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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
11章 収穫祭と獣人女性の治療薬、である。
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シンの理由と、問題である。


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。


 リリー嬢達の見送りをし、再び研究を再開するべくアリッサ嬢邸へと戻った我輩達であったが、そこではアリッサ嬢と妖精パットン、そして辺境の集落に残ることになったシンのやり取りが繰り広げられていたのであった。






 「このような広い場所で、いったい何の会話をしているのであるか」

 「おや、センセイおかえり」


 我輩達の存在に気付くと、アリッサ嬢はシン達との会話をやめてこちらを向くのである。


 「貴族の応対はどうだったのであるか」

 「いやぁ、シンがいると楽だねえ。これで安心だよ」

 「どう考えてもパットンがいるからだよね。この子が彼らの思考を読んでくれているから楽なだけだよ」

 「ふっふーん。もっと褒めてくれていいんだよ」


 シンの言葉を聞き、妖精パットンは胸を張るのである。

 確かに意思の魔法を使える妖精パットンが応接の場にいるならば、隠し事も全て筒抜けになるので対応は簡単である。


 「それはそうと、妖精パットンは姿を現していて大丈夫なのであるか。使用人達に見られると色々と面倒なのである」

 「ボクがそんなあからさまなミスをすると思うのかい? 彼らにはボクは小鳥にしか見えていないよ」

 「それならば安心である」


 どうやら妖精パットンも成長したようで、今までよりも細かい魔法の制御が行えるようになって来ているようである。


 「これならシンに留守を任せても安心さね

 「アリッサは話を聞いていたのかい? 僕の力じゃなくてパットンの魔法のおかげなんだけれど…………」

 「でも、別にボクがいなくてもそれほど問題なかったよ。さすがはダン達の中で色々な事をやってきただけあると思うよ」

 「そりゃそうさね。シンはリリーやゴードンと同じくらいめんどくさい連中の相手が上手いからね」

 「それはリーダーやアリッサが面倒くさがって、僕らに彼らとの交渉を押し付けていたからでしょ」

 「そりゃあ、人それぞれ得意不得意があるんだから、各々得意なことで貢献すれば良いと思うのさ」


 抗議の声を上げるシンに対し、アリッサ嬢は不適な笑みを浮かべてそう返答を返すのである。

 言っていることはもっともだと思うのであるが、完全に開き直っているだけなのである。


 シンは、アリッサ嬢が屋敷を構えたことが知れ渡ったことで訪問を希望する貴族や商人達の応対をするために辺境に残ることになったのである。

 厳密にいえば、貴族の応対のために動きが制限されることが嫌なダンとアリッサ嬢、貴族の応対に不安を抱く集落長、続出する貴族達の訪問希望の処理に手が回らなくなってきた領主、そして錬金術の工房を我輩がいない時に他人に立ち入られるのが嫌な我輩の思惑が重なった結果、本人の意思をまったく無視し、自由な身であるシンに留守を任せることを決めたのである。


 「まぁ、これもセンセイと遭遇しちまったせいだと思って観念しろ」


 当然の如く嫌がるシンに対し、ダンが言った一言でシンは諦めたように留守を引き受けることにしたのである。

 我輩を災厄のように扱うのは本当に辞めてほしいのである。


 「まあ、おかげでメイドの子とずっといられるんだから良いじゃないかね」

 「むしろ、留守を預かる身として特定の使用人と仲良くすると問題が……」


 アリッサ嬢の言葉に、ミレイ女史は苦笑いを浮かべるのである。


 領主が収穫祭の際にやってくる貴族達の応対のために、臨時で雇い派遣した使用人達であるが、シンが留守を預かるにあたり、そのほとんどの者達が継続して屋敷で勤務することを希望してきたのである。

 彼らの業界では、爵位の高い貴族の下で仕事をしたということが一種のステータスとなるので、一代侯爵であるアリッサ嬢の屋敷で働くというのはかなりの出世だという事のようである。


 我輩にはよくわからないことであるのであるが、世間一般ではどこもそういうものらしいのである。

 まあ、おかげで新たに雇う使用人を探す必要もなくて良いのであるが。


 シンとしては、そのまま目を付けていたメイドを自分の集落に戻る際に個人的に雇い入れてしまおうと考えていたようであるので、それが叶わなくなってしまったわけなのであるが。


 「それはまあいいさ。一年か二年くらい我慢すれば貴族連中の訪問希望もだいぶ落ち着くだろうから、そうしたらあらためて彼女に声をかけるさ」

 「そんな悠長なことは言っていられないと思います」

 「どういうことだい? ミレイ」


 シンの楽観的な一言を聞き、やや強張ったような表情を浮かべるミレイ女史を見て、シンは質問をするのである。


 「皆様方の中で、ゴードン様とウォレス様は既に結婚されている身ですのですし、実直と誠実な性格から他の者が入り込む隙がございません。室長は父との結婚がまことしやかに言われておりますので、そこに横やりを入れるものは少ないと思います。隊長とアリッサさんは、一応辺境に身を置いておりますが、ほとんど大森林や他の地方への遠征に赴いているため会うことは出来ません」

 「あー。さっきの話じゃないけれど、貴族連中の訪問理由としてシンに娘を紹介させようとする連中が増えるっていうことかい?」


 アリッサ嬢の言葉に、ミレイ女史は首を横に振るのである。


 「それだけではなく、シン様を通じてアリッサさんやダンさんに親族を紹介させようとする者が増えると思われますので、さらに貴族の訪問が増えることになると思います」

 「……は?」

 「当然、それを目的とした、または私たちの内情を調べようとして身内を使用人として置いてほしいと言い出す者達も現れると思います」

 「えぇぇぇ…………」


 ミレイ女史の言葉に、アリッサ嬢とシンの表情がどんどんと曇っていくのである。

 特にシンはこれからのことを想像してより曇っているように見えるのである。


 「さらに問題なのは、シン様は室長達と違って一代貴族であるアリッサさんの名代としてこちらに残るということですので、立場としては貴族の立場です。平民である使用人の女性と良い仲であったとしても、貴族の皆様は遠慮することはほとんどないと思います」

 「むしろ、あの手この手で使用人の子を排除しようとするかもしれないねぇ…………」

 「ありえますね」


 ミレイ女史の言葉を聞き、シンは大きくため息をつくのである。


 「今からでも良いから領主さんに誰か貴族を派遣するように言ってもらえないかなぁ……」


 シンの言葉を聞きずてならない言葉を聞き、我輩とアリッサ嬢はすぐに言葉を返すのである。


 「錬金術の工房を、どこの馬の骨ともわからぬ連中が立ち入るのは困るのである」

 「湯浴み場を使用人の子達はさておき、貴族連中に使われて面倒事になるのは勘弁だねぇ」

 「まったく理由になって無いと思うよ……。本当に、センセイと出会ったのが運の尽きだという事なのかな」


 我輩とアリッサ嬢の返答を聞き、シンは再びため息をつくのである。


 「あはは。そんなことを言っても、隠居生活に飽きてきているからちょうど良いかなと思っているじゃないか」

 「だから、そうやって人の意思を読み取るのは止めてくれないかな……。まぁ、それもあるけれど、一応僕の後遺症も治してもらっているしね。そのお礼分くらいはするよ」


 意地の悪い笑顔を浮かべてシンの周りを飛び回る妖精パットンを窘めると、シンは自分の腕を軽くさするのである。

 それは、シンが探検家を引退する原因を作った大怪我をした場所なのである。

 ゴードンの魔法で傷自体は治癒したのであるが、後遺症が残り以前ほどの動きが出来なくなってしまっていたのである。

 我輩から見たかぎりでは以前と違いがわからないのであるが、ダンやウォレスに言わせるとやはり以前よりも傷ついた腕は動きがぎこちなくなっているらしく、本人も違和感を抱えていたようである。

 そこで、霊草を材料にして作成したキズいらずを試験がてら傷ついた箇所に張り付けていたところ、本人いわく徐々にではあるが以前に近い感覚に戻ってきていると言う報告を受けたのである。


 なのでシンは、その対価としてこの地に残ることを受け入れる理由として自分の中で納得させているようなのである。

 別にその程度の事で感謝されることはないと思うのであるが、まぁ、シンがそれでここに残ってくれるのであるならばそれで良いのである。


 そしてその出来事から、霊草を使用したキズいらずならば、様々な要因でキズいらずや魔法では治しきれなかった怪我や古傷すら治すことができるという事が判明したのである。

 なので、獣人女性の傷の再生にも期待ができる気がするのである。


 「まったく持ってしてやられた感じだよ。……僕はいつになったら所帯を持てるのやら」


 そう言って再びため息をつくシンを見て、我輩はふと研究所時代のことを思い出すのである。


 「そういえばシンは研究所時代に女性はもう懲り懲りだと言っていたのであるが、変わったのであるな」

 「皆といるときはそう思っていたけれど、隠居して一人になると寂しくなるんだよ」


 そう言うと、シンはどこか遠くを見るような目をするのである。

 その姿は物憂げで、優男の風貌と相まってどこか芸術的でもあるのである。


 「シン様の容姿でしたら、たくさんの女性から声をかけられると思うのですが」

 「そういうがっついた人達はどうでもいいんだよ」

 「この前も聞いたけれど、見た目も良くて、分かる連中からしたら金もあって名声もある男が無防備でいるのに、僕が声をかけるまで我慢しろって無理な話じゃないかねぇ……」


 呆れた様子のアリッサ嬢に、心外だといった表情をシンは浮かべるのである。


 「何を言っているんだよ。僕の上辺だけを見て判断して声をかけて来るような女性は願い下げだよ」

 「人を判断するのはほぼ確実に最初は上辺だと思うのである。それこそ内面から判断できるのなど妖精パットンくらいである」

 「僕の心を覗き込むような真似をするのはありえないよ。僕が話しかけるまで一切無関心でいてくれる子じゃないとダメだよ」

 「前から聞いているけれど、あんたも大概わがままだね」

 「その点、あの子は僕にまったく感心を示さなかったから本当に素晴らしいよ」


 アリッサ嬢の一言も意に介さず、シンは自分の世界に入ってしまったかのような振る舞いを見せるのである。

 基本的に常識人枠であるが、どうにも女性の好みに偏りがあるのである。


 「シンに興味が無いって、珍しいものだねぇ」

 「あぁ、その事だけれどね。リリーに頼まれて少し調べてみたけれど、その子はデルクやサーシャやコルクみたいな小さくて可愛いものが大好きみたいなんだよね。だから見た目的にはいい感じに見えていても、実際はシンにはまったく興味が無いみたいだよ」

 「……なるほどねぇ。リリーも相変わらず意地が悪いねぇ」


 つまり、リリー嬢はそうやって嘘情報を我輩達やシンに吹き込み、シンにここに引き留める希望と理由を作ったというわけである。


 「なんか、シンお兄ちゃん可愛そうだね」

 「シンよりも、巻き込まれるかたちになった女中もかわいそうであるな」

 「まぁ、シンがここにいる間は手出ししないでしょ。そういうところは常識人だからね」

 「完全にリリー嬢の手中であるな」


 我輩はこれ以上はこのことに立ち入るのは止め、研究に集中しようと思うのであった。





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