治療薬作製のその後、である。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
獣人女性の【意思】の構成魔力流出が再開したため、現状できる最良の治療薬作製に取り掛かったのである。
だが想定以上に作業の負荷は大きく、薬の作製は何とか成功したものの、無理をしすぎた我輩達は全員意識を失うことになってしまったのであった。
「…………イ! しっ…………ろ!」
遠くで何やら声が聞こえるのである。
何を言っているのかわからないのであるが、何となく声の主はダンであるような気がするのである。
うまく聞き取れないので、もう少ししっかり言いたいことを言ってほしいのである。
「……ルド…………こんな…………」
「…………っちゃん!」
今度はハーヴィーやデルク坊の声も聞こえてくるのである。
声がどんどん大きくなってくるのである。
他にもドラン達やクリス治療師の声も聞こえてくるのであるが、やはり何を言っているのかイマイチわからないのである。
しかし、どうやら時々聞こえる声は焦っているような、不安そうなそんなニュアンスが伺えるのである。
一体どうしたというのであろうか。
人が気持ち良く眠っているというのに騒々しいのである。
と、
そこで我輩は違和感を感じるのである。
我輩は、いつのまに眠ってたのであろうか。
眠っているというのに、何故このように頭は冴えているのであろうか。
我輩は自分の記憶を引っ張り出すのである。
我輩はサーシャ嬢とミレイ女史と共に、獣人女性の治療薬を作製していたのである。
そして、想定以上の負荷がかかったものの、何とか治療薬の作製に成功し、そして…………
「センセイ、起きておくれよ。……センセイは民の幸せのために生きる錬金術師なんでしょ? だったら、あたしのこの気持ちを救っておくれよ…………」
そして耳元で囁く、寂しそうな悲しそうなアリッサ嬢の声が聞こえた気がしたのであった。
「……………………?」
目を開けた我輩に映る、天井が工房のものと違っていたために一瞬混乱したのであるが、よく見ると我輩の部屋の天井だと分かるのである。
記憶を辿って状況を推測するかぎり、我輩はあのあと誰かに運ばれてここに寝かされていたようである。
それはそうと、ミレイ女史とサーシャ嬢は大丈夫であろうか?
薬はしっかりと効果を発揮できたのであろうか?
副作用は出なかったであろうか?
気になることはたくさんあるのである。
起きようと思い、我輩は体を動かそうと思ったのであるが、まるで寝台に体を縛り付けられているかのように身動きが取れないのである。
これは困ったのである。
なので、我輩は誰かいないか確認することにしたのである。
「……誰かいないのであるか」
「センセイ! 気がついたんだね! 良かった…………」
人を呼ぼうとしたのであるが、無理が祟った影響か声をあげるのも覚束なかったのである。
何とか搾り出した声を聞き取り、誰かがこちらへと急いでやってくるのがわかったので確認すると、それはアリッサ嬢であった。
使用人達であれば、誰か呼んで来てもらうつもりであったので手間が省けて良かったのである。
「アリッサ嬢であるか。サーシャ嬢とミレイ女史は……大丈夫であるか」
「開口一番それかね」
我輩の言葉を聞いたアリッサ嬢から、呆れたような安心したような表情を浮かべられるのである。
二人の様子最初にを聞くのは当然なのである。
いくら我輩が研究馬鹿と言われているとしても、さすがに彼女たちの無事の方が優先である。
「二人には、無理をさせたのであるから心配するのは当然である」
「二人ともかなり憔悴していたけれど、意識はもう取り戻しているさね。精神的に疲れている以外は特に問題は無いって、パットンとクーちゃんが言ってたから大丈夫の筈さね。まぁ、数日はベッドから出さないけれどね」
「そうであるか……それは良かったのである」
アリッサ嬢の返答を聞き、我輩は安心するのである。
二人が無事で何よりである。
その事を確認したのであるならば、本題に入るのである。
「それで、治療薬の効果はどうだったのであるか? 副作用は出たのであろうか」
「……」
「アリッサ嬢? 聞いているのであるか? くすr……」
全ての言葉を言い終える前に、頭に衝撃が走るのである。
何事かと思うと、先程まで少し離れたところにいたアリッサ嬢がすぐ近くに来ているのである。
手の感じから見ると、我輩はどうやら頭に手刀を受けたようである。
「アリッサ嬢、何をするのであるか。危うく舌を噛むところで……」
我輩が抗議の言葉を発するのであるが、それも最後まで言う前に再び手刀が頭に打ち付けられるのである。
なんなのであろうか。
「……アリッサ嬢、暴力は良くないのである」
「それだけかい?」
「何がであるか?」
「言うことはそれだけかと聞いてるんだよ」
アリッサ嬢が何を言いたいのかさっぱりわからないのである。
「何を言いたいのかわからないのである。言いたいことがあるならはっきり言うのである」
「あたし達へかける言葉は、薬の結果報告を聞くことだけなのかって聞いてるんだよ」
そう言うアリッサ嬢は、どこか怒っているような表情を見せているのである。
「パットンからセンセイ達の構成魔力が急激に減少しているって聞いて、慌てて工房に様子を見に行ったら全員昏睡していて、そのまま数日経っても目を覚まさない三人を見て、不安と心配の毎日を過ごしていたあたし達には何もかける言葉は無いっていうのかい?」
あれからすでに数日も経過していたことに、我輩は驚きを隠せないのである。
サーシャ嬢が以前無理をして倒れたときは、比較的短い時間で調子を取り戻したのである。
つまり、三人がかりで恐ろしいほどの負荷がかかった状態で作業を行っていたということである。
しかし、である。
「あれから数日経過したことなど知らないのである」
「じゃあ、1時間なら良いっていうのかい? 10分なら心配をかけても良いって言うのかい? そういう問題じゃないんじゃないのかい?」
「それは、アリッサ嬢がそう言うから…………」
再び頭に手刀を受けるのである。
「根本はそういうところじゃないでしょうが。無理をして倒れたことが問題さね」
「ミレイ女史とサーシャ嬢には無理をさ……」
「違う」
そう言って、アリッサ嬢は再び頭に手刀を打ち付けるのである。
「センセイもでしょうが。サーちゃんが無茶な行動をして、心配したのを忘れたなんて言わせないよ。身動き一つしないで倒れてる三人を見て、あたし達はすごく心配したんだよ?」
そういうアリッサ嬢は、その時のことを思い出したのかとても深刻そうな表情を浮かべるのである。
その表情から当時の皆の心配具合が伺えるのである。
治療薬の事で頭が一杯になっていたのであるが、アリッサ嬢が言うことは尤もなことである。
しかも妖精パットンから、無理な魔力制御は命にかかわる場合もあると言うことも言われているのである。
心配するのは当然のことである。
で、あるが、こちらにもこちらの事情があるのである。
「しかし、こちらの事情も…………」
「それはミレちゃんとサーちゃんから聞いたわね。負荷がかかりすぎて結界を張る余裕が無かったっていうのと、消耗具合を考えてここで作製を止めたら次は無いと判断したんでしょ?」
どうやら、サーシャ嬢とミレイ女史は我輩よりも早く意識を取り戻していたらしく、アリッサ嬢達に状況の説明をしていたようである。
事情がわかっているならば、今回の件は致し方ない部分があったというのは分かるはずなのである。
「で、あるならば……」
「それとこれは話が別さね。いい大人だったらまず最初に、他人に心配をかけるような状況を招いたことを謝るのが先じゃないのかい? サーちゃんも、ミレちゃんも最初はそこからだったんだけどねぇ……」
そして、アリッサ嬢から再び手刀が振り下ろされるのである。
同じところばかり打ち付けられているので、頭がジンジンするのである。
「同じところを殴るのは止めるのである。頭がクラクラしてきたのである」
「だったら違うところならいいのかねぇ?」
「そういうわけではないのである。……アリッサ嬢、心配をかけて申し訳なかったのである」
我輩の謝罪を聞き、アリッサ嬢は失言をしたら打ち付けようと構えていた手刀を納めると、ため息をつくのである。
「センセイも他の二人もそうだけど、あたし達みたいな身体を張る職業じゃないあんた達が、命を削るような無理や無茶をしても誰も喜ばないし得にならないんだから、これからはそういう事をするんじゃないよ」
「……わかったのである」
「そして、動けるようになったら全員に謝罪すること。分かったね」
「……わかったのである」
「よろしい。じゃあ、治療薬の結果を報告してあげるさね」
そう言ってアリッサ嬢は頷くと、我輩に治療薬の効果報告を開始するのであった。




