最長老からの贈り物である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
志を共にする者と研究を行うことの楽しさを実感した我輩は、夕食時にダンの嫉妬を受けること(本人は否定)になったのである。
リリー嬢、頼むので男色の噂は否定してほしいのである。
「何とか成功しましたね」
「一つ構成魔力が増えるだけで、こんなに大変になるなんて思わなかったよ~」
目の前にある、乳白色の湿布薬を見ながらサーシャ嬢とミレイ女史がため息をつくのである。
我輩達が今目にしているのは、霊草と品質の良い肉から作り出したキズいらずである。
あの一件からさらに数日、研究を初めて半月ほど経ったのであるが、一度も霊草の構成魔力のみで【回復】の構成魔力を担ったキズいらずの作製を成功することはできず、今回初めて成功させることが出来たのである。
本来であれば、微弱になっている獣人女性の【意思】の構成魔力を補充するための薬を作るべきであったのであろうが、霊草を使用した高性能のキズいらずであれば、もしかしたら獣人女性の欠損部位もより確実に再生できる可能性があると思ったのである。
そして、治療薬作製の際に使用する素材も霊草同様に高位素材である可能性があるので、分解される【意思】の構成魔力を少しでも制御しやすくするように、まだ素材に余裕がある霊草を用い、複数の構成魔力を制御して作業を行うキズいらずを作製して練習することにしていたのである。
キズいらず等の薬品はあれば困らないし、他の薬に比べると研究対象にも困らないのである。
ちなみに現在は研究開始時と作業分担が変わっており、ミレイ女史が構成魔力の制御を担当し、我輩が各作業を担当、サーシャ嬢が我輩達の補助と結界張りを担当しているのである。
というのも、先程言った通り治療薬に使用する予定の【意思】の構成魔力が霊草同系列の魔力であった場合、制御適性の低いサーシャ嬢では荷が重いであろうという判断である。
ただ、ミレイ女史も霊草の構成魔力を制御するのにはだいぶ苦戦していたので、もしかしたらどちらもどちらなのかもしれないのである。
「それでは、本格的に治療薬の作製・研究に取り掛かるのである」
「使用する素材はこれで良いんだよね?」
「そうである」
我輩の号令を聞き、サーシャ嬢が袋をこちらに持ってきて作業台の上に置くのである。
この袋は我輩達が霊木の管理集落を離れる際に、最長老殿の代わりに見送りに来た世話役の女性から手渡されたものである。
その袋の中には、橙色に鈍く輝く不思議な模様をした、拳より一回りほど小さなの石のようなものがいくつかあるのであるので、我輩はそのうちの一つを手に取るのである。
この物質は鈍く輝いているのであるが、よく見ると脈動しているかの如くうっすらと明滅している様子がわかるのである。
そう、これは生きており、これとよく似た物を我輩達は素材として使用しているのである。
それは、粘性生物の核である。
ただ、普段我輩達が使用している粘性生物の核は、大きくてもサーシャ嬢の小さな手でも十分包み込めるほどの大きさである。
しかし、今我輩が手に取っている核は、その三倍近くはあるであろう大きさなのである。
なぜこのようなものがあるのか、これが実際に何なのかというのは世話役の女性に尋ねても詳しいことは彼女も最長老殿から聞いていなかったのでわからなかったのであるが、集落を出た後に袋の中身を確認すると最長老のメモが入っており、それによると中身は数百年程前に霊木の群生地で大量発生した粘性生物の核であると書かれていたのである。
橙色に輝く美しいものであった事と、霊木の群生地に近付けさせなければ核の活性化が進まなかったため、鑑賞用として最長老殿の家の応接間に飾られていたのである。
長年寝室から出なくなっていた為にその存在を忘れていたようなのであるが、我輩達が獣人女性の意識を回復させるための薬を作るための素材を探していることを聞き、出発の前日に核の存在を思い出し、これならば良い素材になるのではと考えたようである。
その書き置きにはそのことが印されており、そして最後に、
ー 貴方のおかげで未来の光を見ることができました。本当にありがとう ー
と書かれていたのである。
もしかしたら最長老殿は、我輩達が集落に来たことで時代の移り変わる兆しを見たのかもしれないのである。
であるならば、我輩はその光を消さぬように何ができるのか考えていかなければならないのである。
それが陛下と共に話し、実現しようとしている帝国の将来のあり方だと思うのであるから。
「おじさん?」
「アーノルド樣? 大丈夫ですか?」
と、唐突にサーシャ嬢とミレイ女史から声をかけられ我輩ははっとするのである。
二人を見ると、少し心配をしているように見えるのである。
「申し訳ないのである。少々考え事をしてしまっていたのである」
橙色の核を手に持ち、眺めているうちに吸い込まれるような感覚に襲われ、いろいろと考え込んでしまったようである。
もしかしたら、この核が持っている意思がそうさせたのかもしれないのである。
自分でも言って馬鹿馬鹿しいようなことを思いつつ、今度妖精パットンにこの中に存在している意思を読んでもらうのも面白いかもしれないと一瞬思い、しかし、そうしてしまうと意思がわかった核を素材として殺すのは後味が悪そうであるとも思い、どうしたものであろうかとまた考えてしまい、二人にまた心配されることになってしまうのであった。
「予想以上であるな」
「すいません、お役に立てずに…………」
「おねえちゃんは悪くないよ! わたしが……」
少し日も落ちはじめ暗くなり出した工房の中で、我輩はこれからどうするかを考えるのである。
研究を開始して数時間、核から分解される【意思】の構成魔力の制御は非常に難しく、我輩達三人全員制御を行うのは無理で、すぐに暴走したり霧散したりしてしまったのである。
一応、三人がかりで制御を行えば制御が可能である事はわかったのであるが、その状態で作業を行うことは一切できないのである。
他の素材との併用であれば、我輩とミレイ女史の二人がかりで制御を行えるのでるが、サーシャ嬢ではこれだけの難度の高い【意思】の構成魔力を用いた作業は無理である。
あと一人、魔法に適性のある者がいれば話は変わるのであるが、リリー嬢やゴードン夫妻の予定していた滞在期間はもうすぐ終了するし、クリス治療師も忙しい身である。
素材にも限りがあるので、我輩達の制御能力が上がるまで練習をしつづけるのも無理である。
「現状では、この核を使用した薬の作製は非常に難しいのである。なので、この屋敷に滞在している間は薬の作製を諦め、能力向上のために残りの時間を霊草を使用した別の道具の作製に当てるか、今できる最上級の薬を作り、それで治療を行うかを決めるのである」
「でも、治療が遅くなればなるほどあの女の人の【意思】の構成魔力は無くなっていっちゃうってパットンが言ってたよ」
「やはり、副作用を極力抑えて薬を作製する方法を取った方が良いのかと」
「そうであるな。これであれば、副作用が出ない薬ができると考えたのであるが」
「【意思】のお薬の副作用だから、どうなるかわからないんだもんね」
味や臭いなどといった副作用であるならば問題ないのであるが、以前使用した【意思】の構成魔力を強固にする薬のように、人の意識や意思に変化を及ぼす薬の場合、どういった副作用が起きるかわからないのである。
特に今回は失った構成魔力を補充する薬である。
副作用で人格に大きな影響がある可能性もあるのである。
なので、品質の良い素材を求めてきたわけであり、その中でも現在最高級と思われる橙色の核を使用したかったのである。
そのようなことを思って皆で悩んでいると、
「あら? 深刻な表情ね」
珍しく工房へリリー嬢がやってきたのである。
「室長? どうされたのですか?」
「話し合いが早く終わったから様子を見に来たのよ。ほら、昨日のこともあるじゃない」
リリー嬢はそう言って中に入ると、ミレイ女史に状況を尋ねはじめるのである。
現状を報告するミレイ女史とそれを真剣に聞いているリリー嬢を見て、研究所では日々こういうやり取りが行われていたのであるなと思うのである。
「ミレイおねえちゃん、かっこいい……」
「働く女性であるな」
「わたしもああする!」
「我輩は、サーシャ嬢は今のままで良いと思うのである」
我輩達が、このような雑談をしている間に現状の報告が終わったようで、リリー嬢は何かを考えるように頬に手を当てるのである。
「……もう一人、誰か作業ができる人がいれば大丈夫なの?」
「確実ではないのであるが、いれば確実に作業は楽になるのである」
「でも、今後のことを考えると私たちの手を借りたくない……と。わがままね」
「リリー嬢はもう少しで帝都に戻るのである。手を借りて道筋が見えてきた頃に帰られるのは困るのである」
「クリスおねえちゃんだって忙しいし…………」
「まぁ、気持ちはわかるわ。…………あら? だったら…………あの子に手伝ってもらえば良いんじゃないかしら」
先程まで何かを考えながら話をしていたリリー嬢であるが、ふと周りを見渡した後に首を傾げ、急に意味のわからないことを言い出したのである。
誰のことを言っているのであろうか?
「お兄ちゃんは森の民だけど、最近やっと魔法陣が使えるようになったばかりだし、こういうお仕事嫌いだよ?」
「わかっているわ」
「妖精パットンは錬金術で使用する構成魔力は扱えないのである。知らないわけではないであろう?」
「ええもちろん」
「集落の魔法適性のある方々に手伝ってもらうのですか?」
「違うわ。もっと最適な存在がいるわよ。わからないのかしら」
我輩達の言葉に首を横に振るリリー嬢は、少々驚いたような呆れたような声を出すのである。
一体誰のことを指しているのであろうか。
そのことを質問した我輩に、リリー嬢は意外な存在の口を出すのであった。




