簡素であるが作りの良さそうな棚に、数多くの工作や絵画がきれいに整頓されていたのである。
手先が器用であるシンの部屋らしいと言えばらしいのである。
「いや、シンらしくて良いのである」
「どういう意味かな、それは」
「きれいに整頓されているのに散らかっているなどと言う所である」
「誰でも言うよ。それくらいは」
そう言ってシンは笑いながら我輩に椅子を勧めるのである。
「座り心地はどうだい? 最近作ってみたんだ」
この椅子もシンが作ったもののようで、さすがは手先が器用であるシンといったところか、変な違和感なども感じずおさまりが良いのである。
その事を告げると、シンは満足そうな表情を浮かべるのである。
「それは良かった。最近ようやくそれなりに満足のいくものができるようになったんだよ」
「なるほど。手先の感覚がだいぶ以前に近づいてきたという事であるか」
「そうだね。センセイ達が作ってくれている薬のおかげだよ」
そう言うと、シンは棚から小さな薬瓶を一つ取り出すのである。
薬瓶の中は空色がかった乳白色の軟膏が入っており、シンはその軟膏を自身の腕に塗るのである。
「この薬の効き目は凄いね。キズいらずのような体をうねるような気持ち悪さも少ないし、毎日少しずつ昔の感覚が戻ってきているのが分かるよ」
シンが塗っているこの薬は霊草を使用したキズいらずで、ギリー老の依頼をひとまず終えたサーシャ嬢達が、三体の魔法人形のとともに作製したものである。
その際、シンには以前負った古傷部分に使用してもらい、回復具合や副作用などの試験を行ってもらったのである。
「センセイが一人で作ったものでなければ、喜んで引き受けるよ」
と、シンは快く試験役を引き受けてくれたのであるが、何故皆余計な一言を言うのか我輩は非常に理解できないし、不愉快なのである。
そうして、何度か試行を行い現状できる最良の薬が完成したところで、部位欠損修復のためにセランフィア嬢にも使用を開始したのである。
なので、先程の "胡散臭い薬" には現在、構成魔力の補充薬の他にこの薬も含まれているのである。
「本来と同じく即効性を上げた物ができればよかったと思うのであるが」
「いや、こっちで正解だよ。僕のように見えない傷ならまだしも、彼女のように手足の欠損を治すとき、一気に治っていったら多分気が狂うんじゃないかな。見た目と感覚のおぞましさで」
「そういうものであるか」
「こればかりはね。試した者じゃないとわからないよ」
「なるほど。シンがそう言うのであれば信用するのである」
今話した通り、このキズいらずは従来のものと違い、一回の使用で使用箇所の傷をや欠損を治すものではなく、何回かの使用で徐々に修復させていく代わりに薬の作製難度や副作用を極力抑えたものになっているのである。
なので、今までのキズいらずでの修復時にあったミミズが這うようなおぞましさや、見た目の気持ち悪さといった副作用が低いため、使用への抵抗が少ないようである。
「それは良かったのである。では感覚を取り戻したら、再び探検家に戻るのであるか?」
シンはチーム最後の大森林での探索時に、魔獣に襲われ手に大怪我を負ったのである。
その際、ゴードンの魔法で怪我自体は治ったのであるが、手先の感覚がかなり失われてしまったために探検家を引退し、チームも解散したという経緯があるのである。
つまり、手先の感覚が戻れば再び探検家として復帰する可能性もあるという事なのである。
せっかく屋敷の持ち主であるアリッサ嬢の名代にシンが決まったばかりであるが、本人の意思が探検家に戻るというのであれば仕方がないのである。
我輩達にはそこまでシンの生き方を制限することは出来ないのである。
そう思って我輩は質問をしたのであるが、
「いや……それはないかな」
シンはそう我輩の質問に答えたのである。
「予想外であるな。シンはこの仕事が気に入ったのであるか?」
「いや、そういう訳じゃないよ。今だって貴族や商人の相手は面倒くさいし、できれば辞めたいところだね」
「では、辞めても良いのである」
「適当だなあ。やめられたら困るでしょ、センセイ」
「別に我輩は困らないのである。領主かアリッサ嬢辺りが困るだけである」
「現時点でアリッサやリーダーがここに残ることになったら、その原因になったセンセイを大森林に行かせると思うかい?」
「……なるほど。それは困るのである」
我輩の返答に、シンは苦笑いを浮かべるのである。
「やれやれ。そういうところの思考が足りないのは中々変わらないね」
「この年齢になると思考を変化・向上させるのも苦労するのである」
「へぇ……。そう言っているという事は、努力はしてるんだね」
「当然である。よりよい生活のために日々研鑽を積むことは人間、いや、生物としての本能である。シンもそうであろう」
慣れない貴族や商人達の相手をしたり、手先の感覚を取り戻そうと努力する。
そういったこと生きる目的や意味を持って生活する事も生きる努力、つまり日々の研鑽と言えるのである。
生きる目的も理由も持たず、惰性で生きている者は死んでいるのに等しいのである。
「センセイの理屈だとそうなるのか」
そう言って納得したような表情を浮かべるシンに対し、我輩は本題を切り込むのである。
薬の話や自分の現状報告をするくらいで、シンはわざわざ自分の部屋に我輩を招くとは思えないのである。
「それで、シンは我輩に何の話をしようというのであるか」
「ああ、そうだね。久しぶりのセンセイとの話が楽しくて前置きが長くなってしまったよ。ごめん」
そう言うと、シンは我輩にこう言うのであった。
「話というのは、僕が探検家を引退した本当の理由。そして、僕が考えるセンセイが錬金術ができなくなった理由の事さ」




