戻る日常、新たな研究、である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
何かと問題もあったが無事に収穫祭の終わりを迎えることができた我輩達は、再び日常の生活へと戻っていくのである。
それはつまり、ようやくまともに治療薬の研究が始められそうだということでもあるのであった。
「おはようおじさん! 朝だよ!」
「…………おはようであるサーシャ嬢」
収穫祭の翌日、我輩はサーシャ嬢に起こされて目が覚めるのである。
収穫祭の余韻と祭が終わった事で気が抜けてしまったのか、いつもよりも深く眠ってしまっていたようである。
「珍しいねおじさんがゆっくり寝てるの」
「そうであるな。気が緩んだのであろうか」
「そっかぁ。でも仕方ないよね。他の皆もまだお休みしてるもん」
我輩の返答に、サーシャ嬢は頬に指を当てながらそう漏らすのである。
どうやら、今この屋敷で起きているのはサーシャ嬢だけのようである。
「サーシャ嬢は元気であるな」
「うん! 私は元気いっぱいだよ! 今日から三人で新しいお勉強するお約束だもん!」
「ああ、そうであったな」
サーシャ嬢の嬉しそうな顔を見ながら、本日から本格的に南方地方からつれてきた猛禽獣人の女性を治療するための道具の研究に入ることになっている事を再確認するのである。
ここ数日は、我輩がいまいち集中しきれていなかったりサーシャ嬢達が収穫祭の手伝いに出向いたりしていて研究を行うことが難しかったのである。
「でも、おじさん疲れているならもう少しお休みする? 二人でもできるかもしれないよ?」
「我輩も初めて行う道具の研究である。作業適性の有無などの確認もしたいのでできれば我輩も参加したいのである」
「うん。わかった! あ、でもその前に…………」
「なんであるか?」
何かを思いついた表情を浮かべるサーシャ嬢に、我輩は質問をするのである。
すると、サーシャ嬢は満面の笑みを浮かべるのである。
「皆のご飯作ってあげようよ。アリッサおねえちゃんもすごく頑張ってて疲れてるだろうから、早起きしたわたしたちが作ってあげるの!」
「それはよい案なのであるが、我輩は錬金料理しかできないのであるが」
「じゃあ、朝のお勉強はれんきんじゅつのお料理をおいしく作るお勉強にしようよ! 行こうおじさん!」
「分かったのである。では、我輩は起きたらすぐに工房へ向かうので、サーシャ嬢は料理の案と厨房から必要な材料を持ってくるのである」
「うん! じゃあ行ってくるね!」
そう言って元気に部屋を出るサーシャ嬢を見送った我輩は、工房へ向かう身支度を整えるべく寝台から起き上がるのであった。
「結局アリッサおねえちゃんに作ってもらっちゃったね」
「まぁ、多少は負担を減らせたと思っておくのである」
サーシャ嬢が食材を工房へと運ぶために食堂へと足を運んだのと同じタイミングで、アリッサ嬢もまた食堂へとやって来てしまったのである。
そこで事情を話したサーシャ嬢の提案をアリッサ嬢はすんなりと受け入れ、我輩達は主食となるパンの作製を頼まれたのである。
錬金料理の作製にはあまり良い顔をしないアリッサ嬢がすんなりと承諾したのが珍しかったのであるが、どうやらアリッサ嬢は我輩が一人で錬金料理を作るのが嫌なのだということのようである。
なんでも、味は多少マシになったらしいのであるが、作製する料理に対しての食材の消費量が多すぎるので食材管理が大変になるからだそうである。
我輩は料理作製があまり得意ではないようで、どうしても素材の量が多くなってしまうのである。
なので、それを矯正するべく研究をしたいのであるが、そのためにはアリッサ嬢から食材使用の許可をもらわなければならないのである。
しかし、アリッサ嬢は我輩が料理を作製するのを好ましく思っていないためなかなか許可が出ないので、なかなか上達しないのである。
ある意味堂々巡りなのである。
「お二人が作った半熟卵を入れたパン、もちもちのパンの食感ととろりとした半熟卵が絡み合っておいしかったですよ」
「上手にできてよかったよね、おじさん!」
「そうであるな。ああいった料理もイメージさえできれば作れるのが錬金料理の良い点であるな」
「今度は、わたしと一緒に作ってくださいね」
「わかったのである」
どうやら、サーシャ嬢かミレイ女史がいれば錬金料理の研究は行えそうである。
なので我輩はミレイ女史の申し出を受け入れ、錬金料理の研究機会を得ることにしたのである。
雪が溶けると次は東方都市で料理大会である。
それにむけての研究もしていきたいのである。
と、ここで、我輩は料理の研究に気を取られて今回の本題を見失っていたことに気づき、気を取り直して今回の研究の話を始めるのである。
「さて、二人には我輩の研究に協力してもらいたいのである」
「えっと……それはお料理じゃないよね? お薬の方だよね?」
「そうである。獣人女性の治療方法についての研究である」
「たしか…………現状お一人では作業が行えないのでしたっけ?」
ミレイ女史の言葉に、我輩は頷くのである。
長年研究に携わってきて恥ずかしい限りであるが、現在の我輩の実力では簡易魔法陣下での作業は行えないこと、また、こちらの工房にある劣化魔法鉄の鍋では霊草や霊木の分解を行うのが遅すぎて作業にならないことを伝えるのである。
「お家の鍋ではできたの?」
「申し訳ないのであるが、こちらで研究を行うつもりでいてそのための補助試薬の作製を行っていたもので、向こうの鍋では作業を行っていないのである」
「今年は雪の時期になるまでは大森林ではなくてこちらで過ごすという話でしたから、その選択がおそらく良かったですね」
そう、今年は収穫祭の後も集落に残ることが前もって決まっていたのである。
というのも、この集落の急激な発展によりいろいろ決めなくてはならない事が増えたらしく、そのために集落に屋敷を持つ一代候爵のアリッサ嬢と客人のダンも話し合いに参加する必要が出てきているらしいのである。
領主もそのために集落に来ているわけなのであるが、昨日の話や飲み比べの姿を見てしまうと、どうしてもこちらはついでのように感じてしまうのである。
と、いうわけで、その間はこちらで錬金術の研究を行わなければならないのである。
「それに、ドラン君の結婚式もあるんだよね!」
「集落にできる治療院の責任者が、クリスさんだと聞いて驚きました」
「おそらくゴードン夫妻の差し金だと思うのである」
確実に村単位の集落になることが見込まれているために、探検家ギルド同様に治療院も建てられる事になり、その責任者としてクリス治療師が着任することが正式に決まったのである。
ゴードン達は収穫祭に参加するためにこちらに来たのであるが、その便りを預かってきてもいたのである。
まったくもって都合の良い話である。
おそらくであるが、ドランと結婚をするしないに関わらず治療院の建設の話が出ていた時点で、これは規定路線であったのであろうと思われるのである。
「雑談はそろそろ良いであろうか」
「うん! はじめようよ!」
「よろしくお願いいたします」
「それでは今日はまず、三人で協力して霊草を使用した傷薬を作ってみるのである」
「わたしのお仕事は結界石を作るときと同じで良いのかな?」
「最初はそうしてみて、いろいろなパターンを試してみましょう」
「そうであるな。それで、一番ちょうど良いパターンを決めるのが今日の目標であるな」
「はい! わかりました!」
サーシャ嬢の元気の良い返事に我輩とミレイ女史は頷き、研究を始めるべく魔法白金の下にある簡易魔法陣を起動させるのである。
ようやくまともに新素材の研究ができるのである。
我輩は心の高ぶりを感じつつ、治療薬の研究をはじめるために素材を投入するのであった。




