二年目の収穫祭である ー夜宴②ー
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
慌ただしかった収穫祭も終わり、主に関係者達が楽しむ夜宴が始まったのである。
会場の中央では昨年に引き続き、東方地方の領主も参加した飲み比べの競争も行われ、宴は盛り上がりを見せているのである。
そのような会場の一角で我輩達は、別の人だかりを発見するのであった。
「こっちでも何か競争みたいな事をやってるのかなぁ」
「揉め事ではないと思いたいのである」
サーシャ嬢は、完全に何か催し物のつもりなので向かっているのであるが、祭に揉め事はつきものである。
もしかしたら、酔った勢いで喧嘩になっているという可能性もあるのである。
「女性や子供も見ているので、大丈夫だとは思うのですが」
ミレイ女史が言う通り、女性や子供を連れた家族も中の様子を伺っているので、血生臭い事が行われている可能性はほぼないとは思うのであるが、用心に越したことは無いのである。
と、いうことで、我輩はサーシャ嬢達に危険が及ばぬように、胸に忍ばせている障壁石に手を伸ばそうとするのであるが、二人がしっかりと我輩の腕を掴んで進んでいるので、全く手が伸ばせないのである。
これでは障壁石を忍ばせている意味が全くないのである。
「何か音がするね」
「吟遊詩人や楽隊の者達がお客様にいたのでしょうか」
我輩達がいた場所からではわからなかったのであるが、その場に近づくにつれ、楽器や歌のようなものが少しずつ聞こえて来るのである。
そういえば、会場を彩る音楽を奏でる者がいなかったのである。
何か宴にしては足りないような気がしたのはそれであるかと一人納得するのである。
「こんなに人がたくさんだと、演奏が見れないなぁ…………」
「……これでどうであろうか?」
「うわわわ! おじさん!?」
「アーノルド様、大丈夫ですか?」
そうしてその場に近づいたものの、すでに人の壁も大きくなって来ており、背の低いサーシャ嬢は演奏を聞くことはできても見ることができなさそうである。
なので、我輩は周囲の者家族連れの者達に倣って、サーシャ嬢を肩に乗せる事にしたのである。
で、あるが、何言わず突然担ぎ上げてしまった事でサーシャ嬢は驚いて変な声を上げるのである。
少々申し訳ないと思ったのであるが、可愛らしかったのである。
ミレイ女史も、我輩が普段やらない行動をしたせいなのか心配そうにこちらを見るのである。
以前の我輩であれば少々大変であったかもしれないのであるが、少し前まで力仕事を行っていたのでこのくらいなら問題ないのである。
「サーシャ嬢は案外軽いので問題ないのである」
「その言い方は女の子に失礼だよ! おじさん!」
「わかったのである。失言をしたことは謝るので頭を叩くのはやめるのである。周りに迷惑がかかるのである」
「…………しょうがないなぁ。ちゃんと後で謝ってね」
「わかったのである」
我輩の言葉が気に入らなかったのか、頭を叩くサーシャ嬢であったが、周囲の状況もあるのでとりあえず我輩の提案を受け入れ大人しくなるのである。
そうして我輩達は演奏を鑑賞するべく中を覗くのである。
すると、そこには様々な楽器を演奏する楽隊が、そしてその横で集落の若い女性陣が踊り歌う姿が、そして、それに混ざって後ろの方で歌っているリリー嬢とアリッサ嬢が姿があったのである。
「みんなキレイ……」
サーシャ嬢がそう漏らすように、彼女たちは本日着ていた平素の服ではなく、簡素ではあるがドレス状の衣装を見に纏っているのである。
彼女たちが松明に照らされながら元気に踊る姿は妖艶に映り、前の方で見ている若者は食い入るように見ているのである。
しかし我輩としてはそれ以上に、アリッサ嬢が寝姿以外で布地の多い服を着ているのが珍しく、リリー嬢に関してはこういう場に上がっていることが珍しく感じるのである。
「でも、端の方にいるおねえちゃん達は前に全然来ないね。すごくキレイなのに」
「そうであるな。なんでであろうか」
「何か意味でもあるのでしょうか」
しばらく鑑賞していたのであるがサーシャ嬢の言う通り、端の方にいるリリー嬢やアリッサ嬢達は前の方には一切行かずに、その場で歌って踊っているのである。
あれでは目立たないのである。
「あの曲は求婚を題材にしたものですので、すでに結婚している人と結婚の予定のある日とは端のほうで踊るんですよ」
我輩達が抱いた疑問を答えるものがいたので我輩はそちらを見るのである。
すると、そこには料理を持ったゴードン夫妻がいたのである。
どうやら彼らはこちらにいたようである。
「だからほら。あそこにクリスもいるでしょう?」
「あ、本当だ。クリスおねえちゃんもいたんだ」
ゴードン婦人が指差すところを見ると、確かに奥の方で隠れるようにしているクリス治療師を見つけることができたのである。
あんなに恥ずかしいのであるならば、あの場に無理にいる必要はないと思うのであるが、それを告げるとゴードン婦人は首を横に振るのである。
「このあと流れる曲は、これから結婚をする女性が相手男性への思いを綴る歌なのよ。あの子はそれをどうしても歌いたかったみたいなのよね」
「…………ドラン君を後で怒らなきゃだね、ミレイおねえちゃん」
「そうね。人の思いがわからない人はしっかり怒らないとね」
「あらあらぁ、困ったわねぇ」
今の話を聞いたサーシャ嬢とミレイ女史は、不誠実なドランに対して怒り出すのであるが、我輩はむしろドランが飲み比べをしてこちらに来ない事がわかっていたからこそ、あの場に行けたような気がしてならないのである。
おそらくであるが本人がいる事が分かったら、恥ずかしさのあまり周りの者達に手が出かねないのである。
ダンも驚いたあの拳が一般の者に向かったら惨事なのである。
「では、その曲の時にはリリー嬢も出るのであるな」
「そうですよ。ほら」
クリス治療師の事はもう考えるのはやめることにした我輩は、話を変えることにしたのであるが、するとちょうど曲が終わったことで、さっきまで中央にいた若い女性達が端へと移動し、リリー嬢とクリス治療師を含めた数人の女性が前に出てくるのである。
それに合わせ、客側も前にいた若い者達がその場から離れ、そこに数人の男性が入るのである。
先程の若者達と違い品比べをするような視線ではなく、一人の女性をまっすぐに見ていることから、彼らは女性達の夫になる者達なのであろうと思われるのである。
そうして始まった曲は、女性の明るさや肉体的な魅力を表現したであろう、華やかさの中に艶を感じるような曲調から一変した、清らかで落ち着いた曲調であったのである。
おそらくこれは、女性の淑やかさや清純さを表現しているのであろうか。
こういう小さな集落では結婚相手の女性は良く働き子供を産める者が望ましいのである。
なので先程の曲になり、そして結婚するにあたり夫にのみ愛を誓うというこの曲へと変わるということなのであろうか。
短絡的ではあると思うのであるが、その方がわかりやすくて良いのかもしれないのである。
我輩としては、女性ばかりではなく男性もこういう事を、せめて誓いの歌を歌う彼女達への返礼の歌くらいはやるべきだと思うのであるが。
その方が、夫婦の絆が強くなるような気がし、同時に見世物としても面白いと思うのである。
まぁ、そもそもこういうことを見世物にするのはどうかという話にもなるのであるが。
そして彼女たちの歌が始まったのである。
「二人ともキレイ…………」
「素敵です……」
サーシャ嬢とミレイ女史が感嘆の声を上げるのであるが、我輩もお世辞にも上手とは言えないながらも、気持ちが篭った彼女たちの歌声に、心を掴まれるのである。
「お母さんも、あの歌歌ったの?」
「そうよ。お母さんもお父さんに歌ったわ」
「俺も来年、彼女に歌ってもらえるように頑張らないと……」
「私もああいうふうになれるのかしら……」
我輩達の近くでも、心を掴まれた者達が思い思いの話をしているのである。
その様子をみて我輩はなるほどと理解するのである。
彼女たちの強い決意から生まれる【意思】の構成魔力の集まりが、聴衆達の心を揺さぶり結婚に対する憧れを生じさせるのだと。
この歌がただの見世物ではなく、しっかり意味はあるのだと。
そうして歌が終わると、その場にいた全ての女性達はその場を離れていくのである。
出会いを求めた女性は右側へ、婚前の女性達は左側へ。
そうして再び音楽が奏でられはじめると、男性陣達が右へ左へと移動して女性の手を取り踊りはじめるのである。
左側の男女は元々夫婦になる予定の者達なので、すんなりとペアが組まれるのであるが、右側はなかなかペアが決まらないのである。
その様子を周りの者達は楽しそうに見ているのである。
と、そこで一つ気になることがあるのである。
「そういえば、アリッサ嬢はどうしたのであるか? どちらにも参加していないようなのであるが」
「ああ、彼女や既婚者の女性達は、この場に結婚する男性がいない女性や踊る相手がいない女性の踊り相手ですよ」
そう言われて改めてアリッサ嬢を見ると、相手が来なくて一人立っている女性のもとへと歩みより、衣装を脱ぐのである。
衣装の下は男性を表しているのであろう、簡素な服を着ており、アリッサ嬢はその女性の手を取り踊りはじめるのである。
他にも数人の女性がアリッサ嬢と同じような服装になり、一人でいる女性達と踊る姿が見えるのである。
中には、自ら男性役の女性の手を取る者もいるのであるが、つまり意中の相手がいなかったということであろう。
何とも人生の縮図である。
「わたし達も踊りたいね!」
「私は少し恥ずかしいかな…………」
「それでは二人はまず相手を探さないとであるな」
「あ! そういうこと言うのおじさん! ひどい!」
「それはひどいと思いますよ、アーノルド様」
「二人とも暴れるのはやめるのである。危ないのである」
「あらあら。それはアーノルド様のせいだと思いますよ」
「ゴードン助けるのである」
「アーノルドさん、夫婦円満の秘訣は妻の味方をすることですよ」
「四面楚歌なのである」
女性達の総攻撃に会う我輩は理不尽であると思いつつ、ほんの少しだけはあるが結婚というものを意識するのである。
まだ相手の想像もできないのであるが、互いを尊敬し支え合える、そんな女性と落ち着いて過ごす日々はとても充実するものであるのであろうと。
「おじさん、お話聞いてるの!?」
「アーノルド様、今はこちらに集中してください!」
「あらあら、アーノルド様は尻に敷かれるタイプですね」
それは勘弁してほしいのである。
結婚を意識したことが全くなかった我輩に影響を与えるとは、【意思】の構成魔力の力とは凄いものであるなと感心しつつ、我輩の上と前で怒っている少女達をどう宥めるべきなのかを我輩は考え、そうして二年目の収穫祭は終わりを告げていくのであった。




