止まってなどいられないのである
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
錬金術を行おうとした我輩は、突然の体調不良に見舞われたのであるが、翌日には元通りになったのである。
だが、その体で再び錬金術を試みようとしたところ、昨日よりも強烈な反応を体が示したのである。
そんな我輩のもとにやってきた妖精パットンが、錬金術を行うことができない可能性を我輩に告げるのであった。
「錬金術が使用できない……であるか」
「うん……って、そんなに驚いていないみたいだね」
同情するかのようにこちらを見ていた妖精パットンであったが、我輩の反応が予想外だったのか、その表情を崩すのである。
「それは、前回倒れた時に魔法の理論として強力な負荷を受けると魔法の使用が一時的にできなくなると聞かされているからである」
なので、今更あらためて言われたところで特に驚くようなことではないのである。
「そういう事じゃないんだ。ボクが考えていることが間違っていなければ、キミは年単位……いや、一生錬金術を行うことができないんだ」
そう言うと、妖精パットンは我輩の頭の上に乗ると静かになるのである。
「妖精……」
「少し静かにして気を静めてて。少し深く潜るから」
そう言われた我輩は、妖精パットンが再び話しかけてくるまでの間、静かに寝台の上で過ごすのであった。
「つまり、我輩は想像以上に重症ということであるか」
「そうだね。調べて分かったことだけど、キミは長期間精神的に無理をしていたみたいなんだ。魔法適性がないニンゲンが魔法を無理やり使うんだから、そりゃ無理をしないわけがないんだよね」
我輩の状態を再調査した妖精パットンから言われた言葉は、普通の人間よりもかなり深い位置、つまり生命にかかわる位置に近い部分で【意思】の構成魔力の欠損、つまり精神的なダメージを負っていたというものである。
本来であるならば、妖精パットンはそこまで人の【意思】の構成魔力に干渉することができないらしいのであるが、我輩と妖精パットンは、接触時に魔法人形のような繋がりを持つことができるために、そこまで深い位置での調査が可能であったのである。
「つまり、我輩は魔法適性のある者よりも負担が大きい状態で錬金術を行ってきたというわけであるか」
「まあ、当然と言えば当然だよね」
「そうであるな」
妖精パットンの言った通り、何の補助もない者が補助がある者よりも負担が大きくなるのは当然である。
それを10年、しかもかなりの負担を強いる作業をここ数か月立て続けで行ってきたのであれば、その代償も大きくなるというものである。
「それにね。キミは普通のニンゲンに比べると精神的負担に対して異常に強いみたいなんだ。だから、普通の人間であれば倒れるような負荷がかかってもキミは耐えられるし、さらに言えば死んでしまうほどの負荷がかかってもキミは倒れて精神的にダメージを負うくらいで済むんだ」
「それはつまり、今回の一件は普通の人間であれば死んでいたという事であるか」
「最終的に一人であの構成魔力を制御していたからね。その可能性は高かったと思うよ。だからキミは、キミ自身の鈍感さに感謝しないといけないよ」
どうやら、精神的に強いというのは外部からの【意思】の構成魔力の干渉を受けづらいといういう事らしく、良く言えば意志が非常に強く、悪く言ってしまえば頑固で人や外部のことに対して鈍感、無関心という事のようである。
ダンやアリッサ嬢によく言われている事が、こんな事で本当であると知らされるのは些か複雑なものである。
まぁ、我輩は意志が強いだけであるので、鈍いというわけではないのであるが。
「なるほど。我輩が無理が効く人間であったから、それが決壊した時の反動で深い部分で大きな傷を負ってしまったというわけであるな」
「そういう事になるだろうね」
精神的に強い者が錬金術を行う際は、無理をさせすぎないように注意が必要なのである。
これは、おそらく魔法使用にも同様なことが言えると思われるので、知っているとは思うのであるが、リリー嬢にこのことを記した手紙を送ってみようと思うのである。
「それはそうと」
「なんであるか?」
「さっきからキミは、なんでそんなに平気そうなの? さっきも言ったけど、キミは錬金術を再開する目処が立たないほどに精神的なダメージを受けているんだよ?」
そう言って、不思議そうな困ったような声色を出す妖精パットンに我輩は答えるのである。
「別に、ショックを受けていないわけではないのである。ただ、それ以上に調べたいことや考えておきたいことが多いので、それどころではないのである」
我輩の答えに、妖精パットンは困惑の声を深めるのである。
「調べたいことや考えたいこと?」
「そうである。錬金術を志す者達への注意や気を付けなければならない事を調査するのも、未来にとって必要なことなのである」
正直、我輩が錬金術師として道具を作製できなくなることは非常に残念で無念な事ではあるのであるが、それだけが錬金術師の先駆けとしての役割ではないのである。
こう思えるのも我輩が自由の身で、尚且つすぐ近くに有望な錬金術師が2人いるという、恵まれた環境下にあるからであると思うのである。
これが研究所時代での出来事であったら、そして錬金術師が我輩一人しかいないのであったのならば、こんなに冷静でいられるわけがないのである。
「なんか、キミはそうなったらそうなったで、錬金術の知識を最大に生かした薬師か研究者として生きていた気がするよ」
我輩の思いを聞いた妖精パットンは、そう言って呆れたように笑ったのであるが、我輩はさすがにそこまで強くも前向きでもないと思うのである。
だが、そう言われて悪い気はしなかったのである。
「それに、である。まだ錬金術の行使が一生できなくなったと決定したわけではないのである」
「まあね。時間はかかるだろうけど、欠損は自然に修復すると思うしね」
そして、我輩の頭から飛び立った妖精パットンはこちらを見て笑うのである。
「なので、我輩は絶望を感じて立ち止まってなどいられないのである」
「そっかぁ。……じゃあ、ハーヴィーの付き添いもしないといけない忙しい身だけれど、そんな前向きな錬金術師アーノルドのために、ボクもできることがあったら手伝うよ」
「感謝するのである」
我輩は、本当に環境に恵まれているのであると感じるのである。
なので、我輩はその事に感謝し、前へと進んでいくのである。
「では、早速調べたいことがあるのであるが……」
「うん。キミはさっき運ばれたばかりなんだから、少し自重するという事を覚えた方が良いよ」
そんな我輩の決意表明を聞いた妖精パットンは、ため息をついて我輩を諫めるのであった。
「おじさん、平気?」
「強いて言うならば多少の違和感を感じる程度で、何かに支障をきたすという程では無いのである」
心配そうにこちらの様子を伺うサーシャ嬢に、我輩はそう答えるのである。
現在我輩達の前では、魔法人形3体による錬金術での薬の作製作業が行われているのである。
魔法白金の手鍋ではミレイ女史の魔法人形[ミリア]が。
魔法金の容器ではサーシャ嬢の魔法人形[コルク]が。
そして、
魔法鉄の鍋では我輩の魔法人形[プロトン]が、それぞれ作業を行っているのである。
サーシャ嬢が心配していたのは、プロトンが錬金術を行うことによる我輩への影響を心配しての事であったのであろう。
「妖精パットン曰く、どうやらプロトンが我輩と接続している構成魔力の箇所は、欠損部位とは離れたところのようなのである」
最初の調査として、我輩はプロトンと接続が可能かというのを調査したのであるが、その際、妖精パットンが構成魔力の変化を調べたところ、全体的な構成魔力の揺らぎと、構成魔力が欠損している辺りとは違う箇所で、プロトンとの接続を行っている事が判明したのである。
その事から我輩は、魔法の無理な制御を行うと倒れしまうのは、【意思】の構成魔力中の、魔力制御を司る部分の一部損傷による身体の防衛反応に因る事柄であり、その箇所が修復されるまでは該当魔法の使用時に危険を知らせる反応として、心身に異常反応を起こすのであろうと考察したのである。
そして、魔法の初心者が全ての魔法に対して拒否反応を起こすのは、経験不足により該当箇所全体で制御を行うためであろうと推察したのである。
そのため、もしかしたらプロトンであれば錬金術を行うことが可能なのではないかと仮説を立て、試験を行ってみたところ、現在に至るのである。
こうして、我輩は新たなる一歩を踏み出したのであった。




