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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
12章 我輩の変化と覚醒した獣人女性、である
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深夜の工房にて、である


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術研究家である。


 錬金術を使えなくなった我輩の事を気にし、心に傷を負ってしまったミレイ女史とサーシャ嬢。

 そんな二人に前を見て進んでほしいと思う我輩は、一計を案じることにしたのである。

 たとえ、それが二人にとって強い枷になってしまうとしても、である。





 眠れないのである。


 我輩は、寝台から身を起こすのである。


 あれから数日、あの一件以降サーシャ嬢とミレイ女史は、我輩の様子を窺う様子を見せたり事あるごとに謝罪をすることはなくなったのである。

 錬金術に対しても、以前と同様かそれ以上に集中して取り組んでいるように見えるのである。


 「ここだけの話じゃがの。おぬしが錬金術ができなくなったと知った後の薬の品質が多少低下していたんじゃよ。まぁ、それでもこちらの希望している品質は維持していたので問題にしておらなんだがの。何をしたのかは知らなんだが、元に戻ってよかったわい」


 と、翌日ギリー老に言われていたので、我輩が行った行動は良い方向に向かったように思えるのである。


 で、あるが、今になって "他にも良い方法があったのではないか" "二人を信じて待っていても良かったのではないか" と、そういう思いが事あるごとに、特に眠りにつく時間になると浮かんでは消えていき、少々眠りにつくのが遅くなっている日々が続いているのである。


 気分を変えるのである。


 じっとしているのに耐えられなくなった我輩は、気分転換のため明かりを持って部屋の外へと出るためにドアへと向かうのである。


 そうしてドアを開けた我輩を待っていたのは、ドアを開ける音がよく通るほどに静かで、我輩が持つ明かりの周辺のみが照らし出される漆黒の廊下である。

 本日は月も隠れてしまっているため、廊下を進むのに頼りになるのは我輩が持つ明かりのみである。


 きっと探検家連中であれば、こういう所を進むのは慣れているのであろうな。


 ふと、そんなどうでもよいことを思いながら、我輩の足は自然に工房へと向かうのであった。






 「珍しいじゃないか。センセイがこんな時間に出歩くなんてさ」


 薄暗い工房で魔法鉄の釜を近くでぼんやりと眺めていると、誰かが工房のドアを開け声をかけて来たのである。

 話しぶりから誰かというのは分かるのであるが、明かりを向けて確認すると、声の主は予想通りアリッサ嬢であったのである。 


 「……アリッサ嬢、であるか。なぜここに?」

 「何故にって、そりゃセンセイを見かけたからに決まってるでしょうが」


 こちらに歩み寄りながら、アリッサ嬢は説明を始めるのである。


 どうやら、明日の朝食の仕込みを終え寝る前の湯浴みを楽しんだアリッサ嬢は、部屋へと戻る途中で廊下を歩いている我輩発見したので後をつけてきたようなのである。


 「我輩の他に、明かりを持つ者の姿は見えなかったのであるが」

 「あたしは鼻が良いからね。見えないくらい暗くても、匂いで場所が把握できるのさ」

 「わざわざそんなことをする必要があるのであるか?」

 「探検家として駆け出しだった頃は金が無くてね。少しでも節約しようとこうやってたのさ。ま、その時からの習慣さね」


 そう言ってアリッサ嬢はドアを閉めるのである。


 「それはそうと、こっちの質問に答えなよ。センセイはなんで、こんな時間にここに来てるのさ」

 「少々眠りにつけないので、気分転換をする為である」

 「ふーん……二人の事かい?」


 アリッサ嬢から、思わぬことを言われた我輩は少々の驚きを感じるのである。 


 「アリッサ嬢、何故そう思うのであるか」

 「何故ってそりゃあ、二人と出かけた後からセンセイと二人の感じが逆転してるからね」


 そう言ってアリッサ嬢は苦笑いを浮かべるのである。


 「そんな風に見えるのであるか」

 「そうさね。ここ数日、頑張ってる二人に対してセンセイは一歩引いちゃってる感じだね」

 「そんなつもりはないのであるが」

 「まあ、気付いてるのはあたしとリーダーとシンの三人とパットンだけさね」


 その中でもアリッサ嬢は我輩の違和感の正体を探るべく、二人に何があったのかというのを聞いたようである。

 特別会話の内容は隠すような事でもなかったので、二人はアリッサ嬢の質問に素直に答えたようである。


 「しかし三人は、よくその違いを分かったのであるな」

 「伊達に10年近くセンセイと一緒にやってないよ」


 そう言って笑っていたアリッサ嬢であったが、 


 「後悔してるのかい?」


 そう質問をして我輩をじっと見るのである。


 明かりに照らされて映るアリッサ嬢の表情は、我輩を心配しているように見えるのである。


 「後悔……はしていないと思うのである。二人はまだ気付いていなかったのであるが、少し冷静になればそこに思い至った筈なのである。なのでそうなる前に手を打っておかなければ、我輩のようになっていたかもしれないのである」

 「そうだろうね。あたしやリーダーがすぐに考えついたんだから、あの子達がその考えに至らないわけがないさね」

 「で、あるな」

 「だから、センセイの行動は間違っちゃいないと思うよ」


 そう言ってアリッサ嬢は、我輩のとった行動を肯定するのである。


 我輩が二人に頼んだこと、それは、【意思】の構成魔力の補充薬の作製である。

 ただし、今回のように自分たちの身の丈以上のものを無理に作るのではなく、これから先二人の実力が上がっていく中で、無理なく作り上げた納得のいく薬を我輩に提供するということを条件として挙げたのである。


 そういう風にこちらから贖罪の方法を示すことで、二人の罪悪感やうしろめたさを軽くし、錬金術師として前進してもらおうと考えたのである。

 だがしかし、それは二人を縛り付ける枷を掛けたともいえるのである。

 そして、それ以上に今回の件で理解したことがあったのである。


 「我輩は、自分が思っていた以上に現状に不安を感じているのかもしれないのである」

 「錬金術ができない事がかい?」

 「そうである」


 我輩の言葉を聞いたアリッサ嬢は、呆れたような表情を浮かべてこちらを見るのである。


 「当然でしょうが。何を言っているのやら」

 「むぅ…………」


 だとしたら、我輩の取った行動は二人のためと称した自分本位のものであったのかもしれないのである。

 

 「センセイが何を考えているのか、わかるよ」


 そう言うと、アリッサ嬢は再び我輩に先程のような優しい表情を浮かべてこちらに近づいてくるのである。

 

 「だとしてもさ。二人はセンセイから道を示されて、このまま謝り続ける日々を送るよりも期待に応えることが本当の贖罪になるって理解して、また錬金術師として一歩踏み出したんだ。センセイ行動の理由よりも、それが大事な事でしょ?」


 そして、そのまま手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づいてアリッサ嬢は、まっすぐに我輩を見つめるのである。

 まるで、我輩を試すかのように。


 「そしてセンセイがやることは、二人を信じてどっしり構えている事じゃないのかね。自分の行動に不安を感じてたら、あの子たちがそれに勘づいたらきっと無理をするさね」

 「……そうであるな」

 「まったく……。普段から行動の責任を人に押し付けてばかりいるから、こういう時に腹を据える覚悟が決められないんだよ。ポ・ン・コ・ツ・セ・ン・セ・イ」


 そう言いながら、我輩の頭を指でつつくアリッサ嬢の行為は非常に腹立たしいことであるが、言われていることは確かにそのとおりである。

 我輩は基本的に面倒事はダンやアリッサ嬢、そして陛下などに丸投げしてやりたいことばかりやってきていたという自覚はあるのである。

 今回我輩が二人に取った行動は、その責任を人に丸投げすることは許されず、我輩がどうにかしていかねばならない事なのである。


 「二人はセンセイの言葉を受け入れ、前に進む覚悟を決めたんだ。じゃあセンセイは、その二人が安心して前に進めるようにするのが、センセイの取るべき覚悟でしょ」

 「……我輩が二人にした行動を気にしてこうして立ち止まっているのは、本末転倒であるな」

 「そういうこと。覚悟を決めろ、錬金術師アーノルド。たとえ今は錬金術ができなくても、あんたは錬金術師なんだ。錬金術研究家とか日和ってんじゃないよ」


 アリッサ嬢は笑顔を浮かべ、我輩に檄を飛ばすのである。

 その檄は我輩に力をくれているような、そんな気がしたのである。 


 しかし、である。


 「アリッサ嬢、何故、今我輩が錬金術研究家を自称しているという事を知っているのであるか」


 我輩が錬金術を行えなくなってから、他人に自分を紹介することが無かったので、この名称は我輩の中で留まっていたのである。

 妖精パットンが我輩の心を探った可能性もあるのであるが、そうなった場合、間違いなくその情報がダンに流れるのである。

 そうなったら、あの男が黙っているわけがないのである。

 なので、その可能性は低いのである。


 と、いう事は、考えられるのはあと一つである。


 「アリッサ嬢、もしかして我輩の部屋にある日誌を覗いたのであるか」

 「……いや、覗いてないよ」

 「アリッサ嬢、目が若干泳いでいるのである」

 「センセイ、女の目をじっと見るのはいやらしい男がすることさね」

 「先に眺めていたのはそちらである」


 そのまま問い詰めていった結果、どうやら部屋の掃除をアリッサ嬢が行ったときに、書きかけの日誌が目に入ったとのことである。


 「アリッサ嬢、部屋の掃除は女中の仕事である」

 「仕方ないじゃないのさ。森の家で家事全般があたしの役割になってたんだから、たまに無性にみんなの部屋の掃除をしたくなるんだよ」

 「……難儀な性格であるな」

 「……おかげさまでね」


 何とも締まらない感じになってしまったのであるが、アリッサ嬢のおかげで、我輩は自分の根本的な問題に気付くことができたのであった。


 色々思うことはあるのであるが、とりあえずは感謝するである。






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